1巡目
期待にざわめく声。
そういえば、このモニターって何なんだろう?こんな切り株だけの空間にぬいぐるみが8体で何ができるんだろう?
ここが入り口とかそういう場所ってだけで別のところに移動するのかな。
「新システムのモニターって何やるんすかね~?」
私の心の声を代弁するかのように、タヌキがはしゃいだ声を上げる。
「楽しみ~!アタシたちが一番最初にやれるっていうのがすっごいうれしー」
どうやらみんなも知らないみたいだ。
雑談以外を気軽に話せないのはちょっと困る。あーあ、この調子だとモニターが終わるまで出られないのかもしれない。一応覚悟は決めておいたほうがいいみたいだ。
そうこうしていると、切り株から光の粒子が飛んでくる。
私たちは、光に誘われる羽虫のようにそちらへと身体を向けた。
切り株の上には1体のぬいぐるみらしきものが佇んでいる。若干浮いてるみたいだし、透けてるから多分ホログラムのような演出のつもりなんじゃないかな。
それは、パンダかクマかのぬいぐるみ。カラーリングは白と黒だったけど、ドット柄とデフォルメのせいでクマ型の正体を分からなくさせていた。
【みなさま、ようこそ!今日は森の来てくれてありがとうございます】
でもぬいぐるみの正体より、私の気を引いたのは別のことだ。
この切り株はホログラム投影機兼ステージだったんだね……。私もあとで乗ってみようかな。
楽しくはないかもしれないけど、視界に変化はありそうだった。
切り株の上、ゆっくりとクマが回転しはじめた。
みんなと平等に顔を合わせようという配慮かな?一箇所にかたまってる私たちには不要な演出だったけど。まさか作り込まれているボディを見せつけたいとか?
「きゃあん♪妖精さんのおしっぽ~もみもみしたぁい!」
「しぃっ、お話し中は静かにね」
現にきゃぴウサギはしっぽへの喜びの声を上げているようだった。
ん?妖精、さん……?
このクマ型ぬいぐるみは妖精なの?運営側の用意したぬいぐるみなんだろうなっていうのは察しが付くけど、妖精なの……?
それなら羽根を生やしていてほしいと思ってしまうのは、妖精に対する私の偏見かな。
ううん、たとえ羽根がなかったとしてもせめてユーザーとの違いをもっと露骨に出していってほしかった。これなら通常のスペースですれ違ってもわかんないんじゃないの?
それともそこでも透けてるのかな。それなら妖精じゃなくって幽霊な気がする。
【あなたたちは、幸運なぬいぐるみさんたちなのです】
【なぜなら、一足先に新しいシステムを体験してできるのですから!】
クマの妖精からモニターの主旨について、説明が始まった。
その間も回転は止まらない。ゆっくりとした速度ながらも、ずっと眺めていれば気持ち悪くなりそうだったから、私は途中から切り株の縁を見ていた。
要は聞いていればいいんだ。話しているときは相手の目をきちんと見なさい?どうせ見たところでぐるぐる回っていてあんまり目が合わない。
クマ妖精だって『私たちを見てない』からこそこうやって回ってるんだ。ちゃんと目を合わせる気があるなら、扇風機のように左右に振ればいい。それで私たちはカバーできるはずなのに。
向こうが合わせる気もないんだし、私だって合わせなくっていいはず。つまりはそういうことだった。
うむ。完璧な理由付けに満足したところでクマ妖精の発言を要約すると、各ぬいぐるみに合わせた新しい挙動を追加するとのことらしい。
【では今からデータの取得を行ってください。取得ポイントをいくつか設けますのでそちらに入って待機してください】
【ひとつの光にぬいぐるみは1体までです。だいじょうぶ、ご人数分用意しておりますから】
どうもこの場にプログラムが組み込まれていてすぐ発動できる類のものじゃないらしい。
ぬいぐるみの種類に対応しているものであるせいか、個々に取り込まなきゃいけないとのこと。それもテストの状況なら仕方のないことかもしれない。
誰の口からも不満は出ていないから、私も黙っておいた。面倒だな。早く終わるといいけど。
新しいシステムにちっとも興味のない私は、小さな広場のそこここにぼんやり光るものが出現しても落ち着いたものだった。むしろぼんやりしていた。
切り株の側面の迷路はなかなか難しかったんだから仕方ない。道は繋がっているようで割と行き止まりが多かった。話の片手間だったのがいつの間にかのめり込んでいたんだ。
そこここが光るや否やそこに向かって動き出したぬいぐるみたちに大きく出遅れて、私も動き始める。
もう切り株の向こう、結構離れたところにふたつしか空いていない。
――ふたつ?
