第五章 清き心
「マリア様、あなたがそのようにふくよかすぎるのはお兄様が原因でしょう」
「えっ?」
オレのその言葉にシノさんが驚愕の声を上げる。
オレの予想だと…
「お聞きしましたよ、神聖魔法が使えるようになったあなたを王位へつかせる計画があったとか…マリア様、それを回避する為にそのような虚けを演じてませんか」
「かいかぶりぞよ」
「じいにお聞きしましたよ、神聖魔法が使えるようになる前のあなたのことを」
じいの話では昔は大層痩せていて病弱だったとか。
きっと神様も、病弱でいつ死ぬか分からないから姫様に神聖魔法を授けてくれたのだと。
「ねえマリア様、あなた本当に食べる事が好きですか?食べる事が好きな人は、おいしいものに出会ったとき、最上の笑顔がこぼれるものですよ」
マリア嬢は常に食べ物を食べている。だがその表情はどこか無理をしているように見える。
せっかく合コンでお勧めの一品を出したのに、それを口にしても、そこらの雑草を食っているような表情。
「食べる事は…嫌いではないのじゃ」
「だけど、好きでもない、そうでしょう?」
「ふむ、まあ、好きか嫌いかは別に良いでしょう。どちらにしろ、マリアージュ様が痩せれば兄君が神徒となる。うむ、それで良いではありませんか」
おっと、ちょっと問い詰めすぎたか。
シノさんがフォローの言葉を入れてくれる。
「まあ、正直、この贅肉には未練がありますが、痩せたマリアージュ様も見てみたい!」
ぐにぐにしながらそう言っておられる。この人は神徒のくせに欲望に忠実だなあ。
まあ、あの愛の女神教の人なら仕方がない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
マリアが俺の為に…だとう!?
そういえば昔の俺は病弱なマリアのことを心配して…あいつが神徒になったときはこれで病気から開放されると喜んでいたはず…それがいつからこのようなことに?
昔のマリアは病弱だが良く笑う子で、俺はその笑顔を見るのが好きで…
いつからだ!?いつからマリアは笑わないように?そして俺はいつからマリアを遠ざけた?
俺はいったいいつからマリアに嫉妬していたのだ!?
それなのに、あいつはこんな俺を庇うために?
あれか、あれこそが清き心なのか?
なるほど、神は良く見ておられる。
俺は自分が神徒になれないことで妹を追い詰めた。
神徒に選ばれた妹は、そんな俺の為に虚けを演じて…
俺が神徒に選ばれなかった訳はここにあったのか…
◇◆◇◆◇◆◇◆
なんか最近やけにおとなしいな?
マリア嬢のお兄様だが、最初の頃は大層張り切っていたのだが、月の半ばを超えたあたりからやる気が感じられなくなってきている。
この機会に性格を矯正・こほん、見聞を広めてもらおうと思っていたのだが。
「ヘルケン様、最近心が篭ってきてないようですが?」
「そ、そうか、そうだな…フィーネ、俺には神徒は向いていないのかもしれない」
お兄様は子供達に髪の毛を引っ張られながらそう言ってくる。
オレもまた服を引っ張られながら答える。
「随分弱気ですね、最初の勢いはどうしましたか」
「清き心を学べば学ぶほど遠ざかるような気がしてな…あだ、あだだだ、いい加減やめぬか!」
まあ、忍耐強くはなりましたね。孤児達に髪を引っ張られても文句ですんでんだから。
「お兄ちゃんの髪って綺麗だよね。わちき、家宝にするね!」
「おまっ、髪抜くなよ!将来禿げたらどうしてくれんだ!」
「禿げたらわちきが旦那にもらってあげるよ」
「まったくこやつらは俺を誰だと思っておるのか…」
子供達はコロコロ笑いながら辺りを駆け回る。
顔は仏頂面だが、心なしかお兄様も笑ってるような気がする。
「なあフィーネ、俺のやってることは偽善なんだろう?」
「……ヘルケン様、世の中には『やらぬ善よりやる偽善』という言葉がありましてね、今の子供達にとっては、どこかに居て何もしてくれない善人よりも、偽善でもこうして来てくれるあなたを慕っておいでですよ」
「そうか…たとえ偽善でもやらぬよりマシか…そうだな!」
お兄様は立ち上がり急に張り切りだす。
「よし、次の孤児院を回るぞ」
「はいはい、しかしそろそろ資金も尽きているのでは?」
「なあに、こないだいい稼ぎ場所を知ってな。なんでもぼうけんしゃとやらになれば一攫千金が狙えるそうだぞ」
王子様が冒険者?どこのテンプレ?
