第六章 進め!ネイリスさん
「まもなく期末試験が始まろうとしている」
「ふむ」
「期末試験では実技の科目も採点される」
「ふむふむ」
「実技の試験はダンジョン探索だ。そしてグループ採点となっている」
「ふむふむふむ」
「グループ人数は6名、私、ビッツ、リン、ティアと4名は決まっている」
説明が長いぞ王子。ちなみにビッツは魔術の天才君、リンは剣の天才君の名前だ。
「ジョフィ、君の主人のネイリスを誘ってくれないかな」
「ああ、そりゃこっちからお願いしたいほどだ」
「ミンとシアじゃなくていいので?」
剣の天才君がそう王子に問いかける。
「ミンとシアって誰?」
「ああ、俺達と同じように王子の護衛を兼ねた生徒だよ。双子の兄弟なんだ」
ああ、そういやモブにそんなのいたか。
「彼女にはそれだけの価値があると思っている」
ほう、この王子、人を見る目はあるな!
「最後の1人だが…クルーカを誘おうと思う」
…そいつはまずいな。この試験、実は特定のグループに全滅フラグがある。そのグループのリーダーがクルーカ―――最後の攻略キャラだ。
厳密に言えばクルーカ1人は助かるので全滅ではないが…最深部のボス戦でパーティが全滅しかかっているとこにヒロイン光臨、クルーカに回復魔法を掛け、二人で乗り切るというスタートだ。
このクルーカ、俺達より5つ年上で、現役の剣帝、騎士になるべくこの学院に通いだしたとのこと。最初から強い、お助けキャラなのだ。
ちなみに、そこで助けられたクルーカは、ヒロインにぞっこんになり、そのヒロインに騎士の誓いを立てるのだった。
「ちょっとちょっと、そこの剣帝さん、オレ達従者は試験中どうするの?」
オレは王子の護衛の剣帝にそう聞いてみた。
「私は王子の護衛ですからな。一緒については行きますぞ。ただし、命の危険がない限り手は出しませんがな」
剣帝さんの言うことには基本、各パーティに試験官として大人がついて行くことになってるとのこと。従者ももちろん、護衛を雇って行くのも有りらしい。ただし、従者・護衛が手を出せばそこで失格になる。
そうすると、先回りして…ボス倒せねーよな。フェン介連れてくか?パーティに王子の護衛いるし、ネイリスさんの護衛は大丈夫だろ。
それか、試験が始まる前に瘴気の発生する穴を塞ぐか…この世界の崩壊原因、瘴気の大発生だ。
瘴気とは、生きとし生けるもの全てに敵対する存在を生み出す力の源、そう、モンスターの発生源となるものなのだ。
この世界は6柱の神様が作り出したことになっている。
で、神様にも色々あって、ヒロインを転生させる神様は最も人間を愛する神様。
その逆に、そもそも世界を―――穢れたこの世界を作り出すこと自体に反対していた神様もいる。
そんな、人間は穢れジャーって神様が、瘴気という設定を作り出したようなのだ。
で、この神様、こそこそと他の神様に知られないように瘴気を溜め込んでいたらしい。
それがとうとう許容量を突破してあちこちから漏れ出すようになり、モンスターの大発生が起こると。
そしてそれは、今度潜る初心者用のダンジョンの最深部、ボスの間にも起こり、強力なモンスターがボスとして登場するということになっている。
オレがそんな設定を思い出しながらネイリスさんを捜していると、
「ジョフィ、ここに居たのか捜したぞ」
逆にネイリスさんから呼び止められた。
「実はだな、ティア様より今度のグループ試験、一緒に組まないかと話があってな」
嬉しそうにそう言って来る。ふむ、先にティア嬢から話がいっていたか。
「そこでだな、試験前にダンジョンの下見に行こうと思うのだが」
「え、それって有りなの?」
「有りも何も、行ったことないのは私くらいのようなのだ。帝都の学院では、中学部で誰もが一度は攻略を成し遂げているらしい」
なるほど。中学生でも攻略できるような低難易度なのか。それであのボスじゃぁ、油断してても仕方ないか。
「いいですね、フェン介とセバスチャンは?」
「今回の話、私はティア様の期待に答えたい。それぐらい私1人でもなんとかせねば足手まといはごめんだからな」
「ふむ、ということは」
「中学生でも攻略できる場所なのだ。基本私が1人で攻略を目指してみる。もし駄目そうなら手を貸してくれ」
せめてどっちかは連れて行った方がいいな。こっそり話をしてみるか。フェン介ならネイリスさんに気づかれず尾行も可能かな?あいつなにげにハイスペックだしな。
「よし、それでは行こうか」
「は?」
「今から行ってちゃちゃっと終わらせて来よう」
「いやいやいや、準備は?装備は?」
大丈夫なのかこのネイリス嬢、もしかして、ダンジョン初めてとか…
「ん?初めてに決まっておろう、田舎にダンジョンなどなかったからな!」
いやー胸張って言われても。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「だから、ダンジョンにはモンスターがうようよとですね」
「なーに、モンスター戦なら田舎でいやと言うほど経験しているぞ。なんせ一代限りの騎士爵家、配属先は最前線だ!」
「それにマッピングとか探索とか」
「それなら問題ない、すでにマップは買って来ている!」
無駄に用意周到だな。せめてフェン介はいないか?あいつ肝心なときにいねえな。
まあ、初心者用のダンジョンなら30分もかからないか?いやしかし、ゲームの中でそうだといって、現実でもそうだとは限らないような気も?
