プロローグ
なんにもない草地が一帯に広がっている。
私は何とはなしに足を一歩進めた。けれど足の裏は草を踏む感覚を伝えてこない。
あれ?と思って視線を落とせば、そこには柔らかそうな黒い毛並みに包まれた短い獣の足があった。そこには鋭い爪なんてものは見当たらなくって、けれどきっとその裏側には肉球があると信じてる。
足の短さや感覚の不明瞭さから、どう頑張っても私はそれらを撫でまわして堪能するなんてことはできない。
そもそも、その足こそが私の身体の一部だった。だから触ってみたって、きっと楽しくはない。
私は今、可愛らしくデフォルメされた黒い狼の姿をしている。――まるで、ぬいぐるみみたいな。
それくらいのことは見えなくっても、分かっていた。
細かな光の粒子が視界の縁をなぞるようにちらつきだした。
同時にきらめきを表現するような電子音と荘厳なBGMが鳴り出して、今までが無音だったことに気付く。というか、周囲の音なんて気にもしていなかったんだけど。
よく耳にするおなじみのキャッチフレーズが音声で流れて、次世代ぬいぐるみという丸みのある文字が視界の真ん中に出現した。
その演出は画面上で見るのなら何とも思わないけど、実際に自分の視界でやられるのは心底うっとうしい。
目を瞑ってやりすごしてしまいたかったけど、できない。瞬きもできないことに気付いた。
ぬいぐるみだから瞼がないという設定なのか、それともここが意識だけの世界だからなのか。
でも理由なんてどちらでもいい。視界が気持ち悪い、何よりそれが問題なんだよね。
そもそも私はここに来るつもりなんてなかった。
勝手に入ってしまったんだ。
やめてしまおうと思ったそのとき、視界に別の文字が現れた――。
***
あれもこれも、違和感の元はやっぱり電脳空間だからなのかな。――それともこの違和感は、このぬいぐるみの本当の持ち主が私とは『ちがう』せいなのかもしれない。
この黒狼は私の次世代ぬいぐるみではない。という以前に、私は次世代ぬいぐるみを持っていない。
今使用してしまっているデバイスは、数か月前に事故で亡くなった妹のもの。
喪失感と悲しみは癒えないものの、何とかふつうに振舞えるようになったのは最近のこと。
それでも苦しさが消えた分だけなくなってしまう何か、涙を零した分だけ私の中から消えていく何かがある気がした。
そうやってだんだんと薄れていくだろう面影に耐え切れず、私は妹の部屋へと入った。
ああ、本当に時間が止まったみたいだな、なんてそんな風に感傷に浸って。そしてそこで見つけたのは妹が大事にしていた次世代ぬいぐるみ、――赤い目の黒い狼だった。
……この子もいっしょに連れて行ってあげればよかった。そうしたらきっと淋しくはないもの。もしかしたら、電脳空間に現れるなんてオカルト染みた妄想に耽ることもできたかもしれないでしょう?
でもこれがここにあるっていうことは、そんな妄想は適わない。母さんが入れなかったってことは、精密機器だから入れちゃだめ、みたいなルールがあるのかもしれないし。
薄い埃を被っていたのが淋しそうに見えて、窓の外へ埃を払ったあと慰めるように抱き締めてごろごろしていたらうっかりうとうとしてしまった。
次世代ぬいぐるみを介して電脳空間に入り込むには、精神接続が必要となる。
慣れれば思い立った瞬間にもできるらしいけど、初心者は寝入るときの脳の状態を利用するのがいいみたい。
それにはリラックス状態と半覚醒という脳の状況が作用して云々、だとかで。
私は持っていなかったからそんな知識は頭から抜けていたし、まさか自分のものじゃないぬいぐるみと接続するなんて思わなかった。
あ、寝そうかも――まあ、いっか。今日は休みだしこのまま寝てしまおう。
そう心が緩んだ瞬間に、私の意識は電脳世界へと接続された。
一瞬夢かと思ったけど、まだ寝ていない。それは自覚してる。だから最初は驚いたけれど、次の瞬間には状況を飲み込むことができた。