「フィーネ、お前の分も登録してきてやったぞ。回復魔法が使えると言ったら引っ張りだこだったぞ」
なんてことしてんのぉお!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァ、ハァ…」
「フィーネ、回復魔法だ!」
「もうつかれたよ…」
このバカ王子、冒険者登録と同時にパーティ登録までしてやがった。
しかもそのパーティ、ここらで一番上位のパーティで、S級ダンジョンを攻略している途中ときた。
勘違いだと説明して抜けさせてもらおうとしたのだが、一回だけでもダンジョンに一緒に行って欲しいと言われ同行することになった。
しかし向かったダンジョン、敵が強いのなんのって。魔法は使ってくるわ、口から炎を吐いてくるわ、目からレーザーを撃ってくるわ、何回全滅しかけたことか。
クルーカとクロエが居なければ死んでるとこだったぞ。
「冒険者とはなかなかハードな職業だな、騎士団の訓練でもこれほどきつくはないぞ」
「いやあさすが人類未踏エリア、強敵ばかりだべ」
あんたらなんてとこ連れて来てんだよ!
確かに一回とは言ったが、こんなとこ連れてこられるとは思ってもなかったよ!
「姫、回復は俺がやるんで、休憩してください」
「そんなこと言ってクロエもいっぱいいっぱいだろ。ちょっとそこの王子様、あんたも回復魔法使えよ」
「そ、そんなこと言われても擦り傷程度しか回復しないぞ」
「いいからじゃんじゃん掛けろ!」
『瞬影乱舞!』
クルーカが岩のような敵に乱舞攻撃を見舞う。クルーカの一撃でも死なない敵がいるとはな…
まさかこんなとこで乱舞技が役に立つとは。
「すげーな兄ちゃん、どうだ、俺たちのパーティに入らねえか?」
今は勧誘してる場合じゃないだろ?
うわっ、またぞろぞろと沸いてきた。
「ほら、さっさと回復魔法掛けろや!」
「ちょっ、蹴らないでくれないか?フィーネはダンジョンに入ると人が変わるな」
命が掛かってるときに淑女もクソもないからな!
「もうこれ以上は無理と見た。退却の指示を!」
「それがねぇ、ここがどこかわかりませんのよぉ?」
あんたらほんとに一流の冒険者かよ?
「クロエ、出口は分かるか?」
「それが…まるで閉じ込められたように、外へと繋がる道筋が見えません」
クロエでも無理か。いったいどんだけ高い難易度のダンジョン向かってんだよ!
「いやほら、おら達強いべ、ちょっとやそっとのダンジョンじゃ回復魔法いらねえべ」
「なので、最難関にしてみったっぺ」
「してみたっぺじゃねぇえよお!」
こいつら帰ったらぶん殴ってやる。
くっ、クルーカでも押されているか。仕方ない。
「クルーカ、クロエ、すべての必殺技の使用を許可する」
「「ハッ!」」
「ちょっと冒険者さんたち危ないんで下がってください」
アホ猫が考えたクロエの必殺技だが、あまりにも危険なものが多すぎで封印させていた。
そしてそれに感化されたクルーカの必殺技もね。
『神術・千本桜!』
目の前のモンスター全ての体から無数の枝のような物が生える。そしてそこに真っ赤な桜の花びらのが無数に咲き誇り、散っていった。
遺伝子操作で体から枝状の骨格を生やし、血を吸い上げ花を咲かせる。その花が散ったあとには干からびた得体の知れないものしか残らない。
こいつの怖いところはその影響範囲だ。
アホ猫の話では空気感染する細菌を放出し、風の魔法で前方に打ち出す。
すなわち、クロエの少しでも前にいると…最初知らずにオレの体から枝が生えたときゃ死ぬかと思った。ちょとだけ手が前に出てたらしい。
すぐにティア嬢の回復魔法で事なきを得たが…暫くの間、悪夢を見て寝れなかったっす。
今もあの花びらを見ると…うっ、ブルブルブル。
なんでも「忍者は風上に立って毒を流すニャ!」とか言ってたが、毒の部分が細菌兵器とかパネすぎじゃね?
つーかなんでそんな必殺技を使うんだよ?
