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1・聖女だから婚約破棄だなんてあんまりです!

「シーマ・カトラン公爵令嬢。きみとアンドレー王太子殿下の婚約は破棄される事に……」


 紡がれた言葉は、最後まで終える事が出来なかった。投げつけた羽根枕がその人の顔面にヒットしたからだ。


「……シーマ。いくら幼馴染だからって、これはあんまりじゃないかい? この伝言と共に、僕はきみに求婚しに来たというのに」


 こほっと咳をして埃を払う仕草をし、それでも青年は怒りもせず穏やかな口調で枕を拾った。


「いいえ、これは夢です。現実ではないのです。だから王子さまに枕を投げつけたって罪にはならないのです」

「現実逃避したってしかたがないよ。別に罪に問う気はないけどね……」

「これは夢です! 去れ、夢の悪魔!」


 私はもうひとつの枕を投げた。これは流石に彼も避けて、枕は扉の傍の壁に音もなく当たって落ちた。それを機に、扉の外で様子を窺っていたらしい母がそっと扉の隙間から、


「セドリックさま! あの子は錯乱しているのです! どうかお許しを!」


 と縋るような声で言った。彼は苦笑して、


「私と彼女の間柄ですし、私的な場ですから何も問題にはしませんよ、心配しないで下さい、公爵夫人」


 そう言って母を安心させてくれた。ぷいっと窓の方を向いて寝台に横になったまま、私はそちらを見ないようにしているけれど、柔和な笑顔は見なくても細かな所まで瞼に映る。でも、この映像は彼であって彼じゃない。長じてもそっくりな双子……。だけど私が愛しているのは、弟のセドリック王子ではなく、兄のアンドレーなのだ。そして、私に求婚しに来たなんて言っているセドリックが愛しているのも、私ではなく私の双子の妹アイラなのだ。


「王命には逆らえないよ。僕ときみは良く気心も知れ合った仲じゃないか。じたばたせずに受け入れなよ。僕が兄上の代わりにきみを幸せにしてあげる」


 容姿はそっくりだけど、女性に対して生真面目で一途な兄と違い、セドリックは女性好きで扱い方も上手だ。しょっちゅう誰かとの噂が流れ、その度にアイラを泣かせ、その度にアイラに『僕にはきみだけだよ』と囁きかけて仲直り。アイラは元々盲目的に婚約者のセドリックを愛しているのだから、ちょっと甘やかに優しくされればすぐに疑いを忘れてしまう。きっと今頃アイラも今回の件で酷く傷ついているだろう。なのに、私を幸せにしてあげる、ですって? その言葉に、今の状況は別にセドリックの所為ではないのに、私は怒りの全てを目の前の彼にぶつけてしまう。


「あなたはアイラを愛しているのでしょう!」

「うん、そうだね」

「だったら、どうして婚約を破棄して私に求婚なんか出来るのよ?!」

「だって父上の命令だからしかたないよ。元々政略結婚なんだよ? たまたま僕らはそれぞれ、お互いに運命の相手だと思い込んだだけだ。でも運命が僕らを引き裂くならば、それを受け入れるしかないよ」

「なんでそんなに冷静なの? それに、どうしてアンドレーは来てくれないの?」


 婚約破棄を弟に伝言で頼むなんて。まあ私は彼が来る前に既にこういう事態になっている事を聞かされていたし、後から正式な書状が来るとも知っていたけれど、それにしたって、何故彼は自分で私の所へ来てくれないの?

 許されない行いをしたと誤解された令嬢が王太子から婚約破棄される場面は、娘たちの間で密かに流行していた恋愛小説で幾度も目にしたものだけれど、まさか自分の身に同じような事が降りかかって来るとは予想もしていなかった。でも、どの王太子も、ちゃんと自分の口で相手に婚約破棄を言い渡しているものだ。