「ん、じゃあ行くか」
同じく出遅れたらしいマンモスと一緒に切り株を迂回して灯りを目指す。
パンダが回転しているせいで、そのステージを突っ切って行く気にはなれなかった。いくらホログラムっぽいとは言え、そういうのってなんか失礼な気がしたからだ。
「みんな、早いね」
「それくらいに楽しみだってことだろ」
とっくに到着しているぬいぐるみたちは、灯りの中でじっとしている。まさに取得中って感じだ。なうろーでぃんっ!
もしも私がほんとうの狼だったならば、みんな食べられちゃってるんじゃないだろうか。それくらいに無防備なところを晒している。
今ならカメの甲羅の魚を突けるだろうし、タヌキの葉っぱを毟ることだってできるんだろう。
もちろん一般的な感覚を持つ私はそんな酷いことをしたりしないんだけど。
それでも大して広くない空間、マンモスと言葉少なな道中もすぐに終わりを迎える。
「マンモスさんって身体に対して足短いから歩きにくそうだよね。私奥の方の光でいいよ。そこの光、どうぞ」
私って、めっちゃいいひとだよね。
「オオカミさん、それは……うーん、まあそうっちゃそうだけどさ。ありがたくそうさせてもらうよ」
心優しい私の言葉に、微妙そうな反応が返ってきた。
うーん、このマンモスの中身はオトコノコっぽい。きっとオンナノコな私を差し置いて自分が近いところを使うなんてって思ってるんだろうな。
渋りながらも、ここで譲り合いという名の面倒イベントを発生させないところも含めて、彼は紳士的なマンモスなのかもしれない。
もしかしたら出遅れたのも、動き出さない私を待っていてくれたから?
ここにきて、私のマンモスへの好感度と興味が上がった。今度博物館に行ってみよう、なんてちらりと考えてみる。
私はいっそう離れているところの光に入っていった。
明るい光がふわりと地面に近いところで浮いている。むしろ一点だけ接しているレベルの近さだ。
光の繭のようなそれは、触れてみても熱くはない。
目に痛いということもなかったので、そこは安心した。これなら光の中に居ても平気かもしれない。
なんだろう。このままこうやって立ってればいいのかな。ぬいぐるみ体では横になったり座ったり、しゃがんだりはできない。
このデータ取得でできるようになったりしないかな。
でも関節が多くなるぬいぐるみかぁ。手足だけが異様に伸びていて……うわあ、それはちょっと気持ち悪い。やだな。
そんなのどうでもいいっていうかむしろいらないから、ここから出たいよ。
【ザザッ――】
待機を続けていると、気持ちの悪いノイズが走る。
もしかして、始まった?
耳は塞げない。塞げたってきっと意味はないんだろう、ここは電脳空間だから。脳にちくちく突き刺さる音に私は喉の奥で呻いた。
何これ。だいじょうぶなんだよね?
データ取得ってこんなに不快なものなんだろうか。早く終わってほしいという気持ちが強くなる。
ノイズは弱くなって、強くなってを2回繰り返した。それに合わせて視界の真ん中にいるクマ妖精も明滅しているように見えた。
【よ、く聞……て】
明滅したクマ妖精――白と黒のどちらか一色、ちかちか入れ替わっている――はいつの間にか目前にいた。というか急に出現した。近い!キス、されるかと思っちゃった……。
なのに切り株の上には変わらずくるくる回る姿があった。そちらはちかちかしていない。
分身の術とか妖精じゃなくって忍者がするものだ。
ほんとう、何なのこの演出。
心臓に良くない演出と綺麗だったり可愛かったりする演出が混在しているせいで、到底お子様にはおすすめできるコンテンツじゃない。年齢制限はいくつから解除されるのだったっけ。それともこのコンテンツだけ制限を掛ける予定だったらいいんだけど。
むしろどちらかに振り切れよと思う。
これもモニターの一環なんだろうか。悪趣味だと思った。
【声は出さないで。静かに最後まで聞いて……時間が、ない】
クマ妖精はすいっと身を引く。
とにかく、これで私のファーストキスが無事に守られたこと、それから何らかのストーリーが始まってしまったことを察したのだった。
【時は二〇××年、人類は――】
ねえ、時間ないんじゃなかったの?
