第五章 公爵令嬢は猫系女子?
「リン、ビッツ、今日集まってもらったのは他でもない、フィーネの件でだ」
夏休みも明け、学院が再開して暫くした頃、王子より呼び出しがあった。
その内容は、神徒…フィーネに関することだった。
「リン、ずばり聞こう、君はフィーネのことをどう思っている」
王子が俺にそう問いかけてくる。
「神徒って言うのは嘘じゃねえと思う。ダンジョンでも命がけで俺達を回復してくれてたしな」
あれから何度もダンジョンの瘴気を払うため冒険をこなしている。
ひぃひぃ言いながらも俺達について来て、傷を負った俺達を癒してくれていた。
「まあ、あのダンジョンが世界崩壊の序章ってのは半信半疑だがな」
「それはたぶん…私は本当だと思っている。少なくとも、あの瘴気が溢れ出せばこの帝都は大混乱に陥るだろう」
「ビッツの意見はどうなんだ?」
俺は次期宮廷魔術師候補のビッツに問う。
「率直な感想でいいんだよね?うん、かなり好感のもてる娘だと思ってるよ。誰からも好かれるタイプだね」
確かに、学院であいつを嫌っているって話は聞かないな。
「実はだな、父上…皇帝より、フィーネを后として娶れないかと話がだね」
「「ええっ!?」」
王子の話では、王家に神徒の血を取り入れ、未来永劫回復魔法の恩恵を授かり、かつ、神の寵愛を受けし血筋になりえないかとのことだった。
「まあ、当然といえば当然か?」
「ハハハ、皆考えることは同じ、すでにいくつかの貴族は動いているらしいからね」
「笑い事じゃないよ、ティア嬢はどうするの?」
ビッツが責めるような口調で王子に問いかける。
「実はその件でも問題になっている」
「ふむ」
「フィーネがムリならティアを后に迎えろとね」
…王子様は選り取り好みで羨ましいわな。
「フィーネは本人の意思が関わってくるだろうけど…皇帝が指示を出せばティア嬢は断れないよね?」
「そうだな…」
「まあいいんじゃねえか。ティアは王子を慕っているし、王子もまんざらでもなかったんじゃねえのか」
「事はそう簡単な話じゃない」
王子は苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
「フィーネ…神徒が公爵家に入ったことにより、貴族連中の動きが活発になって来ている。公爵家に取り入ろうとする者、なんとかして公爵家の力をそごうとする者…」
権力争いか…
「皇帝はどう思われているので?」
「私の動き次第だな。フィーネを后とするなら公爵家の力をそぎ、ティアを后とするなら公爵家の力を取り込もうとしている」
「その選択肢なら、ティアで決まりだろ?」
ティアとフィーネは仲がいいからな。フィーネを后として、ティアの力を削ごうとしたら反乱おこされんじゃないか?
俺がそう伝えると、
「怖いこと言うな、いや実際フィーネは何やらかすか分からないところもあるからなあ」
そう言って苦笑いする王子。
「そもそも、フィーネが神徒ってなんでバレた訳?」
「そういやそうだな。俺言ってないぞ?」
「ハハハ…聞きたいかね?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「えっ、皇帝の懐刀、天剣様がフィーネにぼこぼこにされた!?」
「そうなんだ」
「いやでも、天剣様と言えば、序列1位の剣帝だろ?」
なんでも王子が話した神徒について、皇帝が直々に天剣様に連れて来るように指示を出したらしい。
そこで天剣様、公爵家に身一つで乗り込んでフィーネを連れ去ろうと。
で、天剣様のことを知らないフィーネとネイリスにぼこぼこにされたらしい。
「いやーひさびさに腹を抱えて笑ったよ。天下の天剣様が痴漢と間違われて詰所に突き出されたとはね」
いやー笑い事じゃないかとー。
「しかも市中引き摺られてだよ。公爵家から詰所まで。そりゃもう大変な話に」
「ビッツ、知ってたか?」
「僕もリンも基本王宮ぐらしだしね…そんな話王宮でできないでしょ?」
しかし、天剣様はこの国一番の剣士。いくらフィーネとネイリスでも…いや公爵家の剣心達が手を貸せばいくら強くても1人、どうにかならないこともないか。
「公爵家の剣心達は手を出していないよ。むしろいい勉強だと思ってたみたいだね。まさか勝つとは思わなかったらしいけど」
王子が公爵家の剣心から聞いた話では、突然有無を言わさず入って来た天剣様に対し、ティアが文句を言う。
天剣様がそんなティアを突き飛ばしたとこでバトル開始。
まずはネイリスが捨て身の初撃を、思った以上の攻撃だった為、思わず本気を出した天剣様の攻撃にばっさりやられるネイリス。
それを見たフェン介とアッコが大激怒。
フェン介の子供達も交えて熾烈な攻防が始まる。