私と妹は双子だ。だから接続認証が下りたのだと思う。
認証機能なんてものは機械任せだ。機械はうそを吐かないっていうけれど、吐かれたうそは見抜けないんじゃないかな。
だから大抵ががばがばで、割とあてにならないんだ。
***
「メニュー……?」
現れた文字を、思わず口にする。そういえば、鳴き声じゃないんだね。
それもそうか。人語が使えないのなら、コミュニケーションツールじゃなくって動物園になってしまう。
『メニュー選択 ■みんなところにいく! ■あたらしいだれかにあう …………
―― ■短期集中モニター当選!確認はコチラから』
いっぱいある。
実情を知らない身としては、意味の分からないものもあって読むのも面倒くさい。ひらがなだけのものと漢字混じりがあるのは年齢制限でもあるのかな。
ただでさえ項目の多さにげんなりとした気分になるっていうのに。
このまま進むのは躊躇われた。
だってこれは、妹のプライベートな部分だ。悼むために暴き立てるものじゃないし、家族が代わりに訃報を掲げて回るのも違うと思う。
でも、そういえばこれってどうやればやめられるんだろう。
文字の羅列の中に、ログアウトや環境設定に類するものは見当たらない。
ゲームやログインの必要なコミュニケーションサービスを終わらせる方法をいくつか思い浮かべる。
一番乱暴な方法だと、デバイス自体の電源を落とせばいいのだ。その場合、データの保全は保障されないことがある。
妹のものを乱暴に扱うのは気が咎めたし、何よりこの状況で本体をどうこうはできない。
現実の様子が確認できなくって、戻れない。そんな今の状態が少し怖くなった。
夢とは違う。時間が経てば戻れる保証はない。ううん、接続制限があるっけ。
でもそれっていつまでだろう……?あの短期集中、みたいのだったらすぐに終わるのかな。
私のなかに僅かな焦りが生まれる。それがいけなかった。
「あ、」
視界のきらきらがじわじわと減っていく。
理由は分かっている。やってしまったからだ。
どうやら私は選択肢の内のひとつを選んでしまったらしい。それも、どれを選んだのかはわからない。
勝手にぴこぴこ動いて勝手に完了しちゃってたんだ。というか、むしろ私は何もしてなくないか……?
やり直そうにも、手遅れなのは分かっていた。
瞬くように暗闇が挟み込まれて、視界は切り替わる――。
そこは森の広場だった。
木々のおかげで日差しはとても柔らかい。風は感じないのに――電脳空間だから感じないのは当たり前だ――葉っぱの擦れる音や揺れる様子がするのは不思議だった。
こんなにさわやかな空間なのに、私の気分は沈んでいく。入ってしまったという後悔と後ろめたさが湧いてくるのだ。
それにこのアバターを知る誰かと遭遇するのも面倒だった。ひとりにひとつのデバイス、逆だって然り、なのだから。破れば何かしらの罰則があるらしい。
早く、出なきゃ。
あれ――?
でも視界には何の選択肢も見当たらない。メニューがない。
さっきの選択画面になかったのは仕様で、むしろ一度入ってからじゃないと選べないのかもって予想してたのにな。
それがないってどういうこと?
通常ならメニュー内に終了の選択肢があるはずなんだ。それさえ開ければ何とかなると思ってたのに……。
もしかしたら収納されているのかも、という淡い期待はすぐに霧散する。
仮に収納されていたとしても、私はそれを呼び出す方法がわからないんだった。
コントローラーなんてないのにどうやって操作すればいいんだろう。
っは!ゲームなのにコントローラーなしで動けてるってことはつまり、そういうことなのかな?
何かしら特定の動きがあるのか、それともそういったメタいものは単純に音声反応ということもありえる。
私は周囲を見渡した。
ぬいぐるみの首なんてないようなものだから、小回りに歩いて確認するしかないのは少し恥ずかしい。 だって三回まわってわおーん、みたいなものでしょ?
