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07 アイビト

「どうしたの?」


 ソーナの問いかけにも答えられず、ただひたすらにそこにいた人間から目が離せなくなった。

 その少女は、特別なことをしていたわけじゃない。

 ただ、食事していただけだ。ただし、別室で大勢で豪華な食卓を囲っていた連中とは違い、質素なものを一人で食べていた。

 それだけなのに、俺は彼女から目が離せない。


「ちょっと、フィラ!」

「わっ!?ああ、わ、悪い」

「どうしたの?」

「い、いや………ちょっと気になるやつがいて」


 俺の見るところを覗くソーナ。


「綺麗な子ね。それで、この子がどうしたの?」

「いや、わからないんだが、なんというか………惹きつけられるっていうか」


 十二、三歳といったところか。

 薄茶色の髪を肩より下、腰より上あたりまで伸ばし、少し灰がかった黒目、幼さを残しているものの、間違いなく可憐な部類に入る顔立ち。

 一目で高級と分かるピンク色のワンピースを身にまとい、上品に食事をとっているその姿は、間違いなく彼女が王族だと誰もが分かるほどに美しかった。


 だが、それだけだ。彼女のような人物は、この四百年で何度か見てきた。

 欲が薄い妖精の俺は、立派な人だと思うだけで、なにか心動いたりすることはなかった。

 なのに、なぜ俺は、こんな妙な気持ちを抱いているんだ?


「惹きつけられるって、妖精が人間に?ない話ではないけど………」

「え、知ってるのか?」


 恋愛感情ではないと断言できる。

 どちらかといえば、引力とか、あるいは親心に近い。

 放っておけない、守ってやりたい、そんな気持ちが溢れてくる。


「その辺の話はあたしも詳しくないから知らないけど、コーラックさんなら知ってるんじゃ」


「呼んだかねええ!?」


「「うおわああっ!?」」


 湖を覗く俺とソーナの目の前に、何故か突如現れたコーラックさん。

 飛びのく俺たち。パニックになったソーナの錬成した剣が飛び、俺も反射的に突風を起こす。


「はっはっは、素晴らしい反応だ!こっそり後をつけて来た甲斐があったというものだ、我ながら最高のタイミングだったな」


 しかし、何故か気づくと俺たちの背後にいるコーラックさん。

 もう冷静さを取り戻しているはずなのに追撃するソーナ。


「ちょ、わ、悪かったよソーナ君、だけど仮にも妖精王の僕に剣を向けるというのはいかがなものかと、ちょっとフィラ君止めてくれたまえ!」

「いやあんたの自業自得だろ。ソーナ、もうやっちまえ」

「当たり前よ、もうこの愉快犯には引導を渡してやるわ!」

「落ち着きたまえ、やめたまえ!僕が悪かったから!」






「ふう、まったくなんて危ない子たちなんだ。妖精王に斬りかかってくるなんて」

「いいですか、次にやったら本気で斬りますからね」


 結局一撃も食らうことなくソーナを疲弊させて完封したコーラックさんだった。

 やはり妖精王は伊達じゃない。人を驚かせることを生きがいとしている愉快犯だが、その強さは妖精界随一。

 ソーナも妖精の中じゃ五指に入る強さのはずなんだが、コーラックさんにはやはり及ばないみたいだな。


「さて、フィラ君。本題に移ろう。君が惹かれるという彼女はどれかな?」


 気を取り直すようにこっちににこやかな笑顔を向けてきたコーラックさんに、俺は無言で湖の一部を指さした。


「ほう、この子か。ふむ、やはりそうか」

「なんかわかるんですか?」

「ああ。フィラ君、君はなかなかの稀運の持ち主だな。まさか『アイビト』を見つけるとは」

「アイビト?」

「まあ簡単に言えば、『妖精を惹きつける』超特異体質者のことだね」


 妖精には、地上を生きる生物の上位種として、いくつかの面白い力がある。

 その一つに『加護を与える力』というものがあり、妖精が気まぐれに気に入った人に力を与えることが出来るものだ。

 たとえば『剣』の妖精のソーナが加護を与えれば、剣術の才能が引き上げられる。

『風』の妖精の俺が与えれば、魔法が使えない種族、つまり人間などでも、風を扱う術を手に入れることが出来て、魔法が使える種族なら風系統の魔法の才が強化される。


「しかし、我らが与えられる力には限界があるというのは知っているよね?」

「はい。与えすぎると、体が爆散するってやつですよね」


 うまい話には悪い話がつきもので、上位種である妖精の力に、大抵の種族は耐えられない。

 稀に耐えることが出来る体質を持つやつがいて、俺らはそれを判別することが出来る。

 そいつが加護を与えるにふさわしい人物なら、誰かが渡すというわけだ。


「しかし、それで与えられる加護の力は僅かだ。妖精本体の力と比べれば、カメムシと象くらいの差がある。しかし無理に力を与えれば、あまりの力に体が耐え切れず、体が弾ける」

「それは知ってますけど、それが俺が彼女に惹かれるのとどう関係があるんです?」

「アイビトというのはね、要するにその妖精の加護を与えられる体質者の上位互換だ。妖精の力を受け入れる能力が高すぎて、妖精そのものを本人の意思とは関係なく惹きつけてしまう体質。それがアイビトだ。こりゃ本当に珍しい、数十億人に一人しかその体質を持ちえない、極めて凄まじい才能だ」

「でも、あたしは別に惹かれませんが」

「ただの受け入れ体質にも言えることだけど、妖精の加護にも相性があるのさ。受け入れられる力もあれば受け入れられない力もある。そしてどうやら………」


 そこでコーラックさんは、彼女をちらりと見て、


「どうやら彼女は、『風』の妖精、つまりフィラを惹きつける力が異常なようだね。アイビトが現れる頻度はただでさえ恐ろしく低いのに、それを相性のいい妖精が見つけるなんて、僕も長年生きて来たけど初めてのことだよ」

「そのアイビトってのは、要するに妖精の加護を受け入れる器がでかいってことですかね」

「恐ろしくね。相性のいい妖精なら、おそらく加護と言わず、鍛えさえすれば妖精そのものを体に宿すことだって可能だろう。つまり地上を生きる民でありながら、妖精と同等近い強さを持つということになる」

「マジかよ」

「いいじゃないか、こんな珍しい経験はおそらく一生できないよフィラ君。彼女の寿命が来るまで見守ってあげるといい」


 そう俺に言い残し、コーラックさんは心底面白いものを見たとでも言いたげな表情で去っていった。


「アイビトねえ。数十億人に一人しかいなくて、しかも妖精に現れたことを知るすべがないとなると、たしかに超珍しいことかもね」

「ああ。自分でも驚くくらい、アイツのことが気になる。俺の意思じゃないみたいに」

「それがその超特異体質ってやつの影響なんでしょうね。じゃああたしは別のところ見てくるけど、フィラはどうするの?」

「もう少し見てる。なんというか、見てないと落ち着かない」

「へえ、あたしはそんな感情を抱いたことないからわからないけど、相当なものなのね。まあ気が済むまで見てなさい、それじゃ」


 そう言い残して、ソーナは飛び立ち、俺は再び湖に向き直った。

 なんというか、ずっと見ていられる感覚というか、不出来な子供を見守らなければならない義務感のような、そんな感情を抱きながら、俺は彼女を見つめ続けた。



 これを知ったエマルがそこらに吹聴し、しばらく『俺が人間の娘に堕とされた』というデマでからかわれた。

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