FILE011:ホーネットは絶対に死なない女を殺したい
「コソコソ隠れてないで、表に出てきたらどう? 狙撃者さん」
「ふふふふふへへへへははははは~~~~~~っ。ワタシはそんな普遍的な名前じゃあない」
高いところから現れ、かっこつけて着地する黒ずくめの女。哄笑しながら銃型のツールを向けてアデリーンを威嚇する。――すごい殺気だ。
「……ワタシは蜂須賀、ヘリックスに雇われた暗殺者。コードネームはホーネット、だ。裏社会じゃ日本で一番金のかかる殺し屋だとか言われてきたが、まッ! 世界じゃあ2番目なんだがね」
やはり飄々と、おどけた風に振る舞いながら名乗りを上げる。それでいてどこか狂気的だ。次の瞬間にはもうナイフを突き立てるか、銃を撃っていそうな、そんな危うさを醸し出していた。
「それより、アブソリュートゼロちゃんさあ。そこどきなよ。そこのクズヤロウ始末できないじゃんか。証拠の隠滅をするように幹部さんたちから依頼されたんだけどな~」
「いいえ、どきません。それにこの男にはやり直しをさせたい」
「ハァ!?」
全身から狂気を放っている相手を前にしてもアデリーンは一切揺るがない。黒いサングラスと黒いマスクの下で、蜂須賀は表情を歪めた。それも気に留めずアデリーンは言葉をこう続ける。
「私も相手を殺めること自体に対しては躊躇しない。けれど、できるかぎり罪を償ってほしいの」
「ふーん。ふ……ふふふ……ははは」
戦う以上は相手を殺めてしまうこともあるし、それ以前に当然制裁を加えるが、更生の余地がある相手と見なしたならばあえて生かす。そして生きてそれまでの償いをしてほしいと望む。それがアデリーンの信条。彼女の主張を聞いた蜂須賀は――。
「あーはーっははははははははははははははははは!!」
道化師めいた、狂ったような高笑いが空を裂く。アデリーンは思わず肩が引きつった。その直後、蜂須賀は素顔を隠しながらも能面のごとき虚無の表情を浮かべた。
「何甘っちょろいこと言ってんのさ? けどねぇ~、ワタシこんなに否定されまくったのははじめてだよ。大抵、ケチつけられる前に相手を……殺してきたからね~~っ」
しかしその虚無もすぐに狂喜へと変わった。否定されて怒らないどころか、かえってそれを楽しんでいるような態度を見せてアデリーンを翻弄してさえいる。戸惑う彼女の前で、蜂須賀は黒コートのポケットから蜂蜜色に光る球体を取り出した。表面は蜂の巣や塩基配列めいた模様が入っていて、スズメバチのエンブレムも刻まれている。――ジーンスフィアだ。
「けど覚えておきなー。人間の命なんてなあ、簡単に奪えるし消せちゃうんだ。それからねー……」
それは闇の住人としての、あるいは、人生の先輩としての忠告か。蜂須賀はいつの間にか、右腕にブレスレット状のツールまでも装着していた。コンパスめいた鋭い針が中心部から伸びており、その中心部には何かをはめ込めそうな丸い空きスロットがある。質感はメタリックで、色は黒と金色を基調としていた。
「はじめてお前の存在を知ったときから、ずっと思い続けていた。暗殺者の誇りにかけて、絶対に死なないというお前を殺してみたい……とね!」
≪ホーネット! ホッ、ホッ、ホーネット!≫
蜂須賀は、見せつけるように持って覗き込んでいたスフィアをねじらずに右腕のブレスレット――『ブレスジェネレーター』に装填。はめてから回すのと同じ要領でスフィアをねじり、銃型ツール・『ジングバズショット』を空に向けてから黒いエネルギーを発射する。
「【減殺】……」
毒々しい紫色と黄色い光に包まれて、スズメバチのような怪人・『ホーネットガイスト』がその禍々しい姿を現わす。中性的なフォルムで、生物的ではあるが、背中から生えた翅も含む全身が完全に機械化された外見であり、一種の強化スーツにも見えるそれは各部パーツが禍々しい点を除けば、もはやメタルコンバットスーツとさほど変わらない。ボディカラーはメタリックイエローと黒を基調としており、赤い『複眼』が両目を守り、口元を守るのはむき出しの歯牙のようなマスクだ。
「……お前を殺していいのはただ1人。ワタシだけだ!」
自信満々にアデリーンを指差してからそう宣言。中性的なフォルムから流麗かつ、容赦のない動きで空中を旋回しながらホーネットガイストが迫る。まずは銃撃。実弾だ、アデリーンはこれをビームソードであるブリザードエッジで防ぐ。その冷凍エネルギーの刃が弾丸を凍らせ、砕いた。片手には既に光線銃ブリザラスターを手にしており、準備は出来ている。間髪入れず、互いに素早く動き回りながら激しい銃撃戦を展開し始める。アデリーンはその隙を縫うように近づいてブリザードエッジを振るうが、ホーネットガイストはハニカム状のシールドを発生させて防いだ。そこから左手でシッペを繰り出してアデリーンを牽制。互いに距離を取って、身構えた。口笛も吹いて余裕綽々な蜂須賀である。
