第四章 ジョセフィーヌの活躍(は短いです)
「それで、これは何のマネですの?」
次の日の放課後、オレとネイリスさんは正座をしてティア嬢の前に座っていた。
「ティアラース様、折り入ってお頼みしたいことがあるのです」
「私を公爵家と知ってのお頼みかしらね」
「いえ、公爵家は関係ありません。動物好きのティア様を頼ってのことです」
「ななな、べ、別にわたくしは動物好きじゃありませんわよ」
あれ、隠してるんだっけ?まあでも、ずっと猫抱いてりゃ周りにはバレバレだよね。
「実は、当家に犬のあかちゃんができまして」
「へえ、それはめでたいですね」
「それが、そのう、ちょっとばかし、見た目がそのう」
「動物の見た目なんて様々でしょう、そんなもの気に病む必要はありませんわ。もしかして、母犬が病気とかなんかですの?」
で、ですよね。見た目なんて些細なことですよね?
「いえ、母子ともに健康ではあるのですが…子供のサイズが母犬では育てきれないほどの大きさでして」
「ああ、稀にありますのよね。きっと多種族の血が混ざっているのでしょう」
さすが鋭い。
「それでどう育てたものかと思いまして。ティアラース様は生まれたばかりの子猫をたった一人で育てられたとお聞きいたしまして、ぜひ、あかちゃんの養育のご教授をと思いまして」
「なるほど、よろしいですわよそれくらい」
「そそそ、それは本当ですか、ありがとうございます!ほんともう、どうしていいか、昨日から一睡もできない程でして!」
「大げさですわね」
ネイリスさんはティア嬢の手をとって感激の涙だ。ティア嬢もちょっと顔を赤らめている。そういや、二人ともぼっちだったけ。これを気に友情に芽生えてくれれば嬉しいですねえ。
と、オレもちょっと現実逃避気味か?
「フェン介、入って来ていいぞ」
「ハッ!」
そして、ティア嬢とご対面をば。
「連れて来てますの?あまり赤子を動かすのはよくな…」
あかちゃんを見て絶句する。そして鬼の形相で、
「ネイリスさん!」
「は、はい!」
「わたくしをからかってますの!?人間のあかちゃんなら、それに相応しい場所がいくらでもあるでしょう!」
そう言ってくる。人間のあかちゃんならね。
「ティア様、ティア様、少々こちらをよく見ていただけません?」
「何ですか?」
そしてオレは、あかちゃんの犬耳と尻尾を見せる。
「「………………」」
訝しそうな目でオレ達と視線を交わす。
ティア嬢は暫く耳と尻尾を触って確かめた後、なんとも複雑そうな顔をオレ達に向けてきた。
「ちょっと見た目が変わっておるのです」
「あなたはこれをちょっとと?一度その目玉を洗浄した方がよろしいですわね」
「ティアラース様、ほんと私、もうどうしていいか!どうか!どうかあ!」
「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい」
ネイリスさんがティア嬢に抱きつくように懇願する。ティア嬢も無碍にもできず、赤い顔でおろおろしている。うむ、眼福ですな。
ティア嬢は生暖かい目を向けているオレに向かって、
「あなたが父親で?」
そう言ってくる。なんでだよ!
「あ、父親は俺です」
フェン介が手を上げる。
「冗談で言ってみたのですが…人間と犬とでは子供は生まれませんのよ?」
まあ、人間じゃねえし。動物ですらない。こいつモンスターですよ?
と、グランドの方で大きな音がする。すると2匹のあかちゃんが目を覚まし急に泣き出した。
「ほらほら、大丈夫ですわよ。わたくしが付いてますから、何も怖いことはありませんわ」
ティア嬢はそう言って2匹を抱き上げ、子供をあやすようにゆっくりと揺らす。
すると子供たちは泣き止んで、キャッキャッとはしゃぎ始める。
うん、ティア嬢の腕の中はなんだか落ち着くんだよな。
「かわいいですわねえ」
「そうでございますね。私も昨日から動転しておりましたが、改めて見ると…ティアラース様、子供に罪はございません。せめてこのフェン介の首だけでなんとか!」
「あら、子供にとって親はなによりもかけがえのない宝なのですよ。その逆と同じように」
「そ、それでは」
ティア嬢は微笑んで、
「わたくしがなんとかいたしましょう」
そう言ってくれるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
だが、オレは一つ忘れていることがあった。…ティア嬢が動物に対してとても過保護だったということを。
「えっ、ティアラース様、今日も我が家にお泊りいただけるので?」
「決まっていますでしょう。生まれたばかりの頃がもっとも大変な時期なのです!」
あれから毎日、放課後はずっとネイリスさんとこに入り浸りだ。そしてその間は母犬より子供にべったりなぐらいで。
「ちょっとそこの男二人!ほら子供が粗相してますわ、すぐに着替えを持って来なさい」
「ハッ、今すぐ!」
もうティア嬢が母親でいいんじゃね?
