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4巡目

 きゃぴウサギが無残な姿を晒す。ちょうどハートを割くように千切れた布がへたりと地を這っていた。まるで哀愁を誘うかのようだった。

 私はきゃぴウサギのむごたらしい姿から目を離せない。

 理由?それはきゃぴウサギへの何らかの想いだったり、なんてことはない。なんか、なんか。時間差ほぼなしに2箇所で破裂したっぽい気配がするんだ……。

 ほぼ確信と言っていいくらいのいやな予感。私はそれを感じていた。


 恐る恐る小回りして見てみれば、そこにあったのは破裂したマンモスとタヌキのぬいぐるみ。それぞれの断片がまざって、バラバラになっている。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『マンモスさん?』

 ――…………。

『マンモス、さん……?』

 声は返ってこなかった。


 あのタヌキは毒りんごだったんだ!ぽんぽこりんめ!道理で気に食わないはずだ。

 私は悲しみを噛み締めてから、心の中で鳴いた。わおーん。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「え、これって……」

 カメの声が聞こえた。

 そこで私は、はっと我を取り戻す。ここで呆然としてたらそれはきっと第二のウサギとして駆除されてしまう!なにか、……何か話さなきゃ。

「余分なのは、アンチウイルスの効果ってことだよね」

 ふかふかと綿帽子が降り注いで私の目前をちらついた。ちょっと邪魔くさい、なんて思っちゃだめだ。

 これはマンモスの一部だろうか?それともあのぽんぽこ?これじゃあどちらの一部なのかが――うん?

そこで私の頭に閃くものがあった。

 破裂しちゃったふたりには回路がない。これはもしかして、マンモスの正体を知っている私以外は――カメとコンドルにはどちらがどっちなのか不明ってことだよね。

 ふぅ、変なこと言っちゃう前でよかった……。

 そしてこれは私にとってのアドバンテージだ。きっとこれは誤認に繋がる。タヌキがウイルスだったんだぜルートを辿らせればいいんだ。……でも結果が私がウイルスってことになったら?

 世の中結果がすべてだ。タヌキルートでもオオカミエンドだったなら意味がない。

 結局今をがんばって生きるしかないんだ。そんな結論に辿り着いた。


「そう、これでやっと1体。まだあと1体いる。マンモスさんとタヌキさんの、ふたりはどちらがウイルスだったと思う?」

 やっぱりそうだ。私はカメの言葉で確信した。チェッカーはあのこんぺいとうもどきがないと、判別できないんだ。

 これでマンモスが確定って言うなら、私の立場はちょっと危なかったかもしれない。マンモスルートならオオカミエンドはかなり高確率でやってくる。

「だいぶと、減ってしまったのぉ……なあカメさんや、そこは追及したって答えはでんじゃろ。いや、想定するという意味ではそれは有用かもしれん。ワシらが答えた後、きっとカメさんはこう言いたいんじゃろ?それぞれがウイルスだったとき、もう一方のウイルス仲間は誰がいちばんふさわしいのか、とな」

 コンドルが饒舌になった。発言もおかしなところはない。私はひるんだ。コンドルなのに爪を隠してたのか。迷探偵コンドルが名探偵へと覚醒してしまいそうな匂いがする。そんな空気を醸し出す。やばい。

 それにしても御歳のせいか結論急ぎ過ぎだった。でも焦らされるのは精神衛生上よろしくないからまあいいや。

 まだ話が続いているとみてか、カメは答えない。相槌すらなかった。

「ワシは正直、今までの言動からマンモスさんよりタヌキさんの方がらしいと思っておる。理由は一旦割愛じゃあ。けどな、タヌキさんがウイルスだったときに一番仲間である可能性が高いのはワシではないんかのう?」

 それは駆除希望の提出先――いちばん最初、トップバッターのカメがタヌキを挙げたこと、それから私がさっきタヌキを希望して尚且つタヌキにケチを付けたことから、らしい。

 空気が止まった。カメが濁してたことをさらりと曝け出す。そうだ、私たちの内のひとりがウイルスなんだ!……まあ私なんだけど。それに実態はウイルスじゃないんだけど。

 ほんとうはワクチンじゃなくってウイルスかもしれないんだけど、って考えたところで何だか嫌な想像の入り口に足を踏み入れそうだったから、深く考えるのはやめておいた。今は自問自答してるときじゃあない!


