プロローグ
新連載始めました。
なんというか、また見切り発車に・・・。
「ふふっ、まさかこんなところで会うなんて思わなかったわ」
街から遠く離れた自然にできた洞窟の中で、二つの影が向き合っていた。
一つは、煽情的な衣装を身にまとい褐色の体を見せつけるように肌をさらけ出し、手には細剣を持つ美女。
もう一つは、肌こそ露出していないが、非常に軽そうな黄緑色と白色の入り混じった服を身につけ、手には片手剣を持つ少女。
二人は互いに剣を向け、緊迫した空気を放っていた。
「ネーロ・シャグリファ。元第二級冒険者ですが、度重なる規約違反、果てには新人冒険者を私欲に利用して死なせた咎により、称号剥奪処分を受けた危険人物。あなたで間違いありませんか?」
「いいえと言ったら見逃してくれるの?」
「依頼書と顔が一緒なので、嘘やごまかしには騙されません」
「あらあ残念、温室育ちのお嬢だったっていうから丸め込めると思ったのに」
ネーロと呼ばれた女は舌なめずりをして、細剣の調子を確かめるように素振りする。
「あなたの名前、ソノカだったかしら?わたしが冒険者を追われたのとほぼ同時期に登録した若手にもかかわらず、すさまじい勢いでランクを上げている実力者にして、妖精に魅入られたなんて嘯かれてるガキ」
「魅入られたなんて、そんな大げさなものじゃありません。あの子とはただ、お友達なだけです」
「はっ!妖精と友達ねえ!上位種の力をたまたま手に入れて、ラッキーで成り上がったガキが、随分と面白いことぬかすじゃないの」
「………っ」
ソノカは一瞬顔を暗くしたが、ネーロに向かって剣を向け続ける。
「ネーロ・シャグリファ、あなたには冒険者組合及び帝国から、正式な逮捕状及び生死を問わぬ手配書が出ています。同行していただけるのであれば、命までは取りません」
「あははは、それは親切なことね!でもお生憎様、わたしはね、あなたみたいなガキが一番嫌いだから、ついて行くなんてまっぴらなのよ!」
ネーロは警告に耳を貸さず、構えをとった。
それを見て、ソノカもため息をつき、剣を前に構えた。
(とはいったものの、このガキの実力は聞いただけでも厄介だわ。人間でありながら妖精の力を代行するなんて、面倒極まりない)
ネーロは元腕利き冒険者。情報収集の大切さも知っていたし、それを怠ることもしていなかった。
ソノカ。冒険者となって僅か一年で、冒険者としては一流以上の領域、第二級冒険者にまで名を挙げた少女。
人間のみならず、エルフ、ドワーフ、精霊、果てには竜すら上回る力を持つこの世界の最上位種『妖精』。
滅多に姿を現さないはずのその存在の一柱に魅入られ、契約を交わし、その力の一部を代行するもの。
(なにを司る妖精と契約しているのかは知られてないけど、通り名からしてスピードタイプ。わたしにとっちゃいい獲物だわ)
―――『神速』のソノカ。
誰もがありきたりで凡庸と思うであろうその渾名。
それがソノカに与えられた二つ名だった。
対してネーロが冒険者時代に呼ばれていた名は『封絶』。
その場から一歩も動かず、いかなるスピード自慢も卓越した反射神経で止め、一撃のうちに沈めてしまうことから与えられた名。
ソノカにとっては、最悪の相性と言っても過言ではない女だった。
「さあ、来てみなさいよ!その妖精の力ってのを、わたしに見せて」
「見せました。ご感想は?」
「みなさ………ぇ?」
しかし、最悪の相性というのは、あくまで並みのスピード自慢にとっての話。
結果的に、ソノカには関係のない話だった。
元第二級冒険者ネーロは、瞬きすら許されない速度で首を落とされていた。
『神速』のソノカ。
この二つ名は、なにも付けたくて付けられたわけではない。
これしか誰も思い浮かばなかったのだ。
彼女の速度を形容する言葉が、それしかなかった。
それほどに、彼女の速さは常軌を逸していた。
※※※
