第三章 日本人ならおもてなしの心でしょ
ジョフィが生きてた!ジョフィが―――帰って来てくれた!
私は嬉しさのあまり、ベッドにダイブし布団を抱えたまま左右にゴロゴロと転がる。
なんだか、自分は妹だと言い張っているようだが…あのフェン介への突っ込み、あの動き、どう見てもジョフィだ!
裏路地で会ったときからじっと観察していた。公爵様の斥候を担当している剣心のソルヒタネ様も言ってた。
「人の動きには癖がある。俺達はそれを見極めなければならない。どんな変装をしていても、どんな変身魔法を使っていても、動きだけはごまかせない。そこが狙い目だ」
「なんだよ、そんなの気にする程でもねーだろ?みりゃ分かるんじゃね」
「お前は特別だな。俺がどんな変装しても一発で見極めやがる。まあ、ネイリスにはこいつがいれば騙されることもないか」
そんなフェン介が一言目からジョフィだと。
それにフェン介をワンコロと言うのもジョフィの特徴だ。
風呂場でもよく観察してみた。ジョフィの体もそうだが、本来人が暮らして来た形跡は体に刻まれる。過去の傷、日焼けのあと、肌のしみなど。それがまったく無い、まるで生まれたばかりの体のように。
墨から墨まで…ハッ、もしかして私がジョフィの体をまじまじと見たのと同じように…ああっ!なんと!私はジョフィに裸を晒してしまった!
今頃そんなことに気づいた私は部屋の隅で布団を被って震える。
どどど、どうしよう!これからどんな顔でジョフィに会えば!?わ、私の体…どうだっただろうか、綺麗にしてただろうか。いや、きちんと洗ったから大丈夫だ。大丈夫だっただろうか?
「おや、お嬢様、どうされましたかな」
そこへセバスチャンがノックをして部屋に入って来る。
「せせせ、セバスチャン!ど、どうしよう。ジョフィに裸を見られてしまった!」
「ほう…?」
セバスチャンの顔が険しくなる。なんだか腰の剣を抜こうとしている。
「あのフィーネという小娘ですかな。やはりジョフィ本人でしたか。どのような魔法を使っているのかは知りませんが…地獄は現世にこそあると言うことを知ってもらいましょうか」
いい笑顔で恐ろしいことを言う。
「ま、待つのだセバスチャン。その、私の故郷には化け猫伝説というものがあってだな…」
私はガクブルでセバスチャンを説得することにした。
「ふむ、猫が老夫婦の亡くなった子供に化けて老夫婦の世話になっていたと」
「そうなのだ、老夫婦も成長しない子供を見て、知ってはいたが黙っていたのだ」
私の故郷では猫は人を化かす。年経た猫は化け猫となるという伝記が多数存在する。
そのほとんどは人を驚かせたり、主人に代わって恨みを晴らしたり、中には人を食べるという話もあり、人を害することが多勢をしめる。
しかし、中にはほんわかする話も有り、身寄りのなくなった老夫婦の子供として取り入り、その寂しさを和らげる家族となり、最後は嵐の日に病にかかった老夫婦の為、その命を投げ出し医者を連れて来るといったストーリーもある。
「そうですか、命がけで自分を連れて来た猫の遺骸を見て、心打たれた医者は無償で老夫婦の治療をする…良い話ですな」
セバスチャンがほろりと流れた涙を拭く。
「きっとジョフィにもなんらかの理由があるのだろう。私はジョフィを信じたい!どうだろうかセバスチャン!」
「それとこれとは話が別ですな」
けんもほろろである。
―それから暫くして、フィーネ?の叫び声が屋敷に響き渡るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ほんとにティア様には足を向けて寝れないな。私はあの日あのとき、フェン介とセバスチャンにティア様のことを託し―――自害する気でいた。
ジョフィが鎌で切りつけられ、その姿が一瞬にして消滅した。
そのとき私は何が起こったのかまったく分からなかった。
地面に散らばった衣服の上の、一匹の猫の死体を見るまでは。
それがジョフィだとなぜか私は直感した。
―もしかしたら彼はジョセフィーヌの生まれ変わりでしょうかね?―
そう言ったティア様の顔が思い出される。ジョセフィーヌは、ティア様が飼っていた猫ではなかったか。
それからはもう夢中だった。
ティア様を守るため、襲い来るモンスターと相対し、体中傷だらけになりながらも持ち堪え、公爵様の剣心の方が来られるまでひたすら剣を振るった。
ジョフィの首を刎ねた悪魔族の女は、ジョフィの姿が消えると満足げに姿を消した。
それと入れ替わるように2階層のモンスターが多数襲って来たのだ。
あの猫がジョフィのはずがない!
