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13 御伽噺の悪役

 夜は馬車が止まり、野営の準備が行われた。

 わたしは手錠を馬車を降ろされ、足と馬車をつながれる。

 盗賊たちにはリィがお酒を渡していた。


「いよいよ、明日には例の谷に着く。全員気を引き締めろよ」

「リィさん、どうしてもあそこを通らなきゃならねえんですか?迂回ルートを探した方が」

「ダメだな。あっちの仲介人との約束期日までには、あそこを通らないと間に合わねえ。もし間に合わないでみろ、俺らこの元王女をかっぱらったと誤解されて、信用を失っちまう」


 盗賊の一人が準備されていた料理を全員に配り終えた直後に一斉にかきこみ始めた。

 その中でも、リィの話は続く。


「てめえらもあそこの危険性は分かってるよな。まあ俺がいるから大抵は大丈夫だと思うが、気合は入れてけよ。全攻撃を俺がカバーできるわけじゃねえんだからな」

「「「うーっす」」」


 よほどお腹がすいていたのか、盗賊たちはもう食事に夢中で、話を聞いてるか微妙なところだった。

 ため息をついたリィは、立ち上がると、こっちに歩いてくる。


「ほらよ。お前も食え」

「あっ………ありがとうございます」

「だから礼を言うな、気分悪い」


 リィはわたしに、食事のスープとパン、ちょっとしたお肉を持ってきてくれた。

 わたしを良い状態で出荷するためとは分かっているけど、今の状況ではとてもありがたかった。


「まあ、不味いだろうけどな。城で食ってた豪華なもんに比べりゃ吐きそうなレベルだろ」

「いえ、美味しいです。わたし、豪華な食べ物って全然食べなかったので」

「あん?………ああ、庶民の暮らしを知るためってか?はっ、ご苦労なこった」


 もっと粗雑なものが出てくると思っていたけれど、しっかりと味付けがしてあって、安い食材なりに工夫しているのが分かった。

 これを作ったのがこの男だからというから驚きだ。


「ごちそうさまでした」

「おう」


 食べ終えて一息ついたわたしは、一拍置いて気になっていたことを聞いてみる。


「あの、危険な谷っていうのは何のことなんですか?」

「てめえにゃ関係ねえ、と言いたいところだが、万が一の際は自衛の必要があるかもしれんから教えてやる。

 オーガの国とこの国を繋ぐ国境は一か所だけだ。そしてそこに行くには危険地帯と安全地帯、二本の道があってな。俺らが向かうのはその危険地帯、モンスターの巣が多くて消息不明者が後を絶たないやべえ道だ」

「迂回するとどれくらいのロスに?」

「二週間だ。だが仲介人にお前を引き渡す期日は四日後、ここを通るしか道はねえ。幸い、お前がいた王国が一か月前に調査して、現在モンスターは非活発的だって結論が出ちゃいるが、どこまで信用できるかわからねえ」


 リィは苦虫を嚙み潰したような顔でそう話す。

 王国が信用できないというのはわたしも同意見だから仕方がないけれど。


「あわよくば、ここで俺らごとお前を始末しちまおうって魂胆かもな。既にあっちもお前を売るって契約の前金は貰っているだろうから、それで満足してたらそういう可能性もある」


 ありそうな話ではある、と心の中で考える。

 わたしは非力だ。今でこそ妖精の加護を授けられてある程度の風は起こせると思うけど、それでも多分簡単に死ぬ。

 いっそここで全員を風で倒して、逃げてみる?

 無理、居場所はないし、それ以前に人里が分からずに遭難する。


「まあ、安心しろ。お前を売り飛ばして金を得るまでは、お前の身の安全は保障してやる」


 それならまだ、この男の傍にいた方が危険は少ないかもしれない。

 リィは多分強い。ここにいる誰よりも、ダントツに。

 少なくとも、わたしを売るまでは守るという言葉は嘘ではないと思う。


「さて、じゃあとっとと寝ろ。寝不足で肌荒れでもしたら価値が下がる。おい、てめえらも明日に備えてさっさと寝ろ!二人は見張りで起きておけよ!」





 翌日、わたしを乗せた馬車は危険地帯と言われていた谷に入った。

 辺り高い崖に囲まれていて逃げ場はなく、上から襲われれば並みのものならひとたまりもない。


「ここからは全員細心の注意を払え。絶対に気を抜くな」

「うっす」


 谷とはいっても水はない。戦争の余波で枯れ果てたと聞いた。

 だからこの辺りはすでに不毛の大地で、人間どころかオーガすら近寄らない。

 何より、モンスターが多い。それもコボルトやはぐれゴブリンなどの弱いモンスターではなく、オークやホブゴブリンなどの中級クラスモンスターが最も割合を占めるという。


「………妙だな」

「え?何がですかい?」


 そう聞いていたのに、おかしい。


「モンスターが一匹もいねえ」


 そう。

 すでに馬車を走らせて三十分以上が経過しているにもかかわらず、一度もモンスターの影を見ていない。


「こっちにビビってるんじゃないですかい?ほら、リィさんは強えし」

「馬鹿野郎、そうじゃねえ。本当にいねえんだよ、気配を全く感じない。何度も巣穴の近くを通ってるはずなのに、一度もこっちにこねえ。こんな上玉乗っけてる馬車だぞ?鼻がいいオーク辺りが気づいて群れで襲って来たっておかしくねえのに、どうなってんだ」


 なんだか胸騒ぎがする。

 なんというか、すべてを台無しにされかねないような。


 そしてその予感は、最悪の形で的中した。




 ―――ガシャアン!!


「うおっ!?」

「なんだあっ!!」

「きゃっ!」


 凄まじい音と地鳴りと共に、馬車が突如停止した。

 慌ててリィが外の様子を伺い、


「おい、馬が殺されてるぞ!」


 そう叫んだ。


「マジですか!?一体何が!」

「わからねえ。だが、見ろ」


 馬が殺された以上、中にいても意味がない。

 わたしも馬車から降ろされ、そして馬の姿を見て絶句した。

 はじけ飛んでいる。二体ともだ。

 体の一部を残し、四散している。


「うえっ!………な、なんだこりゃ」

「知らん。だがこうなった原因が近くに………!?」


 警戒を呼び掛けようとしたのであろうリィの言葉は、最後まで続かなかった。


 突如として、頭上に影が差した。

 雲が太陽にかかったわけではなく、それは明確に生物の形をした影だった。

 思わず見上げてしまい、わたしはその瞬間、逃げ出さないという自分の選択を後悔した。


 空にいたのは、体長二十メートル以上あるであろう、巨大なシルエット。

 巨大な翼を広げ、太い尾を垂らし、額には角を生やしている。

 雄々しい体は真っ黒で、その存在感は見るものすべてを圧倒させる。


『また餌が来たか。しかしこれでは足りぬなあ』


 それは、この世界を生きる知的生命ならほぼ全員が知っている怪物。

 御伽噺の絶対的な悪の象徴にして、現実においても最悪のモンスターとされている。

 世界中に点在する物語の中では妖精に次いでその登場回数が多い、子供でもその絶望的な強さを知るほどの存在。


『だが、美しい娘がいる。そういう者の肉は美味い。これで我慢するとしようか』


 ようやくわかった。この辺りにモンスターがいなかった理由が。

 おそらく、すべてこの化け物に殺されたのだ。

 圧倒的な蹂躙の権化。国家で対処するレベルの災害モンスター。


「ははっ、最悪すぎるぜ。邪竜かよ」

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