FILE095:葵の胸騒ぎ
アデリーンは急遽予定を変更して、いったん家に帰る――前に、メロニーが経営する喫茶バー『サファリ』を訪れていた。ある目的のために。
「いらっしゃーい♪ あら、アデリーンさんじゃない。今日はどういったご用件かしら」
「今日はね……あれ?」
マスターを務めるメロニーは、すました顔をしているアデリーンへ気さくにあいさつする。店内を見渡したアデリーンは、カウンター席にて葵がくつろいでいる姿を目撃し、目移りする。葵もそちらを向いたため、目と目が合った。
「用事があるからまた後でね」
「大丈夫です。わたしもぼちぼち勉強しなきゃなんで」
「ちょっと待っててね。……ミヅキやムーニャンさんは来てなかったですか?」
「2人とも、今日はプライベートでここには来てないわねぇ……」
その直後、アデリーンはメロニーに先ほど拾った『DAIKI.S』と書かれたアクセサリーを見せる。メロニーも葵も怪訝な目で見つめた。
「それは?」
「サボテンのディスガイストに変身していた男が落としていったんです。ミヅキかムーニャンさんに調べてもらおうと思って持ってきたんですけど、2人ともいないし……」
「そういうことなら私が預かるわ。2人には私から手渡ししておきますから」
「ありがとうございます! メロちゃんさん」
粋な計らいに口を緩めたアデリーンからアクセサリーを受け取ってすぐ、メロニーは「どういたしまして」とスマイルを返す。葵もちょっと嬉しい。
「このまま帰っちゃうのもなんだし、そうだ。特製カレー頼んでもいいですか」
「うふふ。お安くしておくわよ♪」
ニッコリ笑うメロニーはオーダーを受けて当店特製のカレーライスを作り、わざわざ注文してくれたアデリーンに出す。そのアデリーンは葵の隣の席に座ったが、彼女の勉強を邪魔しないようにはするつもりだ。
「それにしてもアオイちゃんがお1人さまとは珍しい」
「竜平君や他の友達が一緒だとついつい遊んじゃうから……。わたしはみんなとワチャガチャ遊ぶのも好きだけど、どこかで1人の時間を作るって大事だと思います」
カレーを食べて口の中でとろけさせながら、アデリーンは葵と2人きりで話し合う。そんな2人をメロニーが暖かく見守るという構図は、図らずとも絵になるというもの。
「まあ! アオイちゃんってば、私よりしっかりしてるんじゃない?」
「そーかなー!? ……わたしのことはいいや。エリスさんはあれからどう?」
「基本的にはお家にこもってるけど、たまに散歩だとかカラオケだとかには連れ出してるわよ」
葵としては褒められたのが照れ臭くて話題を変えたまでなのだが、蜜月の見舞いに同行した時以来、なかなか会えていないエリスの近況を知ることができたのは嬉しかった。
「ンまからァ~~~~~~~~~~~~~~いッ!」
「旨辛だなんて、もう! アデリーンさんってば、お世辞はいいわよ。でも特製カレーの味を褒めてもらえて嬉しいわ!」
そのうち、アデリーンはメロニーが腕によりをかけて作ったカレーをじっくり味わった上で完食し、あまりのおいしさにどこぞのクレイジーでダイヤモンドな、とある町のヤンキーの親友のごとくリアクションを披露し、目を輝かせてまで笑うと――。
「ごちそうさまでした。それじゃ、おいとまさせていただきます。またね!」
「……はい!」
席を立ち、葵と別れの挨拶を交わしてからレジに向かって会計を済ませる。「まいどあり!」と、メロニーはアデリーンを見送り、アデリーンもスマイルを返して店を出る。ペンを握ってにんまりと微笑んでいた葵だったが、急に表情が沈んだ。
「……葵ちゃん、何か心配事でもあったかしら?」
「胸騒ぎがするんです。アデリーンさんの身に何か起きるんじゃないかって……」
事情を聞かされて、アデリーンのことを少し気にかけた様子でメロニーは頬杖をつく。偶然にも、メロニーも一抹の不安があったのだ。
「大丈夫そうに見えたんだけどね……」
◆◆
ところ変わって、ここはスティーヴン・ジョーンズが経営する『エイドロン・コープ』の本社ビル――その地下にある秘密の実験場である。そこにプラチナブロンドの少女が拘束具をつけられて縛られており、そんな少女のあられもない姿を社長のスティーヴンその人と、もう1人――遺伝子の螺旋をHに見立てたエンブレム付きの白いジャケット姿の長髪の伊達男が、嫌味ったらしい笑みを浮かべて見下すように見つめていた。
「いい目をするようになったな。No.13よ。我らに楯突くあの生意気な姉にそっくりだ」
「……これ以上、あたしに何をしようというんですか?」
拘束具をつけられた状態で椅子に固定されたプラチナブロンドの少女・ロザリアが悔しそうに男たちに訊く。伊達男・兜円次のほうが鼻で笑い、ゆっくりと近づいた。
「そう焦るな。まずは段階を踏んで……クックックックッ!」
円次は、その手に持った白と黒に分割されたハートの宝石がはめ込まれた――モノトーン調の何かを見せつける。まるで杯のようで、得体の知れないそれを見せられたロザリアはただ拒否反応を示すしか出来なかった。