 ややあって、カメが声を上げる。

「それって自供ってわけじゃないよね」

「もちろん、違う。カメさん、オヌシが今からそちらに話を持っていこうとしとるんじゃないかと、そういう話じゃ」

 ばさり。なんて音はしなかったけど、コンドルは翼を持ち上げる。でも飛ぶ気配はない。威嚇かな。

「でも糸口足りえるのは、マンモスさんとタヌキさんの正体なんだ。そこから考えるのはおかしなことじゃないと思うけど」

「もしも。もしも、マンモスさんがウイルスだったとしたなら……一番仲間らしいのは誰だろう?それはオオカミさんじゃ。カメさんじゃあ、ない」

 私は、不覚にもどきりとした。なおそれは恋でも病的なものでもない。心臓の感覚は感じられないけど、そんなイメージだ。

「ワシらの反応によって、そうやってカメさんは安全圏を主張するつもりなんじゃないか、とな」

「僕はまだ何も言ってない。妄想で語るのはやめてくれないかな」

 さすがのカメもぷんぷこしている。お年寄りの妄言で、被害妄想だった。

 これは宥めるべきか、それとも仲裁に入ってみるべきか……。安易に割って入って片方の味方をするのは危険な気がする。

 コンドルは何とでもなりそうだったけど、カメに何かを察知されては面倒だ。

「あのぉ、私とマンモスさんが仲間らしいっていうのはどの辺りが?」

 取り急ぎ、私はコンドルとの二者択一の回避に努めたいところだ。でもこれって墓穴かもしれない……。

「そうだね、その辺りを話してもらおうかな」

 ほら、カメも乗り気じゃないか。とっても聞く気満々だ。


「ロップイヤーさんの時、ふたりの連携が気になってな。あれから一気に場が固まったように思うんじゃ」

「でも確かさっきのマンモスさんの希望先は私とは別だったように思うんだけど」

 そう、マンモスはタヌキに入れてた。だから連携してないよね?でも私の祈りは粉砕される。

「希望先が互いでなかったらいいじゃろ。危ない局面というわけでもなし」

 なにそれー!でもコンドルの言う通りだ。

 私たちに駆除の懸念はなかった。だから合わせようとはしなかったし、むしろ不審だからと敢えて違う希望にしたんだ。

「うーん、でもそれってそこまでして押し通すようなことだったかな?連携してるとこ見せる必要のある局面だったというと、どうなのかな?むしろ見せないよう気を付けるはずだよ。どうしてもロップイヤーさんをそのまま駆除対象に持っていきたかったなら、こっそり――特殊な意思疎通ができるって言うし――裏で指示できるよ」

 思い返すように、カメがぽつぽつと零す。あぁカメよ。援護ありがとう。


「マンモスさんがウイルスだったときにオオカミさんなら相方の可能性がある。カメさんは特に連携の痕が見られない、そういう話じゃ。そもそもワシはマンモスさんがウイルスだとは思うておらんし」

 あああ!こんがらがってきた!

 だったら言わないでよ!

 マンモスとタヌキでは後者が怪しいと睨んだコンドルが、辿っていくと自分の立場があんまりいいものじゃないって気付いたってことだろうか。それでカメが口火を切った方向がまずいっていうんで先走った……?

