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20 肉体労働

「ぜはー………ぜはー………」

「おらぁ助っ人!なにちんたらやってやがる!」

「す、すびばぜ………」


 冒険者登録したその日のうちに、ソノカは依頼を受けた。

 というか俺が受けさせた。

 依頼内容は『建築作業員のヘルプ』。

 とはいえ組立自体は正社員の方々がやるから、要するに荷物運びだ。


「ど、どれくらい運びましたか………二時間くらい?」

「まだ一時間も経ってねーよ」

「し、死ぬ………」


 だが、王族育ちで木刀より重いものを持ったことがないソノカにはなかなかきついだろう。

 朝の十時から夕方五時までで一万セリル。休憩一時間を挟んで六時間、時給に換算して千六百セリル以上と考えれば、日本なら何かあるんじゃないかと疑うレベルの高給バイトなんだが。


「おいおい嬢ちゃん、そんなんじゃ報酬払えねーぞ!」

「ほ、報酬がないと、どうなりますか………」

「冒険者としての登録料、仮身分証発行料、染髪、衣服、靴、防具、その他いくつかの日用品や生活必需品、諸々買ってお前の財布はすっからかんだ。今働かないと、明日からは野宿だな」

「ひぃ」


 観念したように木材を運ぶソノカ。

 まあ俺がやれば、あるいは契約の力を使えば超簡単に事が済むんだが、ソノカには能力を一切使うなと注意してある。

 だがこれはいじめとかではなく、ちゃんとしたわけがあるのだ。


 要するに、ソノカには冒険者として足りないものが多い。

 知識はもちろん、筋力、体力、瞬発力など。

 一番厄介なのは、やろうと思えば知識以外は妖精の契約ですべて何とかなってしまうという点だ。


 筋力?風で持ち上げてしまえばいらない。

 体力?追い風などを使えばカバーできる。

 瞬発力?風を纏って自動ガードが出来るようになれば不要だ。


 だが俺は、ソノカには契約に頼るような子になってほしくない。

 それはあくまで俺の力だ。ソノカには力は貸すし、危ない時は助けるし、知識だって惜しみなく渡すが、あくまで彼女の目標は彼女の力で達成してほしい。

 そうじゃないと、きっと彼女は目標を達成しても、達成感を感じない。


 例えば、前世の世界でRPGゲームをプレイするとしよう。

 ドラ〇エでもF〇でもポ〇モンでもなんでもいいが、想像してみよう。

 電源をつけ、新たな冒険にワクワクするプレイヤー。しかしステータスを見て愕然とする。

 初期からレベルカンスト、最強武器とチートアイテムを身に着け、ラスボスすら相手にならない、しかもオート戦闘モード。

 何の達成感もなく、ただ無感動にストーリーを進めて、エンカウントするモンスターをいじめ、裏ボスも数ターン眺めている間に死ぬ。

 ………どうだろう、製作者を張り倒したくもなるんじゃないだろうか。


 だが俺は、やろうと思えばソノカをそういう状態にも出来てしまうのだ。

 それは嫌だ。だから俺はただのお助けキャラクターとなっていたい。

 だからこその妖精の契約は『持ち主の能力に比例して性能が上がる』という設定で作った。


「フィ、フィラ、ちょっとだけ手伝ってくれませんか………」

「断る。俺がやったら五秒で終わるからな。ちょっとは苦労を知れ」

「うええ………」


 アイビトのソノカは、俺自身を体に宿すことすらできる。

 人間でありながら妖精の能力を百パーセント引き出せる少女。瞬く間に特一級、国を滅ぼしたってそれなりの理由があれば文句を言えないほどの存在になる。

 だがそうなっても、ソノカはきっと満たされない。

 何故ならソノカは『自分で大事を成したい』という願望の持ち主であり、俺の能力をフル活用して大事を成しても、それは俺の功績だからだ。

 ソノカもそれが分かっているからこそ、俺の契約の力のことを深く聞かないんだろう。


「ひぃ、ひぃ………の、ノルマ運び終わりました、親方さん………!」

「おお、やればできるじゃねえか!休憩してきていいぞ」