「この必殺技を使うと姫が喜んでくれるんだよ、ほら顔が熱っぽくなって色っぽく見えない?」
「ふっ、ならば某も」
またぞろぞろと沸いて来たモンスターに対してクルーカが構える。
『神刃・裁きの刻印』
クルーカが高く剣を掲げる。その剣から光の柱が立ち上がり上空で炸裂した。
その瞬間クルーカが地面に剣を突きたてる。
すると…光によって生まれたモンスターの影から剣が突き出て串刺しにしていく。
クロエの必殺技に対抗して作られただけあり、こいつも結構な影響範囲を持つ。
上空で炸裂した光に照らし出された影全てに剣が突き出てくる。敵味方関係無しに。
まあ、影全部だからいちいち判別できないわな。
今はこんな洞窟だから影響範囲は知れてるが、外だとかなり上空で炸裂させて、360度全てを攻撃できる優秀な性能だ。
そこに味方がいなければだけど。
唯一の救いは、光の角度をある程度操れるということだ。
今回は前方のみ照らし出したのでこっちには影響はない。
ただ、その訓練には随分てこずったようだ。たまーに一筋光が後ろに漏れて剣が突き出てくる。
黒ひげさんの気分を味わえる、ハラハラドキドキな必殺技であった。
「お、俺はこんな連中に戦争をしかけようとしてたのか…」
「リーダー、今日の夢はなかなか覚めないっすね」
「ああ、昨日の夜、飲みすぎたのが原因だっぺ」
冒険者の人たちは夢の出来事にするように決めたようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「フィーネ様、やっと帰ってきましたか。至急、私と共に来てくれませんか!」
あのダンジョン、結局モンスターを全滅させるまで外に出れなかった。
どうやら、一フロア丸まるがボス部屋のように、敵を殲滅させないと扉が開かない仕様だったようだ。
そして、公爵邸へ戻ってきたところに聖教会の神徒であるシノさんが待ち構えていた。
「何?明日じゃダメ?私ものすごく疲れているので」
なんせ、クルーカとクロエが無双しているのはいいが、いつその必殺技がこっちに飛び火するか分からない。
何度がひやっとした場面はあったが、なんとか乗り越えられた。
しかし、常に最上位の回復魔法を発動できる状態を保つのは精神的にきつかった。
もうお布団に潜り込んでぐっすり眠りたいです。
「実は、マリアージュ様が倒れられたのです!」
「えっ、回復魔法は?」
「回復魔法が効かない症状でして」
えっ、まさかアッコさんと同じように食べすぎとか?
ダイエットしてたんじゃないの?
「とにかく一緒に来てください!」
そうして連れられた先、マリア嬢の部屋についたオレ達が見たものは…
「えっ、この一週間何も食べてない?」
少しだけお肉の減ったマリア嬢が横たわっていた。
「絶食はダメって言ったじゃん。ちゃんと運動メニューとかも渡したよね?」
じいのお話では、最初の3日間はオレのメニューどおりにこなしていたが、まったく効果が見られなかったらしく、運動は倍に増やし、食べ物はストップしたとのこと。
「わらちの脂肪は回復魔法で強化されておるのぞよ。ちょっとやそっとじゃ消えてくれないのじゃ」
「だからといって何も食べないのは…」
「心配いらぬ、回復魔法があれば食べなくとも生きていけるぞよ」
えっ、そうなの?
「ちょっとフィーネ様こっちへ」
オレはシノさんに部屋の外へ連れ出された。
「どうでしょうか神徒の件、もうオッケーを出しても良いのではありませんか?」
「えっ、シノ様は反対派ではなかったのですか?」
「マリアージュ様のあの覚悟を見て反対などできるはずありますまい!」
まあ、シノさんがそういうなら…王子様の性格もだいぶましになったような気もするし。
オレは兄妹二人きりになった部屋をそっと覗く。
「マリア、お前俺の為に?」
「なんのことかえ、これはフィーネに諭されて痩せようと思っただけぞよ」
「…そうか」
ふうむ、なんか二人の雰囲気が随分柔らかいものになってるような気がする。最初の頃とは大違いだ。
あと一週間か…
「シノ様、しばらくマリアージュ様についておいてもらえますか?」
「フィーネ様?」
「彼女の覚悟を無駄にしたくありません。最後までやり遂げさせてあげましょう」
そのあと、王子様が部屋から出てきて二人きりで話しがしたいと言われる。
オレは王子様と一緒に王子様の部屋に入る。
「俺には神徒となる資格は無いのかもしれない。マリアが苦しんでいるのは全て俺の所為だろう?そんな俺が…」
「妹様は試練を達成したようですね」
「は?」
「その様子ならご存知なのでしょう、私が妹様に与えた試練の内容を」
王子様は驚いた顔でオレを見つめる。
神徒となるのを諦めるから試練をやめてくれと言いたかったのだろう。
だが、それはもうどうでもいいことだ。なぜなら、
「妹様は痩せられました、試練は無事達成ですね」
そう、痩せてとは言ったが、どこまでとは言っていない。
すなわち、少しでも痩せれば試練は達成なのだ。
「後は、あなた次第です。どうするかよくお考えなさい」
◇◆◇◆◇◆◇◆
このままいけば俺が神徒と?だがそれでいいのか?
