第二章 真・ティアラース様のターンであります
「父上、私ことティアラースは、神徒であるジョフィの元へ嫁ぐことに決めました!」
「えっ、マジで!?」
お父様が公爵家当主としてあるまじきセリフを…いったい誰の影響をうけたのかしらね。
まあ、今はそれどころではありません。一刻も早くネイリスに追い付きませんと!
「いや、しかし、彼の者は女神であろう?その…女性同士というのはその…どういったものか」
そういえばお父様は本当のことをまだご存じないのでしたね。
「ジョフィ…フィーネは、見ての通り、男にも女にもなれます。神に性別はございません」
「そ、そうなのか?し、しかし、なぜ急に?」
なんだかとっても嫌な予感がしますの。
今ここで動かなければ取り返しのつかないことになりそうで…
「お父様、よくお考え下さい。我がオーム家は弟が家を継ぐことになりましょう。となればわたくしはどこかへ嫁に出ます。我がオーム家にとってわたくしが輿入れするとすれば最善の相手は?」
「ふうむ、なるほど。いや、しかし、まだ早すぎるのでは?せめて学院を卒業してからでも…」
「ですから、そんな悠長な…コホン。お父様、わたくしとジョフィの子供…半神半人、わたくしの美貌と魔力を受け継ぎ、神々の能力も受け継ぐもの…早急に欲しくはありませんか?」
「なぬ!?」
お父様は顔を青くしたり、赤くしたりしながら「孫…わしの孫かぁ…孫が半神、ううむぅ」と言っています。もう一押しですわね。
「ジョフィとわたくしの子供、そりゃもうとってもかわいい『猫耳』でしょうね」
「よし!式はいつにするか!?そうだ、皇帝も呼んで盛大に執り行おうではないか!」
お父様、アフローティア様の猫耳をたびたび目で追ってましたのよね。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジョフィ、どこを見ている」
「あだだだ、そんなちょっと目があっただけじゃないですか」
ネイリスさんがオレの腕を抱きしめながら上目使いで言ってくる。
好感度が臨界点を突破して以降のネイリスさんの甘えっぷりが半端ないです。
どこに行くにもオレの腕を取ってぴったりとくっついてくる。
ご飯の時も一つのお箸でよそおってくる。
お風呂の中まで入って来ようとしたのは焦りました。
ご両親も娘さんの余りにもな変貌ぶりに戸惑っておいでです。
その所為か、鍛錬時の目つきがなんか、人殺しのような目つきに。回復魔法…あってよかったよ。
しかしこのネイリスさんダダ甘なのはいいが、その分嫉妬も半端なく、ちょっとでも他の女性と目があうと…
「お嬢様、これじゃあどこにも行けないですよ?」
「大丈夫だ!お前のことは私が養っていく!どこにも行かなくても良い!そうだ、いっそのこと屋敷に監禁でも…」
えっ、何それコワイ。ネイリスさんらしくもない、いったいどうしたのだろうか。
「お嬢様、どうしたんですか?いつもの余裕たっぷりな表情はどこにいったんです?」
「分からない、こんな気持ちは初めてだ。怖いのだ…すこしでも目を離すとお前がどっか行ってしまいそうで…」
…オレはコインを一つ取り出しネイリスさんに差し出す。
「お嬢様、ここにコインが一枚あります。これの中心をなぞるように指で必殺技撃ってもらえます?」
「えっ、指で?」
ネイリスさんが指で必殺技を放つ、すると、見事な切り口でコインが真っ二つになる。
その片方に一滴血を垂らす。
「お嬢様もオレと同じようにそちらの片割れに血を一滴垂らしてください。そして…それとこれを交換しましょう」
ネイリスさんは困惑した表情で言われた通りしてくれる。
「オレの元いた世界の魔法です。この二つの片割れは共に引き寄せあい、どんなに遠く離れても一つになろうとします。ですからこれがある限り、オレとお嬢様はいつまでも一緒ですよ」
「ジョフィ…ありがとう!うむ、私は何を恐れていたのか、そうだ!あー、なんていうか抜け駆けしたような気がして…」
「ほう、抜け駆けですか」
ネイリスさんがギッギッギッといった感じで後ろを振り向く。そこには…
「て、ティア様!?ひぃいいい!」
氷の笑顔を浮かべたティア嬢が立っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私は今、絶賛土下座中だ。
「なあ、なんで父さん達まで?」
「しっ、相手はこの国唯一の公爵家の一人娘でございます」