傍から見たら、何やってるのってなると思う。
でもそれより独り言ってる方が恥ずかしいから仕方ない。それに状況も分かっていないのに初心者まるだしなところを晒すのはよくない、気がする。
ここが絵本の世界だったなら、おやつ大会だったり演奏会を大開催していそうな雰囲気の大きな切り株があった。
年輪がバウムクーヘンよりも多そうな切り株は、元々は大きな木だったというよりは初めから切り株として生まれました、みたいな顔をして地面から生えている。
そんなあからさまにオブジェクト然として存在していたのだった。
これはテーブルなのか、それともステージなのかは定かじゃない。
でも切り株の向こう側に何かがいるのが分かった。奥の方に薄緑色と桃色のぬいぐるみらしきものが見える。
色も違うし動きが違うから、恐らく二体はいるんだと思う。
ここで私の作戦は失敗したかに思えたけれど、構わない。
むしろだれもいないと思っていたけど実は!いた!パターンよりマシだった。
あわよくば他人の様子を見て真似するという手もあるんじゃないかな。災い転じて何とやら。
さすが私。窮地を窮地ともしないひらめき力を持っているのかもしれない。
テストとまでは言わないけど、せめて小テストで発揮してくれたらいいんだけどなぁ。小とか言いながらも、あれは地味に成績に絡んでくるやつなんだ。
私は切り株に沿って反対側へと向かった。
切り株の直径を進むのが一番早いのかもしれないけど、そのルートは取らなかった。テーブルだったらお行儀が悪いし、ステージでも神聖なステージなら塩を撒かれるかもしれない。
私ってこう見えてナナサンくらいで几帳面なところもあるんだよねー。
ちなみに切り株は時計回りに進んでおいた。
「オオカミさんこんにちは」
「こんにちは、カメさん」
私に気付いた薄緑のカメが口を開く。ふつうの挨拶だった。
こういったコミュニティには独自の言い回しを使う場合があるけれど、ここはそんなことはないみたい。あんしんだ。
かろうじて、ぬいぐるみの種族名に敬称――しかも『さん』でないとだめらしい――を付けるのが正式な呼び名だということは知っていた。これならこのアバターを知っているひとというかぬいぐるみにあっても なんとか誤魔化せるかもしれない。
それにしてもでかいカメだ。私と大きさは同じくらいだけど、カメとして見るならとてもおっきい。ガラパゴス諸島のカメに違いない。色合いはミドリガメにしか見えないけど。もしかすると竜宮城産のカメかな?
カメと私の挨拶に、背中を向けていた桃色ウサギが身体ごとこちらを向く。
「こんにちわ!きゃあんオオカミさんだ、カワイイッ!ねえねぇしっぽ見せてよ、しっぽ~!」
薄い桃色の地に濃いピンクのハートが散らされたウサギ……馴れ馴れしくきゃぴっている様子がなくっても、中身は若い女子なんだろうなっていうのが伝わってくる。
そのセンスは私と同年代かそれよりちょっとしたな感じだ。
「どうぞ」
断る理由もないからオッケーしておく。
「しっぽさんこ~んに~ち、わ~」
小回りしようとしたら、それより先に背後に回られた。早いのはウサギだからかな?
でも私にはウサギの移動速度よりも気になることがあるんだよね。
「なんか……しっぽがばるんばるんしてるっぽいんだけど」
痛覚なんてないんだけど、そんな気配がしてる。なんとなくだけど、わかるんだよね……しっぽが動き回っている感覚。不思議だ。
「あぁ、それはウサギさんがおデコでしっぽを回してるからだね。こちらから見ると、ピンクと黒のコントラストが……明太子のおにぎり食べたいなぁ、海苔がしっとりしたやつ」
おおぅ、そんな激しいのか。ねじ切れたらいやだな。
「おにぎりかぁ……なんか感染しちゃったみたい。ツナマヨ食べたい。海苔はパリパリのやつがいいかなぁ」
「アタシも!ツナマヨがいい、あの細長いヤツ!酢飯が一番っ、ツナマヨ正義~★」
食べ物トークに釣られたか、単に飽きたかは知らないけど、ウサギはぺたぺたと戻ってきた。
跳ねないのか……。
「あんたら魚介系なんだな。俺は高菜がいいんだが……しっとりしたやつはおにぎり専門店くらいしか売ってないんだよなぁ」
「アタシも高菜スキだよ!でもコンビニの高菜おにぎりってパリパリのしかないよね!」
「じゃことか入ってたらいいんだけどなぁ」
あれ?
「途中、何か増えた?」
ひとり多いぞ、と思ってみんなで小回りしてみれば、こちらに近付く紫のぬいぐるみが見えた。
ゾウだ、どうやら高菜おにぎりを希望したのはあのゾウみたいだ!
