ビンタとヒーの戸惑い
私の予想とは違う展開になっています。しかし五人は真面目に話し合いをしています。
約束の日曜日。
前日にLINEでみんなに話があると書き込むと、では家に集まりましょう! とリリアが集合場所を指定してきた。リリアはとにかく賑やかな事を好み、何かあると自分の家に集めたがる。その為俺たちが集まるときは、大体リリアの家だ。
ここ一週間、俺は強力な助けを借り連載を再開させた。初めはなかなかサイトを開くことが出来なかったが、それでもリリア達との約束の場所に向かうためには、どうしても避けては通れない道だと思い、意を決してログインした。
すると、当然のように感想が二通来ていた。間違いなく途中放棄した事への苦情だと思い、一時は無視する事を考えたが、それでもやっぱり落ち着かず、結局感想を見る事にした。
ここで文句を言われても、俺は何も返す資格はない。感想を見る前からすでに気持ちが重い俺だったが、一行目を見て驚いた。
突然連載が止まり、心配になり連絡しました。今まで毎日頑張っていたのに、何かあったのですか?
私はこの話が好きです。毎日大変でしょうが応援しています。再開を期待します。
あり得ないコメントだった。
この話が好き? 再開を期待している? 作者の俺がクソなのに、それでも心配するコメントを見て、心が泣いていた。
俺は本当に恵まれている。この小説を書いて良かった。
まるでこの人に、直接触れられたような温かさを感じた。たった一人しかファンがいないとヒーに言われたときは、何でだよ! と思ったが、たった一人の力がこれほど大きい事に、改めて気付かされた。
背中を支えられているような感覚に、急に元気が出てきた俺は、恐れることなく二通目の感想を開いた。
連載が止まりましたね? とうとうダークネスブレイカーが発動するのですか?
一言の場所にたった一行書かれた文字を見て、投稿者の名前を確認しなくても、絶対リリアだと分かった。
それを見て、俺は声を出して笑ってしまった。
あいつは本当に凄い奴だ。まるで俺の心を見透かしているようで、平然と心のしがらみを取り払った。
よし! やるか!
強力な援軍を得た俺は、今まで伏せこんでいたのが嘘のように力が沸き、完結に向け物語を動かし始めた。
しかし現在のストーリーは、企業からスカウトが来て、そこである人物と人気争いをして、勝った方が書籍化されるという状況で、これからが山場を向かえる状態だった。さらに、ある人物とは今までアドバイスをくれていたジェニファーで、そこからそれを知った暗黒魔剣士ロビンソンが葛藤していくという展開で、とてもすぐには終わらせられる状況にはなかった。そのうえ話の展開もおおよその道筋しかつけておらず、書きながら考えていた為、なかなか手が進まない。
それでも貰った力のお陰か、千文字ほどしか書けないが何とかお詫びを載せ、連載を続ける事が出来ていた。
約束の九時の五分前にはリリアの家に到着した。
インターホンを鳴らし扉が開くと、ヒーがいつもと変わらず出迎えてくれた。俺はてっきりヒーは怒っていると思っていたが、まだ事情を知らないのか、何一つ変わりなかった。
それはリリアも同じで、部屋に入ると「遅いですよ!」といつものリリアだった。
部屋にはすでにフィリアとジョニーも来ており、フィリアはまだ俺の事を話していないらしく、雰囲気も明るいものだった。
「やっと全員揃いましたね。では早速ですが、リーパーの話とは何ですか?」
ヒーが俺にジュースを出すより早くリリアが訊く。フィリアは本当に黙っていたようだ。
「すまん! 俺は連載を勝手に止めてた! 本当はもう続ける気も無かった!」
もう言い訳も白を切るつもりも無い。正直にリリア達に本当の事を話し、後は裁きを受ける覚悟で土下座した。
何の取り柄も無い俺が唯一見栄を切れるのは、自分の責任を認め、それを償う事しか無い。それがリリア達に見せられる、最後の見本だった。
「それで?」
下を向いているしかない俺に、リリアは言った。
正直、この言葉に返す言葉が無い。俺自身どう償えば良いのか分からないからだ。
頭を上げられない俺が言葉を探している間、耳には衣擦れの音だけの静寂が流れた。
「リッ……」
ヒーが俺を呼ぼうとしたが、誰かがそれを止めたのか、その声が途切れた後、再び沈黙が訪れた。
「……すまん! 俺にはどう責任を取ったらいいか分からない! だから……」
俺はここでも逃げようとした。だが、それ以上の言葉を選ぼうとしたとき情けないと気付き、下唇を強く噛んだ。
俺が言葉を濁らせると、リリアが聞こえる様にため息をついた後、言った。
「リーパー。顔を上げて下さい」
土下座を生まれて初めてした俺は、その言葉に素直に従って良いのかさえ分からず、しばらく俯いていた。だが、誰も何も言わない事に、恐る恐る頭を上げた。
「リーパー。目を瞑りなさい」
頭を上げた俺に、リリアはそう言った。俺はビンタでも来るのかと奥歯を噛みしめ、言われた通り目を瞑った。すると、
「ニャー!」
という掛け声と共に、顔を上から下に強烈に引っ搔かれた。
「なぁっ‼」
リリアのまさかの折檻に、あり得ない声が出た。顔中が焼ける様に痛い!