さすがにあの二人同時だと天剣様も押されぎみに。ネイリスをばっさりいった後ろめたさもありなかなか本気も出せない。
と、そこへ回復魔法で復活したネイリスが参戦。
まさかあの傷で動ける訳がないと驚愕する天剣様。
まずは数を減らそうとフェン介の子供達を狙おうとしたとこでティアも参戦。
切ってもすぐにフィーネが回復。
さすがに焦り出し、本気を見せる天剣様。
しかしてその攻撃はがっちりネイリスにガードされ。
フェン介のトリッキーな攻撃、アッコの力押しの反撃、ティアの高威力の魔法にさらされあわれ天剣様は風前の灯。
「とまあ、さすがに1人じゃあのメンバーには勝てなかった訳だよ」
「すげーなあいつら…もう学生のレベルじゃねえな」
「最後にフィーネを狙った剣帝様にキれたクルーカが参戦し、決着が着いたと」
そのクルーカも公爵家から詰所まで何度か引き摺られてたらしい。何やってんだアイツ。
大の男を引き摺るフィーネはそこそこ有名になってたとこへ、今度は帝国一の剣士まで引き摺っていると来た。
「極めつけは、道中光っていたペンダントだね。ネイリスたちの傷が治っていくのを見て、ああ、あれはもしやとなったのだよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ブ、ブハァッ!痴漢…天下の天剣が痴漢でしょっぴかれ…プクク、プスー!」
「大将、笑いすぎちゃいまっか」
「いやだってお前、「1人で大丈夫か」「フッ、大丈夫だ問題ない」とかイットキナガラこの顛末。ブファッ!」
「まさかワテが返り討ちにされるなんて思わへんでしょ」
天剣殿にそう言われた父上がふと真顔に戻る。
「…それほどだったのか?」
「ええ、ありゃあもう、一線級の兵士を越えてるんでなかっしょ」
「回復魔法のおかげか…」
確かに、フィーネのおかげで鍛錬はハカドルネ。
無理やり回復魔法で立ち上がらせてもう一回とか。私の腕もめきめきと上達をしているのは確かなんだが…もう少しお手柔らかにならないだろうか。
体力は回復しても精神力がついていけない。
ネイリスは嬉々として行っているが…
「予想でっしゃがね。致命傷あたえちったや!ちょーやべえってのが、ぴんぴんして復活してくるんでっしゃ。それを利用して鍛錬してりゃ上達も早いでっしゃろ」
「おいお前、公爵家に神徒が居ると噂を流せ、少しでも動きを封じるぞ」
「ハッ、陛下の御心のままに」
それからはフィーネが神徒だと広まるのはあっと言う間だった。
もはや隠しても無駄だと知った公爵はおおっぴらにペンダントを自慢し始めたしね。
そんなある日、父上から呼び出しがかかった。
「神徒を…フィーネとやらを王家に向かい入れる方法を考えよ!」
そしてそう言うのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「私はベズシェラ伯爵家が第一男、デンフスと申します。フィーネ様、このあとお時間ありませんか?」
「フィーネ様、実は当家でめずらしい食べ物を仕入れたのです!今度我が家にいらっしゃいませんか!」
「…クルーカ」
「ハッ」
最近のオレはクルーカコマンドを使いまくりだ。クルーカENDになりそうなときはどっか遠くに旅に出ようか?でもコイツ、執念で憑いて来そうだな…
学院に通いだして暫くした頃、あっちこっちから誘いが掛かるようになった。
回復魔法…やっぱ中毒性のあるやばいものが含まれているのではなかろうか。
鍛錬のときとか、誰も彼もオレに回復魔法を掛けてもらおうと殺到する。
ネイリスさんがガードしてくれてなければきっと登校拒否になっていただろう。
「ハハハ、フィーネはもてもてだね」
「…クルーカ」
「ハッ」
「ちょっ、ちょっと、私だよフィーネ。クルーカもいくらフィーネの為とはいえ、国の王子に剣を向けるのはまずいよ?」
ああ、王子だったのか。もう条件反射だな。
「王子、あれなんとかなりません?」
「ハハハ、いいじゃないか選り取り見取りだろう?」
男に迫られても嬉しくないっす。
これ、男のまま神徒だと明かせば女の子にモテモテだったのだろうか?惜しいことをした。
「実は私からもフィーネに渡したいものがあるのだよ」
王子がオレに便箋を渡してくる。
「…招待状?」
「こないだは家の者が失礼を働いたようだからね、そのお詫びも兼ねて王家の夜会に招待しようと思うんだ」
えー、そんな堅苦しそうなのは行きたくないなあ。
「いえいえ、こちらこそ、王子の使いとも知らず痴漢と間違ってしまって。ですから御気になさらず」
うん、痴漢冤罪とは酷いことをしてしまったものだ。
だが、有無を言わさず連れ去ろうとした向こうが悪いよな?