「ちょっとマップ見せてもらっても?」
「いいぞ」
オレはネイリスさんが持っているマップを見せてもらった。見た限り、2階層仕様のゲームと同じマップみたいだ。
まあ、瘴気が沸くのはもう少し先だろうし、ネイリスさんの実力なら問題はないか?
ついでに瘴気が沸きそうな穴が無いか確認できるしな。
なお、瘴気の穴は異次元ホールのようになっている。
ん、あれって中に入れそうだな?入るとどうなるんだろな?そんなイベントはなかったが…まあ、瘴気が充満した穴に入り込んで無事に済むとは思えないが。
そうして向かったダンジョン、
「ほう、なかなかやるな!だが、私の敵ではない!」
そう言って3匹ほどのコボルトの群れに突っ込むネイリス嬢。脳筋だなあ。
あっと言う間にコボルトを殲滅してしまう。
「ジョフィ、少々怪我を負ってしまった。回復を頼めるか?」
まずいなあ。最近の家庭内修行、オレが回復魔法が使えることもあり、少々ガチでやり合ってもらってた。オレの回復魔法の練習も兼ねてね。
ただ、回復魔法があるってんで、結構向こう見ずな戦略が増えてて、多少なりとも不安に思っていたのだが…
「お嬢様、あまり無戦略で突っ込むのはどうかと。実践ではオレがいつも居るとは限らないですよ?」
「おお、そうだったな。すまない、ついついいつもの調子でやってしまった。その調子でなにかまずそうなことがあればどんどん言ってくれ」
「了解」
しかし、やはりゲームと現実じゃ違ったようだ。マップは同じでもスケールが違っていた。すでに30分は経っているが、未だ一階層の半分くらいの位置だ。
ただまあ、モンスター戦は問題なさそうだ。ここまでの敵はほぼ瞬殺できていた。
しかし、これなら余裕だな、と、思えていたのも2階層を降りるとこまでだった。
「くっ、なんだ剣がすり抜ける!」
「そいつは魔法でないと倒せない奴だな」
「そうか『ライトアロー!』って効いてない?」
「うゎっ、後ろからも来た」
ここは初心者向けのマップ。ゲームでもチュートリアルを兼ねたステージ、すなわち、一通りの攻撃方法・防御方法を試しながら進めるステージなのだ。
しかして、一通りの攻撃方法・防御方法ができなければ満足に進めなかったりもする。
ほら、ゲームのチュートリアルで『魔法を使って敵をたおせ!』ってあるのに、その魔法を持ってなかったりとカー。行き詰るよね?