「ちょ、ちょっとネイリス、あんた何やったの!?」
ティア様はケルベロスの頭の上に座って両手を組んで見下ろしてくる。
ケルベロスは道中襲ってきたのを返り討ちにしたそうだ。胴体は魔法で吹っ飛んだとか。さすがティア様だ。
「実はジョフィは…このティア様の想い人でもありまして…」
そのジョフィは一緒に付いて来たフェン介達と街へ食料を買出しに行っている。
ティア様達の分の食料が足りなさそうだったからだ。
フェン介以外にも人間に変身したルーンウルフ達を何名か連れて来ていた。
「えっ!おまえ公爵家のご令嬢から男奪ってきたのか?すげーなぁ」
「感心してる場合じゃないでしょ!なんてことしてるのこの子!?」
「ネイリスさん、わたくしは土下座して欲しいとは一言も申してませんわよ?先ほどお父上がおっしゃった『式』とは何かと聞いてますのよ?」
―――ガクガクガク・・
どうしたことだろうか、辺りは夏真っ盛りだというのに震えが止まらない。
「おっ、御館様何やってんですか?なんかの儀式ッスか?うぉっ、ケルベロスじゃねえッスか、こりゃまた豪勢で。娘さんの結婚式のお祝い品ですかね?」
「「「しーっ、しーっ」」」
「へえ、ネイリスさん、あなた結婚するそうですね?お相手は?」
「…ジョフィでございます」
「………………」
ううっ、無言の圧力が…明日の朝日は拝めるのだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねえジョフィ、ネイリスと籍を入れるというのは本当かしら?」
夕食が終わった後、ティア嬢が二人っきりでお話があるというので公爵家の馬車の中に来ております。
この公爵家の馬車、宿泊時は魔法で変形してちょっとした簡易ホテルのような内装になっている。さすがお金があるとこは違うなぁと思いました。
しかも外側は魔法で隠蔽されているため、かなり近くに寄らない限り見えないようになってるんだとか。
―――ギュゥ
「あだだだ」
「聞いてますの?」
聞いてますよ?ただ、ちょっと答えずらい物事でありまして…
「はい、なんかそのようになりました。個人的には、学院卒業まで待ったらどうかと思うのですが、ご両親が…」
なんでもこの夏休みの間に式を挙げてしまおうと。せっかく帰って来たのだから地元で盛大に行うべきだと言われて。
ネイリスさんも大層のりのりで、ドレスはあれがいい、式場はどうするのだと、張り切っておいでなので水を差すのもどうかなぁと。
あんなに嬉しそうにしてるネイリスさんを見てるとオレもほっこりしてくる訳でして。
「そうですか…」
…ティア嬢はここについてからずっと思いつめたような顔をしている。
その顔はまるで、ゲームの中でしてた表情にそっくりのような気がする。
「げぇむなんですが…」
「えっ!?」
ティア嬢の口からゲームというセリフが。
ティア嬢の話では、どうやら女神猫から夢の中で実況プレイを見せてもらったらしい。例のオレがここに来る元となったティア嬢が悪役令嬢をしているゲームの。
あのバカ何やってんだか。そんなもん見せられていい気がする奴はいないだろうに。
なにせどのルートもティア嬢は…
「あなたが来なければあのようになっていたのでしょうね」
「え、えーと、その…ティア様、あれはただのアホ猫の妄想話ですよ。本気にしちゃぁいけません、大丈夫、バッドエンドなんてきやしませんから」
そうオレが居る限り。
「フフ、ええ、バッドエンドなんて迎えてたまるものですか…ねえジョフィ、あのげぇむ少し不思議なんですよ」
「といいますと?」
「だいたいが、王子に嫌われ自暴自棄になり失意の底でバッドエンドを迎えるじゃありませんか?」
ティア嬢はオレをじっと見つめながら続けてくる。
「でも良く考えると自暴自棄になる必要などないのですよ」
「えっ?」
「わたくしはこの国唯一の公爵家ですよ?正妻は無理でも妾程度なら押し込むことも可能なのです」
そうか、この国は平民は一夫一妻制だが、貴族はいくらでも夫や妻を持つことができるんだったか。
なるほど、王子が好きなら第二、第三婦人という手も…
「まあ、げぇむの中のわたくしには無理でしたでしょうね。でも、今のわたくしなら言えます」
ティア嬢が真剣な目つきをしてオレの前に座り込む。
そしてオレの右手を両手で握り締めた。
オレを下から覗き込むように見上げ、
「ジョフィ、二番目でも構いません…わたくしを、あなたの妻としてください」