きっとジョフィは首を刎ねられる寸前にテレポートか何かで逃げ出したに決まっている!
私はジョフィは生きている、その一心でダンジョンを出るまで戦った。
「テレポート…そんな魔法は存在しない」
公爵様の剣心に言われた。
「ジョフィがジョセフィーヌ…あの子が、ジョフィ…そんな…」
ティア様はずっと呟いている。
「死体が消えた?ジィフィの本体が猫?魔法が使える猫…ウィッチキャットか!?モンスターならダンジョンで死ねば取り込まれるか…ん、ウィッチキャットでモンスターだったか?」
王子がいらん説明をしてくれる。
ジョフィが死ぬはずなかろう!おもわずぶん殴ってしまった。
「王子…ネイリスの前で言うセリフじゃないよね?」
「いや、申し訳ない。なぜだろう、説明しなければならない気がしたのだ」
きっと屋敷に帰ればジョフィが居るに違いない。
こんなに傷ついた私を回復してくれるに違いない。
だが、いつまで経ってもジョフィは現れない。
―お嬢様はオレの宝です。そんな宝を傷がついたまま放って置けるはずがない―
そう言われたのはいつだったろうか。
…ジョフィ、私は傷ついている、心も、体も、だから、今ここに来て…来て欲しい…
泣いては駄目だ!泣いたら…これが真実になってしまう!こんな現実が…
押さえていた感情が堪らなくなる。一度決壊してしまえばもう止められない。
次から次へと流れる涙に、嗚咽をこらえ布団を抱きしめる。
どれくらい経っただろうか。もうすっかり外は暗くなっている。
私の目に映ったのは、貫通して穴が開いた盾と鎧。
あのとき、なぜ私は防御強化の魔法をしていなかったのだろう。それさえしていれば…
ジョフィは死んだのだ。そう私のせいで。
私は知らず剣を抜く。それを喉元へ…
だがふと思い当たる、私はティア様の剣心として選ばれていたことを。
思いなおし筆を取る、私の後をフェン介とセバスチャンに託すと言う遺言を書く為に。
そんなときだった、ティア様が訪れたのは。
私はティア様に抱かれその晩を過ごした。共にジョフィへの思いを語りながら。
明日の朝、ティア様に暇を貰おう。そしてジョフィの元へ…そう考えながら…
「あ、あれ?傷が治っている…だと!?」
次の日の朝、目が覚めると、あれだけ体についていた傷が跡形もなくなっている。
「ま、まさかジョフィ!?」
私は屋敷を走り回った。きっと夜中に現れて私を回復してくれたのだ。
皆に聞いて回った、ジョフィが帰ってないか。
何時間も走り回った、そこにジョフィの気配がないか。
だが、誰もが知らないと言う。気配も感じられない。
私はふと、ある大きな鏡の前で立ち止まった。
そこに写った私の髪に掛けられた髪飾りが、淡く輝いていた。
そしてその輝きは私を包み込むように広がっていた。
私は自分の体を抱え込んで座り込み、
「そうか…ジョフィはまだここに居るのだな。こうやってまだ私を癒してくれようとしていたのだな」
そう呟く。
ジョフィは未だ私を生かそうとしてくれている。
そうだった、私はジョフィの宝なのだ!そんな宝がこんな女々しくあってはならない。
私はジョフィの宝として、誇り高く在らねばならないのだ!
