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10 地上へ

「地上、に?」

「ああ。君が行けば、状況は変わるかもしれない。彼女が今、心を閉ざしてしまっているのは、一人だからという要因が大きい。君が行ってあげれば、あるいは状況が変わるかもしれない」


 妖精が地上に降りる。

 それは、何でもないようなことに聞こえるが、かなりとんでもないことだ。

 まず、妖精自身が地上に降りることはほとんどない。

 自分の能力などを使って地上にしかない物資を貰ったり、こちらから一方的に覗いたりはするが、降りることは極めて少ない。

 というのも、妖精はあまりにも強大すぎて、存在するだけで人々に混乱を招く可能性があるからだ。


「地上の人々の中には、妖精を神の使い、あるいは神そのものとして崇める風習すらある。そうでなくとも、妖精の力を利用しようと考える輩も多い。だから地上には行かない方がいいって、口を酸っぱくして言ってたのはコーラックさんじゃないですか」

「そうなんだけどね。だがアイビトを見つけた妖精がその存在を助けるために地上に降りた事例というのは、実はあるんだ。それも過去に二度もね」

「ちなみに最後に妖精が地上に降りたのは………」

「千年前かな。ちなみに僕だ」

「あんたかい」


 滅多に姿を現さない、神に最も近い種族、妖精。

 地上を生きる人々にとっては天使にも悪魔にも見えるだろう。


「本来はあまり許可できないことなんだけどね。アイビトを見つけた妖精となれば話は別だ。だが強制はしないさ、どうするかは君自身が考えたまえ」


 俺は考える。

 俺も伊達に四百年生きていない。地上のことも観察し続けたことによって結構詳しいし、それ以外にも培った記憶はある。

 その知識も、妖精としての力も、今のアリルには必須と言える。


 思考一秒未満で結論は出た。


「行きます」

「えっ、マジかいフィラ」

「僕が言っておいてなんだが、君と一緒にいるということそのものが、彼女に危険を及ぼすかもしれない。一度地上に降りれば、当分は妖精界に帰ってこられない。正直、君にとってはデメリットの方が大きいぞ」

「わかってますよ」


 一度妖精界を出たら、その後十年は妖精界に帰れない。

 これは、地上と妖精界を繋げる異空間が十年に一度しか開けないためだ。

 加えて、俺がいると知られれば、妖精の能力を悪用する輩の他にも、俺を神と勘違いしてその寵愛を受けるアリルに嫉妬し、危害を加えようとする連中とか、色々いるかもしれない。

 それは分かってる。けど、それでも。


「俺は行く。俺はあいつを助ける。降りかかる火の粉も俺が払う。俺がアイツを見つけたのも何かの運命ってやつだ。だから、俺がアイツを、幸せにする」

「ひゅ~、言うねえフィラ」

「大胆な告白じゃないか」

「えっ?………いや、違っ!?今のはそういう意味じゃなくてだな!」

「じゃあ、君を地上に降ろす準備をしよう。ここまで盛り上げておいてすまないが、異空間を広げるのは僕でも一日かかる。明日まで待ってくれ」

「今すぐじゃないのかよ。すぐ助けに行きたいのに」

「こればかりは仕方がないんだ、すまないね」


 そう言って、コーラックさんは突如消えた。

 まあ、あの人が手品のようにいきなり消えるのはいつものことだ。


「とりあえず………皆に話を通すか」




 ※※※




「それでは、フィラの地上進出を祝してー、かんぱーい!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」


 どうしてこうなった。


「こんなことしてる場合じゃないんだが………」

「仕方ないじゃない、どうせ下にはまだ降りられないんでしょ?それならじたばたしたって楽にしてたって結果は同じじゃない」

「そうなんだけどさあ」


 俺が地上に行くと聞いた瞬間この騒ぎだ。

 なんだこいつら。みんな俺のこと好きなのか?