「それなのにわざわざオオカミさんに疑惑を付けようとするのはおかしくないかな。言ったよね、『僕はそこまで言ってない』。話し合う気もなくって、勝手に僕の発言を捏造しようとするなんて。この場の主導権を取ろうって意図が見えるよ!」

 でもふたりで疑い合いっこしてるのがいい感じだ。

 私は都合がいいからってここでずっと傍観に徹してちゃいけないんだろう。息を潜めて伺ってるみたいで、印象は良くない。もしかしたら、私の反応を見る罠かもしれない。

「コンドルさんは、自分の疑いを先回りして言い訳しようとしてるよね。ううん、すり替えてる、かな?自分の擁護に回ってるようにしか見えない。自分のここは怪しいけど、他も同じだから自分は怪しくないよ、って。でも、それは言い訳にはなっていなんだけどね。そこに目を付けたカメさんが怪しい理由にはなんないんじゃないかな」

 ふぅ、一呼吸置いてみる。感覚を言葉にするのって難しいな。オーディエンスは静聴している。いえーさんきゅっ!

 ぽんぽこがいたらすっすーと言いながら邪魔してきたかもしれない。

「それならどうして私じゃなくってカメさんを怪しく思うんだろう?ってなるんだけど。でも私を疑ったら、自分も怪しいことになっちゃうからやっぱり疑えないんだと思う」

 でもなんで本当に私を疑わないんだろう。

 素直にカメを信じられないのは、自分を疑おうとしていると、そういう思い込みからきた思考なのかもしれない。


「それはまずこの場の掌握に動いたからじゃ。ワシが言いたいのは、カメさんの動きが一番怪しいってだけじゃ。もちろんそれはオオカミさんの潔白の証明にはならんがの」

 司会進行なだけだと思うけどなあ……。お年寄りはこれだからいけない。頭が固いんだ。

「――わかった。コンドルさんはさ、どちらも疑えるようにしてないかな?」

 充分しゃべったし、もういいっしょ。

 私は存在を薄めようと頑張ってみる。身体黒いしね。切り株の影くらいには、なんとかならんものかな。

「僕は、コンドルさんがウイルスだと思うよ」

 カメの決め台詞が炸裂した。


 きっとこれは、コンドルさんの自爆だった。だから私の出る幕は、大してなかった。


 しばらくの間、沈黙がこの場を覆う。

 Wウサギの喧嘩よりも、空気が悪かった。あーあ、早く切り株光らないかな……。



***



「なぁ、オオカミさんや。今からでも話し合う気はあるかの?」

 長い沈黙の後、しょんぼりしたようなコンドルがすり寄ってきた。カメだってもう頑なだもんね。

 私はもう半分以上終わった気でいた。

「ないよ。だからそうやって揺らそうとしないで」

 もちろん私の意志は揺らがない。揺れるとしたら、ふたりの方だと思う。

 なるだけその可能性は排除したかった。

 だからこれ以上私から追い打ちをかけるのも止したい。


 でも、とりあえず言うべきことは言っておこうかな。

「ちゃんと各自で選択先を宣言した方がいいと思う。もしも全員に1票ずつって状況だったなら、全員駆除なんて目に合いそうでいやなんだけど」

 コンドルさんの話は聞かない、そんな風を装って宣言する。

 ただの保身だ。私はきっと安心したかったんだ。

「意思統一は大事って、そういうこと?わかった。ちゃんとコンドルさんを選択するよ」

 カメさんがそう言うと、コンドルはフンって言った。鳴らす鼻がないから仕方ない。

「カメさんじゃ」

 これで、私が選択されるなんてことはなさそうだった。

 カメはそんな愉快犯的な思考はしてないはず。ぽんぽこじゃないからね。

「私はコンドルさんにする」

 早く時間がこればいいのに。この瞬間にも心変わりがないか酷く不安になる。

 一瞬がとても長い。そのときまであとどれくらいなのか、残念ながらよくわからなかった。



 そうしてようやく、待ち望んだ切り株の灯りが弾ける――。

 視界の端でコンドルがホバリングし始めたのが見えた。無駄だと思うけどなぁ。


 もうすぐ終わる。私はこれで現実に帰ることができるんだ――!

 逸る気持ちを抑える。焦っちゃだめだ。

 毒りんごはもういない。落ち着いて、間違えてコンドルにアクセスなんてことにならないように。


 充填の完了したワクチンを確認すると、私はカメに向かってアクセスを開始した。

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