「あぁ。なんか、まあ……よろしく」
なんか、まあ、はっきりしないやつだ。
「よろしくね、ゾウさん!」
ぬいぐるみなせいで、みんな似たようなサイズだ。
同じ大きさのウサギとゾウが並んでいるのはおもしろかった。インパクトのせいか、ゾウが小さいというよりはゾウサイズのウサギに見える。
「いや、これマンモスだから」
それってありなの?とっくの前に絶滅してるじゃん。
「えっ?」
ほら、カメも驚いているじゃないか。
「ごめんなさい。あらためてよろしく、マンモスさん」
絶滅したマンモスがいるのだったら、もしかしすると、この狼もニホンオオカミの可能性とかあったりするのかな。
そこからコンビニトークに話を戻す。食べ物とチェーン店の話題は間を持たせるのに最適だと思う。
いや、何でふつうに溶け込んでいるんだろ。
私はここから出ることを目標としていたはず。だらだらとしゃべっていたらその目標は遠のくばかりだ。見逃したら目も当てられない。
でもだからって気軽に聞いていい話題なのかも分からないしなぁ……。
たとえば、まばたきの仕方を聞いてくる人間がいたとしたら警戒する。そんな感じのことを危惧してる。
仕方なかったとはいえ、私は無断アクセスをしている自覚があった。
「やほ~」
とか考えている間にひとり増えた。
そうぽこぽこ増えるんじゃない!私は減るのを待っているのに。ままならないなぁ。
これはもう気長に待つしかないのかもしれない。急いては事を仕損じる、なんて言うしね。
新たに現れたぬいぐるみは水色のウサギ――色違いのウサギ!?ウサギっていうのはメジャーな動物だし、可愛い。だから被ることもあるんだろうけど……。
でも5匹目にして被るのって早くないかな。
「アタシがウサギなんだからね!後から来たんだから譲るか退くかするのがふつうでしょう!?」
ほら、先に来てたきゃぴウサギの方が拗ねてるじゃないか。
マナーとしては、被ったら出ていくのが普通ってことなのか、ただのワガママなのか――私はノーコメントで見守ることにした。
もしかすると退室の操作を見ることができるかもしれない。
私の期待は水風船のように急激に膨らんだ。
「えええ?ボクはロップイヤーだよぉ?【ぜんっぜん!違う】のに出てけーなんてひっどいなぁ。そもそもウサギなんて簡単に括っちゃうくらいウサギ愛マイナスなのに主張だけはご立派なんだねぇ★恥ずかしくないの?」
水色ウサギ口悪いな。ふんわりした喋り方に対して言ってることは感じが悪すぎる。
「な、なななな!?何なのその言い方!それくらいアタシだってわかるしっ。他のひとたちが分かんないとカワイソウだから言っただけなのに~」
苛立ちに呻く桃色のウサギに、カメが慌てて宥めに入っている。
私の期待もこれではしおしおだ。むしろ弾けちゃってる。だって引き下がりそうにない。
「こら。最初に吹っ掛けに行ったウサギさんもウサギさんだが、煽るようなことを言うのはいけないんだぞ」
私が黙っているせいか、水色ウサギ担当は自動的にマンモスがやることになったようだ。
いや、私もやろうと思ったんだけどね。暗黙の了解とかわかんないからさ。
「だって!あんな風に言われたらボクだって傷つくんだもん!とげとげしちゃうの仕方ないんだからね!」
「だってとか言う、な!」
マンモスはそう言って、牙で水色ウサギの背中を刺した。
宥め役に諭し役、どちらの席も埋まっているから私は別の席に着くべきなんだ。そう、先を見据えていこうと思う。
「でもロップイヤーさんって言いにくいね」
水色とピンク呼びが楽でいいんだけど、と言わなかった私は懸命だったと言える。
静かにこちらに身体を向けた4体のぬいぐるみは不気味だった。
失言だったかな。呼び方に対して何か間違った認識があったのかもしれないと思うと心臓がきゅって言う。……ね、何か言ってよ。
「それじゃあみんな、ウサギさんとロップイヤーさんでいいかな?」
隙を付いて、カメがまとめに入った。私の役目は完全に奪われてしまったようだった。むぅ。
「そいつはアナウサギさんでいいんじゃないかなって思うけど」
不満げな水色ウサギの発言は黙殺された。
私もそこは無視で賛成だ。文字数多くなるなんて、そんなの却下に決まってる。
