04 存在しないもの
俺の質問に、ソーナはこっちを振り向いた。
なんというか、少しの驚きと呆れを感じる目だ。
「もしかして、女神から何も聞いてないの?」
「ああ、なんか時間がなかったらしくて」
あの女神ぃ………とつぶやきながら、ソーナは頭を抱えた。
あ、呆れてたのは俺にじゃなくてあの女神にか。
「つか俺、あの女神の名前すら聞かずにここに落とされたし。なんかルーレット回されてダーツで転生する種族決めろって言われて、たまたますげえ狭かったこの妖精の的に刺さってさ、ほぼ何の説明もないままにここにいた」
「あなたはダーツだったんだ。他の異世界転生者は一人だけいるけど、スロットだったって言ってたわ。本当にテキトーね、あの女神」
この言い分、ソーナも何かあったんだろうか。
「まあ、そもそも妖精に転生って選択肢がわずかにでもあった時点で、善人だってことは確定してるから誰が来たって歓迎するんだけど」
「え、そうなのか?」
俺ってそんなに善人だっけ?
「善行を積んだ覚えがないんだが」
「あなた、重い荷物を持った老人がいたらどうする?」
「荷物を持って、家まで送っていくかな」
「道端にゴミが落ちていたら?」
「拾ってごみ箱に捨てるけど」
「食べ物を粗末にするやつは?」
「許さない」
「それを善人っていうのよ」
?当たり前のことじゃないのか、これ。
まあ確かに、友達には変わってるって偶に言われたけど。
「まあいいわ。話が逸れたわね、妖精ってそもそもなんなのか、だっけ?」
「ああ、何も聞いてないからな」
「妖精ってのはね、簡単に言えば『意識を持った才能』よ」
「へ?」
意識を持った才能?
どういうことだ?
「妖精がこの世界で最強種って呼ばれてるのは知ってる?」
「ああ、それだけは聞いた」
「比較対象がないから分からないと思うけど、あたしたちって小さいのよ。あたしで大体二十センチくらいしかないわ。あなたは二十一センチくらいじゃない?」
「え!?」
「にもかかわらず、最強の種族って呼ばれてる理由。それが、あたしたちが意識を持った才能だから」
「………??」
よくわからなかったので詳しく聞くと、なるほど、最強と呼ばれる理由が分かった。
妖精ってのは、生まれながらにしてすでに成長しきっている唯一の種族らしい。
大人も子供も関係なく、生殖行為も必要ない。ただ自然に、時期が来たり人数が減ったりすると、俺がいたあの木、『神樹』から生まれてくる。
前世の記憶の有無にかかわらず、生まれた瞬間から喋れるし、ある程度の知能もある。
体は小さいが万年を超える時間を生き、魔法・物理攻撃共に異常に耐性が高い。
そして一番重要なのが、さっき言ってた『意識を持った才能』。
ここに住む妖精は、全員が何かしらの属性や武器、物質を司っている。
そしてその司るものにおいて、妖精は羨むことすら馬鹿馬鹿しくなるほどの才能を持っているというのだ。
「たとえばあたしは『剣』の妖精。自分の周りに無限に剣を生み出せるし、時間はかかるけど伝説級の剣でも具現化できる。で、地上であたしに勝てる剣士は絶対にいない」
「紛うことなきチートじゃん」
「同じものを司る妖精は同時期に二人は絶対に存在しないから、同じ力を持つ妖精はいないわ。あなたが何かはまだわからないけど、妖精王はあなたの司るものを見通す権限があるから、名づけついでに見てもらえば?」
「ああ、そうする。ありがとうな」
「別にいいわ、仲間だもの」
そう言って静かに微笑むソーナは、まるで天使のようだった。
その美少女っぷりは、やはり笑顔でなお一層引き立つ。
前世では異性との交流なんて皆無だった俺は、そんなことでも分かりやすく、反応を………?
やっぱりおかしい。
ありがたいとは思うし、感謝もしてるし、心も温かい。
けど、なんというか、異性に笑顔を向けられた時のドキドキする感じがまったくない。
普段の俺なら、きっと心臓が爆発しそうになって、狼狽えに狼狽えるだろうに。
どういうことだ?
