第一章 真・ネイリスさんのターンでございます
「父上、私ことネイリスは、ここに居るジョフィの元へ嫁ぐことに決めました!」
「えっ、マジで!?」
本日は久しぶりに娘が帰って来た。
セバスチャンの手紙で色々と書かれていたので大層心配していたのだが、そこには1年前と何も変わらず、笑顔を振りまく娘の姿があった。
いや、少しばかり変わって…主に胸の方が…
―――ゴスッ
「おごごご」
「あなた、娘のどこを見てらっしゃるので?」
おまえ、そのすぐ手がでる性格はなんとかならんのか?ちょっとぐらい娘の成長を喜んでもいいだろうに。
なんでも、セバスチャンの書かれていた手紙では、王都で雇った従者といい仲になっておるとか。
そこで、その従者を見極めようと一手打って出たのだが…
「ネイリス、それはダメよ。男は強くなければ生きてる意味が無い」
一発で昏倒してしまった。
まあ、なんと言うか、随分隙だらけで実力の程は…あまり期待できないようだ。
「女を守ることができない男に存在価値は無い」
俺の女房は強い奴至上主義だ。
おかげで幼馴染の俺はどんだけ苦労したことか…
「お言葉ですが母上、ジョフィは決して弱くなど」
「現にそこにのびているでしょう」
「うっ、そ、それは…」
「やはり、帝都になど行かせたのが間違いでしたわ」
そうはゆうが嫁よ、俺は一代限りの騎士爵位だ。爵位のある今のうちに王都の学院で貴族にでも見初められれば、ネイリスにとって一番だと思うのだが。
「あなたはバカですか?この子が貴族に見初められるとお思いで?」
…思っていても口に出してはならんことってあると思うぞ。
それに万が一の奇跡が…まあ、連れて来たのは貴族どころか人間かも怪しい人物だが。
「それに、別に貴族に輿入れする必要もないでしょう。あなたと同じように功績をあげれば問題はないですわ」
「いやいや、女が騎士になるのは無理があるのだぞ」
「あっ、私、こないだ騎士叙勲を受けました」
「「えっ!?」」
そう言って王家の紋章を見せてくるネイリス。
た、確かに、俺の持っている紋章と相違ない。
えっ、なんで?どうして持ってるのぉ?
「…セバスチャン、本当ですか?」
「ハッ、手紙に載っていないのは急なことでした故」
「私は正式に公爵家のティアラース様の騎士となりました!」
な、なんということだ。それにこの紋章…
「この色は永代貴族の?」
「はい、父上と違って私の子孫にも受け継がれます」
「ぐふっ!」
そんなにいい笑顔で答えることはないであろう。
まさか娘に抜かれる日が来るとは…
「それもこれも、ここにいるジョフィのおかげなのです!確かにジョフィは…力はあまりありせん。少々抜けたとこもあります。しかし、私はジョフィに守られている。ジョフィに助けられてこうしてここに立っていることができるのです!」
そう言った娘の笑顔はどこまでも澄んで、輝いて見えた。
「お嬢様…ライトの魔法をあんな風に…いったい誰の影響を受けたのか…ふう、少々ジョフィの躾をきつくしませんとな」
セバスチャンが難しい顔をして何か小声で言っている。いや、そんなことはどうでもいい!
「ネイリス!騎士となったということはそれなりに力をつけたのであろうな!」
「はいっ、今ならかの黒龍ですら真っ二つにして差し上げます!」
「ほう、ならばその実力、見せてもらおうか!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
今日は娘に驚かされてばかりだ。俺は目の前に転がっている黒龍の頭を見ながらつくづくそう思う。
あれから娘は、意識の戻ったジョフィとかいう男と一緒に、村々を襲っている黒龍の退治に向かった。
むろん二人だけだと無理だと分かっているので俺達もこっそり後を付けたのだが…
なんと!出会いがしらの一閃で黒龍のクビを落としてしまった。
バカな!黒龍の首はもっとも硬い鱗に覆われているのだぞ!それを豆腐を切るがごとく…
「見事な腕前でしたわね」
「いやー見事なというより信じられんのだがなあ」
いったい王都で何があったのだろうか。
「あれならば…きっと天剣でも神剣でも、引く手数多ですわ」
「…ネイリスは従者を選んだのだろう」
「何をおっしゃっているのでしょうか。力こそ正義!力こそ全て!あの従者は黒龍に怯えて何もできませんでしたしね。そうですわ、彼をとことん痛めつければ…」
どう説得したものか。結局は自分が好きな相手と結ばれるのが一番なのだが。
そうだ!あのジョフィとかいう者、俺が直々に修行をつけてやろう。
力が無いのなら力をつければいい、俺がそうしたように。
「ふっふっふ」
「おっほっほ」
「…ジョフィには明日も苦難の道が待ち受けているようですなあ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ということになった」
えっ、何がということなの?何の説明もないっすよ?