結局清き心が分からぬまま神徒となっても、人々の期待に応えられぬだろう。
それならいっそのこと…
いや、ここまでマリアにお膳立てしてもらっておきながらそんなことはできぬ!
だが、俺にできるだろうか?誰かの為に、なんの下心も無く…
「あんちゃん、フィーネ姉ちゃんはいないのか?そっかーついに振られたカー」
「しかたないわねー、そんなに落ち込まなくても、いざとなったらわちきがもらってあげるから」
「ええい、俺は振られてなどおらぬわ!」
「じゃあなんでこんなとこで考え込んでんだよ?」
ん?ここは…俺は何時の間に孤児院などに?
ふむ、知らず知らず足が向いていたか。
なんかここにいると落ち着くのだよな。子供達は煩いのになぜだろうな。
「落ち込むなよ、ほら、俺の家宝だけど、あんたにやるよ」
そう言って宝石を俺に突き出してくる。
お前、それは俺の服についていた装飾品であろう。
盗っといてあげるとは何事だ?
「兄ちゃん太っ腹!えーでも、わちきの家宝はあげたくないなぁ」
それは俺の髪であろう。くれても困るわ!
まったくこいつらときたら…
そのとき、ふと外が騒がしくなる。
その騒ぎに釣られ外に出ると、貴族と思しき一団がシスターを囲んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さあ、お前達に施しをあたえてやるデス!だからさっさとアチクシに神聖魔法を授けやがれデス!」
「あ、あの、なんのことでしょうか?」
「しらばっくれるでねえデス!ねたはあがってやがるデス!」
くっくっく、アチクシの諜報部隊も捨てたもんじゃねえデス!
なんでも、この孤児院に施しを与えれば神聖魔法が使えるようになるとか。
ここ数年まったく役に立たなかったのが面目躍如ってやつデス!
思えは食事に避妊薬を混ぜていたのがばれたのが運のつき。
それ以降、公爵邸に送り込んだ者のほとんどが返り討ちに。
小娘が剣心を迎えて以降は立ち入ることすら難題になりやがって。
最近はライカンスロープとかいう狼に変身する種族まで抱え込んで、ちょっと外から覗こうとしただけでも狼がすっとんできやがりマス。
オーム公爵家など古いだけで国のナンバー2には相応しくねえデス。
アチクシのクチナ侯爵家こそが次期公爵家として相応しいはずでヤス。
なんせこの帝都の3割の経済圏を押さえてんだから。
最近のオーム家の躍進は神聖魔法が原因。ならばアチクシも神聖魔法を押さえて今度こそ抜き去ってやるデス。
「おうおう、うちの姫さんが優しくしてるうちにさっさと出したほうがいいぜぇ」
「それとも何か?ちょっと痛い目を見ないと分からねぇってかぁ?」
「ひぃ」
「何事だ?」
そこへ孤児院の奥から男が現れたデス。
孤児院にいるにしてはそこそこ立派は服装でやがりマスね。
ん?でもあの顔なんか見覚えが…あっ、王国のフォンヘルケン王子!なぜこんなところに?
「おうおう兄ちゃん、立派な服装してるじゃねえか。あん、あれか?俺たちと同じように神聖魔法授かりにきたクチけぇ?」
―――ガスッ
「ひでぶ」
アバババ、バカかお前!そいつは一国の王子だぞ!なに頬をぺちぺちしながら話しかけてんだ!お前は我が家を破滅させる気か!
「姫様、あいつですぜぇ、あいつがここのことを話してた張本人でさぁ」
―――ゴスッ
「あべし」
テメエなんてことしてんだ!他国の王族の部屋に忍び込んだんか!バレたら外交問題で下手したらアチクシの首が飛ぶだろが!
しかもお前、相手は神の末裔だろう!そりゃ神聖魔法が使えて当然だ!このポンコツ諜報部隊メッ!
「ももも、申し訳ありません、フォンヘルケン様が居られるとは露知らず。部下どもの非礼、アチクシが変わって謝罪致しますのでなにとぞお許しを!」
「おい、なんかあのエラソーにしてた貴族があんちゃんに跪いてるぞ?」
「えっ、あんちゃん偉い人?わちきもしかして玉の輿?」
「お前ら、ほんとポジティブに生きてんなぁ」
む?ほ、本当にフォンヘルケン様なのだろうか?