そしてオレ達には、回復魔法と剣攻撃ぐらいしかない。
物理攻撃しか効かない敵、魔法攻撃しか効かない敵、バックアタックやら特殊攻撃やら…一体一体は弱くてもこうも連携されると手に負えない。
それに、ゲームの中ではしびれ攻撃とかメッセージが出て、それに対応する行動をとればいいが…
「くっ、なんだこれは体が…」
現実だと何が起こったか分からない。
「一旦退却を!」
「そ、そうだな」
うむう、回復魔法しか使えない僧侶と、ほぼ剣のみの脳筋じゃ、これは厳しいな。
主人公はそら主人公らしくすべてが一通り使えるからな。
後で聞いた話だが、1人でダンジョンに入ること自体、自殺行為だったようだ。たとえそれが初心者ダンジョンであってもな。
中学部でのダンジョン攻略でも、きちんとバランスの取れたグループに教師が指導しながらだったとのことだ。
「これじゃあ、ボスの間に辿り着くどころじゃないな。それどころか帰るのさえ怪しいぞ」
「そうだな…」
なんとか安全地帯に逃げ込み一息つくオレ。
「何をしている、早く上の階層へ行かないのか?」
「ああ、ここは敵が寄って来ないから」
「は?」
ダンジョンの一部には安全地帯がある。女神の涙と言われる青い鉱石が埋め込まれた場所だ。
「そ、そんなものがあるのか?」
ゲーム中ではここでじっとして回復を待つのがセオリー。まあオレは、ガチャ無料で回し回って、回復薬ほぼ無限使用とかしてたから用がなかったが。
「…私は無力だな、何も知らない。ティア様の誘い…断った方がいいのかもしれないな」
ネイリスさんが落ち込んだ表情でそう呟く。
「…さてと、それじゃあ落ち着いたら反撃といきましょうか」
「え、もう帰るのではないのか?」
「何で帰る必要があるのですか?お嬢様、あなたは自分で思っているよりもっと、色んなことができるはずですよ」
オレはそんなネイリスさんにそう答えるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
オレはネイリスさんの努力の糧を知っている。誰よりも努力家で、オレなんかが居なくても、最後は公爵家のお嬢様ですら抜かしてしまう勉強家なのを。
それを、誰よりも身近で、誰よりも深く。
「おっと、位置はそこでストップ。ここからあいつの核を狙って、あそこの赤い部分」
「わ、分かった」『ライトアロー!』
ネイリスさんから放たれた魔法がモンスターに突き刺さる。と、モンスターはそのまま煙となって霧散した。
「や、やったのか?」
「すぐ敵が集まる。バックアタックがあったら、まず後ろは気にせず前の敵に集中。剣が効かない敵は後回しだ」
「分かった!」
落ち着いて行動すれば所詮は雑魚だ。オレだって盾で防御するぐらいはできる。
「あいつは魔法を使ってくる、優先して殲滅して」
「よし!まかせろ!」
だんだんいつものネイリスさんに戻ってきたな。
ネイリスは誰よりも魔法の勉強をしている。魔力は少なくても、小さな核でも当てられる技術を磨いている。
ネイリスは誰よりも剣の練習をしている。力は無くとも、どんな敵でも初手を取れるスピードと技術を磨いている。
こんな所で、こんな雑魚に挫折する言われは無い!
「そいつはしびれ粉を使ってくる。もし掛かったらじっと防御に専念してあまり動かないこと。そのうち効果がきれる」
「ふむ。そんなもの、使わせなければ良いのだろう」
そう言って一刀両断に切り伏せ、返す刀で周りのモンスターも一掃する。おおっ、かっけー。
「さすがお嬢様、もはや剣帝も目の前ですね!」
オレがそう褒めるとネイリスさんは真っ赤になって照れる。だが、ふと思い出したかのように顔が翳る。
「そんなにおだてるものではないな。…私は無知もいいとこだった。ジョフィが居なければ生きてすらいなかったかもしれない」
「お嬢様、知らなかった。はもう過去のことです。今はもう、知っている。でしょ?」
「ジョフィ…」
お嬢様はオレの手をとり、
「お前に会えたことは私の人生で一番の宝かもしれない。これからも色々教えてくれないか」
そう言ってくる。これって告白でしょうか?
「そそそ、そりゃあもちろん!オレの教えれることならなんなりと」
「そうか、ありがとう!」
まるで花でも咲いたかのような笑顔だ。惚れてしまいそうだ。
「マップによるとここが最深部のようだ。この中には迷宮のボスが居るんだよな?」
「ああ、ここのボスは…なんだろな?」
そういや穴が開く前のボスってなんだったんだろ?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ファーハッハッハァ、大魔道士フェン介様の魔法の威力を見よ!」
「武器で攻撃しろバカ!そんなちょろい魔法でたおせる訳ねーだろ!」
「ちょろいゆうなや!」
迷宮の最深部に辿り着いたオレとネイリスさんは、そっと扉を開け中を除いたのだが、なんと!そこには例の瘴気で発生するはずの強力なボスモンスターがすでに居た。
まあ、分かってたのは試験のときには居るってことだけで、いつから居る、は知らなかったしな。
学院の試験前の準備で、迷宮は一時進入禁止になっていたそうだし。
えっ、オレとネイリスさんはどうやって入ったかだって?そんなの知らないから普通に入ったよ。異世界のダンガーの標識なんてそもそも知らないっすよ。
「お嬢様、今日の練習はここまでにしておきましょう」
「ん、ボスはたおさないのか?」
「いやだなあ、ボスたおしちゃったら試験のときに困るかもしれないでしょう?ほら、ボスたおすと迷宮の活動がしばらく停止するかもしれないですし」
「ふむ、それなら仕方ないな」
ゲームの中じゃいつでも沸いてるけどな。まあ、現実じゃどうか知らないし、そういうことにしておこう。
と、一旦引き返して家に戻って来たのだが、あのまま放置はまずい。2週目以降は穴を塞いだ後のこともあり、出てくるボスは劣化版なのだが、最初の一匹は死人がでることうけあい。
なので、フェン介を連れてもう一度迷宮に向かった。
「なあ」
「なんだよ?さっさと行けよ」
「…あれは無理だろがよぉ!お前人使いが荒いにも程があるぞ!?」
フェン介がボスを指差す。そこには3メーターはあろうかという、山羊の頭、人間に近い体、真っ黒な翼、バフォメットと呼ばれる悪魔がいた。
大丈夫大丈夫、なんせクルーカ1人でたおせるぐらいだ。王子の護衛の剣帝に引けをとらないお前ならやれる。はず。
「回復は任せろ!」
フェン介がオレをじと目で見つめてくる。
「まあ、お前がやれるってんなら、やれるんだろうが…」
「ブルってんのか?」
「当たり前だろが!基本狼は自分より体格のいい奴は襲わねーよ!」
「えっ、狼って結構大型の獲物も狩ってね?」
「そりゃ群れで狩るときだけだ!」
やっぱ無理かな?