壮大な映画の口上のようなそれに、私は崩れ落ちそうになった。
……これ最後までちゃんと聞いてなきゃダメかな?
***
「すごいですね……」
クジラは感嘆の声を上げた。
「ほへー」
「とぉーんでるっす!」
それに続くのが私、あほっぽい方がタヌキだ。
今、私たちは羽根をぱたぱたさせて宙に浮かぶコンドルを見ている。
とは言っても地面から数センチの位置でホバリングしているだけなんだけどね。
でも地面を這いずり回る私たちにはそれが、酷くうらやましいものに見えた。
「なんじゃあ、初めはうっきうきじゃったが慣れれば地面に立ってるのと大差ないのう。もうちっと浮遊感はほしいもんじゃあ」
コンドルは悲しそうに言った。なんて贅沢な。
さっきのデータ追加により、鳥型は空を飛ぶことができるようになった。
クジラは滑るように移動ができるし、ウサギは高く跳ねることが、カメなら甲羅に入ることができるようになった。
そしてタヌキはタヌキの置物に変身する。置物とはいってもかっちかちじゃなくって、毛羽だったぬいぐるみ体だったけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『さて、問題です。オオカミ&マンモスさんが手に入れた機能は何でしょうか?』
『俺、耳ばたつかせたら飛べるんじゃないかって思ってんだけど』
『そんなことはなくって残念だけど、でも鼻が自在に動かせるようになったから攻撃力が上がったよね』
『ウン……ん?鼻先も動かせる。ピーナッツ摘まめるようになったかもしんない。小石とか落ちてないかな』
――問題の答えは、テレパシー。
私とマンモスだけでこうして声に出さずひっそりと話すことができるようになった。
そう、私たちが手に入れたのは相互だけのテレパス能力。
もちろん不審に見えないよう目に見える機能追加も行われた。
マンモスは前述の通りで、オオカミである私は素早く走ることができるようになった。素早くと言っても、元のぽってぽってした動きがぽてぽてになったくらいのレベルだけどね!
どうしてそんな超能力みたいな力も付加されたのか、というと――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
***
【時間配分の関係上、あまり必要と思われない序盤部分をショートカットいたしました】
はしょるならわざわざ言わなくっていいんじゃないかな。私はむっとしてから、脱力した。
面倒くさくなってきたのは本音だったし、スルーという方法もあったけど、目端に映るゲージに宿る光の帯ははまだ10%にも満たない。暇だった。
なら聞くんでもいっかという気持ちになる。切り株迷路も目前にはないしね。
【会話は一方通行となります。――聞こえないのです】
【そのためご質問をお受けすることができません。あらかじめ、ご了承くださいませ】
そういえばこのクマ妖精は回転してない。それが何だか怖かった。
回転してるのも怖いけど、してないのも怖いものなんだな。
【あなたたち以外のぬいぐるみにウイルスの感染がありました】
は。
ウイルス感染?え、どういうこと?