「あ、ありがとうございます………」


 よしよし、順調に筋力と体力が上がってきているな。

 最初からガテン系の仕事はきついかと思っていたが、案外ガッツがある。


「ふー………休憩一時間、あと三時間ですか………あの方々は、毎日のようにこれをこなしているのですか………?」

「そうだな。あのムッキムキを見ろ」

「す、すごい体ですね。城でもあそこまでの者は珍しかったのに」

「まああそこまでなれとは言わんし、そもそもソノカのシックスパックは見たくないが、もうちょっと筋肉をつけろ」

「わかりました。冒険者として必要なものですからね!」


 水を飲み、渡された昼食をほおばるソノカ。


「美味いか?」

「美味しいです!」

「そりゃよかった」


 城でソノカが食べていた質素な食事よりももっと安いもののはずだが、ソノカは美味そうに食べていた。

 その姿に、近くにいた同じ見習い冒険者や正社員の男共が鼻の下を伸ばしている。


「お、おい、あの子よく見たらめっちゃ可愛いじゃん」

「声かけてみるか?」

「辞めといた方がいいかもですよ。あの子、ああ見えて妖精の加護持ちらしいんで」

「へ?マジで!?」


 小声で話しているつもりだろうが、空気を操れる俺には伝搬して丸聞こえだ。

 ソノカにナンパしようとする輩くらいは、俺が対処しよう。

 そのために妖精の加護持ちということを冒険者登録の際に書かせたと言っても過言ではない。


「どうかしましたか、フィラ?」

「いや、なんでもない。それよりそろそろ休憩終わりだ、行っとけ」

「え、もうですか?時間って、仕事しているときは遅いのに、休憩しているときや楽しい時はあっという間に過ぎるの、なんなのでしょう………」


 あるあるだな。充実時程錯覚とかいう名前がついている現象らしいが、詳しいことは知らん。







「ぜぇ………ぜぇ………ゲホッゲホッ!」

「おうおう嬢ちゃん、大丈夫か?ご苦労さん」

「あ、ありがどうございまず………」


 満身創痍のソノカは、ふらふらになりながら冒険者ギルドに向かった。


「はい、今日の依頼達成、確認致しました。ではこちらが報酬となります。お疲れ様でした!」

「ふぅ、息整ってきました。ありがとうございます、いただきますね」

「初めてなのに随分ハードな依頼を受けましたね。ゆっくり休んでください」


 受付嬢の励ましを受け、報酬を手に取ってソノカは近くの机に座った。


「ここでちょっと休憩してから帰りましょう」

「どうせなら飯食っていけよ。食べるのも大事なトレーニングだ」

「そうですね。すみません、今日の日替わり定食と、プリンを一つください」

「かしこまりましたー!」

「あと土産でおにぎり注文してくれ」

「あ、あとおにぎりも」

「あー、すみません、この時期はうちはお米を取り扱ってないんですよー」

「!?」


 なんだと!?

 お、俺のソウルフードが………。


「え、えっと、じゃあパンを包んでください」


 俺がショックを受けている間に、店員がソノカの定食を運んできた。


「それで、どうだった?初仕事は」

「大変でしたよ。すごく重いし、腰が痛くなるし、汗が目に入るし………」

「そうか。最初からあれはきつかったかな」

「そりゃもう!………でも」

「でも?」

「初めて自分でお金を稼いで、すごく達成感はありました」


 ニッコリ笑ってそう言うソノカは、とても可愛かった。

 無性でなければ惚れているところだったかもしれない。


「そりゃよかった」

「さ、次はいつお仕事をするんですか?やっぱり筋肉痛が明けてからで」

「明日だよ」

「へ?なんて?」

「だから明日だ。次は炭鉱でつるはし振ってもらうぞ」

「い、いやいや、ですから筋肉痛が」


 なんだそんなことか。


「んなもん俺が癒してやるよ。俺がいてよかったな、時間短縮だ」


 ソノカの目から光が消えた。

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