「しかし、このまま行くとお嬢様が奴と当たりかねないしなあ」
「おい、そりゃどういう意味だ?」
オレはフェン介に事情を説明する。
「何、次の試験でここが舞台となる?」
「ああ、クルーカが一緒のパーティになると、たぶんお嬢様のグループが真っ先にここに辿り着くことになると思うんだ」
一応、警備兵に知らせて兵隊さん達にたおしてもらうって手もあるが、できればあの穴は見られたくないんだよなあ。
ゲーム中でも人々には知られずにひっそりと塞ぐってミッションだったしな。
「そういう事情なら放置はできねえなあ」
「だろう?」
「ようし、いくぞ!『フレイム…』」
―――ゴスッ
「だから、そんなちょろい魔法じゃ無理だって言ってんだろ?」
「いやだって、なんか近づくの怖ええし?」
仕方ないな。オレは剣を抜刀し走り始める。索敵範囲内に入ったオレをバフォメットの目が捕らえる。
その瞬間オレは横に転がる。こいつの初手はたいがい目からビームだ!。
そのビームを掻い潜りそのまま勢いを殺さす、奴の脇を抜ける。
ハッ、正面から切りかかるかよ。無駄なことだって知ってるからな。
オレが狙うは、その羽、機動力だ!
奴はオレが正面から攻撃すると思ってか腕をクロスして防御の体勢に入っている。その隙に、後ろから羽を切り上げた。
が、世の中そんなにうまく行きません。
オレの剣は奴の羽の半ばで止まり、押すことも引くこともできなくなってしまう。
そして、バフォメットは裏拳よろしくオレをその腕で弾き飛ばす。そのままオレに向かって―
「無茶しすぎだぞお前!」
オレに向かって振り向いたバフォメットに対して、後ろからフェン介が後頭部を殴りつける。
そして刺さったままの剣を掴み、羽を切り捨てて行く。
その後はあっと言う間の勝負だった。
そのまま剣でバフォメットの足に切りかかり、バランスを崩した奴に突進するように肘当てをぶち込み、浮かした後にぼこぼこに殴りかかる。おお、リアルエリアルレイヴだ。
地面に着く頃には終了していた。
「フェン介なら来てくれると思ったぜ」
「…お前、実はお嬢様に似てねえか?ひやひやさせるなよ」
それじゃま、穴を塞ぐとしますか。
オレは瘴気の溢れる穴に手を当て、神聖魔法の『ヒール』を唱える。実はこの穴、回復魔法で塞がるのだ。
「何やってんだ?」
「見て分かんねーのか?瘴気が溢れてるこの穴を塞いでんだよ」
「ほう、瘴気ってなんだ?」
お前の生まれた元だろがよ?
