FILE002:博士の子どもが!?
アデリーンが駆け付けた現場には、街のチンピラたちから勝手な言いがかりをつけられ、しつこく絡まれている、傷だらけの男子高校生の姿があった。中に貴重品を入れたスポーツバッグをつかまれて、奪われまいと抵抗していたのだが、それももう限界が来ていたようだ。
「や、やめろ! もういいだろ!」
「るせーぞテメッコラ! オイ! 金持ってんだろ! 出せよホレ、よこせ!」
必死に抵抗するあまり、つい相手に手を出してしまう。だが、先に暴力を振るってきたのはチンピラたちのほうであるため、彼が責められる謂れはない。その彼を救いたいアデリーンは気付かれぬよう、そそくさと近寄る。
「あ~~~~~ん!? このクソヤロウ、もっとイテー目にあわなきゃワカンネーらしいな……」
男子高校生がまた暴行を受けそうなところで止めに入ったアデリーンが、チンピラの手をつかんで制止する! チンピラたちは全員腰を抜かすし、絡まれていた高校生の少年も呆気に取られてどう反応したらいいものかわからない。
「え!?」
「やめなさいよ。自分でみっともないって思わないの?」
自分も殴られそうになったので、アデリーンはそのままチンピラグループの1人を張り倒して黙らせた。「何かされた!?」、と、思った頃にはそいつはもううめき声を上げており、身動きが取れない。
「よ、よおネーチャン、なかなかべっぴんさんじゃねーか! どうでい、こんなガキんちょほっといて俺たちと遊びに……」
「この……ケダモノ!」
慌ててナンパしにかかるチンピラグループ。こんな連中からのお誘いになど乗るつもりは無いので、当然のごとくアデリーンはその汚い手を跳ね除けたし、やり返した。先に手を出したのはこのチンピラなので正当防衛だ。
「お見それしましたーッ」
「ヤレヤレ。これで懲りたら二度と近付かないでほしいわね」
そして、連中はひどく情けない声を上げて逃げ出した。アデリーンは服についたホコリを払い、大きく伸びをする。
「た、助かったよ。お姉さんありがとう……」
「どういたしまして。最近物騒だから気をつけるのよ」
漫画やアニメでよくあるような超展開というやつが、現実で起こってしまったゆえの苦笑いだ。それでも笑うしかなかったのである。男子高校生は、アデリーンに対して心からの感謝を述べた。
(この子……あの日、博士が死ぬ前に託してくれた写真に載ってた子どもと似ている。どころか、面影があるけど。……いやまさかね)
当のアデリーンは過去のことをまた思い出した。あの写真には2人の子どもの姿が載っていた。1人は赤髪で紫の瞳、おそらく母親譲りであろう美貌の少女。後述の男の子より年上で容姿も大人びており、もしかしなくてもその子の姉だ。もう1人は茶髪で黒い瞳、愛嬌があるが将来格好よくなりそうな、そんな雰囲気があった男の子。言うまでも無く前述の女の子の弟だ。
が、多分、その弟とは顔が似ているだけで人違いだろう。確かにこの少年は髪が茶色いし瞳も黒い。
だが、そう簡単にあの男の子が成長した姿とはめぐり会えるはずがない。ということにして踵を返して去ろうとする。が――
「……あの! お姉さん、良ければお名前を……」
何か、カン違いを起こした風な少年に呼び止められた。名乗るほどの者ではない、と、シャレ込みたかったが。それはそれで無礼というものだ。ここは名乗っておかなくてはなるまい。アデリーンは一息吐いてから、もう一度だけ振り向くことにした。
「アデリーンよ。あなたは……?」
「竜平。浦和竜平です」
「リュウヘイ・ウラワ、ね。……さて……」
相手から名を教えてもらったアデリーンは、アゴに指を添えて少し考え込む。それもそのはず。先ほどと同じように、昔、博士の最期に立ち会ったときのことを思い出したから。ところが竜平のほうも何か察したような顔をしてアデリーンのほうを見ており――。
「ウラワ博士の息子であってたかしら? 私、博士とはお友達だったの。かつてあなたやご家族に何かあったら、守るように頼まれたこともあったわ。……それだけよ」
「アデリーンさんがオヤジの……? 待ってくれ!」
父はなぜ死ななくてはならなかったのか? その真相について知っているであろう女性が自分の手が届かないところへ行ってしまう――。踵を返して、いずこへと去ろうとしたアデリーンを呼び止める。彼女の眉がピクリと動いた。
「……リュウヘイ、ひとつだけ約束して。あなたは何も見ていないし、今起きたことは忘れてほしい。いいわね?」
「どうしてなんだよ!」
振り返ったアデリーンは竜平の両肩を持ち、怖がらせないように口元を緩めると、自分には関わらないように呼びかける。その理由とは――……。
「あなたたちを危険な目に遭わせたくないの。じゃあ、ね」
そう告げたアデリーンは、竜平の前から立ち去った。いったい、なんだったのだ。彼女は――? もっと彼女のことを知りたかったし、お近づきになりたかった。などと、後悔とともに呆気にとられた竜平がその場に立ち尽くす。
「……へ、へへーんだ。自分の身くらい自分で守ってやらあ。約束したばっかだもんな……。でなきゃオヤジに見せる顔がない」
ところでこれは、虚勢を張っての苦笑いというやつである。