FILE014:ゼロ・リジェネレーション細胞の記憶
ここは悪の総本山たるヘリックスシティ。巧妙に隠され、どこにあるかも一切不明とされている研究施設の集合体にして、立ち込める黒い雲の下にすべての悪夢と悪意が集う改造実験都市である。
「この愚か者めが! 恥を知れ!」
「ウワ――――――――――ッ!!」
ギルモアの玉座にて。怒り心頭の長躯の老人にして、秘密犯罪結社ヘリックスの総裁・ギルモアは電撃光線で中肉中背の黒服男・マツモトを折檻する。余りの剣幕に、同じ光景を何度も見て来たはずの構成員たちも驚きを隠しきれずにいた。とくにデリンジャーはおびえから肩が引きつっている。
「No.0に妨害されただけでなく、そのNo.0に敗北することが怖くて負けた上に逃げ出したとは……。なんと情けないヤツらよ」
「も、申し訳ございませんでした! 次こそは必ず!」
「貴様に次はない」
ギルモアが冷徹に言い放つ。失態を取り返そうとした矢先にこう言われてしまっては、マツモトも立つ瀬がない。デリンジャーは、横で見ながら「じゃあ、どうしたらいいんだ……?」と言いたげに頭を抱えた。
「ど、どういうことですか」
「わからんのか。だからお前は愚か者なのだ……。それより! 一石二鳥は無理だと言うのならば適当に街を襲い、No.0をおびき出して鹵獲せよ。そして諸外国の権力者たちにディスガイストが兵器としていかに優秀か、思い知らせてやるのだ」
玉座の間の脇にある扉から、ぞろぞろと大柄な黒服男性と、長身痩躯の黒服男性が現れる。マツモトの同期にあたる関根とヨコダだ。中でも関根はこのメンバーの中ではリーダー格。
「関根! ヨコダ! マツモトとともに行けー! お前たちの力と邪悪さを世に知らしめてやるのだ!」
「ハイル・ヘリックス!」
「では、ぼくも手を貸そう……」
「デリンジャーよ! 貴様は残れ」
日頃の憂さ晴らしも兼ねて、関根たちに加勢しようとしたデリンジャーは食い気味に怒号を浴びせられ、歩みを止められた。情けない声を出すデリンジャー。
「な……なぜです!? どうしてなのです!」
「バカモノ!」
「アゲ――ッ!」
鬱憤が溜まっていたゆえに抗議したデリンジャーであったが、理不尽にも杖先からのビームを浴びせられて感電。強制的に床へ這いつくばらされた。
「わたくしめは! 罰を受けるようなことはした覚えがありません! こたびの営業も成功を収め……」
「たった1件ではないか。幹部であればその程度はできて当たり前なのだ……。うぬぼれるなよ若造」
必死の弁論も論破されては何も言い返せず、マスター・ギルモアへの恐慌による過呼吸状態に陥りながら、彼は悔しさをにじませる。その醜態から他の幹部たちからは呆れられ、あるいは嘲られた。
◆◆◆ところかわって――◆◆◆
また会えることを信じて浦和家を後にしたアデリーンは、ガソリンスタンドに寄って行く。ここのところバイクを酷使しすぎた故、労う形で燃料を補給して行こうと思ったのだ。補給の前にまずは自身が持つ運転免許を見せる。ついでに、『テイラーグループ』なる企業のロゴマークがプリントされたライセンス・カードもだ。これがあればあらゆる提携先で特別なサービスを受けられる。
「アデリーン・クラリティアナ様でいらっしゃいますね?」
「はい。これ、水ならなんでも燃料にできますから、水道水とかでも構いませんよ」
「でしたら、話は社長から伺っておりますので――コチラの水素燃料をお使いください」
このガソリンスタンドはテイラーグループの傘下企業のものであり、今アデリーンが話していた店員にもその『テイラーグループ』の社長から話は通っていた。案内してもらったまま、燃料として使う用の水の補給を行う。あのバイクに相当なテクノロジーが使われていることは、想像にかたくない。
「またのご利用お待ちしております」
「ありがとうございました!」
そして、店員に笑顔で快く手を振って別れてからガソリンスタンドを出発。青いボディのブリザーディアを駆り、街から街へと移動している最中に、ふとアデリーンは過去のことを少し振り返る――。
◆◆
≪おお、子どもが生まれた……。かわいらしい女の子だ。まだ、赤ん坊だが既にもう美しい……。あの細胞サンプルは想像以上の効果を上げたぞ!≫
あれは、某国の研究機関で彼女が産声を上げたときのこと。科学者の1人が彼女を抱き上げ、大いに喜んだ。そこには実験体に対する以上の感情があった。そう、我が子を抱くような――。
≪す、素晴らしい。無から有を生み出してしまった……! ゼロからジェネレートさせたんだ!≫
科学者たちが喜び、舞い上がってから数週間も経たないうちに、その子どもは3歳児相当まで成長。ハイハイ歩きも既に卒業し、2本の足で大きな1歩を踏み出したとき、その女の子は転んだ。
≪あっ!≫
≪すまない! 大丈夫か?……!? け、ケガが治っている!? あの細胞の力なのか……!?≫
膝をケガした女の子は思わず、声を上げる。彼女――当時のアデリーンは痛がったが、泣き叫ぶことはなく――見る見るうちに傷が塞がって行く。
≪傷ついても再生して元通りになるんだな……≫
≪これは、名付けて『ゼロ・リジェネレーション細胞』と言うべきなのか? だがこの細胞を培養・合成して命を生み出すのはこれっきりだ≫
驚くべき効能が明かされ、科学者のうちの1人がその名で呼ぶまでは、それは地球外生命体から交友の証として送られた細胞サンプルでしかなかった。そして、その科学者――紅一郎は自責の念と後ろめたさからある決意を固める。
≪なぜやめる必要がある? 無限の可能性を秘めていると言うのに、これしきの事であきらめてしまうのか?≫
その紅一郎に異を唱えたのは、当時はまだ一介の研究者だったギルモアである。この頃から既に異彩を放っていた彼はZR細胞がもたらしたものを見て、ある野望を抱き始めていたのだ。
≪我々は作ったんじゃない! 命を生み出したんだぞ。これ以上はいけない。これからはこんな人体実験にではなく、医療技術の発達に役立てるために使う!≫
あの細胞にはもっと真っ当な使い道があるはずだ。難病や不治の病を治すことだって不可能ではないはずだと彼は信じていた。しかし、紅一郎の意思を尊重せず、許さなかったのもまたギルモアだ。
≪愚かな……。お前たちはこの子を見て何も思わなかったのか? 私にはわかるのだ。これがあれば神や悪魔さえも我々の手で生み出せるかも知れんのだぞ? 臆病者のお前たちにはそんな度胸なぞ無いだろうがな!!≫
聞かれてもいない自身の野望をギルモアは底知れぬ悪意と狂気を孕んだ笑顔で語る。ギルモア以外全員が震える中、幼いながら本能で恐怖を感じ取った当時のアデリーンは、自然と紅一郎の背中に隠れたという――。
ここまで思い出していたのは、かつてこの世に生を受けたときのこと。アデリーンはその特異な出自ゆえ、赤ん坊だった頃の記憶が残っていたのだ。
(あの頃はまだ、みんながまともだった。けれど……ギルモアが己の欲望のために何もかも変えてしまった)
心の中で、アデリーンは独り言ちる。あのあとだったのだ、ギルモアが研究機関内で暴君として恐怖政治を行い、ヘリックスを設立してしまったのは――。
「ギルモア……! お前の思い通りにはさせない」
そして今。アデリーンの決意は揺るがない。