私は立ち上がり両手で頬を叩く。
「ジョフィ、待っていてくれ。お前の元に辿り着くまでに、お前の宝は世界一の珠玉の宝石となっているからな!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
なぜだろう、フェン介に続いてセバスチャンにも正体がバレた。
おかしい、オレは勤めて淑女として振舞っていたはずだ。
「淑女は一昼夜にしてならずにゃ。もっと女を磨くにゃ」
「…なあ、別にお前が人間に化けてヒロイン(神)でいけばいいんじゃね?」
「あちきはあくまで中立にゃ!手は貸しても足は貸さないにゃ!」
「意味不なんだが。単にめんどくさいからって理由じゃねえだろうな」
「にゃにゃ!なんでバレたにゃ!」
ほんとこいつは。
そもそも猫に手はないぞ。いや、猫の手も借りたいって諺はあるが。
「あら、こんなとこにいましたのフィーネ。捜しましたわよ」
そう言ってティア嬢が近づいてくる。
「お父様にあなたのことを相談しようと思いますの、一緒に来てくださります?」
「分かりました」
「ほら、そこの猫もおいでなさい」
ティア嬢が腕を差し出すと、アホ猫がそこに飛びつく。
「うにゃあ、ほんと心地いいのにゃ。この娘、あちきの僕として飼ってやってもいいのにゃ」
おいこら、そこは本来ならオレの定位置だぞ。あと飼われてんのはお前の方な。
「ねえこの猫、なんて名前ですの?」
「ん?エーと、名前あったけ?」
「ひどいにゃ!ゲームのタイトルにもなってるのにゃ!女神の名前を忘れるなんて何事にゃあ!」
ゲームの名前か、ゲームの名前…いやお前、ゲームのタイトルなんて最初に出たっきりストーリーにまったく関わってなかっただろ。女神出たのも最初だけだし。
なんてものぐさな女神だ。タイトル詐欺にも程がある。
普通女神の名前をタイトルに持ってくるなら、せめてなんらかで関われよ。召喚してなげっぱじゃねえか。
「クロ介だな」
「にゃあー!なんなのにゃその名前!レディにつける名前じゃないにゃあ!」
「なんか違うって言ってるようですけど?」
まあ実際違うし。
「名前が無いのなら、わたくしがつけてもいいでしょうか?」
「いいんじゃないかな」
「うーん、そうですわね…アフローティア。愛の女神の名前ですわ、どうですか」
そう言って黒猫を顔の前まで持ち上げて問いかける。
ああ、思い出した。アフローティア―愛の女神―ってタイトルだったかな。その愛の女神、一回しか姿を現さないが。
「こ、こ、この娘!分かってるにゃ!素晴らしいにゃ!もうヒロインはこの娘に決定にゃ!」
その娘、お前のゲームの設定では悪役キャラだったんだがなあ。バッドエンド盛りだくさんの。
「あちきは今、あのときのあちきを殴ってやりたいにゃ!ほんと人を見る目がなかったのにゃ」
オレを遠い目で見ながらそうのたまう。
それはお前、オレを召喚したことも含んでんのかこら。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おおっ!こいつはすげえ!ほんとに傷が治ってる!」
公爵様の剣心さんがオレに熱いまなざしを向けてくる。
「フィーネ殿と申したか、いやかたじけない、何もしていない拙僧まで癒してもらって」
「回復魔法か…素晴らしいな、これがあれば何時間鍛錬しても耐えられそうだ」
「お嬢ちゃん、良かったらこの後、デートとかどうかな?」
あの後、ティア嬢のお父上に会って紹介をしてもらった。
そしたら回復魔法が見たいって言ったので、ちょうどネイリスさんと一緒に鍛錬している剣心さん達に回復魔法を掛けてみたのだ。
いやしかし、ちょろっと回復魔法掛けただけで好感度がうなぎ上りだ。
ほんとに変な成分出てないだろうか、この回復魔法。
「ジョフィもフィーネと同じく神徒だったのか。なるほど、ネイリスの傷の直りの速度が納得できるな」
「ん、しかし昨日はジョフィが居ないのに回復してなかったか?」
「ああ、それはこれのおかげです」
ネイリスが頭の髪飾りを指差す。
「これを見てください」
そう言って指に傷をつける。
とたん髪飾りは淡く輝きだし、その輝きはネイリスを包み込むように広がる。
すると、指についていた傷が跡形もなく消え失せた。
「ジョフィがくれた私の宝物です。なんでも自動回復の魔法が掛けられているとか」
「「「「………………」」」」
公爵様とその剣心さん達が絶句している。
「それ…国宝級…いや、そんなレベルですらない…」