そう言ったティア嬢の顔はどこか誇らしげに見えた。
「本来のわたくしはあのげぇむのような存在なのでしょう、しかし今のわたくしは…ジョフィ、あなたによって変えられた、あなたに染められた、だからこそこう言える。何番目でも、妾でもいい、あなたと共に居たいと」
微笑みながら続ける。
「そう言えるわたくしにバッドエンドなど訪れません。なぜなら、たとえどんな状況になろうとも決して諦めませんから。諦めない限りバッドエンドは訪れない。そして、そう思えるようにしてくれたのは、ジョフィあなたなのです」
「ティア様…」
「いつか言ってくれましたね、世界に棘があろうとも、そこには咲き誇る薔薇の花があると。そう、私は誇り高く咲く花、ちょっとやそっとじゃ折れない、手強いですわよ?」
微笑みながら力強くオレを見つめてくる。すいこまれそうなその瞳には本当に魔力が宿っているように感じられた。
「この世界はゲームなんかじゃない。なのにオレは、どことなくゲーム気分でいたのかもしれない」
「ジョフィ?」
「ネイリスさんを、ティア様を幸せにしたい。二人とも幸せになって欲しい。今なら心の底からそう思える。その幸せの間にオレが居れるならこれ以上の幸福はないのではなかろうか」
だからといってネイリスさんを蔑ろにはできない。二人同時になんて都合が良すぎる話だ。
「一度ネイリスさんとお話をさせてください」
「その必要はないようですわよ。居るのでしょう?ネイリス」
ティア嬢が扉に向かって問いかける。
すると扉が開き、ネイリスさんが顔を見せる。
「申し訳ありません。どうしても気になってしまい…フェン介に頼んで」
「宜しいですわよ。なにせあなたが正妻なのですから、聞く権利はありますから」
「正妻なんてとんでもない!私が二番目で構いません!」
「ネイリス、それはダメですよ。あなたは抜け駆けしたと言っていましたが、全然そんなことは無いのです。ただ、あなたはわたくしより勇気があった、それだけですわ」
「ティア様…」
二人はがっしりと両手をとっている。
いいのかな?いいのだろうか?
ん?しかし、何か忘れてるような気がするなぁ…
◇◆◇◆◇◆◇◆
「にゃ!ティアまでウエディングラインを突破したニャ!」
「どうしましたか?」
「まずいのにゃ!あちきだけ置き去りニャ!こんなとこで遊んでいる場合じゃないのニャ!」
「…必殺技の特訓中ですよね?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「イヤなのにゃ、イヤなのニャ!あちきが正妻じゃなきゃイヤなのニャ!」
目の前には地面に寝そべって手足をバタつかせている駄々っ子が約一名。
どこまで落ちるんだこの女神?
「ねえネイリス、あなたとわたくしがジョフィに出会えたのは全て女神様のおかげですの、ですから…」
「勿論構いません!私はただジョフィと一緒に生きていければそれ以上は望みません!」
ティア嬢はほんとアホ猫には甘いよなあ。
あの後、とって帰って帝都の公爵邸に赴いております。
ネイリスさんのご両親もご招待して帝都で式を挙げる予定だとか。
すでに式場の予約からドレスの準備まで終わっており、後は新郎新婦を待つだけとなっていた。
ドレスもティア嬢、ネイリスさん、猫耳娘の3着分ちゃんと用意されており、まるでこの状況になると分かっていたかのようだ。コワイヨ、ティアラース様。
もしかしてオレ達はティア嬢の手のひらの上で躍らせれているのではないだろうか。
「ほら、バカなこと考えてないでジョフィも準備してくださいよ」
えっ、考えが読めていらっしゃる?ティア嬢はだんだん神懸ってきてるよなあ。
オレ達は衣装を着替え式場へ向かう。
式場は以外とひっそりした感じだ。
森の中の一軒家の様な、森林に囲まれた大自然溢れる場所に建っていた。
「本当は大々的に行いたいのですけどね。ほら、わたくし達は色々と見張られてますからね。ここは公爵家の私有地ですから誰も入ってこられませんし」
式場にはオレ達の関連者および親族のみをご招待差し上げたとか。
主に王家の人。王子とかその婚約者の方、皇帝までいらっしゃる。
次に公爵家の親族。
そして神徒の人達とその関連者。関連者といってもどっちも身一つのようなものだから、王国のお姫様はじいやさんのみ。聖教会の方は従者のみ。
しかしなぜ、皇帝が式場のど真ん中に居座っているのだろう?
