第一章 隠し事、出来ない人って居ますよね?
オレは今、絶賛土下座中である。
「なんであちきまで…」
「元はといえばおまえの所為だろ?」
「にゃ!あちきは悪くないのにゃ!ダーリンが黙っていたのが悪いのにゃ!」
―――バンッ!
「「びくっ!」」
目の前には拳を机に打ち付けているティア嬢。
その後ろにはおろおろとしたネイリスさんと直立不動のクルーカが控えている。
「フィーネ」
「は、はい!」
「変身魔法を解きなさい」
オレはアホ猫を見やる。
「仕方が無いのにゃあ」
ポンと煙に包まれるオレ。
煙が晴れた後には…一匹の猫が器用に土下座していた。
「ジョセフィーヌ…」
そう言ったティア嬢がオレを抱きしめる。
「ほんと…心配しましたのよ…いったいどこに行ったかと」
そんなティア嬢を暖かい目で見つめるネイリスさん。
そして驚愕の表情のクルーカ。
すまなかったなクルーカ。姫とか言って信頼を寄せてくれていたようだが、正体はただのねこなのだ。
「もう、今度勝手に居なくなったら承知いたしませんことよ」
オレの頬にキスをされる。
うぉっ、ティア嬢がデレた!?
「良かったですねティア様」
ちょっと涙目で感動してるネイリスさんが問いかける。
「ええ…そうですわ、あなたジョフィでもあるのですよね?」
オレを目の前に持ち上げそう聞いてくる。
とりあえず頷いて、アホ猫を見やる。
「ダーリン、少しの間なら自分で変身魔法使えるにゃ。がんばるにゃ!」
えっ、マジで!?
変身魔法…ゲームにあったっけ?
とりあえずオレはジョフィになるように思い浮かべ、それらしい呪文を唱える。
『トランスフォーム!』
「トランスフォームは変形にゃ。それを言うならトランスフォーメーションにゃ」
そ、そうか、
『トランスフォーメーション!』
「あ、ちなみに呪文は『イリュージョン・コネクト』にゃ」
「先に言えや!」
しかもそれ幻影魔法の上位版じゃね?変身魔法じゃなかったんかい!
釈然としないが呪文を唱える。と、オレの体が煙に包まれ…
「ジョフィ!」
ジョフィの体に戻ったとたんネイリスさんが抱きついてくる。
いだいいだい、オレ裸、ネイリスさん鎧痛いっス。
ネイリスさんはオレに抱きついたまま大泣きし始める。
オレはそんなネイリスさんの頭をゆっくりとなでていく。
「ネイリスったら…ふふっ」
ティア嬢は少し目に涙を溜めながら半笑いしていた。
クルーカも優しく見つめてくる。
「これはみっともないところを見せてしまったな」
暫くしてそうしていたか、ネイリスさんは顔をあげ笑いかけてくる。
「お嬢様、心配おかけして申し訳ありませんでした」
「いいのだ!無事に戻って来てさえくれれば。お前が無事であればもう他に何もいらない!」
そう言って輝く笑顔を向けてくる。ほんと惚れそうになる笑顔だ。
「おお、そうであった私ばかり不公平だな。ティア様どうぞ」
そう言ってオレから離れる。
どうぞって何を?
とりあえず下をフィーネの服で隠す。
ティア嬢は混乱した風にオレとネイリスさんを見渡す。
ふむ、
「どうぞ」
そう言って手を広げるオレ。
すると、ティア嬢はおずおずとしながらオレの腕の中へ。
そしてキュッと抱きつく。
何この可愛い物体!思わずお持ち帰りしそうになる。
真っ赤になったティア嬢が離れる。
そしてその後には…両手を広げたクルーカが待っていた。
えっ、お前もやるの!?えっ、マジで!?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんなクルーカ、なんか騙してたようで」
とりあえずクルーカとの苦行を終わらせて謝るオレ。
「いえ、何も問題はありません」
「いやでも、姫って言って慕ってくれてたようだし」
「そうですな。その姿のときは殿とお呼びした方が宜しいですか」
ぶれないなコイツ。
と、オレがポンと煙に包まれる。そして猫の姿に戻ってしまった。
どうやらオレの魔法じゃ30分も持たないようだ。
「もっとあちきを敬うにゃ!そうすればもっと時間も延びるにゃ!」
そう言われてもなあ…人間に変身してからのお前、ますますアホさ加減に磨きが掛かってるぞ。
街に出たらあっちふらふら、こっちふらら、何回迷子になったと思ってるんだ?