「おいこれ…いくらすると思う?」
「値段なぞ…というより命が狙われかねん」
そんな大層なモンなのか?防具に回復付与なんてゲームでは普通につけれたぞ。
「普通は回復魔法すら存在しにゃいからにゃあ。あちきも加護を与えた人間は何人かいるにゃが、使い方まではレクチャーしてにゃいにゃ」
レクチャーねえ、とりわけ、あのゲームはこの世界の使用説明書って訳かね。
「ネイリスよ、それは普段持ち歩かない方が良いのではないか?」
公爵様がネイリスにそう問いかける。
「ええっ、いやしかし、これはジョフィがくれた…」
「ネイリスさん、わたくしがそれと同じものを買ってあげましょう。どうですか、普段はわたくしのものを、回復するときにそれをお持ちになれば」
「ティア様…宜しいのでしょうか?」
同じものか…そうだな、今度は防御強化の魔法でも付与するか。それならちょっとやそっとじゃバレないだろ。
「あなたはわたくしの剣心。わたくしの鎧も同じ。なのに出し惜しみはできませんわ」
「ティア様…」
「形が同じなら、ジョフィがくれたものを身に着けてる気分にもなりますでしょ?」
手を取り合って感動されている。お二人は特別な世界の住人になってしまったようだ。
あのゲームにゆり要素はなかった気がするんだがなあ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「えっ、ジョフィの妹だって?」
「はい、始めまして王子様」
オレは優雅にドレスの裾を持ち上げでお辞儀をする。どう、この淑女っぷり。
「上げすぎにゃ、パンツがまる見えにゃ」
「えっ、マジで!?」
そういやこれ鍛錬用のスカートが短い奴だったわ。
本日はこないだのメンバー、王子・剣の天才君・魔法の天才君・ネイリス・ティア嬢・クルーカ・王子の剣帝・事なかれ主義の先生・フェン介に集まってもらった。
「ここが公爵家の鍛錬場ですか…ずいぶん丈夫そうな壁に囲まれていますね」
「それは先生、我が家の鍛錬は秘匿ですからね。周りから見えなくするのは当然でしょ?」
そしてここは公爵家の鍛錬場、秘密の話をするにはばっちこいな場所である。
ちなみにオレがドレスを着ている理由だが、
「このフィーネもリジェネイトの魔法付与はできますわよ」
と、特に隠しとく必要はないと思い当たりそう言った所、扱いが国賓級になった。
与えられた部屋なんて、ティア嬢と同等ぐらいの豪華さであった。
「ちょっとちょっと公爵様。リジェネイトって実はたいしたことないですよ?瀕死級は無理だし、傷の回復にも時間かかるし」
「ハハハハ、期待してるよ!」
バンバン!と背中を叩かれる。
「聞けよこら」
思わずそう言ったのも仕方がない。この親子は興奮すると人の話を聞かないらしい。
翌日早速、一家全員と剣帝さん達、あとネイリスさん達の分の、公爵家、家紋入りのミスリルのペンダントを作って来た。
隣に居た職人さんの死んだような目が怖かったです。そして思った、明日はわが身か?と。
まあ、さすがにそんな無茶は言ってこなかったが。
何日か掛けとりあえず人数分付与し終わったので、いよいよ例の瘴気対策に乗り出すことにした。ほっとけばほっとく程まずいしな。
「本日皆に集まってもらったのは他ではありません、例のダンジョンの・」
―――ドドガガッドガン!
集まってもらった皆に、ダンジョンの状況を説明しようとしたところ、突然上からモノリスのような黒い壁が降って来た。
その黒い壁はオレ達を取り囲むように配置される。そしてゆっくりと、
「あのときの悪魔族の女…!?」
ダンジョンでオレをワンキルしたお姉さんが空から降りて来た。しかし、
「左腕が無い!?右目も!?」
その様は悲惨の一言に尽きる。
服は無残に切り刻まれ傷だけの肌を晒す。左腕が無く、顔に大きな傷が出き、右目はすでに無いように見える。
降り立った後も右足を引きずりながら歩く。
「一体何が?」
「主にしかられちゃいました…あなた達を逃がしたことを」
「狙いは…ジョフィ1人だったのじゃないのか?」
オレがそう問いかける。
「はい。主からも神徒が居るはずだから殺して来いとだけ言われたのですが…それがですねぇ、聞いてくださいよぉ」
なんでも、世界の穢れたる人間を見逃してくるとは何事ジャーって怒られたらしい。
主さんの言うことには、動物はその場でとって食い、人間は皆殺ししてこそ悪魔族の存在よとか。
その主、もしかして邪神さんですか?