式場の祭壇の前には皇帝が佇んでいる。右手には天剣さん、左手には王子や王妃達。まるで今から式典かなにかをしそうな雰囲気だ。
「ジョフィ、出番ですよ」
「へ?」
「あなたは今日からこの国の2家目の公爵家となるのです」
「は?」
えっ、今なんつったの?そんな話聞いてないっすよ?
「待って、待って!どういうこと!?」
ティア嬢の話では、結婚の話を皇帝に持っていったときに条件を出されたらしい。
その条件とは、この帝国の貴族となり国に使えること。それに貴族じゃないとハーレムできないよ?って言われて。
そこからティア嬢と皇帝との交渉が始まり、最初はネイリスさんと同じ騎士爵家からだったのが、なぜか最終的には王家に次いで位の高い公爵家に。
ティア嬢の政治的手腕がどんどん向上されております。
「わたくし、最近少し先が見えるようになった気がしますの」
なにそのサトリ機能。そういやアホ猫も女神のときは未来予測が出来たんだったか。
そのうち女神の位、ティア嬢に取って代わられそうだなぁ。
あと、今回の結婚式のシナリオだが、ネイリスさんとティア嬢が邪神の住むダンジョンへ進入、そこに囚われていたフィーネの兄神であるジョフィを見事救出、その際に見初められてプロポーズを受けたことに。
えっ、隣の猫耳娘のシナリオ?大丈夫、誰もこいつが正妻だと思ってる人はいないから。
きっと周りからはベールガールぐらいにしか思われてないだろう。ほら、あのウエディングベールの裾を持って歩く子供。
まあ、それはフェン介の子供達がやってるのだが、その程度は細かい事だ。
なんせここにいる人たちは普段の傍若無人な猫耳娘を知ってる人ばかりだしな。ベールガールが真っ先に歩いていても、ああ、あの子なら仕方ないかぁぐらいに。
「にゃにゃ?あちきの顔になんか付いてるかにゃ?」
「ナンデモアリマセンヨ?」
「ダーリンはまったくテレ屋さんなのにゃ。あちきに見惚れていたならそう言うといいのニャ!」
コイツはどんな時でも平常運転だなあ。まあ、世の中なるようにしかならないかぁ。
「そうだにゃ!なんか地味なこの風景をあちきが変えてやるニャ!とはいえ今のあちきの魔力じゃ…あっ、そこのデ「オブラートに包めって」、ちょっとあちきに魔力を貸すのニャ!」
そう言って王家の姫さんの方へ走って行く。あっ、なんか嫌な予感が…
「さあダーリン!よーくその目をかっぽじって見るといいのニャ!」
『真!イリュージョン・コネクト・パーフェクトバースト!』
その瞬間あたりの風景が一変した!
木々が生い茂る森林は地平線まで続く花畑に。
上空には無数のオーロラが浮かび上がり、羽の生えたエンジェルらしきものが飛び交っている。
式場は跡形もなくなり、真っ赤なバージンロードのその先には半透明な大きなアーチに吊るされた黄金色に輝くベルが。
そのベルからはレーザービームのような光が幾筋にも溢れ出している。
「おまっ、ちょっと盛りすぎじゃね?」
周りの人達は唖然とした表情で棒立ちである。
しかし、招待したお客がこれだけで本当に良かったよ。
大勢の人に、こんなの見られたらとんでもないことになるとこだった。
「さあ、ゆくのニャ!あちきたちのウエディングセレモニー、全世界の奴らに見せ付けてやるのニャ!」
ん、全世界の奴ら?ん?
「世界中のお空に実況生継中なのニャ!」
なんてことしてんのぉぉおお!