説明も無しに、我について来いとかね。
オレは王子へ招待状を返そうとする。
「まあ、それは建前だから。ぶっちゃけ、神徒であるフィーネを公の場で知らせるのが目的なんだよ」
なんでも今回の夜会はオレの為にセッティングされたらしい。
各国のお偉いさん達を呼んで、我が国に神から使わされた神徒が誕生した。
とてもめでたいことだからお前らは手を出すなよ?ってお話をされるらしい。
「ああ、後、フィーネさえ良ければ私との婚約発表もだね」
「えっ!?」
今なんつったこの王子様。オレは王子の好感度上昇のイベントなんてまったくこなしてないはずだぞ。
つーかお前、ティア嬢といい感じじゃなかったのかよ?
あれか?あの女神猫、王子のドストライクな見た目にオレを仕上げてるのか?
この王子…見た目がちょっとドストライクだからといって簡単に乗り換えるとは。
「ち、違うんだよ。ほ、ほら、私も王子としての役割がだね…そんな、ゾクゾクするような目で見ないでくれないかな?」
なにがゾクゾクだよ!そっちの気もあんのか?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「フィーネ、ちょっと宜しいですか?」
王子との話も終わり教室に向かおうとしたところ、しかめっ面のティア嬢に呼び止められた。
腕には女神猫が安らかに眠っておられる。
ここのところずっとティア嬢に抱かれて学院に来ている。
「あなた随分王子と仲がよさそうですわね?」
睨みながらそう言ってくる。これはあれだ、ゲームのワンシーンに似ている。
ヒロインと仲がよさそうにしている王子に嫉妬している場面。
そういえば最近、王子がティア嬢を避けている節が…あっ、
「ティア様、もしかして王子に避けられています?」
「うっ、そそ、そんなはずは!?」
オレはティア嬢に抱かれている女神猫を見やる。
確か王子は、猫アレルギーだったんだよなあ…
◇◆◇◆◇◆◇◆
「えっ、抱いている猫が原因!?」
「はい、王子は猫アレルギーらしいのです」
オレとティア嬢は空いている教室に入り話を始める。
やはりティア嬢は王子から避けられていたようだ。
ちょうどそれがオレが学院に通いだしてからだったので、疑いがオレに向けられていたとのこと。
「いえでも、先ほど王子から婚約を申し込まれていませんでした?」
「あれは建前ですよ。王子が本気で私を好きなら、そんな回りくどいことをせずにいきなり結婚を申し込まれますよ」
「そ、そう言えばそうね。…冷静になって考えてみると、王家があなたを取り込もうとする動きはありましたしね」
ティア嬢の判断では、神様の遣いって王様が欲しがりそうなステータスだとか。
まあ、それは兎も角、ティア嬢と王子との仲を復旧させる為には猫を抱いておかなければいいと思うんだ。
と言うことで明日からこの女神猫は家でお留守番だな。
「にゃ!にゃんにゃその目は、あちきは何も悪くないにゃ!」
「いや別にお前が悪いなんて思ってないよ?まあこれも神の定めだろ」
「にゃ!あちきは何も定めてないにゃ!むしろ置いていくとバチがあたるにゃ!」
ティア嬢が思案顔でオレに聞いてくる。
「回復魔法でなんとかなりませんの?」
アレルギーを?オレは女神猫を見やる。
「ムリにゃ。アレルギーは人の体質にゃ、体を作り替えれば別にゃが」
「ムリらしいです」
「しかし…こう、あれなんですよ。猫を抱いてないと物足りなくて…」
そういえば入学式でも胸の辺りをスカスカしてたか。あれは貧乳を気にしてた訳じゃなかったんだね。
「ん、もしかしたら、シュルクとミーシア…あの子達も王子に嫌われる?」
ふと思いついてそう呟く。
獣人ってアレルギーどうなんだろ?
