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6・もう何も信じられない

 セドリックの突き放した返答に、修道女の顔は真っ赤になった。


「まぁぁっ!! わたくしです、シェリーです、本当にお解りにならないの? 酷い……わたくしにあんな事をなさっておいて!」

「あんな事ぉ?」


 シェリーと名乗った修道女(伯爵令嬢)の言葉に私は眉を顰めてセドリックを見た。けれど彼は、本当に訳が判らない、という風に目を細めて、


「あんな事って何? 僕はデートした子の事は忘れないし、でも修道女とデートなんて出来る訳ないし……」

「デートではありません。人知れずこっそりと、二人で。わたくしの部屋に来て下さったじゃありませんか!」

「何かの間違いだ。人違いだろ」

「人違いなんてある訳ありません。国の誰もが知っている王子さま……ご自分でちゃんとセドリック王子さまだと名乗られたではありませんか!」


 ……ん? ふとこの台詞を聞いて私とセドリックは顔を見合わせた。


「そんな……馬鹿な事ある訳ないわ。セドリック、正直に言いなさいよ」

「声、震えてるよ、シーマ」


 私たちはゆっくりと見た。鉄扉の向こうで頭を抱えている、愛しいアンドレーを。


「うわああっ、違う違う、僕じゃないっ!!」


 ……自白してるも同然じゃない。


 そう、セドリックに成り代われる者がいるとしたら、それは双子のアンドレーしかいない。


「嘘……まさかアンドレー、修道女と浮気してたの?!」

「いやいやいや、僕が愛してるのはシーマだけだから! でもほらきみ、時々怖いから、ちょっと安らぎが欲しくなる時があって……でも忘れてたよ! もう二年も前の事じゃないか」


 私は倒れそうになり、セドリックが支えてくれる。

 信じて来たものがボロボロに崩れ落ちていくようだった。私だけを愛し、私の前でだけ素を見せられると少しはにかむ事もある生真面目な私の王子さま……さいあく。


「でもでも、きみとの婚約を破棄したくないのは本当なんだ! だってきみの方が少しだけアイラより胸が大きいし……」

「もういいっ!! もうなにも喋らないで!!」


 私はぽろぽろ泣いた。昨日セドリックの下品な冗談に怒って殴っておきながら、自分はなんなの!


「お気の毒なお姉さま……」


 アイラが呟く。ああ、アイラ、ごめんなさい。セドリックが誰かと噂になる度、泣いているアイラを慰めながらも、心のどこかに私は、私にはこんな事は絶対に起こらない、私のアンドレーは私一筋だもの、という気持ちを持っていたと思う。


 青ざめているのは私だけではなかった。今のやり取りを聞いていた修道女シェリーはふらふらと灯りを掲げて、恐る恐るアンドレーとセドリックを見比べた。そして震え声で呟いた。


「な、なんてこと……わたくしが身籠ったのは、王太子殿下の御子だったのね……」

「身籠ったぁ?!」


 流石にその台詞は今までのうちでも一番破壊力があった。全員が同時に声を上げる。


「ぼぼぼ僕知らないよ、そんな事! 聞いてないし!」

「子どもは初期に流れてしまいましたので敢えてお知らせは致しませんでした。でも……全くお忘れになっていたなんて酷いわ! だいたい、わたくしは、いつしかお渡りがなくなったので何度もお文をこっそりお送りしたのにちっともお返事がなくて、それでもお慕いする心は変わりませんでしたのに。でも、お返事がないのは当たり前でしたわね。だってわたくしは、セドリック殿下に文を送っていたのですもの」

「ああ……そう言えば一時期、意味の分からない文が届いていたっけ……。ねえ兄上、これはちょっとやり過ぎじゃないですか? そりゃ、生真面目な王太子殿下が女遊びなんて噂が立ったらよろしくないから、最初は僕の名前を使ってもいいですよとは言いましたけど、あんまり不誠実な事はしないで下さいねとも言いましたよね」