孤児達と普通に話をされている?
アチクシの知るフォンヘルケン様なら、下の者にあのような口をきかれたら一刀の元に切り伏せてるはず?
もしかして勘違い?いや、しかし、アチクシもあまりフォンヘルケン様のことを知ってるわけでもないが…
「ふむ、お前も清き心を学びに来たクチか?いいぞ、入ってくるが良い」
「は?清き心?なんのことで?」
フォンヘルケン様はアチクシの手をとって中に招き入れる。
はわわわ、孤児達がアチクシに触れてきやがるデス!服が汚れるデス!
「ハッハッハ、清き心とは大変であろう」
何言ってるのかさっぱり意味不でやがりマス。
どうしよう、なんとか逃げ出す方法はないデスか。
そうだ!アチクシは目で部下に合図する。部下どもはぐっと指をたてやがる。
ふっふっふ、さすがアチクシの精鋭部隊、阿吽の呼吸!
「ヒューヒュー、お二人さんお似合いだぜぇ」
「いよっ、あつあつですなぁ」
なにやっとんじゃお前らは!焚きつけてどうする!
アチクシは一刻も早くここを立ち去りたいんだぞ!
部下どもは囃し立てるだけ囃し立てたらそのまま帰っていった。
おい、お前ら護衛はどうする!アチクシに一人で帰れというのか!?
と、その時、玄関で轟音が鳴り響く。
くっ、さっそくきやがったか…アチクシは手を広げるために手段を選んでいない、だからそんなアチクシを恨んでいるやつらは数知れず…こんなチャンス逃さないか…
◇◆◇◆◇◆◇◆
な、なんだ!?入口が吹き飛んでいる?
轟音がした玄関に向かってみると、爆破されたように破壊されていた。
そして数人の黒装束の者達がこちらへ向かってきた。
「お命頂戴!」
「どこの手の者か!この俺を神王家第一王子、フォンヘルケンと知っての狼藉か!」
俺がそう言った瞬間、黒装束共の動きが止まる。
ふむ、俺が王子とは知らない連中か?俺は王家の紋章を見せ付ける。
「ほ、本物か…!?」
「なぜ、このようなところに!?」
「まずいぞ、王家の人間を狙ったとあれば…くっ、コロセ!死人に口無しだ!」
愚かな奴らだ。このフォンヘルケン、清き心は持ち合わせてなくとも、剣の腕でなら天剣にもひけはとらん!
「す、すごいデス。一流のアサシンがまるで赤子の手を捻るように…」
神聖魔法を持ち合わせずに王位へ着こうというのだ、それくらいはできねばな。
「ヘルケン様!子供達が!」
「どうした!?」
「瓦礫の下敷きに!」
「なんだと!?」
黒装束の奴らを追い払ったあと、シスターが俺に叫んでくる。
俺は急いでその場へ走り、急ぎ瓦礫を持ち上げる。その下には…
「これはもうダメデスね。まあ、アチクシの責任もあるかもなので、玄関ぐらいは弁償してやるデス」
…いや、まだだ、まだここにフィーネが居れば!?
「おい、急ぎ公爵家に行き、フィーネを連れて来るんだ」
「え、公爵家?無理です!私達平民が公爵家など!それに、どうして公爵家にフィーネさんが?」
「説明してる暇はない、ならばコレを持っていけ。それを見せればたとえ王宮にでも入れる!」
俺はシスターに王家の紋章が入った短剣を手渡す。
「そ、そんな重要なものを平民などに!?」
「そうだ、お前が行くか?」
「いえいえ!とんでもないデス!」
「わちき、わちきが行ってくるよ!」
「うむ、頼む!」
俺は子供に短剣を託す。
ここから公爵邸は…くそっ、俺にもっと力があれば。
『スモールヒール!』
俺はなけなしの回復魔法を掛ける。
そんなものでは血すら止まらない。
『スモールヒール!』
俺はなけなしの回復魔法を掛ける。
そんなものでは小さな命一つ救えない。
『ヒール!』
俺はなけなしの回復魔法を掛ける。
そんなのもでは…ん、少し回復したぞ!?
ま、まさか俺の神聖魔法がレベルアップしたのか!?
俺はひたすら回復魔法を掛ける。
徐々に、徐々にだが傷が塞がっていく。
そうか、俺は今、打算とは関係無しにこの子を助けたいと思っている。
そうか、この気持ちが大切だったのか!
神よ!俺はこの気持ちを忘れない!だからいま少し、いま少しだけ力を!
『ヒールエクステント!』