ネーロの首を組合に届けて受付や周辺の冒険者を騒然とさせ、報酬を受け取ったソノカは、泊まっている宿屋に帰った。
カウンターで鍵を受け取り、階段を上り、扉を開ける。
「ただいま戻りました、フィラ」
「おう、お疲れ。目借りて見てたぜ」
その部屋の中には、奇妙なものがいた。
体長は三十センチもなく、緑色のワンピースを身につけて、蝶のような羽根で宙に浮いている。
黄緑色の髪を二つ結びにして、気だるげな顔でソノカを見据える、少なくとも見た目は美少女だった。
だがその言葉遣いは男性的と言わざるを得ず、高い声から発せられるその口調は、慣れていないものは違和感しか感じないこと間違いなしだ。
「どうでしたか?」
「まだ遅いな。初速でたった秒速九十メートル。第一級の冒険者なら捉え切れない速度じゃない。明日からまた特訓だな」
「そうですか………」
現場にいなかったにもかかわらず、ソノカの五感を借りてあの戦いを見ていたこの謎生物こそ。
『風』の妖精フィラ。
ソノカに力を与え、その一生を見届けると誓った無二の親友にして、師でもある妖精。
「俺との契約で、『風』に対する恐怖心はお前にはない。問題は速度だ。『これ以上速く出来ない』って恐怖心が無意識にブレーキかけてるんだな」
「はい………」
「これじゃ神速どころか音速にも届かないぞ。まあ最大速はそれを超えちゃいるが、もっと頑張らないとな」
『風』を司る妖精であるフィラの力は、元々素養のあるソノカの才能をさらに高め、人外の領域へと昇華させつつあった。
しかし。
「?どうした、浮かない顔だな」
「い、いえ………」
ソノカの顔は、それほどの力を持っているにもかかわらず、どこか苦しげだった。
それはまるで、罪悪感を感じているような。
「あー、まさか気にしてるのか?あの女に言われたこと」
「そ、それは………はい、そうです」
そう、ソノカはネーロに言われた言葉を、ずっと心の中で反芻していた。
『上位種の力をたまたま手に入れて、ラッキーで成り上がったガキ』。
「確かにわたし自身には、ここまで大成できるほどの実力も、才能もありませんでした。全部、フィラのおかげです。わたし自身は何もしていないも同然………」
「じゃあ、後悔してるか?俺と契約したこと」
「こ、後悔なんてしているわけありません!フィラには感謝してもしきれません、あなたのおかげでわたしはっ」
ソノカの弁明に、大きなため息をつくフィラ。
「はあああ………あのな、いいか?この世界に、才能ってのは存在するし、努力で埋められるレベルにも限度がある。そして才能ってのは生まれた時から決まってる、そいつのラッキーだ。
で、お前の場合はその才能が『俺を惹きつける才能』だっただけで、生まれ持ったものをうじうじ考えたってどうしようもないんだよ」
「で、ですが………」
「生まれた時の状態なんて大抵は選べないんだから仕方がない。問題は、それをどう使うかだろ」
「うっ」
「何か異論は?」
「………ありません」
フィラの理論武装によるエールに屈するソノカ。
それを見ながら、フィラは考えていた。
―――ソノカは自分を謙遜するが、その才は俺を惹きつけること以外でもかなりのものだ。
―――問題は、優しすぎること。
―――優しいがゆえに、自分が妖精の力を使っていることを「ズルなのではないか」と考えてしまう。
―――他の連中に対して、気を使ってしまうんだ。
(気持ちはわかるけど、こんなことじゃ目的は果たせないだろ。ったく、初めて会った日に言ってたあの強い意志は何だったんだか………)
妖精フィラと、元王女ソノカ、本名アリル・シャルティライト。
二人の出会いは、二年前までさかのぼる必要があるが、その前に妖精フィラについて語る必要があるだろう。
かつて『蒼花光』という名の日本人だった、妖精の物語を。
前作がご好評いただいたので、正直世に出すのが怖い………。
人気でなかったり、作者が『もう面白くない』って感じたら、きりのいいところで止めるかも………。