第二章 使えなくなったものは仕方が無いのにゃ
「ハッ!首ちょんぱってそれはないだろう!ってあれ?…なんだ夢か」
ふう、夢オチで良かったぜ。ところでここはどこなのでせう?
目を開けたそこは真っ白な空間。ああ、これ知ってるわ、女神の登場シーンだな。
「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない…にゃ」
にゃ?
どこからともなく声が聞こえてくる。そしてうっすらと彫像のような美女が現れだす。
つっかこれリアル彫像じゃね?目に瞳孔が入ってないっすよ?
「そなたにもう一度チャンスを与える…にゃ」
にゃ?
「今一度下界に赴き、今度こそ世界を救ってくるの…にゃ」
オレはそっと彫像の背後に回る。そこには…いつぞやの黒猫が。
「どうしたにゃ、なんとか言うのにゃ」
「もう隠すのはやめたのか?にゃんって言葉」
「にゃにゃ!あちきはにゃんだなんて言ってないにゃ!」
「今言ったろ?」
「にゃにゃ!これは誘導尋問にゃ!あちきは無罪を主張するにゃ!」
オレはひょいと黒猫をつまみ上げ、顔を向けさす。
「にゃ!いつの間に回りこんだにゃ!女神の正体を暴くとはばちがあたるにゃぞ!」
「女神の正体、アホ猫かよ?」
「誰がアホ猫にゃ!あちきは由緒正しい女神様なのにゃ!」
こいつはフェン介を釣れて来たあの猫に決定だな。
「お前、ずっと何処行ってたんだ。あれから大変だったんだぞ。まあ人間にしてくれたのは感謝するが。もしかしてあれか?フェン介を釣れて来たのもなんか意味があるのか?」
「にゃ?あのワンコロはあちきの縄張りを荒らしてたにゃ!天罰にゃ!」
お前ほんとに女神?どっからどう見てももう猫じゃね。
「それが大変なことになったにゃ」
「ふむ」
「ダーリンを哀れんで伴侶になってやろうとして同族に転生したはいいがにゃ」
「…ふむ、続きを聞こう」
「にゃんと!女神の力がほとんど使えなくなったにゃ。これではヒロインが召喚できないのにゃ」
「ほう、どこがどうなってそうなったのかは分からないが、続きを聞こう」
アホ猫はオレの体をじろじろ見ながら話を続ける。
「だからダーリンにヒロインになってもらって世界を救ってもらおうと!」
「このおっぱいはお前のせいか!」
なんか重いなあと思ったんですよ。胸が。そして、なんかスースーすると思ったんですよ。股が。
どうやらこのアホ猫、一旦オレを蘇生させた後、今度は人間『メス』に変身させたようだ。
「あちきは予見したにゃ、数年後に世界が滅びる様を。また、それに対抗する手段を。それには…異世界からの勇者の召喚、それしかなかったにゃ」
それがオレなのか?
「んにゃ、ダーリンはえさにゃ。本命はダーリンの妹だったのにゃ」
「ええっ!」
アホ猫の言うことには、オレの妹は魔法の才能があり、尚且つこのアホ猫と波長があう存在だったらしい。
「で、その妹、どうやら兄に劣情を抱いてた模様。しかして!血のつながりに悩んでいたにゃ!」
な、なんだってぇ!そんなそぶりは微塵も…あったかも?
「そ・こ・で、その兄を異世界に転生させて血のつながりをなくし、結ばせる代わりに世界を救ってもらおうと!」
「まてまてまて、あれ?オレ、パソコンの前で眠ってんだよな?ゲームクリアしたら元に戻れんじゃねえの?」
「なんでそう思ったにゃ?ダーリンは元の世界で―――エロゲーのし過ぎで死んだことになってるにゃ」
えええ!オレ死んだの?えっ、マジで!?
「せめてもの慈悲で好きな人物に転生させてあげようとしたんにゃが…まさか猫を選択するとは思わなかったにゃ」
うん、整理しよう。うちの妹の協力を仰ぐために、オレをまずこっちの世界に転生させたと。
で、妹がこっちに来て、転生後のオレと協力して世界を救うと。
そのシュミレーションがあのゲームだった訳で。
このアホ猫の目論見だと、オレが王子とかの攻略対象の誰かに転生し、光臨して来たヒロイン(妹)と協力し世界を救い結ばれてハッピーエンドと。
「ところがどっこい、血のつながりどころか、種族のつながりも絶たれたにゃ」
「なあ、それって、オレがゲームしなかったらどうなってたんだ?」
「にゃ?あのゲームは神の理にゃ。回避不能にゃ」
つーことはあれか?もしかしてオレはこいつに…
「大事の前の小事にゃ。ぎにゃー!頭がつぶれるにゃあ!アイアンクローはやめるのにゃあ!」
「ん?何だって。よく聞こえなかったな。もう一回言ってくれないかな?」
「あががが、あちきはそんなぼっちになりそうなダーリンにちゃんと伴侶を用意してやった優しい女神にゃ」
なんでオレがボッチ確定なんだよ?
