4・頑なと不可解と希望
これ以上考えていても仕方がないので、私はアンドレーと一緒に陛下に拝謁を願って、考えていた通りに話をした。
今回の事は私の自己管理が悪かっただけで、二度と同じ過ちは繰り返さない。不調を感じればきちんと休息をとるし、人の手も借りる。どうしても王妃でないと、どうしても聖女でないと、こなせない仕事の量は確かに少ないとは言えないけれど、私はそうでないものまで一人で抱え込もうとしていた。もっと配分を学べばうまく行く筈。それにアンドレーは私以外の誰も……例え姿が同じでも、妃にしたくない、お互いにそう思って十年以上気持ちを添わせて来た事を。もう一度機会を下さい。どうしても兼任が無理だったら、私は誰とも結婚しません、と。
けれども、陛下は「そうだな、シーマ、そなたが頑張ってきたのはよく知っているよ」「アンドレーにもそなたにも幸せになって欲しいと思っている」と、いつもの優しいお顔で頷いてくれるのだけれど、肝心の破棄の取り消しに関しては、「これがそなた達にとって一番良い道」「結婚すれば相手に情は移るもの、まして同じ姿なのだからな。いつか解る日が来る」「想い合っているならば互いの為を考えなさい、シーマが取り返しのつかない事になったら、アンドレーの不幸でもあると忘れてはならぬ」の一点張りで、なんでと叫びたくなるくらい頑なになられてしまう。
アンドレーは私に口添えした上で、どうしてもセドリックに王太子の位を譲るのではいけないか、セドリックは自分とそっくり同じ器を備え教育を受けているのに、と父王に願ったけれど、
「次の王はおまえしかない、アンドレー」
という答えしか返らない。
結局なんの成果もないまま、私とアンドレーは陛下の御前から下がった。
―――
「ほらね、僕の言った通りだろ?」
私が切々と訴えた事は全てもう話していたのだ、と自嘲気味な響きを口調に添えてアンドレーは言う。悔しいけれど、何をどう話しても陛下のお考えは覆せそうにない、という事は認めるしかなかった。
回廊を歩いていると、向こうからセドリックが歩いて来た。
「やあお二人さん。父上のところへ行ってきたのか?」
と相変わらず気さくでかつ気障ったらしい様子。気障ったらしいところは、少し前まではそんなに不愉快ではなかったのに、色んな事が重なり過ぎて、彼の顔を見るだけで――愛しいアンドレーと同じ顔なのに――むかむかした。
アンドレーが必死に私と同じ事を訴えている間、セドリックは自分からは殆ど何も言わなかったらしい。兄から「おまえもそう思うだろう?」と援護を求められれば、「そうですね、僕もそう思いますよ」と答えるが、父王がそれを跳ねのけると、「王命ならば謹んで承ります」という感じで。
「私、絶対あなたと結婚なんかしないわ。アンドレーの妃になれないなら、生涯を神殿に捧げるわ」
「おやまあ、嫌われ方が激しくなったみたいだ。僕、何か気に入らない事をしたかな? あの花束はお気に召さなかった?」
「花束なんてなんでもいいわよ! 私が怒っているのは、あなたが結婚相手に対して不誠実なところよ!」
「王命なんだから仕方ない、って言ったじゃないか。僕の誠実さの問題じゃないよ」
「いや、もう少しアイラの為に努力すべきではなかったか? おまえは何を考えているんだ、セドリック。あんなにアイラに愛を告げていたのに」
と、アンドレーも会話に入って来る。弟相手だと、彼は立派な兄として振る舞える……気弱な所など微塵も見せずに。
「アイラを愛していると言ったのは本当だし、でもこれからはシーマを愛するようになろうと思っている、という答えではいけませんか?」
「アイラを愛しているなら、何故もっと彼女に執着しないんだ。おまえの言動を見ていたら、心配で、とてもシーマを託す気になれない」
兄の言葉に、セドリックの表情に一瞬だけ迷いが浮かんだように――それは彼に不似合いな表情だった――見えた。でもすぐにセドリックはにやっと笑って、
「でも兄上は断れなかった。託す気になれようとなれまいと、シーマは僕の妃になる」
「ならないって言ってるでしょ! アイラが王家に嫁げば政略結婚は充分な筈。あなたには他にもお似合いのひとがたくさんいるんじゃなくって?」
「こういうのはどうかな? 僕らと君らきょうだいはお互いに同じ姿をしてる。だからたまにこっそり閨を入れ替わってもばれないかも?」
私は暫く意味が解らずに彼の顔を見つめていたけれど、ようやく意味が呑みこめた時、王子を平手打ちするのを堪えなければならない程怒りに囚われた。
「は……恥知らずな。なんてことを言うの! あ、あり得ない、いったいひとをなんだと……」
「あはは、冗談だよ。そんな事をしたら、王妃の産んだ子がどっちの子か判らなくなるじゃないか。いくら僕だってそんな事は……」
冗談でも言っていい事と悪い事があるでしょう。なんて下劣な、とても王子の言葉とは思えない……そんな反論をしようとしたけれど、セドリックは最後まで言葉を言い終えなかった。私と同様に激怒したアンドレーがセドリックを殴ったのだ。セドリックは避けようとしなかったようにも見えた。拳が頬に打撃を加えて、彼はよろめいた。
「……痛いな、兄上。乙女じゃあるまいし、何をそんなに怒るんです? 次代の王に対して失礼でしたか? そうですね、僕はただの弟ではなく双子だからと、少々兄上に甘えていたかも知れませんね。王太子殿下にお詫び致しましょう」
「うるさい! いったいおまえはどうなってしまったんだ? 父上もおまえも変だ。だけどおまえなんかに絶対シーマは渡さないぞ! 行こう、シーマ」
アンドレーは男らしく私の手を引っ張った。衣裳部屋の中で私に怯えていた時とは別人みたいに恰好いい。ほんと、なんで私と二人の時だけ弱気になっちゃうのかな。
「僕の未来の妃をどこへ連れて行こうと、王太子殿下のご自由ですけど、闇雲にどこかへ行ったって解決にはなりませんよ」
「とにかくおまえの顔を今は見ていたくないだけだ! それにシーマに近付けたくない!」
嬉しい……けど、でも、セドリックの言う事も事実だ。私たちは王太子と聖女。どちらも自分の自由の為に国を捨てられない。
この時、私たちの背後で、セドリックがぼそっと呟いた。
「大神官」
「え?」
「父上の気持ちを変えられる……或いは父上の心を読めるのは、大神官しかないと思う。聖女は大神官と深く関わる存在だし、その大神官は、若い頃父上の親友だったという」
私とアンドレーは顔を見合わせた。
大神官は、勿論この国の守護聖殿のトップで、国王陛下と言えども敬意を払わねばならない存在だ。でも、今の大神官は、私たちが物心つかない内に、ただ祈りと修行に身を委ねると言い残して守護聖殿地下の秘殿に籠ったまま、ごく限られた側近としか接さず、実務は全て次席に任せていらっしゃる。私たち四人の名付け親なのに、私たちは大神官の顔を覚えていない。普通は聖女が代替わりする時の儀式は大神官が取り仕切るのに、あの時も姿をお見せでなかった。考えてみればとても不自然だ。
「そ、そうよ、それだわ、アンドレー! 大神官に面会を願いましょう」
「そうだな、シーマ」
するとセドリックは、さっき殴られた時に口の中を切ったらしく、唇の端に滲んだ血を手の甲で拭いながら、
「僕とアイラも同行させてください。僕が思いついたんだから、いいでしょう?」
と言った。
本当に、何を考えているのだろう?