11 結ばれない努力
「我々は優れている」
それが、お父様の口癖であり、家族の共通認識だった。
王族に産まれ、人よりも上位にいるのだと教えられ、贅を尽くした食事、何不自由ない生活、綺麗な服、何もかもが揃っている生活を送れるのは、王族が優れているからだと。
本当にそうだろうか?
私にその疑問が浮かんだのは、幼い頃にパレードで城下町に連れられた時だった。
「見なさい、アリル。あそこに小汚い格好の子供が倒れているだろう?」
今思えば、きっとあれは孤児だったのだろう。
二十年前まで続いていた戦争で、兵器に体を蝕まれた者、過酷な労働環境で体を壊す者、そうした影響で親を失う子供というのは、後を絶たなかった。
「自分を見なさい。アレと自分を同じ生物だと思えるか?あれが人間としての失敗作だ。他の連中にしたってそうだ、安物の服を着て安くてまずい飯を食らい、割に合わない労働をする。浅ましくて愚かな平民や奴隷は、そうしないと生きられない。
だが我々は、こうやって何不自由なく暮らし、そんな平民どもから畏敬を集めている。何故か。それは我々が優れた、成功した人間だからだ」
お父様が自慢げに語っていたけれど、わたしは共感できなかった。
自分と外にいる人々、何が違う?
ただ、生まれた環境が違っただけ。
わたしが学を修めることが出来たのは、それができる環境にいたから。
少なくともわたしは、自分で何かを為すということをしたことがない自分が、外にいる人たちより優れているとは思えなかった。
だけど、私以外の家族はみんな、お父様の発言に疑問も抱かず、自分のことを優秀だと思っていた。
お母様も、二人の兄も、姉も、弟も。
私たちが身に着けているものも何もかも、わたしが稼いだお金で買ったものじゃない。
わたしたちは平民の人たちから徴収した税で生活しているのだから、私たちは彼らに生かされていると言っても過言ではないのに、家族はそれを忘れ、贅沢の限りを尽くしていた。
家族だけじゃない。周りにいた貴族たちも、その多くが同じ状態。
歳を経るにつれてその違和感と嫌悪感に耐えられなくなってきたわたしは、食事も行動も家族と切り離し、勉学に励み、国民の現状を確認し、ひたすらに政務に従事した。
少し調べただけでも酷いとわかるこの国の政治。王族と貴族にしか利がない法や、調査の過程で分かった数々の不正、重税、年間の国民の死亡者数、エトセトラ。
もうこの国は、腐っていると言わざるを得なかった。
だからわたしは、家族を告発することにした。
家族の不正を他国に流し、それを弱みにさせることで、売国しようとした。
もちろん、売る国は選ぶ。かつて戦争で「形だけの」同盟を結んでいた国同士の交流会で出会った、とある国。
あの国の様子は、少し見ただけでも素晴らしいものだった。
少なくとも、今より酷くなることはない。そう思って、わたしは準備を進めた。
あと、少し。あと少しだったのに。
わたしの目的は、簡単に阻まれた。
※※※
わたしがいつものように勉強して、少し休憩しているとき。
その時は、突然来た。
「見つけたぞ、こいつでいいんだよな?」
いきなり部屋に、見覚えのない兵士が入ってきた。
城に勤めている人たちの顔はすべて覚えているはずのわたしが知らないという時点で、兵士に扮した部外者だということは把握した。
問題なのは、何故そんなバレバレの嘘がバレてなくて、彼らが仮にも王女であるわたしの部屋にまで到達出来ているのかということだった。
そして、その答えを、わたしは一つしか思い浮かばなかった。
「誰の、指金ですか」
「一言目がそれとは、察しの良い嬢ちゃんだ。だが、言う義理はないな」
恐怖と困惑を抑え込みながらの質問も答えてもらえず、わたしは兵士に扮した賊に襲われた。