「だってあれにゃ。人の意識が猫に入ってるにゃ。猫として在ることも、人として在ることもできないにゃ。どちらとも結ばれることはないにゃ」
「まあ確かに」
「それでこの愛の女神!あまりにも憐れんでこの身を差し出すことに!ぎにゃー!頭がつぶれるにゃあ!」
神様ってほんと自己中心的なあれだな。
「だがここで大問題が!にゃんと!ウィッチキャットでは女神の力が思うように使えないにゃ」
神様ってバカなんだろうか?
「ちょくちょく人間に転生してうはうはしてる神様を真似たつもりだったのにゃが…まあ、人間ってあちきらを模した動物にゃしにゃ。けっこうキャパはあったようにゃ」
ああ、こいつがバカなだけか。
「ちょっとまて、つーことはあれか、オレの妹、トラックに轢かれて死ぬの?」
たしか転生する理由がそうだったはず。それなら転生できない今の状況はかなりまずい。
「ああ、あちきがこうなってしまったので神の理が発動でき・ぎにゃー!頭がつぶれるにゃあ!」
まあ、こいつがバカなおかげで妹はトラックに轢かれることはないと。
「ちなみに女神の力はもう取り戻せないのか?」
「肉体が死滅し、魂だけに戻れば?」
そうか、確か大事の前の小事だったか?
「にゃにゃ!その手はにゃんにゃ!」
「いやほら、オレが女神に戻してやろうかと」
「嫌なのニャー!死ぬのはイヤなのにゃー!」
こいつ…
「反省してるにゃ!もう2度としませんのにゃ!肉体をもって初めて命の尊さを学んだにゃ!これからは誠心誠意、真心を込めてダーリンに奉仕しますにゃ!」
まあ、やんないけどな。妹がトラックに撥ねられても困る。
◇◆◇◆◇◆◇◆
しかしてまたも例の裏路地。
「なんでお前はまたやるの!?」
「仕方ないのにゃ!召喚魔法は神聖魔法唯一の攻撃魔法にゃ!」
「召喚魔法は攻撃魔法じゃねええ!」
オレ達はまたもやワイバーンに追いかけれられていた。
あの後、オレ達は街の一角へ舞い戻った。
そして裏路地を歩いているとガラの悪い連中に絡まれた。
「お嬢ちゃん、かわいい顔してストリーキングかい?」
「誘ってんのかよ。いいぜ俺達といいことしようぜぇ」
「頭おかしいんじゃないか?まあやることと頭はかんけえねえか。へへへ」
股間をおったてた連中が近づいてくる。
ああ、そういやオレ、全裸だった。そして今は女。自分じゃ見れないけど結構かわいい顔をしているのだろうか?
服?そんなのある訳ないじゃん。
「さっそくダーリンの逆ハーの第一歩にゃ。よろしくこましてくるにゃ」
「あほぬかせ、誰か男にヤラレナキャなんないんだ。まっぴらごめんだぞ」
「仕方ないにゃ、じゃあ召喚魔法で追っ払うにゃ」
「えっ、やめっ」
なんでも、このままでは世界を救えないとか。まあ、オレじゃあ神聖魔法しか使えないしな。
ちなみになぜ神聖魔法しか使えないかと言うと、実はオレもウィッチキャットの種族だったらしい。
ウィッチキャットはモンスターでなく、猫の突然変異だとか。メスは豊富な魔力、高い知能を備えてるらしい。
オスは…まったく魔力がない。生物に多少なりとも持っている魔力がまったくないらしい。その代わり、寿命が長いとか。
神聖魔法はアホ猫の加護だからなんとか使えるとのこと。その他は絶望的だ。
今のオレは人間『メス』に化けているが、本体は猫のまま。このヒロイン(猫)は神聖魔法がちょろっと使える役立たずに近い。
そしてこのアホ猫もほぼ神聖魔法しか使えないと来た。こいつの事情はあれだ、単に神聖魔法に能力を極振りしたらしい。まあ、そのおかげで蘇生魔法まで使えるようで、オレの命も助かったのだが。
そこで世界を救う方法だが、本来ならヒロイン(妹)と攻略対象の誰か1人でも居ればなんとかなる状況なのだが、ヒロイン(妹)の代わりがヒロイン(猫)ではその難易度が段違いとか。そりゃそうだわ。
そこでヒロイン(猫)が攻略対象全員をこまして、全員であたればいいという話になった。
え、オレ?いやオレは了承してないよ。あたりまえじゃないか。何がかなしゅーて男を落とさにゃならんのだ。
だがこのアホ猫、元に戻してくれないんだわ。
「おっと行かせるかよ!」
「にゃ!」
また狭い穴に飛び込もうとしたアホ猫の襟首を引っつかむ。
「てめー1人だけ逃げようとスンナ!真心を込めて奉仕すんじゃなかったのか?」
「で、出来心にゃ。決して1人で逃げようなどと思ってないにゃ!」
出来心って言ったなお前。逃げようとした気まんまんじゃねえか。
ん?向こうの方に人影が!あのお方たちに助けを!