「いやそれがだな、私の両親がお前に訓練をつけてやろうとな」
えっ、だからどうしてそうなったの?
訓練ってあれだよな、剣でびしばしと。勘弁してください。
昨日の一太刀、まったく見えませんでした。あんなのに鍛えられたら1日で死んじゃう!
つーか、ここに来た理由、そんなことじゃなかったよね?
そう、ここに来た理由は…
「えっ、忍者の必殺技?」
「そうにゃ!あの黒いのはアサシン向けのパラメータなのニャ!なのでクノイチを目指すことにしたニャ!」
あの黒いのって共和国の元神徒の子だよな?たしか名前はクロエといったか。
「そりゃお前、忍者といえば火遁の術とか、水遁の術とか?」
「ダーリンはじじくさいのにゃ」
なんだとコラ!
「忍者といえばもっとあるんじゃにゃいか?ほら、らせ「うぉっとぉ!」とか、しゃり「やめろって!」とか」
「あれはもう忍術とは違った次元だと思うんだよなぁ」
「だってその方がかっこいいのにゃ!」
つーか忍者ってあれだろ?周りから隠れてひたすら対象を見張る。トイレで紙がなかったらスッと紙を差し出したり。ストーカーの大元締めじゃねえか!
「なるほど、まずは隠遁の術が先かニャ」
あっ、こいつオレの思考を読みやがった。マジ怖いんで止めて下さい。
クルーカが目の前で常に居る。そして影からクロエさんが…
まずいぞ、オレの安息の時間がナクナッチャウ。
オレはどこぞのラノベの偉い人達と違って、見張られて平気でいられるようなタイプじゃない。
「そのうち慣れるニャ」
「慣れたくねえよぉおお!」
「クノイチか、懐かしいな」
「おや、ネイリスは何か知ってるのかニャ」
「はい、私の故郷では女性の諜報部員がそう呼ばれていたのです」
こっちの世界にも居るのか忍者?
「何を隠そう、このセバスチャンの奥方もクノイチなのです!」
「ええっ!」
えっ、セバスチャン結婚してたの!?いや、そりゃ結婚してるか、いい年だし。
「ということは単身赴任ですか?」
「いいえ、娘も大きくなったので今は妻が娘を連れてクノイチの里に行っておるのです。修行が終わり次第こちらに合流する予定なのです」
話によると、ネイリスさんが卒業するくらいに修行が終わるらしい。
学院卒業後も王都で暮らすならシノビも必要だろうという父上の配慮とのこと。
しかしセバスチャンの背後関係がどんどん知りたくなってきたぞ。いやでも、聞くのは怖そうだしなあ。
「クノイチの里かニャ…よし!そこの黒いの、そこの里で修行してくるニャ!」
「えっ、しかし、殿と離れるのは…」
「だったらダーリンも一緒に行けばいいのニャ!」
イヤお前、そりゃオレが抜けたとこで今の現状、どう変わるものってのもないだろうが…ひどくね?
「そういえば、夏休みの間、短期集中講座『忍術編』というのをしてたような気が」
「それだニャ!ようしそうと決まれば…黒いの!今から特訓だニャ!」
なんの特訓だよ?頼むから捕まりそうなのはよしてくれよ?
そういう訳で夏休みにネイリスさんの故郷へ行くことになったのだが。
「殿方は受付しておりせんでありんす」
クノイチの里でオレは追い出されてしまった。うん、フィーネの姿でなくて良かった。グッジョブだなオレ。
仕方ないんでクロエだけを預けてネイリスさんの実家に向かったのだった。
ちなみにクルーカはお留守番だ。なんでもクロエの必殺技のクオリティを見て、自分も鍛えて欲しいと女神猫に直訴したらしい。
勿論二人には感謝している。いつも護衛ありがとうございます。
だが、オレもたまには羽を伸ばしたい!オレは自由だ!危ないとこだけ避ければきっと大丈夫!
そう思っていた訳なのだがー、まさかのブービートラップ。ネイリスさんの実家が一番危険だとは。
付いたとたん親父さんが勝負を挑んでくる。むろん即効で気絶するオレ。
目が覚めたらなんだか黒龍退治に行くとか。
状況に流されてたら目の前に黒龍が!腰が抜けたよ!
えっ、たった二人で?なんで、無理じゃね?とか思ってたら、速攻クビちょんぱ。
ネイリスさんの強さが信じられない。彼女はいったいどこに向かっているのか。うん、ネイリスさんだけは怒らせないようにしよう。
意気揚々と黒龍の頭を担いでくるネイリスさん。怖かったです。
そうして明けた翌日、今度はオレを鍛錬するとか。
なぜだ?神は我に試練を与えたもうたか。…そういやあのアホ猫神様だったなあ、まじで神の試練かよ!この試練耐えたらなんかいいことあんの?
