FILE107:地獄門の向こう
工業施設から南南西の方角にある獄門山に向かう途中、アデリーンと蜜月はサービスエリアに立ち寄って休憩を挟む。英気を養い、精神を落ち着かせるためである。
「――ええ。幹部メンバーのマガツが確かにそう言っていたの。これからその獄門山に行って、妹のロザリアを助けるつもりだから。それじゃ、またご縁があれば」
そこそこ空いている食堂で軽食を注文したアデリーンは、世界的企業であるテイラーグループの社長・虎姫と連絡を取り終えてから手を合わせて、「いただきます」と、きつねうどんとミニ親子丼セットに着手し始める。どちらも七味唐辛子や山椒をトッピングしており、本格的に味わうつもりだ。
「おトラさんかい? いまおしゃべりしてたの」
「うん」
真向かいで天丼と味噌汁セットを食べていた蜜月からの問いに、アデリーンがうどんをすすりながら答える。まだまだ余裕たっぷりに笑うアデリーンとは異なり、蜜月の表情には少し迷いがあった。とはいえそこまで深刻なものではない。
「食べられるうちに食べておきましょ。この先、何が起きるかわからないんだから」
「ホントはこんなことしてる場合じゃないんだけどネ……」
汁気が欲しくなった蜜月は味噌汁を一口飲み、また天ぷらとその下のお米を食べる。2人ともちゃんと噛んで、味わうことには味わったが、時間も押して来ていたゆえに――完食。そしてサービスエリアから出発した。
◆☆◆☆◇★
かくして問題の獄門山へと辿り着いたアデリーンと蜜月は、山中の開けた部分にある採石場でバイクを停める。そこを経由して木々が生い茂る山道から、谷間にかかった吊り橋まで移動した。すると、簡素な姿かたちのケイ素生命体である戦闘員たちがぞろぞろと巡回し、警備を固めているではないか。
「ねぇ~~、どうする? こうもシリコニアンだらけじゃ、変装のしようが無いよ」
「正面突破しかないかもね。それとミヅキ」
「なにさ?」
蜜月がキョドりながら訊く。
「私たち、尾行されてるかもしれない。気を付けて進みましょう」
「そ、そだね。ヘリックスめ、油断も隙もありゃしないよ。まったくさ~……」
2足歩行のもの、下半身がクモなどの節足動物のようになっている4足歩行のもの、そうした面々で構成されたシリコニアンの警備隊をやり過ごして、アデリーンと蜜月は見張りに見つからないように橋を渡る。アデリーンが自前の超感覚で仕掛けられた罠をことごとく見破り、どこに基地があるかも感知したため、移動するにあたっては不要な戦闘を避ける以外では苦労はしなかった。
「アレ見て!」
やがて、山中の林や沢の中を抜けた2人はむき出しになった山肌の付近に物々しく機械化・金属化された形跡を発見する。ご丁寧にも設備や機材もそろえられており、「入ってくれ」と言わんばかりに入口らしき横穴も開いていた。
「この物々しさと面の皮の厚さ。間違いなくヤツらの基地だわ」
「バカ正直に建てちゃってるね――。よっしゃあ! 突入すっぞ!」
ライフルを持ち周辺警備を担当するシリコニアンたちの監視の目を巧妙にかいくぐって、2人はまんまと潜入に成功。このいわゆるザル警備も敵の策なのではないか? という不安はあったが、今はそれよりもロザリアを救い出すことが先決だ。基地の内部は無機質で、SF映画などにも出てきそうだった。
「どったの?」
廊下を進む途中でアデリーンが立ち止まり、不思議がった蜜月が彼女へ問う。すると彼女は、神妙な顔をした。
「……感じるわ。ロザリアは――この基地の奥の実験場。そこから彼女の存在を感じるの。あの子なら大丈夫だと信じたいけど……」
「あんまり待たせちゃあの子が不憫だ。行こう」
ブリザラスターとキルショットヴァイザーを両手で握って、2人のヒーローはその過程で階段も昇り降りして更に奥へ進む。やがてシリコニアンが2体並んで警護している扉の前に出るが、2人はいったん身を隠す。ターゲットを見据え、一瞬の隙を突いて――ヘッドショットを決める。シリコニアンのうち片方の頭が吹っ飛び、倒れてそのまま爆散した。
「グルッ!? き、貴様ら……もう侵入していたのか!? おのれーッ!」
「寝てろ!」
増援を呼ばれる前に、蜜月が零距離で横顔を撃ち抜いてシリコニアンを撃破。これで見張りは2体とも片付けたので扉を開けようとする。
「ホリイイイイイイ!」