えっ、ガラの悪い連中はどうしたかって?とっくに逃げ出したよ!あのワイバーンなぜオレばっかり狙うんだろうか?
「そう、あなたはここでジョフィに出会ったのですね」
「はい、裸でワイバーンに追いかけられていて、ほんとびっくりしましたよ。ほら、ちょうどあのように…えっ!」
なんか聞いたことあるような声が。
「た、助けてください!ワイバーンが襲って来たのです!」
「な、なんだって!よし、任せろ」
そこに居たのは二人組みの女の子だった。
その内の1人がこっちへ向かってくる。あれは…ネイリスさん!?
ネイリスさんはオレの横を駆け抜けワイバーンに向かって行く。が、ワイバーンは大きく迂回しやはりオレをロックオン。
『フレイムランス!』
もう1人の女の子から炎の槍が射出される。あれはティア嬢か?
それでも、ワイバーンは魔法に当たりながらオレに突っ込んでくる。
「ダーリンは愛されてるにゃ」
「そんな愛はいらねー!」
とうとう追いつかれ弾き飛ばされるオレ。
「ぐぇ!」
壁に当たり倒れたとこに足で踏みつけられる。目の前には今にも啄ばもうとした嘴が!
「もう無力に苛まれる訳にはいかない!」
そんなワイバーンにネイリスさんが叫びながら体当たりをする。
ぐらりとよろけるワイバーン。
『エアーブレス!』
そこにすかさず、ティア嬢が風のブレスを見舞う。
少し浮いた足からほうほうの体ではいずり出るオレ。
ワイバーンは大きく羽ばたきながら口をあける。またブレスかよ!あれ、こっち直撃コースじゃね?
ネイリスさんとティア嬢はワイバーンの羽ばたきの風圧で身動きができない模様。
「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない…にゃ」
「まだ死んでねーだろ!」
オレは思わず、隣に居た黒猫を引っつかみワイバーンに投げてしまう。
その猫はワイバーンの下あごにぶつかり…ワイバーンがブレスをその嘴で挟む。
と、爆発が起こった。
爆風が収まった後には―――すでにワイバーンは居なかった。あいつは召喚終了まじかになるとブレスを吐く癖でもあるのだろうか。
「ひどいにゃあ!女神を投げ飛ばすとはなんとバチあたりなのにゃあぁ!」
「いや、悪かった。思わず」
そこには真っ黒にすすけた黒猫が。りっぱなお毛けがパンチパーマに。
「ほ、ほら」『ヒール』『ヒール』
オレはそんな黒猫に回復魔法を掛ける。ついでに自分にもヒールを掛ける。
「神聖魔法…!?」
「まさか…ジョフィなの…か!?」
振り返るとそんなオレを驚愕の表情で見つめてくる二人の少女が。
「…ジョフィは兄ですが何か?」
オレは思わずそう言ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そ、そうですか、兄はダンジョンで行方不明に…」
「申し訳ない、私の力が至らぬばかりに」
「あ!いや大丈夫ですよ!猫又には九つの命があるらしいですから!」
しかしてそこは、ティア嬢の屋敷の一角、大浴場であった。
血だらけ煤だらけになっているオレを風呂に案内してくれたのだ。
だが、問題が…
「それでは、ジョフィはまだ生きていますと!?」
「はい、たぶん大丈夫かと」
「そ、そうか…良かったぁ…」
ネイリスさんとティア嬢も一緒に入って来た。眼福であります。
「しかし、それならなぜ、ジョフィはわたくし達の元に返って来ないのでしょうか?」
帰って来てますよ、ほら目の前に。と言う訳にもいかず。
「あー、復活には多少の時間がー、必要なのではなかろうかとー」
「ど、どれくらいだろうか…まさか数年とか…」
ネイリスさんが泣きそうな顔でそう言ってくる。どれくらいにしとこうかぁ。そうだ!