「うわわ!?スゴイっす!カメさんの甲羅、魚が泳いでるっすよ!」
「ホントじゃのぉ、こりゃあ非常食かもしれんな!」
ようやっと場が落ちいついたとき、呑気な声が聞こえた。カメの背後でうごめくふたつのぬいぐるみが見える。
その見事なタイミングから、揉め事が収まるまで潜んでいたんじゃないかという疑惑があった。
立て続けに現れたのは、頭に赤い葉っぱを付けた緑色のタヌキ。
それとワシかタカかもわからないけれど、茶色い鳥だった。くちばしが黒い。……まさかカラスとかじゃないよね。
ただでさえデフォルメされているのに、色彩までもめちゃくちゃ――好きなように変えられると判別がつかない。
「そうなんだ。実は甲羅の魚、動くんだよ」
見て見て、というようにカメは私たちにも見えるようにと方向転換をした。
確かに甲羅には魚がいた。落書きみたいなそいつはゆっくりと甲羅を泳いでいる。まるでそれがその魚にとっての海のように。
「ホントだ~!すっごぉい!」
「反対側の下の方にいたせいかな?全然気付かなかったなぁ」
剣呑だったウサギたちは同時に歓声を上げる。そしておんなじタイミングで嫌そうに身体を背けた。
一触即発の状況は変わらないみたいでハラハラするからちょっとやだ。騒がれると疲れるし。
これから仲良くしてくれるといいんだけどな。
それかどちらか出てってくれないかな、私のために。
動く仕組みについては内緒らしい。聞いたって私には再現できないだろうから別にいい。
タヌキだけが残念そうにしていた。がっくりと首を下げると、徐々に頭の葉っぱも白くなって……白?
ガン見する私の様子に気付いたのか、タヌキはドヤっとした様子で胸を張る。
「じ~つは!自分の葉っぱは色が変わるんすよ。これにテントウムシとかちょうちょとか乗っけたら可愛くないっすか?だから知りたいんすけど~ダメっすかねぇ」
「狭い範囲なんだし、水滴とかの方が綺麗なんじゃないかな。テントウムシを這わせるならボディのがいいと思う」
あとでこっそり教えてあげる。カメがそうアドバイスすると、水色ウサギが身体を震わせた。
「そんなの身体中這いずり回るなんて、カメさんの甲羅と違って痒そー。可愛くっても、ボクならちょっとやだな」
それは、確かに。
話が脱線した後、改めてみんな口々に挨拶を交わし合う。
ウサギふたりは競うように名前のみの自己紹介も付け加えていた。マンモスもそれに加わる。確かにゾウに見えるもんね。
そこで判明したことは、鳥の正体はコンドルだったってことだ。
***
「私が最後のようですね。お待たせして、すみませんでした」
「いらっしゃい、大丈夫だよ」
「そっか、モニターって8名だったっけ」
あ、短期モニターっていうところに入ってしまったんだなとここで気付いた。
終わったら出られるのかな?それともあのメニュー画面に戻ってしまうんだろうか……。
さすがに規定人数に揃ったタイミングでやめる人間がいるようには思えない。
でも考えたってどうしようもないんだよね。
こうなったら時間切れまで粘るつもりでいよう。その方が精神衛生上、よろしい気がする。
最後に現れた紺色のクジラは、その身に星座が描かれていた。残念ながら、動いたり瞬いたりすることはなかったけれど。
足が生えていないクジラは、転がったり這いずったりしなが移動している。滑るようにといかないのが、とても残念だった。
挨拶に、自己紹介、それから次世代ぬいぐるみの情報交換にとがやがやと小うるさくなってきた。
ひとつのところに固まるぬいぐるみたち。きっと埋もれたら気持ちいいんだろうなって思うけど、私もそのぬいぐるみ溜まりを構成する一部だった。
それにしてもみんな近すぎだよ!だれがしゃべっているのか、声で判断するしかない。
私も適当に相槌を打ちながら情報収集に精を出す。
やっぱりと言うべきか、基礎的知識なんてそう雑談に上るものじゃないから、大した収穫はなかった。
そこへ、頭に直接流し込まれるような音声が響いた。
【開始まで、しばらくそのままご歓談くださいますようお願いいたします】
【もうしばらくお待ちくださいませ――】
それは締め切ったという合図。そして開始に向けての予告だった。