FILE036:わたしの名は虎姫
『フィジカル・メンタルともに正常。胸が重たいので肩が凝ってましたし右肘関節は少し無理したようですが、まあでもZR細胞の回復力があればそのうち治るでしょう』
戦いを終えて帰宅。しばらく休憩してからというもの、アデリーンは一糸まとわぬ姿でクラリティアナ邸地下の秘密基地で培養槽に浸かり、定期メンテナンスを行なっている真っ最中。相変わらずこの秘密基地のスーパーコンピューター・『ナンシー』は一言多いが、彼女とも長い付き合いなのでもう慣れた。
『ボディメンテナンス終了。お疲れ様でした』
「んー! さっぱりしたわ!」
風呂から上がった要領でバスタオルで体を拭き、服を着てメンテナンスルームを出る。データルームにも赴いて、ここまでに敵を倒して得たデータもバッチリ記録しておいた。
「さっき秘密基地からテイラージャパンにデータを送ったのに、ヒメちゃん社長に会いに行くってのかい?」
「ええ。他ならない本人が直接会うのを希望されていて」
ヒメちゃんとは、テイラーグループの現社長のあだ名である。今は吉祥寺の日本支社に寄せているそのヒメちゃんに顔を見せに行ってやろうと考えていたというわけだ。そろそろ良い頃合いだったのだ、彼女としては。
「けどアデリーン1人で大丈夫?」
「テイラージャパンの皆さんとは顔見知りですから。その点は心配いりません……よ!」
スムージーを飲みながら、アデリーンは「おけまる!」と付け加えてそうな、良質な笑顔を提供しながら指で○印を作る。それを見てアロンソとマーサは安心できた。
「行ってきまーす!」
「気をつけてねー!」
そして、吉祥寺へ向けて出発。交通ルールとマナーを守って都会の道路を走り、標識や看板の案内に従って進んで行けばその先には巨大企業たるテイラーグループ――その日本支社ビルが建っていた。オフィス街の中でもひときわ高くて目立つハイテクビルである。
「アデリーン・クラリティアナ様ですね。社長からお話は伺っております、どうぞこちらへ!」
「いつもありがとう!」
「どういたしまして」、と、警備員は一礼。彼のガイドのもとに駐輪場にブリザーディアを停めて、アデリーンは顔パスで通してもらった先でヒメちゃんの秘書を務める女性に出会い、彼女が待つVIPルームへと案内してもらった。
◆◆◆◆
VIPルームはハイテクビルの最上階――支社長の部屋の隣に点在し、辺り一帯を見下ろせる作りとなっていた。部屋自体も広く、清浄な空気が漂っていて居心地が良いものとなっている。大企業のVIPルームとあれば、そうでなくてはならない。
「……なーんだ。てっきり、社長室でふんぞり返ってるとばかり」
1人で気ままにくつろいでいたところ、アデリーンから軽い感じに声をかけられたのでヒメちゃんはそちらを向く。黒いメッシュが入ったシルバーホワイトの髪を後ろで1本にまとめており、瞳は浅葱色で瞳孔は鋭くて細長いものだった。あと、血色が良くナイスバディである。
「君も冗談キツイね。それじゃ支社長に失礼じゃないか、ハッハッハッハッ」
凛々しい声色ながら朗らかに笑うヒメちゃんは、白銀色の髪を手で梳く。耳元も形からして綺麗に整っており、彼女の美しさもまた伊達や酔狂ではないことがうかがえる。
「『虎姫・T・テイラー』……私はヒメちゃんと気軽に呼んでるけど、やっぱりいい名前よね」
「ありがとう」
一瞬だけ隣に座ったが、「君の顔を正面から見たい」、とお願いされたため、アデリーンは反対側の席に座って虎姫と向き合うこととする。やはりソファーの座り心地も完璧だ。
「いろいろあって大変だっただろうけど。君には世話になってばかりだな。わたしにも戦えるだけの力があれば……」
自身の手のひらをまじまじと見つめ、幼い頃のことを少し振り返りつつ――申し訳なさそうに虎姫は言う。
「けど、ヒメちゃんは頭脳明晰だし、運動神経だって抜群じゃない。もっと自信を持って」
「自信ならたっぷりある。違うのだ……! 自分が優れている自覚はあるが君ほどには至らない」
虎姫が訴えたと同時に、これまでテイラーグループが進めてきた計画のおさらいも兼ねて、「これを……」と、秘書が資料を手渡した。同時にアデリーンの前に小型の電子スクリーンが展開される。――テイラーグループの技術力は、最先端よりも更に一歩先を行っているのだ。
「だから『ブレイキング・タイガー計画』を進めていると」
