5・謎の敵現る
翌朝、私たち、アンドレーとセドリック、私とアイラは、大神官にお目通りを願う為に聖殿に向かった。
待たされている間、客間で、私とアンドレーは希望を見出し、無理にでも笑顔を作って談笑しながら過ごしたが、セドリックとアイラは殆ど無言。たまにセドリックが「アイラ、この砂糖菓子、おいしいよ」なんて言ってアイラが無表情に「ありがとうございます」なんて答えるくらいで。もしもアイラがアンドレーの妃になるならば、アイラの方が義姉で立場は上になる訳なんだけど、どうもアイラはセドリックにどう接するのがいいか、態度を決めかねているみたい。
それにしても、待ち時間がやたら長い。長引くほどに気まずさも高まる。何も気にしていない様子なのはセドリックだけ。ほんの少し前、婚約の入れ替えが言い渡されるまで、幼馴染の四人、二組のカップルは何の心の隔てもなかったのに。
私はそわそわと腰を浮かせた。もう二時間も待たされている。いい加減どうなっているのか尋ねてみようか……そう考えた時に、ようやく扉が開いた。
「お待たせいたしました。皆さまこちらへどうぞ……大神官さまがお会いになられます」
入って来たのはヴェールを目深に被った修道女。なんだかどこかで聞いた声のような気もしたけれど、ヴェールで声がくぐもって良く判らない。
私たちは彼女について並んで歩いた。地下の秘殿に続く階段は客間のすぐ近くだった。聖なる場所だと言うのに、何だかじめじめして薄暗い。地上の光が薄くなるにつれ、修道女の持つランタンの灯りだけが足元の頼りだ。いくら限られた者しか入れない場所でも、日常的に人が行き来している場所にしては、階段に灯りもないなんておかしい気がする。
(シーマ、気をつけて。何か変だよ)
傍に寄って警告の為に話しかけて来たのは、アンドレーではなくセドリックだった。アンドレーもアイラも、薄暗い階段で足を滑らせない事にばかり気を取られているようだ。
私を気遣ってくれたのがアンドレーでなくセドリックだったのは腹立たしかったけれど、私自身不安に囚われ、心の中のどこかで激しく警鐘が鳴らされている気もしていたので、ここは素直に礼を言った。
(いったいどうなっているのかしら。本当にこんな通路の先に大神官さまがおいでに?)
(おかしいよね。でも、聖殿の中で賊とか企みなんてある筈ないし……)
そんな事を囁き合っていると、
「こちらです」
と、修道女は懐から重々しい鍵束を取り出した。がちゃりと鉄の扉の鍵穴が回る。でもその音は軋んでいて、普段から使われているようには聞こえなかった。
私とセドリックは視線を合わせ、少し様子を見ようと思ったけれど、アンドレーとアイラは何の疑いも持っていないようで、示された通りに鉄扉の向こうへ進もうとしている。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てた私の呼びかけに、え? と二人は振り向いたけれど、その瞬間、修道女は二人の背中を突き飛ばし、二人が湿った石床に倒れ込んだ隙に鉄扉に鍵をかけてしまう。
「貴様、何をする?!」
最初に怒号を放ったのは、アンドレーではなくセドリックだった。アンドレーは茫然としながらもアイラを助け起こしているところだ。私も何が起こっているのか判らず、この修道女は偽者なのだろうか、と思うばかりで。
「お怒りにならないで下さいまし、セドリック殿下。全ては貴男様の御為にやったこと……」
今にも剣を抜きそうなセドリックの怒気に身を震わせながらも、修道女は真摯な声で訴えた。
「何が私の為、だ。兄上とアイラによくも狼藉を。いったい何が目的だ!」
普段の軽さはどこへ行ったのかと思う程、セドリックは真剣な表情を浮かべている。声を荒げるところなんて見たことなかったのに。
「あの時、お声をかけて頂いて、あの、優しくして頂いて……わたくしは救われたのです。わたくし、セドリック殿下こそが次代の王に相応しいと……なのに、国王陛下は!!」
修道女のほうも負けずと真剣な声を上げた。
「ああ、セドリックさま、わたくし、あの晩からずっとお慕いしておりました。わたくしは生まれつき魔力が高い為、その道を歩むのがいいだろうと聖殿へ入れられましたが、元は伯爵家の娘なのですわ。わたくしがセドリックさまを王位に就けて差し上げます。だから、わ、わたくしを……」
「セドリック、修道女にまで手を出すなんて最低ね」
熱を帯びた修道女の言葉に私は、セドリックに向けて冷たい視線を送る。
「いや、知らないぞ、僕はそんな覚えはない! いくら僕だって、節度というものが……」
「わたくしを覚えていないと仰るの?!」
修道女はぱっとヴェールを脱いだ。可愛らしい顔立ちの十代後半と思われる金髪の娘。これでどうだとばかりに彼女は勝ち誇った様子だけれど……。
「……いや。本当に、おまえ誰だよ?」
セドリックの返答は嘘や誤魔化しとは思えない響きを帯びた、冷たいものだった……。