17 新たな名前
俺とアリルは、元来た道を引き返して、谷を出たあたりで別方向へと向かった。
「ここから三十キロほど歩いたところに、シオン帝国の領に入る検問所がある。そこを抜ければ街に着くぜ」
「は、はい。ですが、良かったのでしょうか?大事なお金をいただいてきてしまって」
「死んだやつは金を使えないし、あのリィとかいう盗賊リーダーの分も置いてきたんだから別にいいだろ。金がないと検問所は通れん」
死んだ盗賊たちの財布をくすねてきた俺とアリルは、オーガの国ともシャルティライト王国とも違う国、シオン帝国へ向かっていた。
元とはいえ王女であるアリルは、国内だとある程度顔を知られている。
そうすると生きているとバレる可能性が高い。
そうなると暗殺者が差し向けられたりなんなりと、面倒なことになる。
「シオン帝国は三十年前、戦争を助長させていた時の皇帝を今の皇帝が殺して帝位を簒奪し、早々に戦争から手を引いた国だ。だからシャルティライト王国よりも復興が進んでて、いい国だぜ」
「はい、それは知ってます。あそこの皇女様とは親しくさせていました」
「まあ、お前が売国しようとしていた取引先がそもそも帝国だしな。そりゃそうか」
邪竜が住み着いている(俺が殺したが)あの谷には、シャルティライトではアリルが死んだことを確認するすべがない。
だからこのまま死んだことにして、シオン帝国やその他の国を転々として、力をつけるのが都合がいい。
「それで、フィラ。わたしがなるという冒険者は、そんなに簡単になれるものなのですか?」
「お前も王族とはいえ、冒険者がどんな職業かは知っているだろ?」
「はい、大まかには」
俺がアリルに就かせようと思っている職、冒険者は、俺の前世風に言えばフリーターだ。
厳密には違うが、荷物運びや掃除、薬草採取など、依頼を受ければ大抵のことはやる、というスタンス。
だが、最も大事な仕事はモンスターの駆除と未開領域の探索で、ここがフリーターと言い切れない要因と言える。
「仕事を達成すれば金が貰える。失敗すれば逆に罰金。達成率、達成量が一定を上回れば昇級出来て、そうすれば上のランクの仕事に行けるようになる。
実力主義の側面が強いが、一般人にとってはこの世で唯一、生まれに左右されずに成り上がれる職業だ。逃亡奴隷だろうと、強けりゃいいんだからな」
「で、ですがわたし、そんなに強くはありません。あの盗賊たちにもあっさりと捕まってしまいましたし………」
「そんなことはないんだよな、それが。お前、王宮でまじめに剣術の修行をやってただろ。腐っても王が自衛のために習う剣術だ、かなり実践的で強い。
お前もこれから登録する若者としては、相当強い部類のはずだ。それに加えて俺との契約で、お前は強くなればなるほど、俺の能力を引き出して使えるようになる。だから心配するな」
冒険者の良い点は、登録する際に身分を問われないことと、発行される冒険者のライセンスが身分証明書になることだ。
だから、アリルが身分を偽って登録してもなんの問題もない。
ただ、冒険者が不祥事を起こしたりしても、冒険者ギルド側は称号剥奪などの措置以外は、一切責任を負わないという国々の契約の元に成り立っている。
だから、強い冒険者がいい冒険者とは限らない。
いや、悪い冒険者は依頼を雑に行ったり、適切な行動を心掛けないので、結果的にランクが上がりにくいために、ランクが上がるほど冒険者の人間としての質も上がっていく傾向にあるんだが、中には器用に生きていて、冒険者としてまじめに仕事をする傍らで悪事を働く人間もいる。
そのいい例が、あのリィという男だ。
「お前が簡単に捕まるのも無理はない。ライセンスを見たけど、あいつは第二級、冒険者としては一流以上の強さだ。百戦錬磨の盗賊に、実戦経験のないアリルじゃあまだ勝てない」
「な、なるほど。ちなみに、わたしは今はどの程度の強さなのでしょうか?」
「加護抜きなら第六級。有りなら第三級ってとこかな」
実践経験、勘、知識なんかにも左右されるので何とも言えないが、まあ間違っちゃいないと思う。
「ちなみにフィラはどれくらい強いのですか?」
「一番強い冒険者よりも強いとは思うぞ」
「うへえ」
最上位クラスの冒険者は、国家すら無碍にできない影響力を持つ。
加えて、その半数近くが妖精の加護持ちだ。
あのソーナやレッタが加護を与えた冒険者もいる。
「お前がやることは一つ。とにかく強くなれ。実戦を経験し、冒険者としてのランクを上げて、国につぶされない地位と強さを手に入れることだ」
「なるほど、そして時が来れば」
「ああ、シャルティライトの王城に一人で攻め込んで、お前の家族をどうにでもすればいい」
最上位クラスの冒険者なら、いくら国が相手と言えど容易に手出しできなくなる。
なにせ人類最大戦力級、一つの国の事情でどうこうしていい人間ではなくなるのだ。
かといって暗殺者を差し向けようにも、強いので返り討ちにされる。
強くなる。ただそれだけで、シャルティライトは詰む。
「お前の目標が完遂するまでは、少なくとも一緒にいてやる。まあ妖精がいると知られりゃことだ、俺は姿は見せず、お前には『風』の妖精の加護を強めに授かった期待の新人って感じで行ってもらうけどな」
「わかりました!」
もう、絶望しきっていたさっきまでのアリルはいなかった。
目をキラキラ輝かせ、自分にもできることがあると知ったアリルは、希望を胸に抱いていた。
これからは、俺も全力でサポートしてやらないとな。
「それでアリル、火急の問題があってな」
「え?なんでしょう」
「いや、いくら他国に行くとはいえ、流石に王女としての本名を使ってたらバレかねないからな。偽名を使わないといかん」
「な、なるほど」
「差し当たって、一切元の名前の面影がない名前がいいな。お前の偽名だ、好きに考えていいぞ」
アリルは、うーんと頭をひねり出した。
まあ、急にそんなことを言われてもわからんか。
「では、『ソノカ』でどうでしょうか」
「早いな!………で、その由来は?」
「わたしのお気に入りの本の主人公の名前です。戦争以前に書かれたもので、既に大半が焼失してしまっているらしいのですが、偶然城の書庫にあって、子供のころはずっと読んでました」
「へぇ、いい名前だな。ちなみにどんな話だったんだ?」
俺が問うと、ふふっ、と可愛らしく笑い、
「とある女の子と妖精の、友情の物語です」
と話してくれた。
………これ以上なくぴったりな名前だな。
「わかった。じゃあこれからよろしく頼むぜ、ソノカ」
「はい!こちらこそです、フィラ」
アリル………いや、ソノカは、俺に向かって微笑んだ。
さあ、シオン帝国はもう少しだ。