脱出を試みたが、最低限の護身術と剣術しか持っていないわたしでは到底彼らには及ばず、取り押さえられた。
何故、こんなことに。
今まで、絶対に誰にも察せないように目立たず動いてきたはず。
あと一日あれば、すべての準備が完了していたのに。
わたしの心の中で多くの疑問が浮かぶ中、わたしの体は部屋から引きずられ、抵抗しようとしたら何かで口をふさがれた。
瞬間、はっきりとしていたわたしの意識は朦朧とし始め、やがてわたしは気を失った。
目が覚めると、粗末な馬車の中だった。
手には手枷を嵌められ、服もいつの間にか変わっている。
馬車の中は下卑た顔つきの男たちによってぎゅうぎゅうに押し込まれていて、とてもではないけど逃げられるような雰囲気ではなかった。
これは、まるで―――
「………奴隷」
「本当に察しがいいなあ。頭もいいから高値で売れるって聞いて引き受けた依頼だったが、本当だったな」
「あなた方は、なんなのですか」
「盗賊だよ。お前らみたいな貴族様や王族様が大っ嫌いで、こうして王女の自由を奪ってることにすげえ快感を感じてる、人間のクズさ」
リーダー格と思しき男が、そう答える。
「誰の」
「誰の差し金かって質問なら、さっき言った通り答えねえ。だがそうだな、こう言えば絶望してくれるかもな」
盗賊の男は、心底楽しそうな顔つきで、
「お前が信じてた城の連中は、誰一人としてお前の味方じゃなかったってことさ」
そう、わたしの心を抉る一言を言い放った。
「あの城に、お前の味方なんて一人もいない。あそこにいる時点で、全員国王か、その子供の息がかかってる。それがどんな形であるかは知らないけどな」
………噓だ。
「お前の部屋に隠してあった資料。売国だっけか?十五のガキらしいお粗末な作戦だったぜ。念密な作戦ってのはな、まず人を信用しちゃいけねえんだよ。手紙のやり取りや必要物資の取り寄せを他人に任せてる時点で三流だ。もう少しで準備完了だとでも思ってたか?察しの良さ以外は頭の足りねえ女だ、お前はお前が正義の味方ぶって断罪の真似事しようとしてた兄弟連中に嵌められたんだよ」
………そんな。
わたしが信用していた、わたしの理念に賛同してくれたいた人たちが。
みんな、敵だったということ?
「信じていたものに裏切られる気持ちはどうだ?何もかもどうでもよくなるだろ?それでいいんだよ。もうお前の人生に光なんてささねえ。あのままかわい子ぶって王女やってりゃ何不自由ない幸せな生活だったってのに、間抜けだなあおい。正義の味方が勝つなんて、ガキの絵本だけの世界だ」
そしてわたしの心は、ボロボロになった。
自分自身で、わたしの心がこんなに脆いものだったということに驚いてしまうほどに。
この男の言う通りだ。
もうこうなった以上、わたしに希望はない。
これからのわたしの末路は、容易に想像できる。
この格好、きっと別の国で奴隷として売られる。
身分も何もかもを無理やり剥ぎ取られて、人間以下の生活を強いられるというわけだ。
何もかも、諦めた。
もう、わたしに残された道はない。
例え数万分の一の可能性をこの場で引き当て、この人たちから逃げられたとしても、もうわたしに居場所はない。
諦めたら突然、心が楽になった。
ああ、そうか。
結局わたしは、国民のために動いていたんじゃない。
「お?いい表情になったな。全部疲れたって顔だ」
わたしはただ。
王族のしがらみとか。話の通じない兄弟とか。意見の共有できない両親とか。
そういうものを全部諦めて、放り出したかっただけだったんだ。
そして、こうして奴隷として売られることになって、皮肉にもわたしの願いは叶った。
じゃあ、もういいじゃないか。
もう、他人に逆らって自分で考えるのは疲れた。
だって、その結果がこれなんだから。