「えっ!?そんな…これは…王子を取るか、家族を取るか…」
「いやまだ、そう決まった訳じゃないですから。そんなに深刻にならなくても」
猫アレルギーだからといって犬も駄目とは限らないしね。
「いえそれでも、猫を飼えないでしょう?」
「まあ、そりゃ…」
ティア嬢はじっと女神猫を見つめている。
暫くの間そうしていたか、ふと顔を上げオレを泣きそうな目で睨みつける。
「フィーネ…王子を、王子を頼みましたわ」
「ええっ!?いや、猫と王子を比べて、猫取るの!?」
オレの今までの苦労は一体…どこまで猫好きなのぉ?
ティア嬢は一筋の涙を流し、
「きっとそれが、皆が幸せになれる最善の方法なのですわ」
そう言う。
早まっちゃダメだ。とりあえずその猫をどけましょう。
ティア嬢の腕からむりやり女神猫を奪う。
「ティア様、本当によく考えください。このアホ猫と王子、どっちを取るので?」
「猫のことだけではありません。この国の、公爵家の娘としてあるべき姿を取るのです」
なんか大層なこと言ってるが、さっぱり意味が分からん。
つーか男と結婚なんて死んでもヤダ!
「大丈夫にゃ、あちきの変身魔法は細部までばっちりにゃ。子供はできなくともイタすことは問題ないにゃ」
「問題ありまくりだろがよぉおお!」
オレはガシッと女神猫にアイアンクローをかます。
「とりあえずお前、明日から留守番な」
「ニャー!家で留守番なんてイヤなのにゃ!あちきも遊びたいにゃ!」
学院は遊びの場ではないのだが。
「ハッ、そうだにゃ、ダーリンがあちきを抱いてりゃいいのにゃ。そうすれば全部丸く収まるにゃ」
「えっ、ヤダよ。お前重いし」
「にゃにゃ!重いとは何事にゃ!レディになんということを言うのにゃ!」
そういやティア嬢って何気に力持ちなのかな?猫ずっと抱いてるって結構大変だよね。
「こうなれば最後の手段にゃ」
と、女神猫が煙に包まれる。その晴れた後には…
「これでどうだにゃ。あちきも人間に変身するにゃ」
そこには中学生ぐらいのちっちゃな女の子が。
「フッフッフ、どうだにゃ、あちきのプリチーな姿に絶句だにゃ。ダーリンの好みに合わせてやったにゃ・アガガ、頭が割れるにゃー!」
誰がロリコンだこら。
「だ、だってダーリンのぱそこんにいっぱい入ってたにゃ」
「ち、ちげーし!あれは妹が勝手に自撮りを入れてくんだよ!」
「ぱそこん以外にもベットの裏や枕の中にも大量に写真が入ってたにゃ」
こえーよ妹!なにやってんのぉ!
「ふぃ、フィーネ、そ、その子、今猫から…」
「「あっ」」
すっかりティア嬢が居るのを忘れていた。
「おい、アホ猫どうすんだよ」
「フッフッフ、とうとうあちきの正体を明かすときがきたにゃ!なにを隠そう、あちきこそがフィーネをこの世界に送り込んだ張本人、女神、アフローティアその者なのにゃ!」
いきなりぶっちゃける猫耳娘。そんなの誰が信じんだよ?
今のお前、猫のときより威厳無いぞ。素っ裸だし。
「えっ!?ハ、ハハァ!」
ティア嬢が膝を突く、えっ!信じるの?
「猫のときから神々しいオーラが出てると思っていたのです。思わず女神様の名をつけてしまいましたが…まさか!ご本人とは!」
感動しきりでござる。どこにそんなオーラがあるのぉ?
やばい、ティア嬢は猫を神聖視しているのだろうか。
「うむ、そなたは良く分かっているにゃ!あちきに対する態度、当社比1000%なのにゃ!」
「誰と比べてだよ?」
「そんなのダーリンに決まってるにゃ。そうだにゃ!そなたにあちきの加護を与えるにゃ。新ヒロインは君に決めたにゃ!」
…お前、実は誰でも良かっただろヒロイン。
女神猫はティア嬢の頭に手を当てる。
その手からティア嬢に暖かな光が広がっていく。
「こっ、これは…」『スモールヒール!』
ティア嬢が魔法を唱える。と、オレの肩こりがちょっと取れた。
「わ、わたくしが神聖魔法…わたくしが神徒に!?アフローティア様!ありがたき幸せでございます!」
「うむ、よきにはからうにゃ」
「ハッ、これから誠心誠意お使え致しますわ!」




