FILE114:張り合いの有無とバンギャルドリーム
その頃、地球上のどこかにあるヘリックスシティでのこと。暗雲の下に広がるその不気味な街のメイン施設内の広間で、ヘリックス組織の幹部たちが今後の方針について打ち合わせをしていた最中、謹慎中の身であったドリュー・デリンジャーが突如バカ笑いをはじめる。
「だーっはっはっはっはっ! いやあこないだは傑作だったな! ミスター・兜ともあろうお方が大チョンボだぞ。だーっはっはっはっはっはっは……はっ!?」
ここのところずっと失態が重なり焦りを覚えていた彼が、自分より遥かに格上の同僚の不幸をいいことに調子に乗ってイキリ散らしていられたのもそこまでで、静かな怒りをあらわにした兜円次がドリューの首を片手でつかんで絞めあげたのだ。
「それだけ言えて満足か……?」
「ギャアアアアア!? ごごごごめんなさい! 言いすぎました! 放してください! 放してくれええええ~~~~~~!」
彼らの他には、禍津、キュイジーネ、雲脚、といった面々が囲んでいて、その禍津らが「オイオイ死んだわあいつ」、「あ~らら。かわいそうに」、「口とは便利なもんだなあ……」、と言った風に、気まずそうな顔を――ただし、キュイジーネのみ何を考えているのかわからない張り付いた笑顔をしていたが。何にせよそのことに、ドリュー・デリンジャーが気付けていたらよかった話――では、あったのだが。かつては組織内の闇バイヤーでもトップの営業成績を上げていた男であったにもかかわらず、彼はそこまで気が回るほど器用ではなかった。
「まー、仕方あるまい。誰にでも失敗はあるさ。あんたほどのエリートだろうと例外ではない」
「それに別の目的は果たせそうなんでしょう」
松葉杖を突いたまま少し煽るようなアングルと顔をした禍津と、腕を組んで微笑みをたたえるキュイジーネがそれぞれ声をかける。鼻を鳴らして、口角を吊り上げた兜がデリンジャーを雑に放してその辺に捨ててから、彼らと黒スーツの雲脚を含む幹部メンバーの近くへ寄って行く。
「ああ。痛み分けではあったが……」
ロザリアの中にわずかながらあった悪の心を抽出して、『心の聖杯』に取り込ませたこと自体はうまく行っていた――とはいえ、やはりあの敗北は彼にとって苦々しいものがあったのだ、いろいろと。
「それより禍津、取り繕っていないで本心を見せたらどうなんだ?」
「フッ! 負け犬のあんたとは違って、俺はもう既に次の作戦に取り掛かっている。いつまでもあんたや、総裁ギルモアの腰巾着の『ムササビ兄妹』ばかりが、幅を利かせられるなどと思わないことだ」
考えを見透かされたこともあり、右手に持った松葉杖を突きつけ、禍津は嫌味ったらしい顔をして兜に挑発し返す。怒るまでもなく兜は不敵に笑い、近くで見ていたキュイジーネもまたくすくす笑う。雲脚はユニークな顔をして肩をすくめた。
「ハッキリ言う。気に入らんな……。だが、そうでなくては張り合いが無い」
「どうも」
シニカルに笑って踵を返した禍津にキュイジーネが近寄る。その色香に一瞬ドキッとさせられ、「わぁーお……」と、彼は声を漏らした。なお、ドリュー・デリンジャーも彼女に近寄ろうとしたものの、雲脚に足蹴にされてしまい、情けない声を上げていた。
「確か、人々の信頼関係から何から何までを引き裂く……。そうだったわね?」
「上手にやってくれたまえ」
期待を寄せられたのか、それとも皮肉ったのかは本人たちのみが知っているが、禍津は自信たっぷりに笑う。地べたに這いつくばっているドリュー・デリンジャーを見下して――。彼は悔しさをにじませた顔で歯を食い縛り、床を叩いてうめき出す。
「ち、ちきしょう~……このままじゃ済まさんぞ……」
★☆★☆★☆★☆★
その翌日の事だ。梶原葵は『ナルちゃん』とともに土日を利用してみんなでライブハウスに行く企画を立て、いつもの面々――竜平にアデリーンに蜜月を呼び出して、レンガ風の床や壁に街灯が立つニューレトロな雰囲気のとある駅前のロータリー付近で彼らと待ち合わせをしていた。時間帯的に人はもっと多いはずだが、意外にも人気が少なく、まったりしてさえいた。と、ほどなく全員揃う。
竜平は無難にパーカーとジーンズというコーデだったが、アデリーンはバンギャル風のワンピースやブーツで統一してきており、葵もバンギャル風なイラスト・文字入りシャツとズボンと本格的だった。蜜月に至ってはいつものバンギャル風なコートをはだけて紺色のワイシャツを見せびらかしているだけでなく、いつもの黒いブーツに加えて、自前で左目の下に紫の星のメイクまでしてきていた。唇も紫に塗っている。化粧については彼女以外はやりすぎないレベルにとどめていたのに、蜜月だけは頑張りすぎた結果となった。
「みなさん集まったッスね。そんじゃ、割とすぐ近くなんでね。そんなに時間はかかんないと思います」
葵のすぐ隣で仕切っているのは、某ライブハウスのチケットを買いすぎたナルちゃんこと、仙崎那留。活発的な印象を与えるショートヘアーで耳にはピアス、ピンクと黒の派手な私服。いわゆるバンギャルである。こう見えて顔つきは素朴で、かわいらしい系だった。
「じゃあ案内頼むわね。ナルさん?」
うつつを抜かしている竜平の頭を手でどかして、にっこりしているアデリーンに対し那留は、いい笑顔やウインクと同時にサムズアップもして応えてみせた。そうして一同は歩き始める。葵や竜平が心配していたほどアデリーンも落ち込んではおらず、むしろ元気そうだった。無理をしたり虚勢を張っていたりしたわけでもなく、それならば大丈夫だろうと、葵もそう判断する。
「アデリーンさんでしたよね。ライブハウスははじめて?」
「完全にはじめてってわけじゃあないわよ。でもこうして行くのは久しぶりかな」
「じゃ、アタシとみんなでパーッと盛り上がって、嫌なことも全部忘れちゃお~! おーっ!」
ノリをよくして全員で空に拳を突き出す。年齢も立場も関係なし、知り合ったばかりだろうと友達同士だ。
「ははーん。思ってたより小ぎれいな感じね。ワタシはてっきり、もっとこう、パンクで禍々しい、デスメタル的なところだとばかり思ってたけどさ……」
問題のライブハウスの入口を前に、その外観を見上げたメンバーが見とれている中で、蜜月がそう漏らす。そこはおしゃれな外観でそれらしいBGMも流されており、観賞や演奏にきた人々でごった返していた。
「ところでバンドやってない人でも入って良かったのかしら? 久しぶりだからその辺忘れちゃってて……」
「しらん。と言いたいところですけどー、むしろOKッス。お気になさらず!」
ナルに確認を取ったアデリーンは、彼女からチケットを人数分手渡される。若者向けと大人向けが巧妙にマッチしたような、そんなクールなデザインが施されていた。
「え~っ、こんなにもらっちゃっていいの?」
「いいんですいいんです! さっさっ入りましょ……」
「では♪」
ノリノリになっていた葵や那留、なぜかリズムを刻んでいた竜平に連れられて、アデリーンと蜜月は期待に胸を躍らせながらライブハウスの中へと入って行った。