「仕方ないのにゃ!人間の食べ物がこんなに旨いとは思わなかったにゃ!世界の旨いものはあちきに献上すべきなのにゃ!」
「だからと言って、知らない人に食べ物で釣られないで下さい。こっちの寿命が縮みますわ」
ティア嬢がアホ猫に苦言を呈する。
「心配することないのにゃ!いざとなったら召喚魔法があるにゃ!」
「もうやめろよソレ!」
まずい、なにがなんでも一人にできないなコイツ。
「アフローティア様に万が一があっては困りますわ。そう言えば…ネイリスとクルーカはこの子が女神だと知っているので?」
「えっ!女神?この子供がですか?」
「某は姫よりお伺いしております」
ひょいっとティア嬢がオレを胸に抱く。
「やはりジョセフィーヌを抱いていると落ち着きますわ。ネイリスさん、この子は女神そのものですの。ですから私と同じように身の護衛をお願いしますわ」
「ハッ、お任せを!」
いやー、ティア嬢の腕の中は落ち着くわー。もう随分抱かれていなかった気がする。
「ティア様、私にもジョセフィーヌを抱かせてくれませんか?」
「あら、あなたはジョフィのときにいっぱい抱いてもらえば宜しいのでは?」
ネイリスさんが猫になっているオレを抱きたがってティア嬢にお願いしたのだが、ティア嬢は悪戯気な顔をしてそう返す。
「ななな、だだだ、抱かれるとは!」
ネイリスさんが真っ赤になっておたおたする。
ソレを聞いてクルーカが、
「では、フィーネ様のときは某が」
抱かねーよ!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれが公爵家のご令嬢…今はフリーのはず…」
「あの首に掛かっているペンダントが例の…なんとか仲良くなり一つ頂けませんかしら…」
「おお、美しい…のに、なぜあんなぶさ猫を抱いておられるのか?」
今日は王宮の夜会に出席しております。
なんでも王子様の婚約者の顔見せがあるとか。
ティア嬢は出席するが随分悩んでいたようだが…
「ゴホッ、ティア、良く来てくれた。私は君に謝らなければならない」
「王子、それ以上はおっしゃらないで下さい。わたくしは謝って欲しくて来たのではありません。…本日は王子、あなたを祝福しに来たのです」
色々とお話が終わり、自由に立食する場面になると王子がティア嬢の所へ真っ先に来て謝りたいと、そう言ってくる。
だが、ティア嬢はそんな王子を手で制し、自分はただ、祝福をしに来たのだとそう伝える。
「笑顔を、王子、ご婚約おめでとうございます。あなたに祝福を、世界に幸あらんことを」
ティア嬢はふっきれたような笑顔を王子に見せる。
それを見た王子は、
「そうだな、ティアにとっては何も謝ってもらうことは無いのだな…ありがとう、ティアにも祝福があらんことを」
そう言って同じくふっきれた笑顔を見せる。
「て、ティア様ぁ、助けてくださいー」
そこへふらふらになったネイリスさんが。子供を抱えて泣きべそをかいている。
「にゃ!離すにゃ!あっちのふるーちいも食べてみるのにゃ!」
「お前、おとなしくするって言ってたから連れて来たんだぞ。ちょっとはじっとしとけよぉ」
「にゃにゃ!あちきはいつもおとなしいのにゃ!」
…コイツ。子供でももっとましな言い訳するぞ。絶賛暴れているときに言うセリフじゃないだろ?
「アフローティア様どうぞご自由にお食べください」
「にゃっ!ティアは話が分かるのにゃ!」
「宜しいので?仮にも公爵家の紋章を身に付けているのに、多少はマナーが…」
ティア嬢はオレを椅子に置き、人間化しているアホ猫を抱き上げる。
「シュルク、ミーシア、あなた達もこの子と一緒に行動しなさい。アフローティア様、二人をお頼みしますわ」
「うむ、まかせるのにゃ!」
そう言ってフェン介の子供達へアホ猫を預ける。
3人は嬉しそうに食卓へ向かって行った。
「クルーカ、3人を頼みます。近すぎず、遠すぎず、そして周りに怪しい動きを見せる人物を覚えて置きなさい」
「ハッ、あぶりだしですか。了解であります」
なんのあぶりだしなのぉ?こわいよ貴族社会。
「ああっ、また手づかみで…」
「まあ、多少のマナーは問題ありませんわ。今の公爵家にはそんなものを弾き返すだけの力もありますしね。少々汚れたほうがバランスを取れるぐらいですわ」
ティア嬢は、はしゃいでいる3人を見て微笑ましげな顔を向ける。
ほんと3人には甘々なティア様であった。
「そ、そうですか。ならば私も!ドレスなんてめったに着ませんのでもう苦しくて苦しくて!」
そう言って胸元をはだける。そこにははちきれんばかりの例のアレが!