なんだろう、何か引っかかる。
そう、さっきのソーナの説明に、サラッと重要な言葉が紛れていたような。
記憶をたどって、その言葉をサルベージしようと試みる。
―――大人も子供も関係なく、『生殖行為も必要ない』。
………………。
「ソ、ソ、ソーナさん」
「何よ改まって。ソーナでいいわよ」
「あの、もう一つだけお聞きしたいんですが」
「なに?」
「………ようせいって、せーしょくこーい、できないの?」
「出来ないわよ?」
嘘だろ?
「冗談、だよな?」
「まあ元人間なら少なからず性欲に対する執念があるのは分かるけど、マジだから諦めなさい」
嘘だと言ってくれよ。
「ていうか。そもそも妖精には『 性 別 が 存 在 し な い 』わよ」
なん・・・だと・・・。
「だってあなた、言葉遣いからして前世は男なのに、あたしを見てもドキドキしないでしょ?」
「あ、ああ」
「性別がないし、生殖行為も必要ないから、そもそも性欲自体がないの。前世の記憶や周囲の影響から、男性っぽくなったり、女性っぽくなったりはするけど、性別はないからお風呂も一緒だし、それを気にする人もいないわね。ほら、あたしの顔だって中性的で、髪型変えれば男に見えるでしょ?」
俺は足元がふらつくのを感じた。
これは羽根のせい?それともショックのせい?
「あとついでに言えば、妖精は他の種族と違って、口にしたものを何もかもまるっと自分のエネルギーとして体に循環させることが出来るの。食べ物だろうが飲み物だろうが、あるいは毒だろうが。だから」
嗚呼、やめてくれ。
それ以上聞きたくない、聞きたくないんだ。
分かってるんだ、その先の言葉は。
気づきかけてたよ、体の違和感に。
「排泄も性行為も必要がないから、性器がないわ。マ(自主規制)も、チ(自主規制)も無い。触ってみれば?」
俺は恐る恐る、背けようとしていた現実に向き合うために、股間に手を伸ばした。
一縷の望みにかけて。異世界転生者だからいい感じについてるんじゃないかと思って。神に祈りながら。
そして、その願いは。
―――スカッ。
儚く砕け散った。
Ah、ムスコよ。
どうやら、お前を一度も使ってやれないままに、俺とお前はお別れになっちまったらしい。
どうりで、妖精族のルーレットが男女分けられていなかったはずだ………。
※※※
かつてない衝撃と絶望にその場で膝をつき、地にキスする勢いで沈んでいた俺だったが、ソーナの肩を借りてなんとか妖精の村とやらにたどり着いた。
この密着した状況ですら、全く高鳴らない俺の心臓が恨めしい。
「ついたわよ。ほらここ」
「ああ、ありがとう………」
しかし俺の心のダメージは、目線を上げた瞬間に一気に吹っ飛んだ。
なんて、幻想的で美しい光景なんだろう。
百人程度しかいないこともあってか、規模は小さい村程度だ。
だけど、ずっとかかり続けている小さな虹、雲と綺麗な石を組み合わせて作ったような家、綺麗だが品性は一切損なわれていない、美的感覚がない俺ですら感動を覚える外観。
何人かの妖精が外にいるが、全員が中性的で、だが美しい顔立ちをしている。
女神に聞かされた世知辛い天国、そこで広がる風景もここまでのものではないだろうという確信を覚えるほどに、素晴らしい景色だった。
「驚いた?」
「あ、ああ………素晴らしいよ。びっくりした」
「千年くらい前に『芸術』の妖精が生まれてね。その子が一人で一晩で作っちゃったらしいわ」
「こ、これを一晩で!?」
なんて恐ろしいんだ、妖精。
そんな非戦闘タイプっぽいものでもこれほどとは。
その妖精が戦争を嘆くような絵を描いてかつての世界にばらまけば、世界中の戦争が止まるんじゃないかと思えるほどに、俺はその見たこともない妖精に敬意を覚えた。