「もしかしたら、あの迷宮に囚われているのかも知れません。迷宮の瘴気がなくなればきっと!」
うん、あそこ攻略したらゲームクリアだし。あのアホ猫も戻してくれるだろ。
なんでも、今回の異常事態、瘴気が複数のダンジョンに渡って発生するはずが、すべてあのダンジョンに集中してしまったとのこと。
その為、あの悪魔族のお姉さんのような知的生物まで発生してしまったとか。
それもこれも、イベント前にオレが穴を塞いでしまったせいらしい。
本来ならあそこから放出され大元の瘴気が薄まるはずが、塞がれたことにより、濃くなった瘴気が元で知的生物が誕生したようなのだ。
その知的生物が、分散させるより集中して戦力の強化を測るという方針を打ち出したとのこと。
「そ、そうか…あのダンジョンをか…今日から訓練を倍にしてもらわねばな」
なんかネイリスさんが不穏なセリフを。
「あ、ほらちょっと!まだ全然洗えてないでしょ!」
湯船に入ろうとしたオレをティア嬢が抑えてくる。
「もう、仕方ありませんわね」
そう言ってオレの体を洗ってくれる。うぉっ、やあらかい。そんなに近くによると丸見えに!
「私も手伝おう!」
ネイリスさんも近寄って来ます。とても大きいです。はい。
オレは暫く二人にごしごしされた。天国はここにあった。もう男なんて要らない!
「ダーリン、あちきも洗ってにゃ」
「お前、猫の癖に風呂平気なのな?」
「あちきは女神にゃ!当然にゃ!」
アホ猫は風呂桶につかって気持ち良さそうにしている。
「あなた、猫に話しかけてますけど…もしかして猫の言葉が?」
「あ…もしかして隠しといた方が良かった?」
「どうでしょう、神徒ならそれくらいは?しかし羨ましいですわね。わたくしもジョセフィーヌの言葉が聴ければ良かったのに」
ティア嬢がオレの胸を見ながらそう言ってくる。羨ましいのはそれだけでしょうか?うん、オレも結構あるな。
「あ、そうだ、えーと、そう言えばまだ名前を聞いていなかったな」
「あー、ふぃー…フィーネ?」
「フィーネか!じゃあフィーネ、風呂から上がったらジョフィのことを色々聞かしてもらっても良いだろうか」
「あら、わたくしも聞きたいわね」
どうせならお風呂の中でもいいのですよ?裸のお付き合いはばっちこいです。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おっ、ジョフィじゃねえか。なんだ無事だったのか心配させやがって」
「あら何を言っておいでなのでしょうか、このワンコロ」
「なんかまた姿がかわ・げぼぅお!」
「おや、急に意識を失ってしまったようですわ。どこか悪いのでしょうかこのワンコロ」
風呂から出てフェン介に会ったとたん正体がバレた。さすがモンスター本質を見抜くのが上手い。
「ネイリス様、ティア様、少々この殿方を介抱して来ますわ」
そう言ってフェン介を引きずって裏庭に行く。
「おい、起きろってワンコロ」
ペシペシとフェン介の頬を叩く。
「俺は犬じゃねえ、つって、いきなり何すんだよぉ!」
「見て分からねーのか、今のオレはジョフィではない。ジョフィの妹フィーネだ!」
「なんだそりゃ」
オレはフェン介に事情を話す。
「はぁ?正体を隠してんのか?やめてやれよ、どんだけお嬢様が悲しんでたか知らねーのかよ?」
ん?そういや別に正体を隠す必要はなかったか?いやまて、
「それがそうもいかなくなった」
「ふむ」
裏路地で出会った頃まではいい、いいのだ…その後、裸のお付き合いをしてしまった…もしオレがジョフィだとバレたら…ブルブルブル。
やべえこれ、公爵家のお嬢様の入浴を覗いたことになるんじゃね?今度は断頭台で首ちょんぱだ。
「まあとにかく、あそこのダンジョンの瘴気を押さえるまでは秘密ということで」
「しゃあねえなあ、でもあれ、なんとかなるのか?」
なんとかなると祈っておこう。
「おう、それよりあれだ、俺達をこんな姿にしたあの猫は?もしかして元に戻すとか言いださねえだろうな」
アホ猫はティア嬢の腕の中でぐっすり眠って居た。なんでも、「にゃ!この小娘は魔性の女にゃ!この胸に抱かれると…むにゃむにゃ」と言ってた。
「まあ、その辺りは大丈夫だろ。協力してくれんだろ?」
「おお、当然だ。お嬢様の笑顔も取り戻さねえとな!」
力強くそう言ってくれる。頼りに成る奴だ。これでバカじゃなければ最高なのだが。