と、ティア嬢の視線が氷の様になる。
ティア嬢はじっとネイリスさんの胸を見つめ、低い声で言う。
「ネイリス…あなたは私の剣心でしょう?お・わ・か・り?」
「ヒッ!申し訳有りませんでした!}
急いで服を正すネイリスさん。
まあそれでもはちきれんばかりの例のブツは隠せないのですが。
ティア嬢は、羨ましそうな目をして胸のあたりをスカスカする。
うん、スカスカしてたのは、猫を抱いていないだけが理由ではなかったみたいだね。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ティアラース様、本日はご機嫌麗しゅう」
「おや、フィガック様。よくわたくしに話しかけられますね」
宴もたけなわになってきた頃、例のティア嬢を誘拐しようとしてた騎士団のトップの方が近寄ってきた。
「ハハハ、あのときの私は悪い悪霊に取り憑かれていたのです。そんなことより、本日はフィーネ様はいらっしゃらないので?」
「まったく失礼なお方ですわね…本日はフィーネは屋敷でお留守番です」
「それは残念な…」
そう言うとトボトボと去っていく。何しに来たんだアイツ?
「勇者だ…勇者がおられる…」
「あの公爵令嬢に話しかけるとは…」
「こうしてはおれん、私も!」
とたん、それまで壁の花で誰も寄って来なかったティア嬢に向かって、多数の貴族が押し寄せ来た。
「な、なんですの!?」
どんどん人が集まってくる。お慕いしておりましたとか、ペンダントを売ってくださいとか、足を舐めますとか。足を舐められても誰も嬉しくないぞ。
とりあえず危険なのでオレは避難することにした。
隣にはネイリスさんが控えてるから大丈夫だろ。
椅子から飛び降りて会場を渡り歩く。
猫のときはあまり人間の食事をとったらダメなんだよなあ。
食卓の上の豪華な料理を見てため息を吐くオレ。
少しの間なら人間に化けて…服無いな…さすがにこんなとこで素っ裸はまずいだろう。
どこかに落ちてないかなあ…服。
「あっ、ねこちゃんみっけ」
と、オレを抱き上げる人物が。
「ずいぶんぶさいくなねこちゃんでちゅねー。私と一緒でしゅねー。ふふ、ほんとおそろいですわ」
赤ちゃん言葉で俺に話しかけてくる。その人物は…あちこちに包帯を巻かれた一種独特な風貌をしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
年は…ティア嬢と同じぐらいか?なんか場違いなかっこしているな。この国の人じゃなさそうな…
オレはふと周りを眺める。と、この子程ではないが…なんか怪我人が多くないか?えっ、夜会って怪我人連れて来るもんなの?
もしかして…
オレはティア嬢に話しかけている人達の言葉に耳を向ける。
神徒…怪我…回復…そう言った単語がちらほらと聞こえる。
これはあれか、ティア嬢に怪我を治してもらいたくてこの夜会に参加している人が居るのか?
騒ぎが大きくなったのかお城の兵隊さん達がティア嬢を囲む。
ティア嬢に取り次いでいた貴族は諦めたように散らばっていく。
その一人がとぼとぼと、こっちに歩いて来た。
「ごめんなさいホフラ。せっかくお父様が作ってくれた機会なのに…無駄にしてしまって…」
「いいえお母様。これは私の罪ですわ。きっと神様からまだ、お許しを頂けていないのですわ」
「またあなたはそんなことを…あなたは何も罪を犯していません。あの子がああなったのも…きっと、運命でしたのよ…」
暗い雰囲気で話し合う親子。
どうしたものか。猫の姿でも神聖魔法使えるだろうか?
いや、こないだ変身魔法使えたから大丈夫か。
オレはこっそりヒールを唱える。
「あれ?今この猫光ったような…」
「ジョセフィーヌ!」
そのとき、ティア嬢が慌ててこっちに駆けて来る。
と、その前に兵隊さん達が親子を取り囲み剣を構えて来た。
「な、何事?」
二人はおろおろとする。
えっ、何?何が起こったの?
