FILE105:秘密情報にはご用心を!
浦和綾女が通う大学の演劇サークルの舞台公演が成功を納めてから数日――。金髪碧眼のアデリーン・クラリティアナは、東京都内の喫茶バー『サファリ』に来るように呼び出されていた。鮮やかな緑色のシャツワンピースと黒いジーンズという服装で店内に入ると、彼女にオファーをかけた黒いバンギャル風コートの女性が、コートを脱いで紺青色のワイシャツ姿でカウンター席に陣取っている。マスターを務める女性・メロニーとは親しい関係ゆえ、楽しそうに盛り上がっていたところだ。
「私に用みたいだけど、ここでわざわざやるほどの話なのね?」
「ま~ね~ッ。メロちゃん、悪いけどまた貸切にしてもらえる?」
メロニーは、蜜月からの問いに指で○印を作って答える。シャツの上からでもわかるほどバストが大きく、身体自体が豊満すぎるほどだった。
「蜜月の頼みなら、そのくらいはお安いご用よ。ちょっと待ってね……♪」
こうして、ひっそりと盛り上がっていた『サファリ』はクローズドとなった。
蜜月がアデリーンに用件を話したのは、その少し後に周りを確認してからである。
「……なんですって!?」
彼女からあれこれ聞かされて驚いたあまり、アデリーンはそのことが信じられないような顔をしてその場で立つ。
「それ本当なんでしょうね?」
少し語気を強めた上で、彼女は蜜月へと顔を近づけてから問う。戸惑いも見せたが、すぐに切り替えた蜜月は深呼吸。店の奥のほうから、チャイニーズ風の衣装を着た女性が席を移動してきたほか、カウンターの奥からもエプロン姿の女性がもう1人現れた。蜜月の友人にして情報屋のムーニャンと、これまた蜜月の友人である『マチルダ』である。
「……昨日、取材中にちょっと小耳に挟んでさ。念のためムーニャンにも調べてもらったんだけど、ロザリアがエイドロン・コープの施設に運ばれたってヘリックスのメンバーらしきヤツらが話してたのよ」
蜜月が情報をそう言い終えた後、ムーニャンが蜜月とアデリーンの間の席に割り込んで座った。2人とも彼女に配慮して着席し、マチルダはクロスでコップやグラスを拭く。
「ただねー、その情報がすべて本当とは限らないよ。ヘリックスがあなたたちをハメようとして、ウソの情報を流したのかもね?」
ムーニャンの言うこともごもっともではある。アデリーンと蜜月は視線を合わせ、少し考え込む。
「アデリーン、妹さんを助けたいお気持ちはわかりますが、真偽がわからない以上は……。鵜呑みにするのは危険だと、あーしはそう思います」
「マチルダさん」
銀のロングヘアーで眼帯をつけたマチルダは、会ったばかりのアデリーンの身を案じる。それは蜜月も同じであり、しかし、彼女らが勝手に決めていいわけではない。
「十中八九、罠……なんでしょうね。それでも私行きます」
それを最終的に決定するのは、他ならぬアデリーンだ。彼女はもちろん行く気でいた。蜜月たちはざわつく。
「罠だとわかっていても行くしかない時って、あるでしょう。今はそんな気がしてならないの」
「……わかった、止めやしないわよ。行こっか」
蜜月が「やれやれ」、と、言い出しそうなクールな笑みを浮かべて賛同する。
「エイドロン社の施設ということは、間違いなくジョーンズ社長やヘリックスの息がかかってると思うから……気をつけてね」
心配してくれたメロニーに振り向いて、頷いた彼女たちは店を出て、それぞれ専用バイクを駆ってエイドロン社の施設がある方面へ向かう。未曾有の危機に立ち向かおうとしている2人を見送ったメロニーたちは、彼女たちの無事を祈る。ただ祈るのだ。
◆
「ここだね。ムーニャンとワタシで仕入れた情報によれば」
町外れの原っぱに、エイドロン社が誇る工業施設が建てられている。全体的に四角く、高い塀に囲まれているそこに、アデリーンと蜜月は、今まさに忍び込まんとしていた。
「まずは上手く制服をぶんどって来なくては……」
「その必要はないわ。なぜなら……私にはこれがある」