「ティアラース様、お背中お流しいたします」
「あら、それではお願いしますわ」
あと、ネイリスさんとやけに仲が良くなっておられる。
「ティアラース様は我が家の恩人です。なんなりと申し付けください」
「これぐらいで恩人などと大げさですわ。心配しなくてもこの子達が立派に育つまで、わたくしの全てを持って保護いたしますわ」
なんか不穏なセリフが。オレちょっと早まったかも?
ティア嬢はあれだな、周りから嫌われまくりで、ちょっとでも懐に入って来るものがあると過保護になりがちなんだろうか。
「おい、また不審な奴らがうろついてたぞ」
そう言ってずたぼろになった何かを引きづったフェン介が入って来る。
「その者は…結構有名な…よく潜んで居るのが分かりましたわね?」
「ああ、人間はどいつもこいつもとろくせえからな。オレが本気だしゃ、ここいら一帯に不審者は近寄らせねーぜ」
さすがは元狼。索敵はばっちりだ。
「申し訳ありませんティアラース様、このような者が我が家に近づくなど」
「いえ、謝罪をするのはこちらの方ですわ。たぶんこの者はわたくしをつけていたのでしょう。むしろ、お礼をしたいぐらいですわ」
ティア嬢は少し考え込み、
「ほんとここに居住を移したいぐらいですわ。優秀なスタッフに、邪魔な侍女も居ない…」
そう呟く。
確かに、他家のスパイはここには入って来れないだろう。毒入りの食事は…ネイリスさんが作らなければ大丈夫だ!
でもティア嬢、すでにここに居住を移してるような状態なんですが、そこはどうなのでせう?
◇◆◇◆◇◆◇◆
と思ってたら本格的に住み込む気かどんどん部屋に備品を持ち込み始めた。
「ティアラース様、部屋が小さくて申し訳ありません」
「いえ構いませんわ。わたしくは居候させていただいている身ですしね」
「いえいえ、居候だなんてとんでもない!どうか我が家だと思ってくつろいでください!」
最近のティア嬢は、ほんと悪役令嬢なの?と思ってしまうくらい穏やかだ。やはり環境によるのかもしれない。
そう言えばティア嬢と暮らすようになって気づいたことがある。時たまため息をついたかと思うと、両手で胸のあたりをスカスカしている。貧乳でも気にしてんのか?
―――ゴスッ
「コラッ、ティアラース様を邪な目で見るでない!」
「いちいち殴らなくても…」
ネイリスさんの肉体言語は今日も絶好調である。
「ネイリスさん、いつまでもティアラースじゃなくてティアでいいですわよ。呼びにくいでしょう?」
「そ、そんな恐れ多い」
「そうだそうだ、もう二人とも友達なんだし愛称で呼んでもいいんじゃないか」
「と、友達…そう言えばあなたからはなぜか、最初から愛称呼びされてましたわね」
「あっ、オレそういや買出し行かないと駄目なんだった!」
オレはそそくさとそこから逃げ出すのであった。
「申し訳ありません。あいつはどうもお調子者のようなとこがありまして」
「まあ、よろしいですわ。それに彼なのでしょう?私に相談するように言い出したのは」
「はい」
「彼は何と言うか…少し不思議な雰囲気がするお人ですね。なんだか似てますのよ、少し前まで飼っていたペットに」
「ティアラース様…ティア様もペットを飼ってらっしゃったので?」
「ええ、それが不思議な猫なんですのよ。ああ、そうね、少しその猫についてお話してさしあげますわ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
わたくしの世界は棘でありふれている。
そう思うようになったのはいつからだっただろうか。
3歳のとき盛られた毒で死にそうになったとき?それとも5歳のときにかどかわされて暗い倉庫で一晩明かしたとき?それとも…
世界の全てはわたくしの敵であり、わたくしはその全てと戦わなければならない。そうずっと思ってました。
そんな棘の一つを取り除いてくれたのが、この国の王子、ヘリデリック王子。
そしてもっと多くの棘を取り除いてくれたのが、わたくしの飼い猫、ジョセフィーヌでした。
―――ガッシャーン!
