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14 妖精の加護

 邪竜。それは、地上最強種『竜』の成れの果てと揶揄される、どの国に行っても災害指定されているモンスター。

 代償はその善性と多少の知性、見返りはパワーという、常軌を逸した禁呪を執り行い、国を追われた、元同族の竜からすら嫌悪される存在。


『さて、どの者から食おうか。いや、二人を除いて体も汚く肉も不味そうだ』


 だけど、その力は同等級の竜を凌駕するほどに高い。

 もし人里に出てこようものなら、国家が総力を挙げて討伐しなくてはならないほどの規格外だ。

 そんな普通なら一生目に留まらないような怪物が、なんでこんなところに。


『娘と華奢な男以外は要らぬ』


 わたしの混乱、疑問、それらすべてを他所に、邪竜はその大木をまとめた様な太い腕を振りかざした。


「ひ、ひいいっ!?」

「逃げろ、逃げろおお!!」


 わたしとリィ以外全員が恐怖し、散り散りに逃げた。

 だけど、国家級戦力を総動員してようやく勝てるかというレベルのモンスター、邪竜の攻撃を避けきれるはずがなかった。


 邪竜の腕は地面に着弾し、半分がそれに押しつぶされて肉塊になって死んだ。

 もう半分はその余波で吹き飛び、ある者は地面にたたきつけられて、ある者は首の骨を折り、ある者は崖にぶつけ、死亡した。


 たった一撃。それも軽く手を地面に置いただけでこの威力。

 しかも、食料にしようとしているわたしとリィには一切被害がなかった。

 つまり、調整した。わたしたちに被害が及ばないように。


『ふん。さて、目障りなのは消えたことだ。食事にしよう』


 体の震えが止まらない。

 既に諦めたはずのわたしの人生なのに、ここでこのモンスターに食われて終わると考えることが、発狂したくなるほど恐ろしい。

 呼吸が浅くなって、立っているのがやっとになる。


「ちっ………ここで終わりかよ。おい」

「………」

「おいっての」

「はっ………あ、はい………」

「お前逃げろ」

「は………?」


 わたしの体をゆすって、正気に戻したリィ。

 彼は、意味不明なことを言い出した。


「な、なんで、ですか。あなたはわたしを助ける義理なんてないのに。わたしを囮にすれば逃げられるかも」

「理由その一。俺とお前なら俺の方が強い。この邪竜の足止めは俺の方が長く出来る。理由その二。俺はお前の安全を保障すると言った。まあこんな状況じゃあ不可能になったわけだが、約束を守る努力はする。理由その三、これが一番重要だが、単純に連中の思い通りにさせたくねえ」

「連、中?」

「お前を売ったやつらだよ。あいつら多分、ここに邪竜が住んでること知ってやがったぜ。だからここを通る必要があるように、オーガの国を売る先にして、期限もギリギリにした。邪魔なお前も消えて、俺らの口封じも出来て、自分たちは前金を得られる。一石三鳥だ」