◇◆◇◆◇◆◇◆
今日のお嬢様は随分ご機嫌のようだ。
「なにか良いことでも有りましたかな」
「ああ、セバスチャン。私は今日一つ大人になったようだ」
「えっ!?」
ま、まさか…
「あ、相手は誰ですかな?フェン介?ジョフィ?」
「ジョフィだな!」
なんと!いったいどこまで…これは至急ご主人に報告せねば。
◇◆◇◆◇◆◇◆
フフ、ほんとジョフィには色々教えられてばかりだな。
ううむ、いかんいかん。こんなニヤけた顔ではな。もっとキチンしないと。
鏡の前に座っていた私は顔を叩き気合を入れる。
「よしっ、今日も特訓だ!」
気合を入れた私は公爵家の中庭に行く。
「おや、ネイリス殿、今日も素振りですかな?」
「はい。ここのところ、セバスチャン達が引越しの準備で忙しいようなので相手がいないのですよ」
「そうですか、ならば拙僧がお相手いたしましょうか?」
このお方は公爵様の3人の剣心の1人、仕込錫杖を武器としている。私と同じ聖属性が得意なお方だと聞く。
「それは誠ですか!ぜひにお願い致します!」
今日は幸運だ。ぜひこの機会にご教授を賜ろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぐぉっ、まさかこのような小娘が捨て身の初撃だと?」
「ハッ、しまった。さっきジョフィに言われたばっかりなのに、ついいつもどおりやってしまった」
なんだと?これをいつもどおりだと?
小娘が剣心になるなどと、バカバカしいにも程がある、ちょっと揉んでやろうと思ったのだが。
「それは感心いたしませんな。このようなことを普通の鍛錬で繰り返していると?鍛錬で怪我をして本番で使い物にならないと意味がありませんぞ」
「いや、まったく申し訳ない」
しかし筋は良かった。この私が受けきれないとは。
「なにゆえ其れ程までに力を欲するのか?」
これは異常だ。あの太刀筋、確かにこれを繰り返し修練を続けているように見受けられる。
上達はするだろうが、生傷が絶えないだろうに。
「ティア様の為、自分の為、それに…私を信じてくれる皆の為、私は強くならなければいけないのだ!」
そう真っ直ぐな瞳で言う少女。
ハハ、これは参った。何がちょっと揉んでやろうだ、もう立派な剣心であるな。
「合い分かった。拙僧も本気を出そう、掛かってくるが良い!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい!その傷どうしたセイジョウ!襲撃でも受けたのか?」
鉄壁のセイジョウに傷をつけるなど、どこの手の者だ!?
「ハハハ、これは拙僧の油断の後ですな」
「いやいやお前、油断で傷がつくような奴ではなかろう」
「そうだオレ達でもかすり傷一つつけるのがやっとなのに」
これは至急警備を増強せねば。
「何か勘違いしておるようだが…この傷はティアお嬢の剣心につけられたものだ」
なん…だと?
「お、もしかして3人がかりで来られたか?あの小僧の素早さは目を見張るものがあるし、魔族のじいさんも只者じゃなさそうだったしな」
「いや、これはネイリス殿1人につけられたものだ」
「…それは一対一でやられたってことか?」
あの16歳ぐらいの少女にか?ありえんだろう。
「その通りだ。いやはやちょっと揉んでやろうとしただけだったのにな」
そいつは興味深いな。
「明日は俺が行こう」
「いや、暫くは動けないだろう。なんせ徹底的に鍛えてやりましたからな」
◇◆◇◆◇◆◇◆
これは参ったな、少々打たれすぎたか。
私は傷だらけになった体を夜風に当てる。
ジョフィが帰ったら回復してもらわねばな。
と、そこへジョフィを背負ったフェン介が帰って来た。
「どうしたフェン介、ジョフィを背負って。なんかあったのか?」
「いやこいつ、急に倒れて動かなくなったからよ」
そう言って長椅子にジョフィを横たえる。それを見てセバスチャンが近づいてくる。
「どうしましたかな。む、これは…肋骨がやられていますな」
「な、なんだと!」
フェン介が言うことには、私が帰って来てからすぐ迷宮にとって帰ってボスをたおして来たらしい。
それも私が危険に会わないようにする為だ。
ジョフィから見て、あのボスは私には無理だと判断したのだろう。だからあのとき…悔しいな。
いや、ジョフィが判断したなら間違いは無い…無いのだろうが。私はまだまだ未熟だと言うことか。
せめて一言…いや、そうだな、私が自分で気づかねばならないことだったのだろう。敵との力量差を測るのも大切な技量の一つだ。
「また暗い顔してるなお嬢様」
「ジョフィ…気がついたのか?」
ジョフィは私の体を見ると、回復魔法を掛けてきた。
「何をしている。お前の方が重症なのだぞ、先に自分を」
「お嬢様。お嬢様がオレのことを宝だって言ってくれるのと同じように、オレもお嬢様のことを大事な宝だと思ってる。そんな宝を傷がついたまま放って置けるはずがない」
私の体に暖かいなにかが流れる。
知らず私はジョフィを抱きしめ涙を流すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいセイジョウ、お前嘘ついただろ?」
「はて、なんのことですかな?」
「あの小娘、今日も普通に鍛錬してるぞ」
「はあ!?」