「リーパー! それはもうフィリアから聞きましたよ!」
えええ‼ フィリアは俺に、リリア達には黙ってるって言ってたのに、それは無いよ! っていうか、こいつらも知ってたんなら、なんで集まったの!?
「何でもっと早く言わないんですか! リーパーのせいで、ヒーが謝る小説載せちゃったじゃないですか!
謝る小説って何!? っていうか、ヒーは何しちゃってんの!?
「リーパーがこうなることくらいヒーは分かってましたよ! だからもしもの時の為に準備していたんじゃないですか! お陰でヒーは、なろうから警告受けたんですよ!」
えええええ‼
「な、何でそんな事したんだよヒー!」
てっきり俺は、ヒーは激怒し、もう二度と顔を合わせてくれなくなると思っていたのに、まさかの助太刀!? 俺はヒーを見誤っていた!
「私にも責任がありますから、当然です!」
ヒーには責任は無い! それなのに、純粋すぎるが故の暴走!? 俺をどこまで惨めにさせる気だ!
「そんなわけないだろ! ヒーは俺にアドバイスくれただけで、連載を辞めたのは俺の責任だぞ! なんでそんな事すんだよ!」
俺は別にヒーの行動を、勝手な事をするなと責めたわけじゃない。しかしヒーにはそう聞こえたようで、一瞬目を丸くして悲しい表情をした。
「す、すみません……」
「そ、そういう意味で」
「リーパー!」
さすがに今の言い方は悪かったようで、フィリアが怒鳴った。
「なんでヒーちゃんがそんな事をしたのか、リーパーなら分かるでしょう!」
「ぁ……」
「歯を食いしばりなさい!」
バチンッ‼
聞いといて俺の返事を気かず、そのうえ歯を食いしばるより早くフィリアのビンタが飛んできた。
ほぼノーモーションで繰り出されたビンタに間に合わず、半開きで直撃を受けたせいで、顎がゴキンッと鳴り、首もグキッといった。
「この小説は、もうリーパーだけの物じゃないんですよ! それを貴方は、さも自分の力のように驕り、その上ヒーちゃんに怒鳴るなど以ての外です!」
ビンタ、というかほぼ掌底のような一撃で、犬歯で口の中が切れ痛い。そのお陰で頭の中は冷静で、フィリアの怒りがそれほど怖くない。
「謝りなさい! ヒーちゃんに謝りなさい!」
めちゃめちゃ切れるフィリアをこれ以上怒らせないため、素直に謝る事にした。
「ご、ごめんなヒー」
「いえ」
ヒーは悲しそうな表情をしたまま応えるが、その悲し気な表情は、どちらかと言えば痛々しい俺の顔を見ての事だと思う。
「全く! リーパーは年上なんですよ! 気を付けなさい!」
「あ……はい……」
フィリアの説教がひと段落したのを見計らい、血を拭けとジョニーがそっとティッシュを俺に差し出した。ジョニーもフィリアに怒られる事があるから、今の俺の気持ちが分かるらしい。
「フィリア。後は私がリーパーと話します。良いですか?」
「……えぇ」
まだ説教したりないフィリアは、少し間があったがリリアに任せる事にしたようで、渋々承諾した。
「リーパー。何故貴方という人はいつもそうなのですか? いつもそうやって勝手に落ち込んで、みんなに迷惑を掛けてから怒られる。もう大人なんだから、しっかりしなさい! ニャー!」
「オワッ!」
再びのリリアの引っ掻き。フィリアのビンタと併せて、二度目の引っ掻きは相当堪える。こいつは本当に怒っているのか、身を乗り出してまで俺の顔を引っ掻く事に興を感じているのか分からない!
「それでも、キチンとお詫びを載せ、連載を再開した事は認めます。私が言える事はそれだけニャー!」
こいつは絶対俺の顔を引っ掻きたいだけだ! さすがにこれは避けた。
「ヒー。私はもう十分です。後はヒーがしっかり説教して下さい」
十分? この子頭おかしくない?