「そ、そんな」

「ああ、俺らへの報酬を払わずに済むっての含めれば一石四鳥だな。だがただで死んでやるもんかよ。お前を生かして、あいつらの思惑狂わせてやる」


 リィは少し体と声を震わせながらも、そう言い放った。


『最後の会話は終わったか?では食うぞ』

「はっ!待っててくれるとはお優しいことで!行くぞおらぁ!」


 わたしが止めるより早く、リィは邪竜に向かって駆け出した。


『愚か』


 邪竜は再び、その手を振り下ろす。


「甘えんだよ!」

『むっ?』


 だけど、信じられないことに、リィはそれを避けた。

 ギリギリで回避して体を捻りながらジャンプすることで衝撃を殺し、少し吹き飛んだところで空中で体制を直して、振り下ろされた腕から邪竜の体を伝っていく。


『ほう、人間にしてはなかなかやる』

「おらあっ!!」


 あっという間に邪竜の首までたどり着いたリィは、その首を背中に背負っていた大剣で斬ろうとする。


 ―――パキンッ。


『人間にしては、な。そんな鈍らでは我の薄皮一枚すら切り裂けぬ』

「ちぃ、バケモンが!」


 折れた大剣を捨てたリィは、慌てて邪竜の体から飛び降りる。


『ふん』

「う、おっ………ぐぎっ」


 そして、その体に邪竜の尾が命中した。

 ポキポキという音と共に、こちらにリィが飛んできた。


「リ、リィさん!しっかりしてください!」

「ば、馬鹿野郎、逃げろっつってんだろうが………俺の命無駄にすんじゃねえよ、クソ王女………!」

『丁度いい具合にまとまったな。死んでから喰らうと味が落ちる。このまま二人まとめて食うか、一人ずつ味わって食うか、迷いどころだな』


 ドシンドシンという地鳴りを起こしながら、邪竜は近づいてくる。


『決めたぞ。二匹まとめてだ』


 そして、その大口を開け、その手がこっちに向かってきた。


 わたしは、ここまでなのだろうか。

 何も成せないままに、ここで死ぬ。もはやほとんど決定事項に近いその事実が、わたしに迫ってくる。

 もはや、わたしの命はいい。どうせこのまま生きても、きっと数年、下手すれば数か月も経たないままに死ぬだろう。

 だけど、わたしはたった一人救えないままに死ぬの?

 全部、あの兄弟たちの思い通りに。国民をお金を生み出す道具としか見ていない、あんな愚かな人の思惑に沿って。


 ―――それだけは、嫌だ。


『なんだ娘、先に食ってほしいのか………ぬううっ!?』


 わたしはリィの前に立ち、邪竜に向かって手を向けた。

 左手の甲に刻まれた紋様が光り、直後に邪竜がその場でたたらを踏む。


「リィさん、逃げましょう!」

「お、お前、今何をっ」

『人間が魔法を?いや、違う。これは………』


 わたしは芽生えた能力で下から上への上昇気流を起こし、リィを持ち上げた。

 このまま空を飛べれば楽なのだけれど、今のわたしの力じゃあそんな絶妙な加減が必要なことはできない。


「追い風を起こせばもしかしたら………きゃあっ!?」

『なるほど、貴様妖精の加護の所有者だな!司るのは風か?いずれにしろ不愉快だ、加護持ちは食えぬ!』


 能力で一気に加速しようと思ったけど、怒った邪竜の烈震脚を受け、体制が崩れる。

 わたしが加護を授かっているのを悟り、怒り心頭なようだ。


 妖精の加護を持っている者を食べると、体内で加護が暴走を起こし、捕食者の体が爆散する。有名な話だ。

 力の片鱗ですらそれほどの力があるあたり、妖精という種族の規格外さが伺える。

 だけど、わたしが引き出せる加護の力はまだまだ浅い。これじゃあ、逆立ちしたってこの邪竜には勝てない。


『忌々しい妖精め、こんな小娘に力を与えるなど!もういい、貴様にもう用はない、消し飛べ!』

「あっ」


 邪竜の手が再び振り下ろされようとしている。

 しかも、今度は本気だ。おそらく、数十メートル離れても余波で死ぬ。

 この距離じゃ、展開できる風で最大までガードしても、致命傷は免れないだろう。

 苛立ちのせいかリィもまとめて潰す気のようだ。


『消えろ!』

「ううっ………!」


 もうダメだ。

 迫りくる手。ぜったいににげられない絶対に逃げられない。

 一秒後にわたしは死ぬ。


(何も、為すことが出来なかった)


 国民を幸せにすることも、家族に罪を償わせることも出来なかった。

 浅はかな考えで計画を立て、杜撰な方法をとった結果がこれ。

 子供の浅知恵とはよく言ったものだと、他人事のように思った。


 そして。

 その黒い拳が、わたしを貫こうと―――







 ………?

 咄嗟に目をつぶったが、いつまでたっても痛みが来ない。

 あるいは痛みなく死んで、わたしはもう死後の世界にいるのかも。

 怖いけれど仕方がなく、わたしは薄目を開いた。



「ふぅー、間に合った。間一髪だぜ、途中からソニックブームで木が倒れるくらい加速したもんなあ」



「………え?」


 わたしは死んでいなかった。

 リィも、痛みのせいで気絶しているようだけど、無事だ。

 わたしとリィをの直前で拳は止まり、そのウロコがはがれ、ところどころから血が滲みだしていた。


『ぬうっ!?』


 竜が出血する。有り得ないとまでは言わないけど、元とはいえ地上最強種がそんなことになるなど、少なくともわたしの力では不可能だ。


 そして、それを成したと思われる影が、わたしの目には映っていた。


「おい、無事か?アリル・シャルティライト」


 その体は小さい、巨大な竜が目の前にいるせいか余計にそう見える。

 だけどその存在感は邪竜以上だった。その場にいるだけで場が支配されるようなこの感覚。

 黄緑色の綺麗な髪を二つ結びにし、蝶のような美しい羽根を生やしているその姿は、まさしく御伽噺に出てくる伝説の種族。

 竜や精霊、人魚をはるかに上回る、世界最強種。


「妖精………」

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