12 加護
「リィさん。この後はどうするんです?」
「前に説明しただろうが、このまま予定通り、オーガの国に連れていく。種族至上主義で、人間を超がつくほど格下に見てるあの国だ、さぞ可愛がってもらえるだろうぜ」
リィというのがこの男の名らしい。
まあ、どうでもいい。
わたしがどこに行くのかも。どうなるのかも。
「その、リィさん。実は、その」
「あん?」
「その、あっしらもね、あれっすよ。最近は全然ご無沙汰で溜まってると言いますか」
だけど、さすがにこの言葉には、ぞっとせざるを得なかった。
「あー、なんだ。つまりこの女を使って発散したいってか?」
「まあありていに言うと………へへっ」
見ると、リィと呼ばれているリーダー格の男以外、全員がわたしのことを見ている。
思わず悲鳴を上げたくなる。
汚らわしい、嫌だ、触らないでほしいという気持ちが、どっと沸き出てくる。
「はー、しょうがねえやつらだなあ」
「そ、それじゃあ」
―――ゴシュッ!
「………ぐべえ!?」
だけど、わたしが恐怖をあらわにするより早く、予想だにしないことが起こった。
リィが、仲間を殴った。
「てめえ、舐めてんのか?」
「へ、へぇ!?」
「この女は商品だぞ。それを傷つけるってのがどういうことかわからねえのか。まさかとは思うが、今までもそうしてきたのか?」
「そ、そりゃあ………」
「俺がてめえらの元ボスをぶっ殺して、てめえらが俺に命乞いして何でも言うことを聞くっつった時、俺は言ったよな?『ものは丁寧に扱え』って。粗末な短剣も、かび臭え服も、全部綺麗にして、大切に扱えと」
リィは怒りの形相で部下たちを睨みつける。
どうやら彼らは信頼ではなく恐怖でリィに従っていたようで、体を震わせていた。
「それはこの女も同じだ。少なくとも向こうの仲介人に会うまでは、飯も食わす。安全も保障する。ものの価値を下げるんじゃねえ、それは恥だと思え。目的を達成するまでは、どんなものも大切にしろ」
ようやく怒りが収まったというように、リィは椅子に座りなおす。
「………わかったな」
「へ、へい!」
………少し、驚いた。
てっきりわたしを慰み者にしようとするかと思っていたけれど。
「ありがとう、ございます」
「あ?礼なんて言うんじゃねえよ。俺がいい人みたいに聞こえるだろうが」
一応お礼を言ってみたけど、逆に気分を害したようにそっぽを向いてしまった。
そして予期せずして、わたしの行き先が明らかになった。
オーガの国。オーガは、どちらかといえばモンスターに近いものの、それなりの知能と理性を有しているがゆえに人族の部類として扱われている存在。
だけど、自分たちを最強の種族と信じて疑わず、他種族の奴隷化を推奨している国。
そして鎖国とはいかないものの閉鎖的な国で、その中で奴隷がどんな扱いを受けているのかはあまり知られていない。
けど、わたしは知っている。その国から逃げ出してきた女性の言葉が書かれた本を読んだことがあった。
―――曰く、地獄だったと。
でも、逃れる術はないのだから仕方がない。
また裏切らるよりは、元から地獄にいた方がマシなのかもしれない。
何もかも諦めたわたしは、自分のことを他人事のように考えていた。
そして突然、自分の体に力が宿るのを感じた。
唐突に。何の前触れもなく。
自分の体ではないかのように力が溢れて、心地よさすら感じる。
周りは気づいていない。わたしだけのようだ。
自分が何をできるのか、感覚的に理解できる。そして、脳に直接、わたしに何が起きたのかインプットされる。
左手の甲を視ると、薄く、だけど確実に、緑色の紋章のようなものが浮かんでいた。
逆巻く風をかたどったような、綺麗な形。
妖精の加護。
世界最上位種、神に最も近い種、竜以上に御伽噺で語られる伝説の種、妖精。
わたしたちとは別の世界、妖精界で今も暮らしていると言われている彼らが、極稀に地上を生きるわたしたちに、気まぐれで与えるという力、それがこれ。
力がみなぎる。
妖精は個々によって司る属性が異なり、その能力は『四柱いれば世界を滅ぼせる』と伝えられているほどに強大。
わたしに力を与えてくれたのは『風』の妖精。
魔力を持たない人間のわたしにも、風を操る力が宿る。
今ならきっと、この場にいる全員を馬車から吹き飛ばして、わたしだけ逃げることが出来る。
横にいるリィという男は相当な手練れのようだけど、わたしが起こせる風に抵抗できるとは思えない。
わたしは逃げられる。そして―――
………逃げてどうする?
どうせ、わたしに居場所はない。
所詮、城の外に出たことも少なく、自分で何も成せない箱入り娘。
仮に逃げて、近くの町に落ち延びたとしても、碌なことも出来ずに飢え死にする。
ならいっそ、このまま逃げない方がいいんじゃないだろうか。
奴隷になれば、最低限の衣食住は保証してもらえるかもしれないし、少なくともここで逃げるよりは生存率が高い。
もし殺されそうになったりでもしたら、そこで加護を使えばいい。
それでもだめだったら、わたしの運命はそこまでだったということ。
加護をくださった妖精は、きっとこの力で逃げろって言ってくれているんだと思う。
だけど、わたしは逃げない。逃げても意味がない。
わたしの将来が真っ暗なのは、変わりがないんだから。