蜜月が、やけにのんびりしたアデリーンのほうを振り向けば、彼女は氷を別の物質に変換する技能・スノーメイキャップを用いてエイドロン社の作業着を即座に作り出したのだ。見た目はカーキ色で、エイドロン社のロゴであるEマークもきちんと入っている。サイズも2人の身長・体格にフィットしたものだ。
「これでよし!」
「た、助かるわ~ッ」
正面から堂々と潜入――するわけにもいかず、作業員に扮したアデリーンと蜜月は警備の目をかいくぐり、非常口をこじ開けてから内部へと忍び込む。
「なんでも、この工場の奥の保管庫にロザリアが閉じ込められてるらしいのよ。嘘じゃなけりゃいいんだけど」
スチームが吹き出す音や機械の駆動音が聴こえる薄暗い廊下を速やかに、目立たぬように駆けて、ある程度進んだところでアデリーンが警備員を感知する。物陰に身を隠した2人に気付くことなく、コンビを組んでいる男性警備員が話し合いを始めた。
「特別保管庫ってあそこ、いったい何が入ってるんだ? パスワードもなんだったか忘れちまったい……」
「このバカチン! パスワードは××だって何回言えばわかるんでい! メモしろメモ!」
そのパスワードの内容を盗み聞きしたアデリーンはバレない程度に笑い、蜜月は爆笑するのを必死で抑える。
「す、すまん。何せ配属されてから日が浅いもんでな」
「つっかえねぇーなぁー。頼むぞ……」
まさか侵入者に傍受されていたとは、彼らは知る由もなく――その侵入者である美女2人組は移動中、施設内にあった見取り図を参考に、アデリーンが持ち前の優れた感覚を用いたこともあり、たやすく問題の特別保管庫の前まで来た。
「私たち以外誰もいないわね。よし……」
辺りを見渡して確認し終えたアデリーンは蜜月とアイコンタクトもとり、分厚い金属製の扉の前に取り付けられたコンソールにパスワードを入力し始める。
「『ジョーンズ社長万歳』、と。……そこはギルモアじゃないのね? どれだけ自己顕示欲が強いのか」
「だからワタシ、あのオジサマはいけ好かないのよ。ヤんなるね」
エイドロン・コープの社長であるスティーヴン・ジョーンズの人間性に呆れてはいたが、それはそうと、2人は特別保管庫の重い扉をあっさりと開く。保管庫の内部は広々としていて、壁際にたくさんの貨物が置かれ、いかにも何か置いておけそうな中央の台座には――杖を突いた男が出入口の方向に背中を向けて座っている。服は赤黒いレザーファッションで、髪は茶髪だ。
「ロザリアがいない? ……やっぱりね。都合が良すぎると思ったのよ」
「それもそうか。連中が簡単に手放すわけないもんね」
アデリーンは片手を額に当てて、蜜月は肩をすくめて、どちらも苦笑い。ここへ来る前に、アデリーンが一度は疑った通りの結果となった。ここにはロザリアは囚われていなかったし、右手で松葉杖を突いていたレザーファッションの男性が2人に振り向いて邪悪に笑う。その2人もこの現実には、さほど動揺してはいない。
「徒労だったなあ、この裏切り者どもが! お探しのNo.13こと【ロザリア・スカーレット・ラ・フィーネ】は、ここにはいないよ」
少し苦しげにイライラした様子でうめいてから、松葉杖の先端を突きつけて禍津はそう告げる。
「お前らはまんまとニセ情報をつかまされて、右往左往というわけだ。かわいそうになァ! フハハハハハハハ!」
「うふふふふ……そのようね。で、それが何か? あなたを倒して、ロザリアがどこに連れて行かれたのか聞き出すまでよ」
「なにい? 知ったところでもう手遅れだぞ!」
「……あーっははははははははぁぁぁぁ!!」
嘲られても平然として笑って返すアデリーンの横で、蜜月は高笑いを上げて禍津を驚かす。
「この程度でワタシたちがあきらめるなどと、その気になっていたあんたの姿はお笑いだったぜ。マガっさんよぉ」
ヴィランじみた冷酷で狂った笑顔を見せて、禍津を煽り倒す蜜月ではあったが、彼女は紛れもなくヒーローなのである。
「ぐぬぬッ」
青筋を立てて目を血走らせると、禍津はいきり立った。