FILE006:雲行きは怪しく
採石場を発ち、街に着いていったん休憩を挟んだ頃には、既に夕方。アデリーンは傷だらけな竜平に応急処置を行った。戦いだけではなく機会にも強いし、こういうことも得意であるのは、ひとえに浦和博士の教育の賜物と言えよう。
「これで大丈夫よ。炎症を起こしていたところも冷やしておいたから、お家に着いたら安静にするようにね」
アデリーンが見せた笑顔に癒され、元気が戻ってきた竜平が頷く。彼女の金髪が夕陽に照らされて、普段より輝いて見える。だから余計に癒されたのかもしれない。
「あ、あのさ。俺、わからないこといっぱいあったから、説明……」
「そうしたいけどね。あなたを送って行って、ご家族と会った時に、一緒にお話させて欲しいの」
混乱していたため、考えを整理する一環でアデリーンに説明を乞おうとしたが、彼女からの意見を尊重するべきだと思った竜平、再びうなずく。異論はなかった。つくづくリードしてもらってばかりだ。
「じゃ、また後部座席にお乗りください」
アデリーンから言われるまま、ブリザーディアの後部座席に乗せてもらう竜平。そのまま帰りのドライブへ出発だ。荷物は既にブリザーディア後部に付属のボックス内に収納してあるため、心配はいらない。
「そうだ。リュウヘイ、あなたのお家がどこかは知ってるから教えてくれなくても……?」
すっかり疲れてしまっていたため、竜平は寝てしまった。アデリーンにもたれるのは相当心地が良いらしく、穏やかな顔をしている。
「ふふふ。私の背中で寝ちゃって、おかわいいこと」
かくして、2人は浦和家へ向かって夕焼け空の下を走り出す。ここまでにいろいろあったが、竜平を見捨てることなく助けることが出来て、アデリーンも鼻が高かった。
◆◆その頃――◆◆
常に暗雲が立ち込め、雷鳴が空を裂く。ここはヘリックスシティ。地球上のどこにあるかは一切不明。極秘の改造実験都市にして、研究施設の集合体。世界中からすべての悪意と悪夢が集う邪悪の総本山である。
「…………………………ライノセラスほどのツワモノがしくじるとは……、やはりNo.0は危険すぎた。別の作戦を考えねばならぬ。しかし、こうして生還できただけでも良しとしよう」
ヘリックスシティ最上層。内装も飾り付けも不気味で薄暗いが、近未来的な作りとなっている玉座の間。そこに構成員たちと幹部たちが集っていた。幹部たちが並び立つ前で、玉座に座って不気味なオーラを放ち、癖のあるヒゲを生やしている、肩アーマーにトゲのついた、見るからに邪悪そうな装いを着ている長躯の老人。彼こそヘリックスの総裁・マスター『ギルモア』である。
「だがこれだけは覚えておけ! お前たちの代わりなぞいくらでもいるのだ。次の作戦に備えよ! 良いな!?」
「御意。ハイル・ヘリックス!」
負傷させられながらも、膝を突いて報告していたライノセラスこと関根は敬礼してこの玉座の間から退室。
「人の足ばっか引っ張って、ドン臭いな。まったく世話の焼ける……はぁ~~~~」
変身を解いていたスーツ姿の若手幹部、ドリュー・デリンジャーが肩をすくめて大きなため息をつく。ギルモアはそんな彼のことが、なんとなく気に入らなかった。
「デリンジャー貴様もだ!!」
「ひっ!?」
突然呼ばれたデリンジャーがおびえながらギルモアの玉座を向く。傲慢で独善的、独裁者たるギルモアが怒り心頭で彼をにらんで威圧していた。
「あの場でNo.0と浦和のせがれを捕らえてくればよかったものを、おめおめと帰ってきおって! このタワケが!!」
「うわああああああああああああああああああ」
総裁ギルモアから見て、精神がたるんでいたデリンジャーに杖からの電撃光線で折檻!