――が、その時、背後から轟音を立てて壁を破壊し、何者かがずっしりと重たい足音も立てて姿を現す。まるで黄色いショベルカーがロボットにでもなったような外見で、右腕が巨大なバケットとクレーンに、左腕がマニピュレーターとなっていた。顔はゴーグル状になっていて、その上はフェイスガードで守られている。
「新手か!?」
「貴様らがこの獄門山に来ることくらい想定済みよォ。そこから先には行かせん」
「通らせてもらうわ。ハッ!」
蜜月とアデリーンは右腕を振り上げたショベルカー怪人の攻撃をかわし、それを利用して扉を破壊させた。重機の怪人は苦虫を噛み潰したように悔しがり、胸部と胴体に内蔵した機銃で2人に反撃を試みる。唐突に撃たれたため回避は間に合わず火花も立ったものの、軽傷で済んだ。
「悪いけど、あなたに構っている暇はないの。じゃあね!」
「私もいるぞオオオオ! ガガガガァァァァッ!」
「またかよ!」
そこに白い毒蛾のような怪人が天井を破壊して出現し、ショベルカーの怪人に加勢する。触覚や複眼に加え歯牙をむき出しにしたモンスターらしい凶悪な顔をしていたが、顔の横につけている般若のような鉄仮面をその手に持って被り出した。それに機械化されたボディの上には着物まで着込んでいた。
「私は、ヘリックスでもその名が知られた殺人モスガイストだ。お前たちを殺し、あるいは生け捕りにするゥ……」
「だから、あんたらとは遊んでる場合じゃないと言ってるだろう!」
「ガガァ!?」
顔面――ではなく、比較的防御の薄そうなボディを蜜月が撃ち、更にアデリーンもショベルカー怪人の関節部を撃って凍らせ、ひるんだ隙を突いて2人のヒーローは壊れた扉の先に向かう。恐らくそこに実験場があると踏んだのだ。そうでなくとも何か重要な設備があるのだろう。でなければ、わざわざ見張らせる必要などない。
「とうッ」
薄暗い廊下を抜け、息を合わせて柵を飛び越えて降りる。この基地の実験場だ。割られたカプセルの痕や、スクラップになった機材に加え、ブラックライトが周囲を照らしていて、不気味な印象を漂わせる。緊張して顔が険しいまま歩いて行くと、そこで2人が見たものは――。
「っ……」
それは、SF作品――よりも、青年誌に載っている漫画に出てきそうな、年端もいかぬ少女を拘束し繋ぎ止めておくような、非人道的なマシーンだ。そこにプラチナブロンドに白い肌の少女が囚われている。あまりに痛々しい。2人は目をつむりたくなかったが、しかし、囚われの少女には見覚えがあった。
「……ロザリア?」
「その声は、アデリーン姉様……?」
しかし、ロザリアは目隠しをされていて周りが認識できない。不憫に思ったアデリーンは目隠しを外し、闇に閉ざされていた彼女の目に光を取り戻させ、深紅の瞳も露わにさせると自分と蜜月のことをロザリアに視認させる。――暗闇が太陽の光で晴らされたような嬉しい気分になれたのは、アデリーンと蜜月も同じであり、心の底から湧き上がったようなまぶしい笑顔を浮かべてみせた。
「そうよ、私よ。あなたのお姉ちゃんのアデリーン……」
「やっぱりだ。姉様……、ミヅキお姉さん……!」
離れ離れになっていた【姉妹】が、何年ぶりかの再会を祝して抱き合おうにも、鋼鉄で出来た拘束具がそれを阻む。
「もう大丈夫。今あなたを解放するからね――」
「……いけない。誰か来ます!?」
優しい声をかけてから、拘束具と装置を破壊してしまおうとするアデリーンと蜜月だったが、その時、笑顔になれたばかりのロザリアが血相を変えて叫んで姉たちを止める。背中に悪寒が走ったアデリーンが後ろを向くと――横側にある通路につながる連絡階段から何者かが降りてきたのが確認できた。
「感動の再会だ。涙が出るね……」
怪しい霧の向こうからライトに照らされて降りてきたその影が徐々にその実態を見せる。長髪で、冷酷さを秘めた鋭い目つき、白地で赤いラインと遺伝子の二重螺旋がHを描いたエンブレムの入ったジャケットを着用した、伊達男風の男性だ。
「だがそれも終わりだ! お嬢ちゃんたちィ!!」
テレポートを繰り返して接近したその伊達男は、アデリーンたちを見下した目をして嘲笑う。腕を組み、片手を口の前に添えてまで。そんな見るからに冷血な彼には、3人とも見覚えがあり、ロザリアは目をそらし、蜜月は拳を握って彼をにらみ、アデリーンは眉と目を吊り上げ唇を噛みしめた。
「あなたが来るとはね。エンジ!」
「そうか、ロザリアにこんなことしたのはあんただったのか? 兜おじさん、いや……兜円次ッ!」