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05 『風』の妖精

「なんていうか、いいところだな、ここは」

「でしょ?あたしも妖精になって八百年くらい経つけど、人間だった頃よりこっちの方が百倍良いわ」


 ソーナが人生の大先輩だったことはさておき、素晴らしいところなのは確かだ。


「ほら、行くわよ」

「あ、ああ。わかった」


ソーナは俺の手を取り、スタスタと歩き始めた。

 これが地球だったら、ヒロインが主人公の手を取って『彼は私のものだから!』的な威嚇行動をとる、読者としてはにやにやするあれに見えるんだろう。

 しかしソーナの場合、単純に妖精王の住まいを知らない俺があちこちに目移りするのがめんどくさいから手を引いているだけだと思う。

 そして俺もまったく鼓動に変化がない。


 悲しきかな、妖精。





「ここよ」

「え、ここ?」


 俺がソーナに連れられてやってきたのは、ごく普通の木造の家だった。


「妖精王って言うんだから、もっとこう、金キラキンの豪邸に住んでるものかと」

「気持ちはわかるけど、あれはこの村で一番いい家よ?」


 ほう、そうなのか。

 見た目で判断してはいけないということだな。


「保湿性が高くて年中暖かく快適、リラックス効果が高く、防音性もまあそれなり。火や害虫にさえ気を付けていれば、木造建築ほど素晴らしい家はないわ」

「いやそういう話じゃなくてだな」


 誰が木造家屋の利便性について語れっつったよ。


「あとついでに、あれって今の『神樹』の枝で出来た家だから、信じられないくらい丈夫よ。『炎』の妖精が燃やしても焦げ目一つつかなかったらしいわ」

「それ先に言えよ」


 すごい家なのに、ただの木造建築物にしか見えなくなったじゃん。

「あ、中はきっと暖かいんだな」とかしか思えなくなったわ。


「とりあえず中に入るわよ。妖精王が待ってるはずだし」

「ああ」


 俺はソーナに言われるまま、家の中に入った。

 ―――暖かかった。

 ソーナが家の中で妖精王を呼ぶ。


「妖精王、連れてきましたよ。新しい同胞」


 しかし、返事がない。

 寝ているのか?

 それとも留守?


「いないのか?」

「いえ、大抵こういう時は………」


「ばあっ!!」


「うわあああっ!?」

「―――やっぱり」


 俺の目の前に、いきなりショタっぽい雰囲気の妖精が現れた。

 いきなりっていうのは比喩じゃない。本当に瞬きすらしていない零秒の間に、いきなり目の前に現れたんだ。


「はっはっは。今回の新しい同胞は有望だな!こんなに大きく反応してくれるとは」

「コーラックさん、あたし、新人が転生してくるたびにやるそのイタズラ、やめろって言いましたよね」

「悪いがソーナくん、これは僕の生きがいみたいなものなので諦めてくれ。最初の方はみんな驚いてくれるのに、数百年も経つと皆慣れてしまって、脅かしても驚いてくれないんだ。いややはり、若者のおどろっきっぷりは素晴らしい!これからもちょくちょく面白おかしく君をからかいに行くから、いいリアクションを期待しているよ」


 こ、腰が抜けた。

 こんなに驚いたのは初めてかってくらい飛びのいた。


「おいソーナ、不審者がいるぞ、捕まえてくれ」

「残念なことに不審者じゃなくて、その人が妖精王のコーラックさんよ」

「おっと、残念とは言ってくれるじゃないかソーナくん。だが僕は知ってるよ、君みたいな人のことを、異世界では『ツンデレ』って言うんだ」


 いろいろとツッコミどころはあるが、残念なことに本当にこの人が妖精王らしい。


「あー、えっと。妖精王様」

「コーラックでいいよ同胞よ。異世界からの長旅、ご苦労だったね」

「俺が異世界転生者だってわかるんですか?」

「ああ。君の前世の名前も、性別も、どんな世界にいたのかも、体中のほくろの数も大好物も嫌いな食べ物もどんなオカズが好みだったのかも丸わかりだ」

「プライバシーって概念ないんすかこの世界」

「安心して、この人だけよ。プライバシーをガン無視して人の過去覗き見れる人は」

「はっはっは、安心したまえ、本当に見られたくないと思っている記憶は見ない主義さ」


 そういう問題じゃねえんだよ。


「新たな同胞よ、歓迎しよう。さっきも言ったが、僕のことはコーラックと呼んでくれて構わない。妖精王と言えば聞こえはいいが、要するに雑務処理を押し付けられてる哀れな老人だからね」