「うふふふふへはははははははははぁ~~っ!! 巧いもんだね。過去に何人か幹部たちを殺したらしいっていうのも頷ける」
あとで痛めそうな角度で首を傾けた蜂須賀が、アデリーンの戦いぶりを評価する。確かに蜂須賀の言う通り、アデリーンは過去に何人かヘリックスの幹部を撃破したことがある。『タイガーガイスト』、『イーグルガイスト』、『ドルフィンガイスト』、『ロングホーンガイスト』――といったメンツだ。ほかにも数えきれないほど、日夜戦い続けてきたのだ。
「それが何? 私にとっては何の自慢にもならないわ!」
「おっと今は関係なかった……なあ!!!!」
珍しく激したアデリーンがブリザラスターからアイスビームを撃つ。問答の直後、ホーネットガイスト/蜂須賀は素早い身のこなしで急激に距離を詰めて、アデリーンの喉元めがけて容赦のない、鋭いキックを繰り出す。防ぎきれなかったアデリーンは大きくノックバックして、転倒。少しの間喉を押さえたが、たちまち回復して立ち上がる。
「うへへへへへはははははははははははは……『バズソード』ッ!」
突然、蜂須賀が十字型の形状を持つ金と黒で染まった長剣を持ち出してアデリーンへと振りかざす。見てからでも回避は間に合ったが、その破壊力は近くにあった石柱をあっけなく破壊したほどだ。対抗してアデリーンも零華剣・ブリザードエッジを持ち出し、剣戟がはじまる。
「驚いたぁ? 剣ならワタシも持ってんのよぉ~~」
とぼけた口調で煽る蜂須賀。だが負けられない。負けたら木っ端みじんとなるのは避けられないからだ。アデリーンは無言で鍔迫り合いに持ち込んで、打ち勝ってみせた。
「ふはははは。ワタシとしたことが遊びすぎたかな~~~~?」
アデリーンからの追撃を許す前に、蜂須賀がもう片方の手で持った銃型デバイス――ジングバズショットから実弾とビームを同時発射。
「あ――――――っ!!」
吹っ飛ばされて、悲鳴をあげるアデリーン。その隙を逃さなかった蜂須賀はジングバズショットをいったんホルスターに差すと、すかさずバズソードを両手で持ち、振り上げたまま飛びかかる。
「もらったぁ!!」
「させない!」
ただではやられないアデリーンは、起き上がると同時にホーネットガイストを牽制して蹴りを入れる。更に躊躇なく延髄切りをかました。さすがにそのダメージは大きく、転倒した蜂須賀は十字剣を地面に突き立て、息を荒げながらなおも立ち上がる。
「痛ってェ~~~~~~~~~~~なああああああ~~~~~~~~~~~~~~~…………」
「私も、あなたが誰かを殺す前に……殺してでもあなたを止める」
アデリーンのその言葉は蜂須賀へと向けられた慈悲なのか? だがその蜂須賀は何のためらいもなく、ジングバズショットから紫色のビームを撃つ。それが暗殺者としての彼女なりの答えだ。
「今のは強烈な毒素を凝縮したビームだ。常人ならばこれでイチコロだが、おや……?」
相手が毒で苦しむ様を見て淡々と語る蜂須賀だったが、アデリーンはその毒をすぐに浄化し、打ち消した。そしてまた立ち上がり闘志を燃やす。
「少しは効くと思ったんだがなあ……!?」
「おいおい……」と驚きながらも、蜂須賀は向かってきたアデリーンが連射しているアイスビームを防ぎ続ける。が、突然ブリザードエッジによる近接攻撃に切り替えられ隙を突かれた。
「終わりっ!」
「くっ!!」
力を溜めてからの斬撃で一閃したのち、蜂須賀の首元にブリザードエッジをあてがうアデリーン。『複眼』越しに素顔の蜂須賀の瞳が映り、瞳孔を閉じていたが、これはそれまでの余裕を崩されたことを意味していた。
「ふ、ふふふふ、うふふふふ、……へへへへはははははっ」
笑うしかなかったか、それとも――? 不穏な笑いとともに蜂須賀は変身を解除。マスクはつい外してしまったが、意地でもフードは脱がないし、サングラスも外そうとはしない。
「やめだ、やめだ。コンディションが万全じゃない相手を殺そうとしたって面白くないし、ワタシの美学に反する」
「美学ですって? あなたのような暗殺者に美学などあるものですか」
突っかかってきたアデリーンからの返事で痛いところを突かれたか、蜂須賀は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そういう言い方は良くないなあ。ワタシにも意地や誇りがあるってこと、覚えておけ。それじゃあな」
「きゃッ!? ……恐ろしい敵だったわ。蜂須賀、あなたはいったい何者なの?」
蜂須賀がジングバズショットをその辺を撃って火花を起こすとともに退散したのを見て、アデリーンも変身を解除。専用バイクのブリザーディアに乗り、ワープ走行でその場を去った。