困惑でいっぱいだ。そういう設定のコンテンツなのか、それとも事実なのか。
私の困惑など意に介さず、というかクマ妖精は語り出す。
この場は元々データの持ち出しができないよう、退出不可の処理がされているらしい。つまりはタイムアウトも望めないってこと。
ここは森の広場でありながらも密室なのだった。
私の出ていきたいという願いは、やはりこのモニター期間が終わるまでは実現しないらしいということが分かった。いや、今はそれも叶わないんだろう。
ウイルス感染によって、自衛機能が働いてしまったみたいだ。ウイルスがどこにも行かないよう、プログラムが閉じ込めようとしている。
更にはプロテクトが掛かってしまって運営側では解除できなくなってしまったそうだ。
解決方法は、内部からウイルスを駆除――ぬいぐるみのデータ自体を破壊すること。これがいちばん確実で早いんだそうだ。
もちろん運営側も処理は施そうとするらしいが、時間がどれほどかかるかわからないようだった。
解除するにもウイルスを無効化した上でないとできないことらしい。
少なくとも数日はかかる、と。そう言われてしまえば断ることはできなかった。
このあたりで私はこれが設定じゃないんだろうな、ということを理解し始めた。
だってメタくさいじゃないか。世界観を壊す設定はご法度だと思う。たとえ、これが背景不要のコミュニケーションツールであったとしても。
冗談じゃない。このままこんなところに捕らわれていたら生身の私はどうなってしまうんだ。
そうなると向こうが言いたいこともそれとなく分かってくる。
かっこよく言うならば、不思議な声に導かれ、私はウイルスバスターに任命された。そういうことだ。
武器っぽいものの配布があればポーズなど決めてみることもできたけど、ここはゲームの世界ではなくコミュニケーションツールなのだからそんなものはない。
そう表現すると、なんだかめんどくさかったことが素敵に思えてくる。錯覚だけど。
素直な私は感化されやすいというところがあって、いつの間にかやる気に満ち始めていた。
【信じられないのであればそれでいいのです。そのうちわかるようになるでしょう――その身を持ってして】
嫌な言い回しだな。
まるで惨劇の予告みたい。
あれからクマ妖精は退治方法を伝授してくれた。手間はかからないにしても、時間がかかる方法だった。
そして、いくつかの知識。それらを忘れてしまわないよう、私は必死に覚えた。
【では、最後に『お二方』に感応能力――テレパシーを付与いたします】
コレを聞いているのが、私以外にもうひとりいるってことは最初に『あなたたち』って言い回しから分かってはいた。
私だけじゃなかったのかという心地――1対1なのだからそう錯覚するのも致し方ない――と、冷静な部分で思ったよりも少ないと思った。だって8人中2人ってぜったい少ないよね。過半数とは言わないまでも3人くらいほしかったな。
でも仕方がない。
それにしてもテレパシーか……誰でも一度は夢見る超能力シリーズのひとつだろう。1位は瞬間移動で、次点は空を飛ぶなんじゃないかな。つまりテレパシーは微妙な順位にいそうな能力なのだけど。
でも体験できるって言うならしてみたい。それが例えやってみたい超能力ランキング5位以下とかであったとしても。
【では今から行使についての手順を説明いたします。まず目の裏側辺りに意識を向け、それから――】
私は言われた通り、手順を踏んでいく。
うーん、こうかな?
『あっあー、てすてすーてすぅー……ちゃんとテレパスってるのかな?わかんないね!』
『――オオカミさん?』
『マンモスさん?』
頭の内部で声が聞こえる。聞き取りに問題はないけど、霞みがかったような音声。
せ、成功だ!そしてこれが、テレパシー!?
『互いに聴く方も問題なし、っと。なるほどな、とりあえずは成功したようだ』
っていうか、もうひとりっていうのはマンモスだったのか。
これがWウサギのどちらかじゃなくってよかった。きっとどちらもうるさいだろうから。
【誤って口にしないよう、用法『要領』を守って頂きますようお願いいたします】
【そしてテレパシーばかりにとらわれないよう、お気を付けくださいね】
そういえばもうまもなくデータ追加も終わる頃合いだ。
【力を合わせ、ウイルスを打ち破ってください。どうかよろしくお願いいたします!】
【では、ご武運を――】
声はそこで途切れてしまった。
一方通行の声、これでテレパシー手順が上手くできてなかったらどうするつもりだったんだろうね。投げっぱなしで、救済措置に期待はできそうにない。
そのとき、データ取得完了の合図とばかりに、周囲を包んでいた光も引いていった。
目前に広がるのは元の切り株の広場のままだった。
***
――と、まあそういうわけだった。
モニュメントと化している回るクマ妖精を横目に、私たちは新機能発表会をつつがなく終えることができた。拍手。
でも私の頭は、先程クマ妖精の分身体みたいなものに言い寄られたことでいっぱいだった。
