16 妖精の契約
「怪我とか大丈夫か?」
「へ?………わ、わたし、ですか!?」
「そうだよ」
見たところ命に別条があるようなけがはしていないようだが、ところどころに擦り傷や打撲があるな。
俺は地上の魔力に干渉し、俺の風に纏わせて、アリルの周りに吹かせた。
「どうだ?」
「け、怪我が治った………治癒魔法も使えるなんて」
「まあ、厳密にはちょっと違うんだけどな」
魔力を変質させて治癒属性に変え、風に付与しただけだ。癒しの風ってやつだな。
「た、た、助けていただきありがとうございました、妖精様!わたしのような卑賎の身をお救い頂けるなど、何とお礼を申せばっ」
「いや卑賎の身って、昨日までだったとはいえ王族だろお前」
全快したアリルは、まさに平身低頭という感じで俺にお礼を言ってきた。
しかも妖精様って。
まあこの世界では妖精を神の使いと崇める、妖精教なる宗教もあるくらいだし、規格外の力を持つ妖精を様付けするのはわりと普通のことなのかもしれない。
妖精教とか最近知ったんだけどな。なんならお告げとかしたことないし。
「気にするな。俺が勝手に来たんだしな」
「あ、あの、妖精様。不敬を承知で、一つお願い申したいことが」
「いや、そんなにかしこまらなくていいぞ。別に神じゃないんだから」
アリルは後ろを振り向く。
そこには例の盗賊リーダーがいた。
「あの方も、治していただけませんか?」
「は?いや、あいつはお前をさらった張本人だろ」
「そ、そうなんですが、根は悪い人ではないと言いますか、その、わたしを助けてくださったので」
こいつを助ける?
アリルをさらったコイツを?
すげえ嫌だ。嫌、だが。
「まあ、そこまで言うなら」
「あ、ありがとうございます!」
アリルの意思だ、無碍にするわけにもいかない。
だがさすがに全快はさせない。命に別条がなく、最低限動ける程度までは回復させるが、それ以上はしない。
「お前の安全とか顧みても、ここが妥協点だな」
「十分です、ありがとうございます」
アリルはほっと胸をなでおろした。
俺が見ていない間に、この男、なにかしたのか?
「おいアリル」
「は、はい!………妖精様、何故わたしの名を?」
「あー、そのことは後でゆっくり話すとして。名乗り忘れてたけど、俺はフィラだ。『風』の妖精フィラ」
「フィ、フィラ様ですね!」
「フィラでいいよ、様とかこそばゆいし」
「そ、そういうわけにはっ」
「まあそれも追々な。で、アリル、この後はどうする気だ?」
「この後、とは………」
どういう意味ですか、と言いかけたのであろうアリルは、俺が言いたいことを察したのか、顔を暗くした。
「お前、俺が妖精の加護を与えても、それで逃げようとしなかったよな?自分が奴隷堕ちしてももう受け入れる、人生諦めたって思ってただろ」
「………はい」
「だが実際はお前の家族の差し金で、お前は奴隷にすらなれずに殺されかけた。だがお前は生きてて盗賊たちはほぼ全滅、残ったあの男もあのざま。お前は自由だ。どこでどう生きていく気なんだ?」
「………わかりません」
アリルは俯き、俺の質問に淡々と答えた。
「わたしは所詮、ものを知らない無知で非力な女です。挙句に住所も無いし、本名を名乗るわけにもいかなくなります。仕事も雇ってもらえないと思います。きっと犯罪に手を染めようとして、だけど出来ず、飢え死にするのが関の山、というところでしょう」
「なるほどな、そこまで考えたからこそお前は人生諦めたってわけだ」
アリルは馬鹿ではない。
人を信じすぎて、言い換えれば優しすぎたせいで、そこに付け込まれて売国計画こそ失敗したが、十五歳の娘があそこまでを一人で考えるということ自体は大したもんだ。
だが今は、そのいい頭と想像力が仇になっている。
「ですが、こうして助けていただいたのもまた、何かのお導きかもしれません」
立ち上がったアリルは、再び俺にぺこりと頭を下げ、
「助けていただき、本当にありがとうございました、フィラ様。お礼をしたいのですが、生憎今のわたしに差し上げられるものはこの身くらいのもの。
非才の身でどこまでできるかはわかりませんが、救っていただいたこの命、どのように使っていただいても構いません」
そう来たか。
参ったな、「死ね」とか言ったら本当に死にそうな勢いだ。
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらおうか」
「はい」
「本音、聞かせろ」
「え………?」
だから、一回ぶちまけてもらうことにした。
人間は、胸に秘めた言葉をずっと飲み込むからすっきりしないんだ。
だったらそれを吐き出させればいい。
「お前、何も成せないままに死んでいいのか?本当にそれでいいと思ってるのか?こうしている今でも、お前の国の国民は、お前の家族が強いている重税に悩まされ、飢え死にしてるやつもいる。お前はそれをほっぽって、自分だけ楽になろうっていうのか?」
「………っ」
「いや、別にいいんだぜ?楽になりたいってのは全生物に共通する性だからな。お前は間違ってないよ、うん。信じてたものに裏切られたんだ、何もかも諦めたくなったって仕方がない。唯一国民を助けられる可能性がありそうなお前は死に、次の王が生む子供がクズに育たないことを期待し続けることしかできない哀れな国民を見捨てて死にたいなら好きにすればいい」
我ながら神経を逆なでするような言い方をするもんだ。
だが仕方がない。いっぺん言わせておかないと、手遅れになる。
「ほら、もう行っていいぞ。国民はどうでもいいんだろ?お前の覚悟ってそんなもんなんだろ?俺は帰るから、早く行けよ」
本当は帰れないが。
「………ないでしょう」
「あん?」
「どうでもいいわけ、ないでしょう!?」
本音を聞き出す一番いい方法。
それは、怒らせることだ。
「わたしだって許せませんよ、あんな家族!重税、不正、思いつく限りの悪道を平気でやって、国民を見下し、好き放題!それを正そうとした家族すら平気で売る腐った性根!大っ嫌いです!