「No.0の鹵獲と再び服従を誓わせるための洗脳! 浦和一家から秘密を聞き出して始末する! 全世界を我が手におさめるには、それが必要不可欠なことである。だのに貴様というヤツはしくじりおってが!」
「め、滅相もございません……ギニャアアアアアアアアアアア」
更に電気ショックは激しさを増す! デリンジャーは感電させられすぎて、端正だった顔がどんどんマヌケな表情になってきていた。
「失敗が何度も続くようであれば! 我は貴様の首を刎ね、残った体は実験材料とする……。死してもなお利用するだけ利用して捨ててくれようぞ。肝に命じておけ。判ったか!!」
「う……あぎ、うぎ、く、くそ……」
折檻ビームは止んだが、デリンジャーは土下座させられ、そのまま延々と罵られ続けた。尊厳を踏みにじられきったその顔は苦悶のあまりひどく歪んでいた。そして、トドメと言わんばかりに、マスター・ギルモアの前に並び立つ幹部たちが怪人体のまま嘲笑う。
「この、軟弱で臆病で度胸も何もない腰抜けめ。服装のたるみは精神のたるみ」
こう言ったのは、甲冑のように武骨な姿をしたカブトガニ男。デリンジャーを心底見下しているようだった。
「もう少し骨のある男だと思っていたのだけれど」
ヘビ女だ。髪の毛がヘビと化しており、ギリシア神話のメデューサ、あるいは、ゴーゴンを連想させるような容姿をしている。マフラー代わりにペットまたは使い魔的な存在と思われる大蛇を首に巻いていたし、両目はゴーグル状の仮面で隠していた。あと異形ながらナイスバディだった。
「しょせんお前は、若いゆえに身の程を知らぬ成り上がり者だよ……」
白く、全身がザラザラとした質感の装甲に覆われているこの幹部怪人はサメ男だ。背ビレがついており、ホオジロザメの遺伝子を使って変身していると思われる。サメがそのまま立ち上がったような姿ではなく、サメの特徴を持つ人外――とでも言うべきなのだろうか。
「なぜ君ごときが幹部になれたのか不思議で仕方がない」
複数の眼から瞳孔を覗かせ、ギョロギョロとうごめかせているのはタランチュラ男。クモの鋏角やクモの足と爪、クモの巣――クモが持つ意匠すべてが全身に記され、幹部たちの中でも一際グロテスクで毒々しい姿をしていた。
「そうだ、幹部にふさわしくない人材は滅亡するべきだ。悔しければもっと総裁のお役に立って見せろ」
節足動物のような姿、全身が赤い体色をしており、頭部から弁髪代わりにサソリの尾を生やしている。そう、これはサソリ男だ。全身のいたるところにサソリ1匹分がそのままパーツとして使われていた。毒素を循環させるためのパイプやコードまで付属している。
「哀れすぎて」
「かける言葉も見つからない……」
最後にデリンジャーをなじったのは、ムササビのような怪人兄妹だ。焦げ茶色の個体が兄で、白骨化したような見た目で、不気味ながらも整った姿の個体が妹だ。
「ハァ、ハァ……おのれ~~~~~~ッ」
もちろん、幹部怪人たちは皆体のどこかが機械化された外見をしていた。一斉に罵られては気分を害する――どころでは、済まないだろう。デリンジャーもまた、半べそをかいてギルモアの玉座から退室した。
「どいつもこいつも、どいつもこいつも、どいつもこいつも……。このぼくをバカにしやがって! ぼくはバイヤー・セールスマン部門の中でもトップクラスの業績を上げて、幹部にまでのし上がった男だぞ。ゆくゆくはさらに出世を……」
廊下にて、デリンジャーは1人でオーバー気味に延々と愚痴をこぼし始める。聞いてくれる者などほとんどいない。と、思われた。
「無理だよ。お前じゃ無理。絶対にな……」
1人だけいた。黒フード、黒コート、黒いサングラス、黒マスク――全身黒ずくめの謎の人物だ。しかしデリンジャーを罵る形で現れている。言動こそ中世的だが、体型も声も完全に女性のものだ。しかも、スタイルが良すぎて出るところが出ている。
「その声、『ホーネット』だな!?」
「蜂須賀な。……ダメじゃないかぁデリンジャー。ワタシより前からNo.0ちゃんのこと知ってるんだから、彼女を相手にするなら彼女のことをもっと知っておかなきゃ」
自身のスマートフォンに映った、アブソリュートゼロの活躍ぶりをまとめた動画を見せる黒コートの女こと、ホーネット――またの名を蜂須賀。若干仰々しいふるまい通り、サングラスやマスク越しにほくそ笑んでいることがうかがえる。
「貴様は、お前は! またそんなもの見て!」
「いいじゃん。ワタシ、彼女のファンで最推ししてるんだからさあ。うぇへへへへへ~~~~」
最大の敵たるアブソリュートゼロこと№0の動画を視聴するなど、恥ずべき行為だとデリンジャーは主張していたわけであるが。蜂須賀は口うるさいデリンジャーなど気にもとめず、狂った笑い声を上げる。
「…………蜂須賀ァ!!!!」
デリンジャー、顔を歪ませながらついにキレた! 蜂須賀につかみかかって彼女の素顔をさらそうとするも、逆に腕をつかまれて抵抗され、殴り合いになる前にそのまま振り上げた腕を下されてしまう。
「なんだよ、不心得者って言いたいわけ? 悪いが、ワタシはワタシのやりたいようにやらせてもらうよ。組織にガチガチに縛られてるあんたたちとは違うんだからなあ」
外で雷鳴が轟き、蜂須賀は変わらず不敵に笑った。デリンジャーを邪魔そうに払い除け、スマートフォンを片手に場所を移動する。そしてある通知が届いたのを見て、蜂須賀はサングラスの奥の目を丸くして歓喜に輝かせた。
「『コミック百合ちゃん』の最新刊出てるじゃん。買いに行かないとなあ」