「まあ、この猫!私が作った料理を!申し訳ありません奥方様、至急もう一度…」
「仕方ありませんわね。ティア、食事の際にペットを同伴するのはおやめ・」
「ちょっ、やめっ」
それは、わたくしが初めて食堂へジョセフィーヌを連れて行ったときでした。
それまでおとなく腕に抱かれていたのですが、料理が並べられると同時、突然お母様の料理に飛びつき、ひっくり返してしまったのです。
そしてその後、お母様の侍女に飛びつきエプロンにぶら下がります。
―――ガシャン
すると侍女のエプロンから小瓶が落ち、それが割れ中身が床に広がります。
と、ジョセフィーヌはそれを舐め…ビクンッと痙攣したかと思うと泡を吹いて倒れます。
「ジョセフィーヌ!」
お母様の侍女はそれを見て、食堂から駆け出します。
「おい、誰か!その者をひっとらえろ!」
―その薬は、毒…ではありませんでしたが、避妊薬でした。公爵家の食卓には毒物に反応する魔道具があるのですが、避妊薬は毒物と認識されずそのまま料理に混入されていたのでした。
どうやら、公爵家の跡継ぎを生ませないように定期的に食事に混ぜられていたようです。
お父様とお母様は大層喜ばれ、その犯人を身をもってあぶりだしたジョセフィーヌを、今後、食卓に連れることを認めていただけました。
それから一年後…公爵家は待望の男児を出産するのでした。このことは内外で今のとこ秘密となっていますが。わたくしのことを踏まえ、身を守れる年になるまで秘密にすることにしたのです。
それ以外でも…
「お父様、少しこれを見ていただけませんか?」
「ん、どうしたねティア。そんなに慌てて」
あるとき珍しくジョセフィーヌが紙の束を丸めたものでじゃれていました。
それを開いて見てみると…
「これは!?内通者の文書!これをどこで!?」
「ジョセフィーヌが…」
「またおてがらだな。ほんとなにか憑いておるのではないか?」
またあるときは…
「お嬢ちゃん、おとなしくしてた方が身の為だぜぇ」
「くっ、ころせ!」
「お、おい、あれなんだ?」
わたくしが隣国に出向いた帰り、道中で襲ってくる者が現れました。
護衛たちは盗賊などものともしない手練れでしたが、その護衛の一人が裏切り者でした。
戦闘中にわたくしを攫い、森の奥へ逃げ込んだのです。
今までは直接手を出すことはなかったのですが、間接的な行動がとれなくなったせいでしょうか。
わたくしが諦めようとしたそのとき、森の中から多数の獣が!
「な、なんでこんな森の浅いとこでヘルファングの群れが!?」
「おい、なんか追っかけてるようだぞ」
「静かにしろ気づかれるとこっちへ来るぞ」
その獣に追いかけられているのは…ジョセフィーヌ!?