どちらの資料にも強化外骨格の設計図らしきものが描かれている。全身白銀色の装甲に黒い縞模様と、頭部にはトラの耳型のアンテナ。有機的かつヒロイックなデザインの深紅のツイン・カメラアイと、それを守るバイザー。ホワイトタイガーをモチーフとしており、それでいて無駄のない洗練された外見は機能美・外見美ともに重視した結果だ。このメタル・コンバットスーツがいつ完成するかは、まだわからない。
「ああ。そのためには、より多くのデータが必要だ。すまない、わたしの能力がまだまだ実戦に活かせないせいで、君にばかり面倒ごとを押し付けるようなことをしてしまって……」
「ううん」、と、アデリーンは首を横に振る。
「大丈夫よ。私が何とかする。してみせるから、あなたはこれまで通りどっしり構えていて。社員や幹部の皆さんを不安にさせちゃダメよ」
竹馬の友である悩み多き若き社長令嬢への励ましの言葉を、彼女は続ける。
「なりたいんでしょう? ヘリックスに対する【最強の敵】に。そのためなら私はベストを尽くすわ」
「ありがとう、アデリーン……!」
彼女のその言葉に感銘を受けて、虎姫は元気を取り戻せたのか少し笑った。涙を流しかけたためか、目をハンカチーフで軽く拭いてから一息吐く。アデリーンはそれを見守りながら、秘書に淹れてもらったコーヒーを一口飲んだ。
「さて……おほん! 話したいことは他にもあるんだ」
自身の弱みを打ち明けることもできたことだし、虎姫は表情に凛々しさを戻す。
「ええ。たとえば、『エイドロン・コープ』のこととかかしら?」
「さすが、察しがいいな。いかにもその『エイドロン社』について話したかった」
また異なる資料を手渡された。クリアファイルに前の資料をしまって、新しい資料を閲覧し始める。エイドロン社の経営方針について記されていた。ただし、表向きの――だ。
「日用品から食料品、アパレルに車にバイク、IT関連、などなど、幅広くやっている総合企業なのは君たちも知っての通り」
「けれど、その実態は……スフィアを秘密裏に製造して各国に流通させている元凶」
互いにおさらいするように、2人はエイドロン社の実情を語らう。彼女らの脳裏に浮かぶのはそのエイドロンの社長であり、裏から糸を引いている元締めの姿だ。
「アデリーン様、最近はついにエネルギーの提供販売まではじめたようです。こちらをご覧ください」
女性秘書――磯村が電子スクリーンのページを切り替えてアデリーンに見せる。「実にエコロジーな新エネルギーの開発に成功したので、有償ですが国民の皆様に提供したい。ご興味がありましたら是非!」――と、どこかアヤシイ雰囲気の、短髪で無精ヒゲを生やした社長らしき男性が語っているという内容で、アデリーンは眉をひそめてため息を吐いた。
「うわッ。すっごく、うさんくさいですね……」
「まったくもって同感です……」
これは虎姫にではなく、秘書の磯村にかけた言葉だ。彼女も同じことを考えていたらしい。
「しかし社長の『スティーヴン・ジョーンズ』は、その辺は抜かりない男だ。うさんくさい内容だろうと信じ込ませるのが巧い。それに悔しいが、表向きは真っ当な企業だからね……」
スティーヴン・ジョーンズは実際ヘリックスの息がかかった人間、どころか――組織の大幹部である。だがオモテに限れば彼は至極真っ当に活動しているので、ウラを知っていたとしても容易には責められない。ライバル企業や自身の本性を知る者から切り崩されないために彼が打った、人が持つ多面性や多様性を利用した策である。それが彼女にとっての悩みのタネだ。
「スティーヴン・ジョーンズが筋金入りの大悪党だからと摘発して会社を潰してしまえば、裏の顔を知らない人たちは露頭に迷うし、市井の皆さんは生活に困るし……。だからって、ヘリックスと繋がっているエイドロン社の悪事を、見逃すわけにも行かない。難しいところよね」
「それがあの男の強みで、いやらしさだ。我が社とも表の部分だけ提携してしまってるから、余計にね……」
ため息をついてから俯いたために磯村やアデリーンから心配されるも、虎姫はすぐ笑顔を作ってひとまずホッとさせる。腕も組んで自信に満ち溢れたムーヴもやって見せた。
「……長々付き合わせてしまってすまなかった。久々来てくれたんだし、このテイラージャパンの中をじっくり見てってくれ」
「では、お言葉通り♪」
堅苦しい話はおしまいだ。一同が後腐れなくVIPルームを出てエレベーターで下のフロアに向かったその時、楽しい社会科見学が――はじまる!?




