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8・大神官さまは罪を消したい……混沌

 シェリーの案内で私たちは大神官さまの元へ向かった。実は私たちが待たされていると思っていた二時間の間にとっくに面会許可は出ていたそうで、それを案内役のシェリーが、地下牢へ誘導する為に人が見ていない隙を待っていただけだったらしい。つまり大神官さまを二時間待たせているという事だ。私がそれを指摘するとシェリーは蒼白になって、「気づきませんでした! どうしよう、叱られます!」なんて言っている。王太子暗殺犯になるかも知れない所だったというのにそんな事にも気づかず、更に叱られる事に焦っているなんて本当にこの娘は色々ずれている。聖殿育ちだから世間が解っていないのだろうけど、それでアンドレーに騙されて酷い目に遭わされたのは同じ女性としては少々可哀相な気さえしてくる。

 何でも解り合っていると信じていたアンドレーの事が、今ではさっぱり判らなくなった。私の前でだけはちょっと情けない所も見せるけれど、本当はしっかりした頭脳と理性と愛情を備えたひとだと思っていたのに、酷く不誠実でおまけに言動に一貫性がない。父王陛下には、死んで私と添いたいとまで訴えたというのに、今は私との婚約を続けたい理由が『アイラより胸が大きいから』とか『母のように愛している』だとか、矛盾しまくっている。兎に角、修道女と浮気して妊娠させていたという事実に、百年の恋も冷める心地だったけれど、色んな事が重なり過ぎて、考えをうまくまとめる事が出来ない。


 今度はまともな立派な石段、壁に装飾の施された燭台が並ぶ明るい下り階段を通って、私たちは大神官さまのおられる地下へ導かれる。私たちは殆ど無言だった。当初の、婚約の入れ替えがなくなるよう陛下を説得して欲しいという願いは、今や誰が本当に願っているのかよく解らなくなってきた。少なくとも、私はもうどうでもいい、という気分だ。けれども、やはり子どもの頃からずっと自分はアンドレーの妃になるものと思い込んでいたものを覆せないという気持ちがあるからこそ、陛下の決定に逆らおうとまでしていたので、こんな急激に裏切りが発覚して、すぐに気持ちが切り替えられるものでもない。本当はすぐに帰って泣いて泣いて、それから今後の事を冷静に考えたい気持ちでいっぱいだけれど、大神官さまに特別のお目通りを願って許されたものを二時間もお待たせしてしまった現状、やっぱり日を改めて、なんて言える筈もなかった。


 アンドレーは、まるで何事もなかったかのように、「大神官さまに解って貰えるよう頑張ろう」なんて言ってくる。私は確かに「怒ってない」と言ったけれど、「怒り過ぎて怒りを通り越して呆れて悲しい」とも言ったのに、私が怒ってないからそれでいいとでも思っているみたい。そう言えばろくに謝罪の言葉も聞いてない気がする。こんなに他人の気持ちが解らないひととは思いもしなかった。

 でも。もしこのまま婚約の入れ替えが行われれば、この馬鹿者にアイラが嫁がなければならない。私より繊細な愛しい妹が、この調子では生涯様々な事で傷つく事になるだろう。それは駄目だ。それくらいなら、私が傷ついた方がまし……一応アンドレーは私を愛していると言ってくれているのだし、今日のおかしな態度は色々混乱してるせいだと思いたい。浮気しておまけに相手を妊娠させたなんて……冗談だよって今からでも言ってくれれば信じたい……。本当であるのなら、せめてその時に告白して懺悔して欲しかった。


 セドリックは、いつもの軽薄さはどこへと言いたいくらいに、真剣な表情を崩さない。どこか悲し気にさえも見える。アイラは窺うようにそんなアンドレーとセドリックを見比べている。本当に今日はみんなどうしてしまったの、全く普段と様子が違う。全部夢なのではないかとすら思えて来た。


―――


 でも物思いに耽る時間には勿論限りがあった。


「こ、こちらに大神官さまがおわします」


 シェリーがおどおどしながら重々しい大扉の前に立つ。私たちはそれぞれに緊張を抱えながら扉を叩いた。用件を告げるとすぐに若い神官が中から開けてくれた。


「大神官さまがお待ちです」


 ……うん、そりゃあ、二時間も待たせてしまったものね。すっごく怒ってらしたらどうしよう、と急に私もシェリーのような心配に囚われた。

 だけど、正面の祭壇に向かって祈りを捧げていたらしい大神官さまはゆっくりと立ち上がってこちらを向かれたけれど、その灰色の瞳に怒気はない。厳しい方だと噂に聞いてはいたけれど、物心ついてからご尊顔を拝見するのは初めてで、なんだ、優しそうじゃない。


「ようこそおいでになりました……。王子さまがた、令嬢がた。いつかこのようにお会いする日が来ると思っておりました」

「大神官どの、私たちは……」


 アンドレーが口を開いたけれど、大神官さまはそれを制して、


「まあとにかくお座り下さい。ご用件は伺っております。そしてお話しせねばなりません。国王陛下のお気持ちと、わたしの犯した罪を」


 ……えっ?! 大神官さまの罪?! また頭が混乱する。大神官さまともあろう御方が何の罪を? そして何故婚約の相談に来た私たちにそれを打ち明けるの?! 全く流れがわかりません。


 でも、ふと横にいるセドリックの顔を見ると、彼は蒼白になり、唇を噛んでいた。いったいどうしたの? 子どもの頃からの付き合いなのに、そんな表情は初めて見る。


「いまここでその話をなさるのですか。シーマとアイラの前で」

「過ちは正さねばなりませぬ。あの頃、陛下もわたしも若かった。陛下のお気持ちはお聞きしていますし、痛い程解りますが、いま、皆さまがここに来られたのは、わたしの過ちを消せと神が仰せなのだとわたしは解釈しています」

「消す……」


 セドリックはその言葉に、絶望的な顔になる。アイラも不安そうにセドリックを見る。

 私は尋ねた。


「いったいどうしちゃったの? なにか知っているの?」

「はっきりと知ったのは昨日だよ。でも、この騒動が起きてから少しずつ色んな事が……」


 とだけセドリックは呟いた。大神官は痛ましそうにセドリックを見て、


「優しい心をお持ちのようですな。どうかお許し下さい」


 と悲しそうに仰る。


「消す? 何を消すんだ? え、まさか、大神官さま、偽者を消すおつもりか? そんなのは嫌だ。兄弟として育ったのに!」


 アンドレーにも思い当たる事があったようだ。


「兄弟として育ったのが間違いの元だったのです。陛下はわたしをお恨みになるでしょうが……」

「何の話をしているんです? わたくし達は婚約の相談に乗ってもらう為に参ったのではなかったのですか!」


 遂に私は我慢できなくなって声を上げた。消す? 偽者? なんの物騒な話? アンドレーの兄弟を消すって……まさかセドリックを殺すって事なの?!

 大神官さまは私を見た。


「判りませんか、聖女どの。貴女も魔力をお持ちなのに」

「判りません、わたくしの魔力は祈る為のものであって、何かの目的に使うものではありませんもの」


 悲痛な私の叫びに、セドリックは顔を覆って、


「ごめんよ、シーマ、アイラ。こんな事になるとは思ってなかった。偽者もどうやって生きればよいか、教えて頂けるかと思っていたんだ。でも、大神官さまの仰ることは正しい事だ……」


 と呻いた。

 大神官さまは、


「全てをお話ししましょう」


 と静かに仰った。

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