「人聞きの悪い自己紹介しないでください、あたしたちだって仕事は分配してやってるじゃないですか」

「ソーナくんはいつも僕の面白計画を邪魔するなあ。あ、もしかして僕のことが好きだったり分かった違うね謝るからその剣消してくれるかい」


『剣』の妖精が一瞬で手元に精製した剣を見て、哀れな老人は冷や汗を流して頭を下げた。


「次にふざけたこと言ったら、名誉棄損で訴えます」

「悪かったってば。まったくひどいなあソーナくん。か弱い老人をいじめちゃあいかんよ」

「確かにあなたは八千歳過ぎですけど、か弱いわけないでしょう。最強の妖精なんですから」

「え、そうなの?」

「そうじゃなきゃ、妖精王なんて任せてないわよ」

「ソーナくんは本当に口が悪いねえ」


 この見た目ショタの老人、ショタジジイ(無性)が最強の妖精………。

 いや、考えるのはやめよう。


 考えようによっては、妖精はそもそもイタズラ好きという話があるんだから、王がこんな感じなのは当然と思える、と自分を納得させる俺。

 そうしていると、コーラックさんが口を開く。


「それより君たち、僕に用があったんだろう?」

「あ、そうです。まあ分かっているでしょう?」

「まあね。この子の司るものを見て、名前を与えればいいんだろう」


 コーラックさんは俺に近寄って、じっと見つめてきた。


「さて、まずは何を司っているのかを見せてもらおうか。少し拝見」


 俺の胸に手を置き、目線はその手に。

 十秒ほど経っただろうか、コーラックさんは息を吐いて俺から離れた。


「ど、どうでしたか?」

「これは素晴らしいね。おさまりがよくなったよ」


 ?どういう意味だろう。

 俺の疑問をよそに、ソーナとコーラックさんが会話を始める。


「てことは、もしかして、この子が?」

「ああ、この子が司る属性は………『風』だ」


 どうやら、俺は『風』の属性持ちらしい。

 いいな、風。風使いってそれだけで強そうだもの。


「これで欠番だった四大属性が埋まりましたね」

「ああ、めでたいことだ」


 俺がどうにか力を使えないかと模索していると、肩に手が置かれる。

 コーラックさんだった。


「素晴らしいね、まさか『風』の属性とは!いや実に嬉しいことだよ」

「えっと、風属性ってもしかしてすごいんですか?」


 俺の質問に答えてくれたのはソーナだった。


「風は四大属性、炎、水、大地、風からなる、最強クラスの属性の一つね。汎用性が高くて使いやすく、しかも威力も規模も凄まじい、妖精が司ってきたものの中でも最も強い部類の属性。六百年前に風属性持ちが寿命で他界して以来、ずっと司る者がいなかったのだけれど」


 それに俺がなったと、そういうわけか。


「これは後で、村全体に伝えておかないとな。四大属性が一つないというおさまりの悪さ、半端じゃなかったものなあ」

「想像以上に気持ちが悪かったですよね。なんというか、ジグソーパズルで重要なピースがいくつかないような気分というか」


 ―――結構繊細だな、妖精。



「さて、あとは名前だね。まずは自分の顔をじっくり見ることから始めよう。これが鏡だ」


 容姿が気になっていた俺は、お言葉に甘えて渡された鏡を覗く。


 パッチリとした薄紫色の目に、すらっとした鼻、綺麗な唇。

 色白の肌はすぐに傷ついてしまいそうに思えるほど薄く見える。

 髪色は黄緑。それが肩より少し先程度まで伸びていて、触ってみるとその滑らかな手触りに驚いた。


 ………俺、超可愛い。


 無性でなければ、地球でこの容姿だったら、水に映った自分の容姿に惚れたというナルキッソスよろしく、自分自身に惚れていたに違いない。


「おお………おおおお………」

「さて、名前だけどね。実はもう決めてある」

「早いですね」

「なに、初めて見た時にビビッと来てね」


「『フィラ』。どうだろう、いい名前じゃないか?」


「フィラ………」

「いいんじゃない?呼びやすいし、あたしは気に入った」

「どうだい?」

「………いいです、なんだかしっくりきます」

「そうか。じゃあ君は今日からフィラだ。さあ、外へ出てみなさい。新たな仲間を、妖精たちが待っているよ」






 その後、俺は妖精たちに迎えられ、それはもう良い日々を送った。


 自分が司る属性、俺なら風の練習をしたり。

 家をもらって、自分なりに模様替えして、夢のマイホームを手に入れた。

 裏庭で、少し憧れてた畑を作ったりもした。


 一番の娯楽は、地上の人々の生活を覗くこと。

 日本とはまるで違う、文化、暮らし、国。

 見ていて全然退屈しなかったし、いろいろな種族を見て、時には笑い、時には涙した。


 いつからか性欲が失せたことにもすっかり慣れ、大衆浴場でみんなで温泉に飛び込んだりもした。

 管理をしている『水』の妖精にたたき出された。


 俺以外で唯一、異世界から転生してきたという妖精とも話をした。

 なんでもその子の世界では、人間が恐ろしく凶暴で卑しい種族で、魔族との戦争が絶えなかったとか。

 前世では元々エルフで、志半ばで息絶えてしまったらしい。

 戦死したことより、同じ種族の片思いしていた王女に思いを告げられなかったことが悔しいそうだ。

「お転婆で馬鹿で、すぐ魔法をぶっ放すようなイかれた人だったけどそこが可愛すぎた」とのこと。


 あとはまあ、何もしてなかった。


 万年以上の寿命を持つ種族故に絶対に老いない。種族の問題で怪我も病気もしない健康な毎日。

 暇つぶしと軽い仕事に明け暮れる日々だった。


 そのうち、いろんな種族がいろいろ揉め合って、すごい規模の大戦争とか勃発した辺りで、しばらく地上を見るのはやめようという結論になった。

 俺たちは地上を生きる種族と神の中間。神よりは格下だが、人間やエルフにとっては上位種だ。だから一応、司る属性を介入させてちょっとした手助けなんかも出来る。

 かくいう俺も、頑張っている子とかを放っておけなくて、少しだけ俺の力を与えたりした。

 だけど、戦争となれば話は別だ。どこかに介入するわけにはいかないし、正直見たくもない。

 身勝手とも言えるかもしれないが、生憎俺たちは一切関与していないし、醜い争いほど見ていて苦しいものもない。


 そこからは、妖精たちとのスローライフ。

 地上からもらってきた肉や、妖精界で育てた野菜なんかを食べてエネルギーにして、あるものは畑を耕し、あるものは家事をして、あるものは司る属性の練習をする。



 そんな生活を送って四百年が経った。


 俺の人生を変える運命の歯車が、動き出す。

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