「動くな!この封魔のエリアで魔法を使うなど…貴様らいったい何者だ!」
兵隊さん達の一人がそう言ってくる。
えっ、ここって魔法禁止だったの?
ああそうだよな。パーティに武器は持ち込み禁止だよな。魔法は武器と同じだし…もちろん禁止できる魔道具かなんか用意してるよね。
「わ、私達は魔法など…使っておりません!」
お母さんがそう叫ぶ。
「そんな言い訳が通用すると思っているのか。ここは王宮の一室、魔法を使えばすぐに分かるのだ!しかも、ここは王帝クラスの魔封じの場所…その娘、怪しいな!」
そう言って娘さんを引き寄せ顔の包帯を解く。
現れた素肌は…火傷によって焼け爛れたとても醜い姿であった。
公衆の面前でその姿を見られた女の子は泣き崩れる。
…やべえこれ、オレのせいでこんなことに。土下座ですむかな?すまないよね?
咄嗟にオレは変身魔法でフィーネに化け、女の子に覆いかぶさる。
「「「えっ!?」」」
「き、急に裸の女性が!?えっ、なんだこれは!?」
突然現れたオレに周りが騒然となる。
「剣を引け愚弄共!」
そこへ先ほどの騎士団のトップの人が大声を上げて、兵隊を掻き分けてくる。ティア嬢達も便乗して一緒にこっちに来る。
「貴様ら誰に剣を向けていると思っている。そこにおわすお方は、何よりも尊きお方、愛の女神様であるぞ!」
なに言ってんのぉ?こんなとこでとんでもないこと言うなよ!
「それは誠なのですか!?」
会場の全員の目が、神徒であるティア嬢に注がれる。
違います、違いますよ!女神はその隣に居るアホっぽい子供です!
「誰がアホっぽいのにゃ!」
ティア嬢はアホ猫とオレを何度か見つめ、諦めたような目で最終的にオレを見てくる。
「ティア…もう本当のことを言ってもいいのではないかな?」
そこへ王子が乱入してくる。
「仕方有りませんわね…王子とフィガック様がご存知の通り、このフィーネが…愛の女神、アフローティア様の化身なのです」
一瞬場が静まり返ったかと思うと、次の瞬間人の波がわっと押し寄せて来た。
「お前達、女神様に皆を近寄らさせるな!」
兵隊さん達は逆にオレ達を守ってくれるように盾を構え周りの人達を押し返す。
「フィーネ、いったい何をしたのですか?」
ティア様が小声でそう聞いてくる。
「いやなんかほら、怪我してるようだから回復してあげようかなぁと…」
「…神聖魔法、魔封じを無効に?いえ、わたくしは鍛錬場ではきちんと無効化されていたのに?」
「ダーリンは特別にゃ。魔法に魔力を一切使ってにゃいから、魔封じ自体が意味無いにゃ」
そうなのか。魔封じは魔法に使う魔力を封じている訳で、気力で魔法を使っているオレには意味が無いと。
「でもなんでオレが女神?」
ティア嬢は再びオレとアホ猫を交互に見やる。
「…世の中には『適材適所』って言葉がありましてね」
「見た目が大事とも言うのにゃ!」
おまえが言うなや!
「ダーリンちょっとそこに立つにゃ!」
「えっ、オレ素っ裸なんだけど?」
「気にすることないにゃ。あちきは痛くも痒くもないにゃ」
…コイツ。
オレはアイアンクローをかましてやろうと立ち上がる。
『グランドキュアフレーション!』
するとアホ猫はオレに向かって魔法を掛けて来た。これはあのときの、アッコさんの体の欠損すら回復した全体回復魔法か?
オレの体から光の波が放たれる。
「えっ、火傷のあとが…、えっ、そんな!?」
「傷が…怪我が…癒されていく!?」
「おおおっ、見える!見えるぞぉ!私の右目がみえるぅうう!」
最後のお方、あれ、皇帝じゃないか?
「わ、儂の右足がはえちょる!これでまた戦場を駆け巡れる!儂をバカにしちょったひよこどもに目のもの見せてくれるわ!」
なんか恐ろしげなことを言ってるお方も。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
先ほどの親子はオレの足にすがり付いてむせび泣いている。
「ティア様、ティア様」
「何ですか?」
「そろそろ変身魔法が切れそうです」
「………………」
あっ、こめかみに青筋が。