「ちょっ、こっちへ来てるぞ」
「おい、くんなこのくそ猫。モンスタートレインは犯罪なんだぞ!」
「あなた達がそれを言いますか?」
結局、ジョセフィーヌがトレインして来たモンスターと戦闘になり、わたくしの本来の護衛に追いつかれ事なきを得ました。
ただ、ジョセフィーヌは傷だらけで暫く生死の境を彷徨うことになってしまいました。
そんなジョセフィーヌは、わたくしにとってだたのペットではなく、小さな騎士様のような存在に思えていたのです。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そのようなことが…その猫は今どちらへ、まさか…」
「いえ、亡くなった訳ではありません。まだ生まれて3年程ですし。ただ…2ヶ月ほど前に出かけたきり帰って来ないのですの」
「誰かに攫われたとか?」
「あの子がそんなヘマをするとは思えませんのよ?」
猫とは思えないほど賢い存在でしたし。
「2ヶ月ほど前ですか、そうですね、ちょうど私がジョフィとフェン介を拾ったぐらいの時期ですか…」
「あらそうなの?それじゃあもしかしたら彼はジョセフィーヌの生まれ変わりでしょうかね?」
そう言ってわたくしは笑う。
「ハハハ、まさか。それにジョフィはティア様の役になど立っておらんでしょう」
「あら、気づいてませんですの?彼はなにかとわたくしのサポートしてくれてたのですよ」
「えっ!?」
わたくしがつい高飛車な態度を取ってしまい周りを引かせたときは、ひょこっと出てきて場を和ませたり。
何かというと、王子を連れて来て一緒に話の中に連れ込もうとしたり。
ときには、クラスの中の他国のスパイを暴きだしたり。
「えっ、あいつそんなことしてたんですか!?」
「まあ、内々に始末をつけたことですしね」
「俺も色々手伝わされたよ。あいつお嬢様より人使い荒いんだぜ?」
「ああん?私よりなんだって?」
「いえ、なんでもございませぬ!」
それに極めつけは、
「あなたのような友人を与えてくれました」
「ティア様…」
「お、ジョフィが帰って来たようですな。それでは食事に致しましょうか」
「セバスチャン、今日は久しぶりに私が作ろうではないか!」
「えっ!?」
あら、ネイリスさんは食事も作れるのですか。勉強もでき、剣力もあり、魔法もぐいぐい上達しているとか。ほんと羨ましいばかりですわね。
それでは食堂に行きましょうか。
「どうしてこうなった…」
「お嬢様は一度言い出したら聞きませんからなあ」
お二人が真っ青な顔をされています。もしかして…
「おお、久しぶりのお嬢様の手料理!ティア様、お嬢様の手料理は天下一品ですぜ」
「あら、そうですか。お二人も人が悪い」
その二人は悟ったような目をしてフルフルと顔を左右に振ります。
そしてネイリスさんの持ってきた食事を見て…
「「「ごくっ」」」
フェン介を除くわたくし達3人は喉をならします。
わたくしは料理を指差しジョフィに眼差しを向けます。
対してジョフィは…
「もし駄目そうだったら、隣のワンコロにぶち込んで」
そう言ってきます。
「おお!今日は特に豪勢だな!」
「分かるかフェン介!」
「分からいでか!」
そう言ってフェン介はとてもおいしそうに料理を食べ始めます。
わたくしはちょっと安心して料理に口をつけ、
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
―翌日。
「ジョフィ、セバスチャン。わたくしに料理を教えなさい!」
二人はわたくしに訝しそうな目を向けてきます。
「急にどうされたので?」
「ああはなりたくありません!」
昨日の夕食、あのあと記憶がございませんの。
「いやー、あれはなりたくてもなれないような。もう、一種の芸術だよな」
「そうでありますなあ」
それに、料理でなら確実にネイリスさんに勝つことができる。はず!
「なんかフラグ立ててないっすか?うーん料理か…そうだ!ティア様は魔法の技術はすごいんでしたよね?」
ジョフィがわたくしにそう聞いてきます。
「もちろんですわ。魔法の技術だけなら学年一いや、学院一だと自負しておりますわ」
「ようしそれなら…オレが発案した料理、作ってみませんか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは!?うぉっ、キーンと来たキーンと…だがなんとおいしいのだ!」
「ほう、見た目も素晴らしいですな。始めて見る料理です。なんと言う料理なので?」
「アイスクリームと言う物らしいですわ」
わたくしがジョフィに教わって作った料理、氷の魔法を使って作り上げた物。
「まあ、料理って言うより、お菓子って言う方だけどね」
「んー、ほんとおいしいでわ。自分で作ったものは最高ですわね」
料理が趣味になってしまいそうですわ。
「ジョフィ、こういうのもっとありませんの?」
「まだまだありますよ。ティア様の魔法を駆使すればもっともっと色んな物ができるはず」
「それは楽しみですわね」
それにしても、一体彼は何者なのでしょう。知識の底が見えません。
子供達の世話の傍ら、ネイリスさんに勉強を教えていたようなので一緒に混ざらせてもらったのですが、帝都の家庭教師など足元にも及ばない知識量。
誰もが知らない、誰もが考えたこともない知識・発想。
きっと出るとこに出れば、歴史に名を…
「ネイリスさん、あなたはジョフィを拾ったとか言ってましたが、いったいどうゆう経緯で?」
「裸でワイバーンと戦っておったのですよ」
「ええっ!?裸でワイバーン?武器は?」
「素手でしたな」
ほんと何者なの!?