『ウイルス退治放っておいて、結局楽しんでしまったな……』
マンモスが罪悪感たっぷりみたいな風に言う。
分かるよ。私もタヌキの置物見た時大爆笑したもんね。
『うん……。でもほら、ワクチンの生成が今終わったとこみたい。だから丁度よかったんだよ』
私たちにやりません、って選択肢はない。だってこれを終わらせないと帰れないっぽいし。
だからやり切ろうっていうのが二人の共通認識だった。
悩むようなことはない。だってこれが何かのコンテンツの延長だったなら私たちふたりだけってことはないと思う。
常に全体の20パーセントくらいしか参加できない遊びなんて、モニターであってもおかしくないかな?それに遊びだったとしても、クリアしなきゃいけないのに変わりはないよ。
正直ウイルスがどうとかはちょっと怖いな……くらいのものだ。このオオカミには感染していない、他人事だということもあった。
ウイルスには、私たち以外の6体が感染しているのだった。あそこでくるくるしているクマ妖精が感染源で、ウイルスに乗っ取られている。そこからデータ追加を行ったぬいぐるみたちは悉く感染してしまったのだ。
出遅れた私たちは感染を免れることができた。そして同じく出遅れた本物のクマ妖精の中のひとによって同じようにデータの追加、それからワクチン生成のデータと超能力を付与されたのだった。
そうは言ってもあなたたちはウイルスに感染してるからワクチン打ちますよ、なんて簡単にはいかない。ウイルスは深部にまで影響を与えてしまっている。そこにワクチンを打てばどうなるか。データは飛んでしまうし、壊れるのだ。
それはぬいぐるみを大事にしている人間には耐えられないこと。それくらいならいつまでだって待つと拒否されるのは目に見えているし、私たちが危害を与えられる可能性があった。
そう、マンモスが教えてくれた。
特にこのモニターへの参加資格があるってことはそうとうやり込んでる証らしいし。やだな。これが廃人か。
妹はそうじゃなかったと思うんだけどな。学校も行ってたし、ふつうにしてるように見えたのに。
「…………」
そしてその危害というのが、ぬいぐるみどうこうということではなくこの場に接続している精神の方ってことを聞いてしまえば、私は秘密裏にワクチンを打つしか方法がないということを理解するしかなかった。面倒というより、こわいことになってしまったよね……。
本物のクマ妖精はこちらに干渉できないらしい。私たちにデータを入れることが精いっぱいで、あのまま消えてしまったのだ。
私はその遺志を継いでいきたいと思う。べつに本物は消滅とかしてないけど、気分って大事だ。
まずはあのクマ妖精をやっつけろ!そんな感じのことをクマ妖精(分身)が言っていたっけ。
「オオカミさーん、アタシたちとかけっこしようよ~!クジラさんもやるって言ってるぅ」
そこへ急に声を掛けられて、びくりとする。
危ないあぶない。テレパシーに意識を持ってかれ過ぎたかな。
「わかった!コースはどんな風?って言っても切り株しかないじゃんねぇ」
驚いたことは言わないようにして、平静を装う。
マンモスは要領よく水色ウサギを鼻で持ち上げたりして遊んであげてるみたいだ。私と会話しながら器用なことだ。水色ウサギの喜びの声はいささか激しめだった。
それを横目に、私はきゃぴウサギのところへ急ぐ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『じゃあ、いくぞ?準備はいいか?』
『おっけー』
照準を定める必要なんてない。ただ狙うだけ。
マンモスのカウントダウンでタイミングを合わせて感染源へとアクセス、ワクチンを注入する。今回は感染源が相手だからこうしてふたりの共同作業でやっている。
効率を考えても、ふたりでやる方がすぐ終わる。
これからもこの方式でいきたいところだったけれど、次からはこの作業をどちらかひとりがやらなきゃいけない――共倒れしないように。
なぜならぬいぐるみ側に変異体が1体いるからだ。そいつはワクチン注入のために接続させた回路を使い、ウイルスを感染させるデータを持っている。疑似感染源だった。
これはクマ妖精が言っていたことのうちでも、結構重要なこと。気を付けなきゃいけない。
よし、完了。
これでいいのかな?上手くいくといいけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
くるくるくるり。依然回転しているクマ妖精の身体が、突如――はじけ飛んだ!!
千切れた部位が飛んで、中に詰まっていた綿が飛び散る。
うえぇ!!
いくつかの悲鳴が上がった。もれなく私も上げた。
血なんてない。匂いだって分からない。
そこにあるのはただの布地と綿だけ。
それでもその視界の暴力に、私たちは呆然と立ち尽くすのだった。
木っ端になるホログラムってなんだよ!!
そもそも、ワクチンっていったい何なのかを考えさせられる映像だった。これじゃあ穏便に打たせてなんて言えないよね。
現実逃避を始めた私の思考がそう囁いた。