「はい」
ヒーはリリアと違い、神妙な顔で頷いた。その声に一気に空気が変わった。
「リーパー。先ずは謝らせて下さい。私はこうなるとまでは想像できませんでしたが、リーパーが増え続ける読者に恐怖を抱き、ストーリーを無視して、出来るだけ早く連載を終わらせようとするのではと思っていました。ですが、それを分かっていながら、リーパーにそれを教えなかった事は、本当に申し訳ありません。これは私の責任です」
それはヒーの責任では無い。俺が何も考えずヒーを巻き込み、勝手に迷惑を掛けただけだ。それをヒーが責任に感じるのは間違いだ!
「いや。ヒーは悪くないよ。俺が自分の見栄の為に勝手に小説投稿して、それでヒーを巻き込んだんだ。ヒーには責任は無いよ」
「いえ。それでも私は何も考えず余計な助言をして、リーパーを追い詰めたのは事実です。それに対して責任が無いとは思えません」
ヒーは本当に純粋だ。俺には勿体ない妹だ。
「そんなことは無いよ。ヒーのお陰でこの作品は沢山の人に読んでもらえたし、勝手にそれにビビったのは俺なんだぞ? ヒーが責任を感じる事は無いって」
「そう言うわけにはいきません。少なくとも私の中では、自分の思考は世間に通用するのか試してみたいという想いがあったのは確かです。それにリーパーを利用したのは事実です」
「それはそうかもしれないけど……でも」
「ニャー!」
「ぬわぁ!」
まだ俺とヒーの話が終わってもいないのに、もう我慢できなくなったリリアは突然襲い掛かって来た。あまりの不意打ちに、まさかの三度目を喰らってしまった。
「もう責任のなすりつけ合いは良いです! ヒー! 仕切り直しで、先ずはリーパーにビンタしなさい!」
「えっ!?」
リリアの思わぬ発言に、ヒーは相当驚いたのか、ほとんど聞いたことのない驚きの声を漏らした。
「さぁ。言葉より、想いを込めた行動の方が伝わる事もありますよ。言いたい事を全て込めて、リーパーに伝えなさい。それでも足りなければ、その時は言葉で伝えなさい」
「え……しかし……」
俺としても、その方が気持ちが楽だ。グチグチ言われるより、一発で心に届く一撃の方が遥かにすっきりする。
「ヒー。頼むよ」
ヒーにとってもこれが一番気が楽だと思い、遠慮なく叩いてくれと左の頬を出した。すると口から涎が垂れ、慌てて拭うと、拭った手が血で染まっていた。さっきのビンタの残り物だ!
あっ! と思い、咄嗟にヒーと目が合うと、ヒーの表情が僅かに引き攣っている様に見えた。恐らくヒーは、これ以上死に体に鞭を打つ事を躊躇っていたようだ。
「さぁヒーちゃん。リーパーの為にもしっかり張って上げなさい」
躊躇うヒーに、フィリアもその方が良いと薦める。それを聞いてジョニーもそうだと頷く。するとヒーはキョロキョロし始め、珍しく戸惑いを露わにした。
「どうしたんですかヒー? このままでは私達も納得しませんよ? 時には心を鬼にすることも必要ですよ?」
優しく言うリリアだが、ヒーの気持ち考えよう? ヒーが躊躇ってるのはお前らのせいだから!
「さぁ」
「遠慮すれば、兄さんにも悪いぞ?」
「さぁヒーちゃん!」
鬼はお前らだ!
「わ、分かりました……」
ヒーは違う意味で心を決めたようで、ゆっくり体を乗り出し、手を上げた。なんかすまんねヒー。
手を上げたヒーだが、なかなか叩くタイミングを掴めない様で、呼吸が小さく速くなっている。
「ヒー。なんならグーにしますか?」
それが出来るのなら、もう張り手の一発を決めている! リリアはヒーの双子の姉だよね?
「……行きます」
やっと決心がついたのか、ヒーはそう言うと俺の左頬をトンっと優しく叩いた。
「ヒー。それでいいんですか?」
「えぇ。もう十分言いたい事は伝えました。私は十分です」
ごめんヒー! 俺のせいで本当に迷惑を掛けた!
「そうですか……分かりました。そういうわけなので、今回の件は不問とします!」
本当に甘い連中だ。これで済ませてくれるなら、誰も苦労はしない。本当に甘い家族だ。
「ですが、これは私達だけの事です。ここからは、どうやって読者に謝罪するのか考えますよ!」
「あ……はい」
甘いのは”俺達“の時だけのようだ。
現実の世界でもこのような五人がいれば、こんな感じになってしまうのかと考えてしまう内容でした。というか、ここまで性格が違えば仲良くなることは無いのかもしれません。類は友を呼ぶと言いますが、私はこの言葉は本当だと思います。気の合う仲間の事を考えると、何となく何故その人と一緒にいるのか分かるような気がします。リリア達はどこが似ているのでしょうか?




