足枷と井の中の蛙
今日はヒーのお陰で、今日の予定の半分まで来ることが出来ました。自分で思っていた以上に作品に品が出てきたような話になっています。私が一人で作っているはずなのに、本当に自分で考えたの? と思うような展開になって来たので、ちょっとビックリです。ですが、全く話の終わりが見えません。私としては、すでに出来上がっている作品を掲載したいので、さっさと終わらせたいのですが、無駄話が多すぎてなかなか話が進みません。皆さんは、どうやってキャラクターを制御しているんですか?
俺達が俯き出すと、ヒーはそれを察知し、お茶でも用意しますと言い、一度部屋を出た。その厚意が気まずい雰囲気を解消してくれた。
「リーパー。どうしますか?」
リリアが出した案だからか、余程自信のある作戦なのかは分からないが、ヒーには珍しく、推し進める様に連載による宣伝について再確認を取った。
俺としても確かにアリだと思うが、それでも僅かでも危険が潜む作戦には乗る気になれない。
「確かに良い作戦だとは思うよ? でも、本当に大丈夫なのか?」
「はい。もし、まだ不安があるのなら、一度検証をしてみますか?」
検証? それは敢えて著作権を侵害し、どういう状況になるのかを確認するという事なのか? リリアは元々ヤバイが、ヒーまでおかしな事を言い始めた。
「ヒー! それは私は反対です!」
そりゃそうだ。どうしちゃったのヒー?
「ちょっと待って下さい。検証、と言っても、犯罪を犯せという意味ではありません。連載作品を作り、そのタイトルに、”小説家になろう”というワードを入れてみるんですよ。そのワードを使えば、運営サイドは必ず確認しますから、それで警告が無ければ、問題無いと思いますよ」
なるほど。その程度なら警告だけで済みそうだ。俺としてもちょっと試してみたい。
「でも、警告ってすぐ来るのか? あれだけ沢山の人が毎日投稿してるんだぞ? どれくらい待てばいいんだ?」
「二日も待てば十分なはずです」
「二日か~。本当にそれで大丈夫なの?」
あくまでこれはヒーの予想であり、実際運営の状況を知らない俺には不安が残る。
「はい。これだけ大きなサイトなら、コンプライアンスに関しても厳しく目を光らせているはずです。それに、もしそれを過ぎて警告が来ても、素直に従えば訴えられる事はありません」
コンプライアンス? 何それ? あ、リリアも知らないみたい。
「しかし、もしですよ。もし、一週間も一か月も過ぎてから警告が来て、あなたは勝手にうちのサイトの名前を使いました。告訴します! と来たら、その時はどうするんですか!」
流石リリア。分からないものはそのまま。後でコンブラライアンス? 調べよう。
「それは大丈夫ですよ。仮にそうなっても、それは運営側の管理不足になります。毎日何万という投稿があるから、全然確認が間に合いません。など、口が裂けても言わないはずです。それに、もしそうなら、すでになろう内のあちこちで訴訟が起き、なろうは行政処分で運営禁止になっているはずです」
確かに。ほとんど小説を読む事には興味がない俺ですら、簡単に見つけられるほどのサイトだ。そんな有名サイトが自分の名前を使われれば、当然空かさず確認するはずだ。
「でもさ。なろうは良いよって言っても、この話を小説にするんだべ?」
「はい」
「ならさ。感想とか貰えば、当然それも書かないといけないわけじゃん? その場合、勝手にその感想を載せたりするのは大丈夫なのか?」
確か、全ての物には著作権が発生すると聞いたことがある。そうなると、当然感想にも著作権が発生し、それを引用してしまえば、訴えられる可能性もある。
「感想をくれた人の名前を出すのは確かに不味いです。ですが、感想に関しては大丈夫だと思います」
「でも、感想にも著作権があるような事、聞いた事あるぞ?」
「あ、それ。私も聞いた事があります。確か、落書きでも著作権あるみたいですよ?」
やっぱり。リリアも知っているくらいなら、当然ほとんどの人が知っているはずだ。
「正確な事は私にも分かりません。ですが、感想の場合、一言一句間違わずに引用しなければ問題無いはずです。それでも不安が残るのなら、大まかな内容だけにすれば問題無いはずです」
「う~ん。確かにそうすれば問題無いと思うが……なんか失礼な気がする……」
折角俺の為にアドバイスをくれたのに、俺がそれを勝手に引用するのは、何か人として間違っている気がする。
「失礼ですか? それはリーパーの扱い方次第ですよ。確かに感想をくれた人は、リーパーの為にアドバイスをくれたのかもしれません。ですが、”為だけ“ではないはずですよ? リーパーのほとんど読まれる事のない小説を読み、感想をくれるほどの人なら、当然そういう悩みを抱える人の為に手助けをしているはずです。そんな人が、それを押し広める行為をしたらかと言って、文句を言うような事をするとは思えません」
え? 何気に俺、蔑まれたの? ヒーも悪気があるわけじゃないけど、わざわざほとんど読まれないとか言わなくてよくね?