「おまえまでそんな事を言うのか、セドリック」

「何がおまえまで、なのよ! だいたいセドリックも知ってたなら教えてくれても良かったのに!」

「ひぃ! ごめんよシーマ!!」


 弟へと私へと、何故にこう態度が違うのか。私は心優しくアンドレーに接して来たのに、何故そう私を怖がるし? ……そうか、後ろめたかったから? 私だけだと甘く囁いて、私を信じ込ませて、陰では……。

 一方、縮こまったアンドレーとは対照的にセドリックは僅かに顔を曇らせながらも私の怒りに動じる風はなく、


「ごめんねシーマ。きみを悲しませたくないと兄上が仰るものだからさ。でもまさかこんな事になってるなんて思いもしなかった。結婚してる訳じゃなし、たまには兄上も違う女の子とお忍びで街に出かける位の事はしてみたいんだろうと思っただけなんだよ」


 と言った。

 何? つまりセドリックの女性好きという噂は、セドリックにとってその程度のお付き合い、という事だった訳? ああ、もう訳がわからない!


「で、えーと、シェリー? 結局きみはこれからどうしたい訳? というか、どうするつもりだった訳?」

「わ……わたくしは、兄君の王太子殿下がいなくなれば、セドリックさまが王太子殿下になれると……わたくしの力でそうして差し上げたら、わたくしへのご寵愛が戻るかも……と思ったのです。でも、こんな……」


 とセドリックの問いに答えてシェリーはわっと泣きだした。だけどセドリックは相変わらず冷たい目で彼女を見ながら、


「きみも気の毒とは思うけど、王太子を、そしてアイラを暗殺する気だったのか? こんな寂れた地下牢に幽閉して。聖殿には今は使われていないけれど、若い神官などが過ちを犯した時に入れる懲罰房があったと昔聞いたのを今思い出したよ。ここに二人を閉じ込めて二度と来なければ、誰にも知られずに二人は餓死するしかなかったろう。それを僕が喜ぶと思ったのか?」


 セドリックは怒っている。そうよね、アンドレーだけでなくアイラまでなのだもの。

 でもシェリーはその言葉に跳びはねんばかりに驚いて、


「滅相もありません! お二人には、ちゃんと毎食お届けするつもりでいました。王族の方を手にかけるなんてそんな恐ろしい事、思いつきもしませんわ!」

「いつまでそれを続ける気だったんだ? 一生? 出来る訳ないだろ。死罪を免れたくて言い訳しているんだろう」

「そんな、酷い。そのうち出して差し上げるつもりでした。セドリックさまが王位にお就きになったら、とか……。あの……あまり後のことは考えてなかったのです。お膳立てをすればセドリックさまが後の事はどうにかして下さるだろうと……そもそも、御四方がお揃いでこの近くの客間におられると知って、わたくしは殆ど衝動的にやってしまったのです」

「つまり、後の事はあんまり考えてなかった訳? 呆れたわ、王太子暗殺なんて、貴女ばかりか貴女の家にまで累が及ぶものなのに」


 私は口を出す。


「そもそも、貴女の相手がセドリックだったとしても、こうした事をセドリックが喜ぶかどうかも判らなかったのに」

「い、いいえ、それはあの頃、セドリックさまが二人の時に仰いましたもの、王になったらああしよう、こうしよう、なんて……だからセドリックさまは兄君を廃して王になられたいのだと……あっ! でも、あれはアンドレーさまだったんでした……。なら、王になったら、という言葉が、セドリックさまのふりをしているのを忘れて思わず出たとしてもおかしくないですね……」


 まあ、普通はもっと慎重になると思うけれど、アンドレーのこのざまでは、そんな間違いをしてもおかしくはない。


 というか、私たちは一体何をしてるんだろう? 大神官さまに面会を求めに来たのに、真っ暗な地下牢で思いもしなかった真実を知らされて。

 私はまだアンドレーの妃になりたいの? こんな裏切りを受けて。

 そしてアンドレーは本当に努力して私を妃にしたいのだろうか。さっき、私とアイラの違いを、胸がどうとか言っていた。もしかしたら、アンドレーは私が怖くて私の言うなりになっていただけなのかも知れない。本当は、どっちでもいいのかも……。

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