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3巡目

 一瞬の後にはずたずたにされた水色ウサギと、千切れて破裂したようなクジラの姿があった。散乱する綿埃はまるで綿毛のようにふわりと宙を滑る。

 静かだった。近くにいるカメの心音すら聞こえるんじゃないかって錯覚しそうだったけど、ここは電脳世界。呼吸音すら存在しない。

 なのに生きているんだって実感する。

 クジラは毒りんごじゃなかったらしい。私の身は、無事だった。


 さっきのクマ妖精とはちがう、待っていてもふたりからは何の言葉もなかった。

 ――それはそうだ。もう壊れてしまっているのだから。

 この世界から一足先に退出できたふたりをうらやましくも思うけど、でもあんな目に合うのは勘弁したいところだった。


 私たちは言葉少なだった。見た目のショックさもあったけれど、さっきまで話していたふたりが無残なことになっているのが堪えている。

 ばらばらになったふたりはクマ妖精のように消えるなんてことはなかった。まさかずっとこのまま……。

「いつまでもこうしてるわけにはいかんじゃろ。こうしておっても時間は進んでおるからの」

 どれだけそうしてたんだろう。とりあえず、第一声はコンドルだった。

 確かにその通りだ。でもいつもセットで崩れ落ちそうになることを口にするからさすが、なんて思ったりはしない。

 ……構えたけど、それ以上のコメントはなかった。

 それにしても時間があっていいのか悪いのかは正直わからない。疑われるかどうかってことだから。

「あ、あぁ。そうだな……」

 マンモスも放心していたようだ。私もそうだね、なんて追従しておく。カメとウサギも頷いた。声がないのは、ショックの度合いが高すぎるからなのかもしれない。

「早くはやく!時間無駄にすんのはいけないっすよ。そ・れ・に!とうとう新機能を試すときがきた!っす!じゃ、行きまっしょーっす!」

 タヌキのうっとうしさはあんまり変わってなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『タヌキさんは毒りんごじゃないっぽいな。使ってみたいって、チェッカー機能への期待がそう見える』

 朗らか状態のタヌキの様子にうさんくささを感じてるだけの私とは違って、マンモスは冷静な判断を下す。

『確かにそうかも!マンモスさんすごい』

 さすがだ、目の付け所が違うよね。これなら今回のワクチンも無事に接種できそうだった。

『で、だ。回路の判断ができるのはチェッカーだけ。つまり俺たちや毒りんごでは判別できないんだ。そういうわけだから振る舞いには気を付けてほしい』

『わかったよ、しっかりみんなのこと見とく!』

『逆。毒りんごがこちらの様子を伺ってる可能性が高い。っていうかぬいぐるみ体じゃそう細かい視線の動きなんて分からないだろうけど』

 危ない、迂闊だった。怪しい行動には気を付けなくっちゃいけない。

『それじゃあ、見えてる振りをした方がいい?それともそのまま見えない振りを隠そうとしているみたいな方がいい?毒りんごに見えるように』

 私の提案に、マンモスは唸り声だけを伝えてきた。そういえばマンモスって唸るのかな。ぱおーんは象だけど、マンモスはなんて鳴くんだろう。やばい、気になってきた!

 次の休みは博物館だ。私は固く誓う。

『それって難しくないかな。ちゃんと意図した通りにとってもらえるかが分からない。【結果は知ってるけど判断の結果が見えないウイルス】って思われるかもしれない』

 難しいから保留ということになった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 恐る恐る、といった風に私たちは水色ウサギの頭部に近寄る。