でもじゃあどうすればいいんですか!地位も、財も、何もかも失ったわたしに、いったい何が出来ると!?」
「まるで、出来るなら国を救いたいって言いたげだな」
「救いたいですよ、あたりまえじゃないですか!国民を助けたい!あの腐った家族には相応の罰を与えたい!わたしを売ったのも、国民を虐げるのも許せない!でもどうしろと言うんですか、相手は王族です!その地位を失ったわたしには、どうしようもないんですよ!」
言いたいことを言い終え、アリルは息切れしながら俺を睨みつけていた。
思った通りの子だ。四百年以上生きてきたが、こんなに優しい子はそうそう見たことがない。
「さっきの話の続きをしようか。俺がなんでお前の名前を知ってたのか。答えはな、ここ数年ずっとお前のことを見てたからだ」
「………え?」
「自覚はないかもしれないが、お前はアイビトって呼ばれる、特定の妖精と相性が良すぎて、その妖精を魅了してしまう超特異体質者だ。俺はたまたまお前を見つけちゃってな。それ以来お前から目が離せなくなった」
アリルは目を見開き、衝撃を受けた顔をした。
自分にそんな力が備わっているなんて夢にも思っていなかったんだろう。
「俺はお前をずっと見守ってきた。お前が捕まった時は生きた心地がしなかった。そしてお前が妖精の加護を使わないっていう選択をするほどに精神にガタが来てるって知った時、地上に降りる決意をした」
俺はアリルの近くまで寄る。
「実はな、今のお前でも、生きることが出来る仕事はある。それどころか、上手くいけば国を何とかできるかもしれない。時間はかかるけどな」
「………っ!」
「とはいえ、お前の力だけじゃ限界がある。だからお前に魅入られた妖精として、俺が力を貸してやるよ」
そして手を出す。
「俺がお前の頑張りが無駄じゃなかったって、証明してやる。お前を幸せにしてやる。お前が大っ嫌いな家族を這いつくばらせて、『ざまぁ』って言ってやろうぜ」
アリルは、迷うように自分の手を見た。
関係がない俺を煩わせることを気にしてるのか?
「言い方変えるぜ。オレもムカついてるんだよ、俺のお気に入りを傷つけたやつらに。一緒に復讐してやろうぜ。お前が嫌いな奴らを不幸にして、お前が幸せになる手伝いを、俺にもさせてくれ」
アリルは顔を上げ、少し逡巡する気配を見せる。
そして、決意したように、俺の手を取った。
「分かりました、お言葉に甘えます。あなたに授かった力で、きっと大事を成して見せます。その時まで、よろしくお願いします、フィラ様」
「様付け辞めろって。これは絶対だ、呼び捨てしないと力貸さないぜ」
「う、うう………じゃあ、フィラ」
「おう」
その瞬間、アリルに与えた俺の加護の紋章が光り、形を変えた。
「な、なんですか!?」
「妖精の加護が『妖精の契約』に変わったんだろ。簡単に言えば進化する妖精の加護だ」
妖精の加護と違い、妖精と他種族との相互の同意を以て行われる、加護の進化版。それが妖精の契約。
「お前には、これからその契約を育ててもらう。育てる条件は強くなることだ。もちろん肉体的な意味でな」
「つ、強く?」
「なにも、政治的にお前を成り上がらせようなんて思ってないよ。もっと単純な話だ」
「アリル。お前には冒険者になってもらう」
ここで序章的なのは終わりです。ある程度たまったら章管理します。