「兄上は深く沈み込んでおられる。きみに会わせる顔がないと。きみが倒れるまで気づかなかった自分が全て悪いのだと」

「アンドレーのせいじゃないわ! 私がちゃんと自己管理出来ていなかったから!」

「まあ、きみは凄く頑張っていたよね。別に誰が悪い訳でもないと思うよ」

「だったら……なんでこんな事に……」

「なんなら、自分で父上に抗議してみるかい? きみが倒れてる間に決まっちゃった事だから、覆すのは難しいと思うけどねえ」


 けれど、その提案に私は一縷の望みを持った。そうよ、怒って寝込んでいたってなんにもならない。


「言うわ、私。その権利くらいはあると思うの。だってこれからずっと、国の為に働くのですもの」


 そう言って大きく息を吸い込んだ。予行演習だ。


「聖女だから婚約破棄だなんてあんまりです!」


―――


 この騒ぎの原因になったのは、約半年前に、突然私に聖女の力が宿った事だ。

 現聖女が、祈りの力で国を護るという任務の終わりのときになると、その力は次の聖女に宿る。そうやって数百年、この国は続いて来た。聖女は皆に敬われる名誉な職務であり、かと言って修道女のように神殿で暮らさなくてはならないなんて決まりもない。だから、娘たちは皆聖女になりたいと望む。

 でも、私は聖女になりたいなんて思ってもいなかった。他に重大な職務があったからだ。

  

 私、カトラン公爵家の長女シーマは、幼い頃に王太子アンドレーと婚約を結んだ。

 私もアンドレーもそれぞれ、双子として生まれた。そして、アンドレーの弟セドリックと私の妹アイラの婚約も同時に結ばれた。我が宰相家と王家の二つの結びつきは、今後の国の一層の繁栄に繋がるだろうと皆が祝福していた。

 私とアンドレー、アイラとセドリックは、四人一緒に幼馴染として育ったけれど、成長するにつれて互いの相手を深く愛するようになった。

 そして……盛大な予定の同時挙式が翌年に迫り、アンドレーの妃になる日を待ち焦がれていた私に、突然聖女の力が宿った。

 聖女は国の守護者、祈りの力で国を包む結界を生み、それによって悪しきものを国から遠ざけ、国をより豊かに平和にする。将来の王妃が聖女……こんな目出度きことは歴史始まって以来だと、最初はみんながとても喜んだ。私も嬉しかった。私にしかない力で、アンドレーを助けてあげられる。王妃として、聖女として、二重に国の為に、彼の為に働ける!

 私は喜んで、寝る間を惜しんで祈った。昼間は王妃教育で忙しいし、アンドレーにも会いたい。だから夜に聖殿に行ったりして。

 だけどあの日、風邪気味で休息をとるよう医師に言われていたのに、いつも通りに頑張ったのがいけなかった。祈りの最中に私は気を失い、過労で身体が弱っていると診断された。

 その結果――。


「王妃と聖女、二つの役割を同じ女性に担わせるのは危険だ。もし同時に両方を失う事になっては取り返しがつかぬ!」


 私が寝込んでいる間に、国王陛下はそう言い出したという。

 私は聖女として替えがきかない。でも、王妃には他の女性でもなれる……そう、うってつけの相手がいる。同じ血を引き同じ顔で私と同等の教育を受けた私の双子の妹。アイラ。

 

「王弟妃ならば王妃ほどの負担はあるまい。シーマはセドリックに、アイラはアンドレーに。どうせどちらも同じ血筋の同じ顔。結婚相手が入れ替わっても大して問題はなかろう? シーマには、王妃になれぬ代わりに聖女として存分に名誉と敬意が捧げられるのであるし、アイラには王妃の座が得られる」


 陛下は名案とばかりに仰って、息子たちの抗議も全く受け入れなかったそう。アンドレーは、それ位なら王太子の座をセドリックに譲るとまで言ったそうなのに! 双子のふたりは、私たちと同じく、同等の器量を持ち、同等の教育を受けて来たのだ。

 いくら双子でも、私たちはそれぞれ違う人間だ。同じ血を持つ同じ姿の者がいて良かった、結婚相手を入れ替えよう! って言われたって、物の配置を入れ替えるみたいにすんなり受け入れられません。国の為にどうしても必要、というならともかく、私はただ張り切り過ぎただけ。これからは慎重にスケジュールを考えれば、きっとうまくやれる筈、という自信がある。


―――


 私の意気込みに、セドリックは肩をすくめた。


「きみは昔から頑固だからねえ。じゃあ、一旦求婚は取り下げて、これは単なる見舞いとしようか」


 と言って、大きな薔薇の花束を私にくれた。

 彼は昔から、本心を窺わせない所がある。どこまで本気なのか、よく判らなかった。

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