服を着せられていく話
服を着せられていく話。
何も知らない無垢な赤ん坊が生まれた。
大人は、親たちは、その赤ん坊に自分たちの好きな服を着せていく。「帽子はどうだい?」「帽子? 必要ないよ」「まあそう言わずに、着けて着けて」
そう言われて乗せられて。帽子の次は、手袋、靴下、ブーツに、ピアスにサングラスといったアクセサリ。「よく似合ってるよ」「そうかい? ……えへへ」
髪は染められ産毛も必要ないと捨てられて、裸の子は色取り取りに色鮮やかに変身だ。銀の指輪が輝いている、首元の宝石も光っている。まるで重さを感じない。
「素敵ですね」「そうですか?」
「そうだ、お化粧もしてみたら如何でしょうか」
頬紅を勧めて持ってきて、塗りたくる。長さの足りないまつ毛は、増やす。「今ね、この色が流行ってるんですよ」
目はラインで強調される、シミや、そばかすは同じ素色で覆われる。「まあ自然的で美しい」
服を重ねるごとにオシャレだと、個性的だと、格好イイと。
体が小物で重くなればなるほど綺麗だと。
肌が見えなくなるほど美しいと。「香水は如何が?」
赤ん坊は、花が好きだと思ったのでそれの香りを選んでつけた。
赤ん坊は満足だった。皆が自分を見てくれている、絶賛してくれているからだった。とてもいい気分だ、褒められて。世界で一番、可愛くて綺麗で美しいのは自分なんだ、そうなんだ……無垢な赤ん坊は、信じて決して疑わなかった。誰も咎める者はいない、瞳は生き生きと見るもの全てを取り込んだ。人が飾り立てる言葉が赤ん坊にとっての常識で、言われなくてはかなりの不満になってくる。時々、言葉に飽きて嫌になる時も出てきていたのかもしれない、赤ん坊は単純だった。
やがて季節は春になり、夏が近づいてくる。森は緑で賑わい、太陽は高く長く残るようになって、発生する四季の織り成す風は赤ん坊にも無論、平等に行き渡り、届いていた――すると当然のことながら赤ん坊は、あまりの暑さに項垂れるようになっていた。「暑い、よう……」
これでは蒸されてしまい、灼熱の地獄だ、もう服を脱ぎたい……そう思い始めた、ところが、だった。
「もし……脱いでしまったら……」赤ん坊に翳りが生じた。
もう賛美の言葉はもらえない、1枚でも着ていたものを脱げばひとつずつでも褒められることは減っていくのだろうと予想し、躊躇われた。「でも暑い……死んでしまうよ……」結局、とうとう我慢ができなくなって、赤ん坊は衣服を脱ぎ始めてしまっていた。「仕方ない……」
今まで着させられた物を次々に洗い取って、外して、脱いでいく赤ん坊。1枚で済むだろうと思えば、ちっとも涼しくならず、脱いでいくしかない赤ん坊。「暑いよお……」
自分からひとつずつ離れていくにつれて、果てしない空しさが溜まっていっていた。もう赤ん坊は誰も彼も見向きされなくなり身の体重も、軽くはなったが、心痩せていった。このどうしようもない寂しさが自分以外に伝わればいいのにと、いつしか願うようになる。それから、『本当の自分を知ってもらいたい』。歯止めの利かない赤ん坊の純粋な欲望は、行動に表れていった。
赤ん坊は脱ぎを止めれず、ついに下着パンツ一丁になってしまった。仁王立ちで我、堂々としていた。
これが着けている最後の1枚だった……「もうこれで何も言われない」赤ん坊は調子に乗った。最後の1枚を脱ぎ捨て、無垢な赤ん坊は地面を駆けていく、ああ、さっぱりした、清々しいな……何で服を着ていたんだろう? と……赤ん坊は素朴な疑問を大人たちに投げかけた。
……しかし残念だが、この頃になるとすでに赤ん坊は赤ん坊ではなく、成人をとうに過ぎた大人になっていたという。
よって、外を歩いていたら、巡回中のお巡りさんに猥褻の現行犯で即行逮捕されてしまった。
赤ん坊は再度、不特定多数の人類に無垢な疑問を問いかけている。
『僕は何か悪いことをしたのだろうか?』
せめて聞くだけ聞いてあげてほしいと、横で空気が言っていた。
《END》
変態。
読了ありがとうございました。
H21.5.24.