「いやあ、フィラが地上デビューか!こりゃめでたい、酒持ってこい酒!」

「おいレッタ、ここの水全部酒に変えろ!上等なヤツな!」

「よし任せろ、米から作った味のヤツでいいよな?温泉に合うやつ」

「お前、前から思ってたけど『水』じゃなくて『液体』の妖精だよな」


 いや違うな、変化が少ない妖精界じゃ、何かにかこつけて祭りにしたがるだけだ。

 実際、妖精にとって十年なんて本当に短い。人間だった頃に換算すれば一か月くらいの感覚だ。

 あっちは一方的に俺を見れるだろうし、対して寂しさもないだろ。


「しかし、別にタブーではないとはいえ、地上に降りるなんてフィラも変わりものね」

「仕方ないだろ、アリルがピンチなんだ。まあたった十年だ、ちょっくら地上を堪能してくるよ」

「行ってらっしゃい。あ、お土産は獣人の国の肉まんでいいわよ」


 ぶれねえなあ。

 きっとラブコメとかだったら、ソーナは主人公の幼馴染ポジションなちょっと嫉妬しちゃうタイプなんだが。

 残念なことに、妖精である以上恋愛感情は存在しない。現実って辛いな。


「おーいフィラ、こっち来いよ!一緒に飲もうぜ!」

「ちょっと例の女の子の話聞かせなさいよ、馴れ初めとかいろいろあるでしょ!」

「いや、まだ会ったことすらないんだが………」


 俺が一方的に知ってるだけで、アリルは俺の存在を知らない。

 いや、既に妖精の加護は与えてるから妖精に認められたことは認知しているだろうけど、俺が与えたことは知らない。


「おう、今行く」


 とにかく、確かに今は俺が焦ってたって仕方がない。

 コーラックさんが異空間の門を開いてくれる明日まで、俺には待つことしか………


「おい君たち、僕を差し置いて宴会とはいい度胸じゃないか!僕も混ぜたまえ!」

「あんたは異空間開いてくれよ!頼むから急いでくれ、本当に頼むから!地上の土産いっぱい買ってくるからさあ!」




 ※※※




 翌日、俺はいくつかの持ち物だけ持って地上に降りる準備を整え、コーラックさんの元に向かった。


「やあフィラ君、昨日は楽しかったかい?僕?僕はずっとここで作業していたよ、君たちの楽しそうな声を聴きながら一人寂しく」

「悪かったっすよ………」


 この妖精界でも、地上と妖精界を妖精が通れるほどの穴をあけることが出来るのはコーラックさんだけだ。

 だからこの人に頼むしか方法がなかった。


「まあいいさ、お土産期待してるよ」

「ちゃんと買ってきますって。ところで、今のアリルの様子は?」

「ああ待ってくれ、今映すよ」


 コーラックさんは近くの水晶に映像を映し出した。

 そしてそこには、とんでもないものが映っていた。


 散乱する馬車の残骸。絶命した馬。

 同じく息をしていない、数人の城の兵士に扮した盗賊。

 そして、恐怖の顔をするアリル、まだ生き残っている盗賊、そして―――


「竜!?」

「これは、面倒なことになっているね。邪竜だ」


 邪竜。

 竜の成れの果て。その心を邪に染めた竜の末路。

 同族からも嫌悪され、すべての国で討伐対象になっているモンスター。

 だが、元が竜であるだけにそこそこ強い。

 人間の小国であれば滅ぼせてしまえるかもしれないほどに。


「妖精には遠く及ばないが、精霊と並んで地上最強種と呼ばれる竜に襲われるとは、彼女も運がない」

「言ってる場合っすか、門は!?」

「そんな君に朗報だ、たったいま開いたところだ。気をつけて行ってきたまえ」


 俺は慌てて、門に飛び込もうとした。

 だけど、その前に待ったがかかった。


「フィラ!」

「ん!?ソーナか!」


 声をかけてきたのはソーナだった。


「これ持っていきなさい!」

「んお?」


 ソーナは俺に何かを投げてよこした。

 それは、一振りの剣。


「サンキュ!」

「気をつけなさいよ!」

「そろそろ行かないと間に合わないぞ、フィラ君!」


 俺は二人との別れもそこそこに、門に飛び込んだ。

 異空間のトンネルをくぐり、一気に風の力で加速する。


 そして、俺はついに、地上にたどり着いた。


次回から少し時間が戻り、アリルの視点になります。

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