ふと遠くで「試練を耐えた暁には、もれなく神様がお嫁さんになってやるにゃー」という声が聞こえた。
その試練、キャンセルはできないものでしょうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆
不味いぞ。このままではぼろ雑巾一直線だ。何か、何かないか!
「お二人はなぜ、オレを鍛えようとなさるので?」
「あーなんだ、母上は強者絶対主義でな…」
なるほど、よし、逃げよう。
「お嬢様、オレはもう王都に戻ったということで」
そう言って猫の姿に戻る。
「ちょっ、ちょっと待ってくれジョフィ。私はお前のことを両親に認めて欲しいと思っている!」
ネイリスさんはそう言ってオレを抱き上げてくる。
「お前は確かに臆病だ。ぐうたらくせのダメ人間かもしれない」
えっ、いやその通りかもしれないけど…痛い、イタイヨ、ココロガシンジャウ。
「だが、私にとってはかけがえのない、世界で最高のパートナーなんだ!」
「お嬢様!」
オレは思わずジョフィになってネイリスさんに抱きついてしまう。
―――ガラッ
「遅いぞ、いつまで待たせ…」
「…ネイリス、あなた何をして」
タイミングが悪い事にご両親が登場。
オレは今素っ裸なのだ。
そして素っ裸でネイリスさんを抱きしめている。
あっ、死○星が見える。ご両親の双眸に…
「ほう、いい度胸しておるなキサマ…」
「ホホホ、スキャンダルになる前に…消しませんとね」
ああ、儚い猫生であった。オレ猫になって一体何回死にかけてるのだろうか。
ほんと、猫には9つの命があるというが、9つあっても足りやしない。
「ま、待ってください!え、えー、実は!私のお腹にはジョフィの子供が!」
「「「えええっ!」」」
ちょっと何言ってんのぉ!
ネイリスさんはお腹をさすり「そう、ここにジョフィの子供が…居て…居たらいいなあ、えへへ…」と言っている。
「ふう、焦らせよって…なあ、おまえ…」
「はあぁぁ、仕方ありませんね。あんなに幸せそうな笑顔見せられたらねえ」
ご両親はそんなネイリスさんを見て毒気を抜かれたようだ。
お父上はそこにどかっと腰を降ろし、
「式はいつにする?」
そう聞いてきた。えっ、何の式?
「キサマ、我が娘を傷物にしておいて、責任を取らんとは言わないよな?な?」
ええっ、傷物って何か誤解があるようですが…
「ネイリス、あなた本当にいいの?男は強くてなんぼのもんよ?」
「母上、私にとって、強さとはジョフィのことなのです。ジョフィがいることで私が強くなる。私達は二人セットで一つの強さなのです!」
「支えられる事によって生まれる強さもある。それこそ、俺に対するおまえのようなものだ」
「あなた…」
お二人は熱く見詰め合っておられる。…これからどうなるの?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なあ、ジョフィ、良かったのか?こんなことになってしまって」
吹きすさぶ草原を照らす夕日の中、ぼろ雑巾と化したオレを抱き起こしながらそう言ってくる。
「お嬢様こそ、オレが相手で良かったんですか?」
「何を言う!何度も言っただろう。私にはお前しかいない!お前さえいれば他に何も要らないと!」
そうか、今まで言ってたあれやこれやはそういう意味だったのか。
しかし、オレでいいんだろうか?
オレは元々この世界の住人ではない。今や人間ですらない。
もしかしてオレはネイリスさんの未来を奪ってしまったのではないか。
「ジョフィ、いやならいやとはっきり言ってくれて構わん。両親のことはなんとかしよう」
「嫌なわけないじゃないですか。オレだってお嬢様のことは大好きです。でもオレは本来ならここにいなかったはずの存在。本来ならお嬢様は別の誰かを・」
「ジョフィ!仮定の話はいらない。確かに世界には無限の可能性があるだろう、いや、あっただろう。だが、今の私達はその可能性からここに来たのだ」
ネイリスさんはオレに優しげな顔で微笑む。
「そうなるかも知れない。はもう過去のことだ。今はもう、こうなっている。のだよ」
「お嬢様…」
オレとネイリスさんは夕日を背に、長い長い影を伴って一つに重なるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「にゃ!これはどうしたことにゃ!」
「どうされたので?」
「ダーリンの脳筋娘に対する好感度ゲージがウェディングラインを突破したにゃ!」
「ウェディングライン?」
「このラインをこえた二人の想いは、告白イベントによって成就されることとなるのにゃ!」
「えっ!?」