「う~ん。それには私も反対ですね。確かにリーパーの為だけ、というのは言い過ぎかもしれませんが、それでも、その人はリーパーを想い、感想をくれたんですよ? 私はやはり、失礼な気がします」
だよね。リリアもそう思うよね。やっぱりこういうときは気が合うよね~。
「でしたら。逆にこう考えてみてはどうすか?」
あら珍しい。ヒーがリリアに反論している。いつもリリアの言う事には素直に従うのに、今日のヒーはやけに強気だ。
「リーパーは、アドバイスが欲しくてなろうを始めたのですよね?」
「うん」
「でしたら、当然そのアドバイスは糧となり、成長を助けます。その感謝の”礼“として、自分を後押ししてくれた恩人として紹介すれば良いのではないのですか? それにもし、もしこの連載が役に立つと、多くの読者が付いた場合、その人はこの連載を読んだ全ての人の恩師となります。ですから、”恩返し“、というテーマで作品を作ると言うのはどうですか?」
恩返し? なんかとても良い作品になりそうな気がしてきた。ヒーはもしかしたら、初めからそういう気でこの話に共感していたのかもしれない。
「いいですね! そのテーマなら、いくら名前を悪用しようとも誰も文句は言いませんね! やりましょうリーパー!」
リリアは本当は良い子だ。しかし冗談と本気の区別が付きにくい性格の為、今のが他人に聞かれたら、こいつは下衆だと思われかねない。
「悪用は駄目だろう! まぁでも、そういう事ならやってもいいかもな。ただし! なろうの名前を使ってみて、警告が来なければの話だぞ?」
「何を言っているんですか! 正義の心があれば警告など来ませんよ! それに、なろうにただで登録して、寄生虫みたいにしているリーパーは、それくらいの恩返ししなくては駄目ですよ!」
寄生虫!? 確かにそうかもしれないけど……リリアはもっと言葉を選ぼうぜ?
「そうですね。与えられるだけでは成長しませんからね」
え? ヒーも寄生虫は訂正させないの?
「そうですよ! 勝手に登録して、勝手にウンコして、それで誰も読んでくれないなんて、リーパーは大罪人ですよ!」
「うっせーよ!」
くそ! コンブラ……何だっけ? とにかく、コンブラ何とかも知らない小娘が、何を偉そうに言っているんだか。
「とにかく! そういう事なら俺は賛成する。で、先ずはどうすればいい?」
そう答えると、堅苦しかったヒーの表情が緩み、部屋の中は明るい雰囲気に戻った。しかし、いざ創作に入ろうと意気込む俺に、ヒーは再びキリリとした表情で条件を付け加えた。
「作品を作る前に、最後に一つお願いがあります」
「お願い?」
「はい。なろうの実名や、送られて来た感想を掲載する以上、この作品が完結するまで、リーパーは決して宣伝をしてはいけません!」
ヒーは、まるで俺を叱りつける様に、真剣な表情で言った。それを受けて、ヒーの言う条件が、本当に重要である事だと悟った。
「何で?」
「この作品の最大のテーマが恩返しである以上、リーパーは小説のみで読者を獲得しなければなりません。プロフィールはもちろん、口頭による知人への宣伝も駄目です! 実名を使われる運営や、感想を勝手に引用される投稿者、そういう人の厚意を無下にしないため、リーパーは一切自身の名を広める行為や、宣伝を利用して作品の読者を集めようと考える行為は、その恩返しに反します! リーパーは一切何も求めず、ただなろうでの自身の経験を書き連ね、後に続くもの、先で足を止められている全ての人の後押しをする、という事に専念して下さい。その条件が飲めるのなら、多少ですけど、リーパーの汝は我を何と呼ぶ? を宣伝しても、咎められる事は無いと思います。それでもいいですか?」
今日のヒーは本当に珍しい。この重荷を背負い僅かな利益を求めるか、それとも苦を避け、楽な道で井の中の蛙まま大海を知らず生きるか、という二者択一を迫るのはリリアの担当のはずなのに、今日はヒーがそれを俺に迫っている。小説での恩返し。これはもしかしたら、ヒーにとっても重要な成長の過程なのかもしれない。
「ああ。もちろん」
ヒーがここまでの気概を見せた以上、俺がそれに応えないわけにはいかない。それに、俺の返事にヒー以上の嬉しそうな顔を見せたリリアの為にも、情けない姿は見せられない。
既存の作品の宣伝という目的とは大分離れたが、この連載を完結させたとき、俺は小説家に大きく近づけるような気がする。小説には伝えたい事、教えたい事を含めなければ、それは駄作になってしまうと言われるが、それは誰かに教えるためのものではなく、作者自身に言い聞かせるという事なのだと、ヒーに教えられた気がした。
「よし! じゃあ早速、どういう構成にするか考えるか!」
「はい。私達で良ければ、一緒に考えさせて下さい」
そう言うヒーの表情が、少し大人に見えた。
「では、先ずは私が考えた主人公、ジェニファーを、どこのポジションに持っていくか考えましょう!」
「それは使わねーよ!」
正直、リリアとは別の意味でヒーの言動に困った展開になりました。彼女たちはいつも勝手に盛り上がり、突然驚くような成長を見せます。精神論で活を入れ、さらに覚悟を決めさせるために二者択一を迫るのは、リリアの武器だと思っていたのですが、初めてヒーがリリアを真似するような行動を取りました。双子の姉妹にした為、姉の影響を強く受けたのだと思いますが、今後ヒーが、リリアのようにならないよう願います。