 実際に近寄ってみれば、離れて見ているのと比べて気持ち悪さは軽減される。

 引き裂かれたそこには、こんぺいとうとウニの中間みたいなものが収まっていた。その部分だけ見ると、宝石が綿を敷物にして鎮座しているかのように見える。


 クジラの方には、それはなかった。ワクチンの注入で、回路は破裂したようだった。

 データ破壊っていうからには、つまりはそういうことだ。

 回路がなければチェッカー機能は使えないけど、でもそうなっている原因を考えればチェッカーなんてなくとも正体は判明しているのだった。


 みんな黙っている。

 きっとまだショッキングな見た目に言葉を失っているだけなのかもしれないし、発言内容によっていろんなものが露呈してしまうことによる警戒なのかもしれなかった。

 もちろん私も余計なことは言わない。

 次の一声できっと、この場は動き出すんだろう。

 私たちにとってこれはチャンスだったけど、間違えちゃうととても危なくなる気がする。

 一番都合のいい言葉なんて、そう簡単に思いつくものじゃなかった。

「ロップイヤーさんの結果を元に話そうなんてことはできそうにないよね。この場でひとりだけがわからない、っていうのはさ」

 渋々口を開いたカメの言葉に、むむん!とタヌキが唸った。

「それは、困ったっすね。これじゃあ話を進められないんすけどもぉ」

 威勢のよさは半減してしまっていたけど、先程よりかは冷静に見えた。

 機能を使えて気が済んだのかな。結果がハズレだったからしょんぼりしてるのかも。

「ま、いいすけど。とりあえず、ウサギさんの処遇どうするんすか?そこ考えるのがいいんじゃないっすかね」

 きゃぴウサギは何も言わない。不審なくらいに黙っている。

 きっと何も言えないんだ。自分が先導して駆除した相手が実は無実だったら、どう反応していいか分からないよね。


 やっぱり静かだ。

 きゃぴウサギもしゃべらないし、ふたり欠員が出たし。そんな物理的面を除いたとしても、水色ウサギの正体を伏せたまま、できるだけ話題に出さないように話を進めていくなんていうのは難しい。

 話は遅々として進まなかった。

「その前に、無難な話で悪いんだけど」

 カメが甲羅から顔を出した。

 みんなふつうに話してるけど、じゃれ合うような明るい雰囲気には程遠い。

 話題を横置きされたタヌキは拗ねたのか置物へと変化してみたりしている。……うーん、みんな結構平静なのかも。

「なんで今回ウイルスが選んだのはクジラさんだったんだろう?視点を変えてみるのもいいんじゃないかな」

「ウイルスに意志ってあるんかのぉ」

「意思伝達とか連携とか言ってたってことは、あるんだろ」

「自分は今、魚食べたいっすね」

 カメ(の甲羅の魚)があぶない!!

 だらだらと雑談のようなものが始まってしまった。これは決着があるんだろうか。

 依然きゃぴウサギは喋らないままだった。

「鯨は哺乳類じゃあ。クジラさんの中のひともほにゅ、」

「アンチウイルスに見えなかったか、単に邪魔だったかってことだと思うけど」

 私も黙ってしまっていることに気付いて、方向性の修正がてら参戦してみる。

 このままだらだらしてたら、きっと駆除対象はウサギさんだ。でももし何かをきっかけに流暢に話し始めたとしたら?水色ウサギ駆除を全力で後押しした私たちが危ない!!

 そんな気持ちからの言葉だった。

「ウサギさんは、どうかな」

 ウサギ介護士であるカメがきゃぴウサギに話し掛けた。

 もしかすると、クジラの話題もウサギへのフォローの一環だったのかもしれない。

「わ、わかんない。アタシだったら、たぶんもう一人にまかせるし?そういうの、わかんない」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『あのさ、オオカミさん』

 なに?

『今回はウサギさんのこと、庇っちゃだめだからな』

 私は押し黙る。

『図星だった?けどさ、ここで庇ったらあんたの立場もよろしくない。二回連続ってのも分が悪い。昨日の流れを確立させたのは、間違いなくオオカミさんの言葉だ』

『わかった。反射的に何か言っちゃわないよう、気を付けるね。むしろ積極的にウイルス疑惑の対応するね!……でも流れっていうならそれはマンモスさんも、だよ』

 あれは私の発言だけじゃどうしようもなかったかもしれない。怒涛の連続ふたり発言でそうなったというところもある。

『あ、だったら次はオオカミさんと意見を揃えない方がいいかもしれないな。ウサギさんが駆除対象に選ばれるだろうし、恐らくずらしたって大丈夫なはずだし』

 私の相方は目端が利くなぁ。任せっきりにしないよう、私もしっかりしなきゃね。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ウサギさん、チャンスはあげたつもりだけど、このまま喋らないでは通じないよ。きっと今回のワクチン対象にだって選ばれることはない。きみだってわかってるよね?」

