9・偽者の王子
「全ては、王太子殿下がお生まれになった頃に端を発する話です」
と大神官さまは話し始められた。
私たちは勧められた長椅子に座り、頭を抱え込んだセドリックを私もアイラも時折心配げに見る。アンドレーさえも落ち着かなさげだ。
「王妃陛下は王太子殿下をお産みになり、その時の難産がもとで数日後に亡くなられました。国王陛下は、それはもう、お傍の者が見ていられない程のお悲しみようで……待望のご嫡男を授かったのに、いとけない赤子ひとり残して最愛の妃殿下を亡くされたのですから」
「ちょっと待って下さい。ひとりってどういうことですか? 双子でしょう、王妃様がお産みになったのは」
私は思わず口を挟んだけれど、大神官さまは首を横に振り、
「確かに双子ではありましたが、生きてお産みになられたのはお一人で、もうお一人は死産だったのです。しかしそれを知る者は陛下と私、そして産褥のお世話をした忠誠篤い数人の老女官のみ。陛下はお生まれの御子について決して口外せぬよう彼女らに命じ、御子のお世話はその者たちと乳母だけに任せて数日間自室にお籠りになった」
「一人って、でも、王子はお二人いるではありませんか!」
「シーマ、大神官さまのお話を遮ってはいけないよ。聞けば解るから」
とセドリックが力ない声で私を窘める。いったいどういうこと? 偽者ってなに。こんなに瓜二つなのに、セドリックはどこかから連れて来られた子だってこと……?
「陛下は私だけをお部屋に呼ばれ、こう仰いました。自分は愛する者を亡くす悲しみに打ちのめされ、忘れ形見の御子の事も、もし失うような事になったら、と考えるだけでも恐ろしい。とてもこんな心持ちで、生きて王の務めを果たす事など出来そうにない、出来るものなら王妃さまのあとを追って死んでしまいたいくらいだが、流石にそんな無責任な事は出来ない。せめて息子が二人共生きていれば、まだ少しは心が落ち着いただろうものを、と仰せだったのです。そして私にある禁断の願い事をされたのです。私は陛下があんな恐ろしい事を私に頼まれるのも、私を心から信じて下さっているからこそ、と思いました。そして何より私は若かった。聖職にありながら、禁忌に触れる魔道への好奇心を抑える事が出来なかったのです」
禁忌って……まさか……。
「まさか、黒魔道? 亡くなった王子の魂を黄泉から呼び返すという……」
「いえ、違います! 流石にそれは死者への冒涜ともなりますし、産声を上げる事のなかった小さな王子は秘密裡に王妃陛下の棺に共に葬られていました。そうではなく……私は、生き延びられた王子の頭髪から、黒魔道により王子の複製を生み出したのです。言ってみれば人造人間、という訳です……」
「えええっ?!!」
信じられない……伝説の大魔術をこの方は使われたの? でも、蘇生と変わらないくらい禁忌の筈なのに。そして……それで生み出されたのが……?
「元々、王妃様が双子を妊娠なさっていたのは医師の見立てで公表されていました。だから、人造の王子を双子の弟としても誰もおかしいと思わなかったのです。そして人造人間は、見た目、普通の人間と全く変わらない王子として成長しました。陛下も私も最初は、本物の王子にもしも何か悪しき災いが降りかかった時に身代わりとさせる為の器、としか思っていませんでした。しかし、人造の王子が赤子から幼子に成長し、言葉を喋り始めた頃から私は、とんでもない罪を、禁忌を犯してしまったと酷く後悔し、懺悔の為、この地下に籠って二度と日の目を見るまい、と考えたのです」
「生み出した王子の事はそのままにしておこうとお考えだったって事ですよね? なのになんで今、消すだなんて仰るの?!」
「それは陛下が……『器』だと思っておられた弟王子に情を移されたからです。陛下は秘密裡に私に書状を下さいました。陛下のご意向はこうだったのです。「自分は弟王子を息子として愛してしまっている。あれを本物の人間にする為に、聖女と娶せたい」と。聖女と契りを結ぶことで、私の作った王子が本物の人間になれると思われてしまったのです。しかしなんというお考え違い……聖女の夫に人造の人間を、など、それこそ神罰が下ろうというもの。それで私は、自分の仕出かした事の始末は自分でつけなければ……例え陛下がお怒りになり、私を王子を殺害したと謗られようとも、間違った存在は消さねばならない、と思い、待っていたのです。来て下さると分かっていました」
セドリックは自嘲的な笑いを洩らし、
「こういう事。婚約騒動以来、なにか不自然だと思っていたけど……それで曖昧な態度をとってしまったけど……昨日、どうか真実を話して下さいと二人で父上に頼みこみ……知ったんだ。大神官さまの仰った事を。ごめんね、シーマ、アイラ。半端な存在のせいで振り回してしまって」
「そんな……セドリックが消えるなんて嫌よ!」
私とアイラは口を揃えて叫んだ。セドリックの言動が変だったのは、彼がこんなに重すぎる悩みを抱えていたからだったのだと知った今、彼に嫌悪感はない。以前と同じ、大切な幼馴染だ。彼が偽者だとしても、それは彼のせいじゃない。なのにいきなり消すなんてあんまりだ。
「謝られる必要はありません。悪いのは全て私なのですから」
「そうよ! 都合が悪くなったら消すなんて! 彼は本物の人間と何も変わらない。そもそも、婚約を入れ替えようなんて陛下のお考えがおかしかっただけで。お願いです、大神官さま、陛下に、婚約を元に戻すようお口添えを。それだけで何もかも、元に戻るのですから!」
と私は叫んだけれど、大神官さまは頭を振って、
「私が作ったものが将来の王弟だなど、間違った事。アイラ嬢にも申し訳ない」
「わたくしはそんなことは!!」
「いいえ、私の罪は私が無に帰す、それが務めです。死罪でもなんでも受け入れます」
そう言って大神官さまは、手にしていた魔杖を振りかざす。セドリックは唇を噛み、アイラは目を覆い、私はセドリックを庇おうとした。アンドレーはやめてくれと叫んでいる。
「やめる訳にはいきません。気の毒な……偽者の王子」
そう告げて、大神官さまはびしりと魔杖を消す対象に向けた……ぽかんとしている、アンドレーに。