「わかんないし」

 ぶすっくれたきゃぴウサギがそう漏らす。しゃべり始めるかと思ったけど、言葉は続かずに終わってしまった。


 私はカメの発言について考えていた。

 きゃぴウサギが今回駆除対象から外れたとしたら、ワクチンの方は考えないでもないんじゃないかな、って。

 毒りんごにしては最初に悪目立ちしすぎた。前の時だって、私が水色ウサギにイラつかなかったら、きゃぴウサギの方に票を入れていたかもしれない。

 そうなら結果は変わっていたと言えるくらいに綱渡りだった。

 何せ、私に援護射撃のマンモスと駆除と衝突は避けたいみんながいる。

 だからきっと、きゃぴウサギがもっているのはアンチウイルスじゃなくってチェッカー機能の方なんだ。

 だけど私はカメの誤りを訂正したりはしない。私だって無用な問題は起こしたくない。

 ワクチンの注入先には主導権があるけど、駆除の対象はそうじゃない。だからチェッカーだから惜しいということにはならなかった。

 あ、でももし慎重さの足りない毒りんごだったら……?水色ウサギの結果が見えないから何も言えないんだとしたら――ちょっとその可能性は否定できないなぁ。

 あとでマンモスにも伝えてみよう。


 カメはきゃぴウサギをこのままにしてはおけないといういくつかの理由を挙げて、駆除対象の希望を【ウサギさん】とした。

「誰か、なんてわかんないし。けど、【タヌキさん】はなんかヤな感じ」

 ならなんでもっと早く言わなかったの?でももうだれも何も言わなかった。

 私も知らんふりでカメに続く。

「私も【ウサギさん】、かなぁ。だってロップイヤーさんの結果が出たら、そこから何か思考の進みがあると思うけど、いくら伏せてたって何にもないのがちょっとね。ふたりはしっかり絡んでたんだから、どっちだってそこから見えてくるものってあるんじゃないの?」

 あなた結果知ってるでしょ?私も知ってる!って言っちゃったようなものだけど、まあいいや。言わないと進まないことってあるし、先っぽだけならセーフ理論だ。

「俺は【タヌキさん】だ。最初の様子が引っ掛かってる。ふたりがああなって、すぐに平然となってるのは無意識でも心の準備が整ってたからなんじゃないか。もちろん消極的にだけどウサギさん、っていうのはありだと思うよ」

「誰がどうとか言うより、これは先刻の判断を間違えたようじゃの。こうなるとウサギさんの駆除は悪手なのじゃが、この後もこれを引っ張るのはちときついもんがある。よって、ワシは消極的に【ウサギさん】じゃ。ちゃーんと考えて話してくれるんなら翻す気持ちは持っとる」

 それで話し出すなら、もっと前から話してると思う。きゃぴウサギはその気概がないんだ。

 生を諦めたら誰も助けてくれない、野生ってそんな風な世界観のはずだ。

「自分は【ウサギさん】っすね~。もうこれ理由、要りまっす?」

「いるでしょ、それは。ただみんなに合わせてるだけみたい」

 このタヌキのふざけ具合がちょっといらいらする。思わず刺してしまった。

 タヌキは早急にワクチン接種で正解だ。やっぱりマンモスさんの目に狂いはない!

「もう結果見えとるし、ちょっとばかしいいんじゃないかのぉ」

 ……コンドルが平気なのは老人RPのせいだろう。


 きっとウサギがウイルスだったとしたならば、ここで抗うんじゃないかな。相方が助けようとするんじゃないかな。そう思う。

 でもそういうのはなくって、きゃぴウサギ駆除の声が高まっていく。

 覆せないものでもないけど、でも誰もそんなことは言わなかった。こんな態度してるきゃぴウサギの擁護に出たら、きっとふたりが仲間だって言われるに決まってる。みんな、自分が可愛いんだから仕方ない。


 結局というかやはりというか、今回はきゃぴウサギが駆除対象となった。ほぼ総意といって差し支えないんじゃないかな。

「……アタシ、かぁ」

 きゃぴウサギ自身も、どこかでそれを望んでいるような気がした。

 燃え尽き症候群かな。ライバルである腹黒を喪って消沈しているのかも。うんうん、これは早く同じところに連れてってあげないと。


 私たちは光始めた切り株へと身を寄せたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『ワクチンの生成も完了してるな……そろそろ準備するか』

 ぽつりとマンモスがその声を伝えてくる。私は応援の言葉を投げかけた。

『がんばって!無事を祈ってる』

『タヌキさんはだいじょうぶだろ』

 自信満々なマンモスの態度は、私を安心させてくれる。


 そうすると次は私の番になるよね。毒りんごじゃないのは、ううん、毒りんごは一体誰なんだろう?

『そういえば、毒りんごは絶対に駆除対象にしないと私たちがやばいよね?』

『ぁあ。すっかり抜けてた』

 それに次回から駆除の流れは変わると思う。今までは対立していたふたりをそのまま勢いだけで駆除してきたんだから。

 けど、私たちなら多数決で勝てるはず。ここで焦っちゃだめだ。しっぽを出さないようにしないと。……ぬいぐるみだから~なんてのは言いっこなしだけども。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カウントが終わると、地面からはあの木の根たちが出現した。

 うねって走る根は、跳ね上がって逃げようとする桃色をしたウサギを絡めとる。


 ――今のところ、切り株の主食はウサギと言っても過言じゃないよね。

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