「下っ端ってつらいですねえ。だって人間狙うと反撃されるじゃないですか。あのときの肩、超痛かったんですよぉ」
ネイリスさんにザクッとやられたときの話かな?
「そう言ったら、もっと痛い目にあわせてやるってこのざまですよぉ」
「ひどい主も居たもんですねぇ」
「でしょうでしょう、なので、死んでもらえますか?」
と、お姉さんの前方に無数の赤い点が現れる。
「あれはヒートレイル?同時にあんなに!?」
「確か、こんな感じでしたか?」
お姉さんがそう言って前方を指差す。すると、赤い点が線となり一斉にこっちに向かって来た。
「今度こそ止めてみせる!」『セイントウォール!』
ネイリスさんが地面に盾を突きつける。するとその盾から、白い半透明なバリアのようなものが展開される。
赤い線はそれに当たり掻き消される。
「我が友の仇!参る!」
それまで、無言を貫いてたクルーカが突然走り出した。そういやコイツ、寡黙だけど熱い奴だったけ。
「無策で突進すんな!」『ホーリーエンチャント!』
オレは咄嗟にクルーカの剣に神聖魔法を付与した。
クルーカの剣がお姉さんの首を狙う。
しかし、お姉さんは無事な右腕でそれを受ける。
そしてクルーカの剣がその右腕を切り捨てた瞬間、右腕から出た血しぶきが刃となりクルーカに襲い掛かった。
「しまった!」
だから言ったのに!オレは急いでクルーカの元に向かう。
これやべぇ、肩口からお腹までばっさりいってりゃ。
『ヒール!』『ヒール!』―
オレは急いでクルーカに回復魔法を掛け続ける。
ふとオレ達に影がかぶさる。そして目の前には…宙に浮いた鎌が…おお、またしても首ちょんぱですか?
オレは助けを求めて女神猫を見やる。
「グッドラックにゃ」
おいこら!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうはさせない!」
そこへネイリスさんが盾を構えてお姉さんごと鎌を弾き飛ばす。
「てめー、今見捨てたな!」
「ち、ちがうにゃ!ほら、少々首ちょんぱされても蘇生魔法で?」
「その前に出来ることがあるだろ!」
防御魔法なり、拘束魔法なり、色々あるだろ?お前こそ一度女神に戻ってみるか、ああ?
「上!上にゃ!」
「へ?」
オレの頭上には無数の血の珠が。それが一斉に矢のように降って来た。
「あわわわ『ホーリーバリア!』」
咄嗟に防御壁を張るがそれを突き抜けられる。
かじろうて急所は避けたが…オレとクルーカの体は穴だらけに。
「ジョ、フィーネ!」
「そんな、某をかばって!?」
お姉さんはネイリスさんに盾で地面に押さえつけられたままなのだが。遠隔操作って便利だな。
「ぐっ、これはまずい、女神様、そこの愛の女神様、お慈悲を、お慈悲をおねげえしますだ!」
「仕方が無いのにゃあ」『グランドキュアフレーション!』
オレを中心として光の波が放出される。
「暫くの間、傷が治り続けるエリアを構成したにゃ。しかし気をつけるにゃ、これであちきは何もできないにゃいからにゃ」
「は、なんで?」
「さっきので、えむぺーがゼロになったにゃ」
少ないなえむぺー!
「ウィッチキャットだから仕方ないのにゃ。才能に頼りっきりでまったく努力してにゃいしにゃあ」
「努力しようよ!」
まあいい、これで形勢逆転だ。つって、あれ?
「おい、あのお姉さんも回復してないか?」
悪魔族のお姉さんの傷が徐々に治り始めている。
「おや、これはうっかりにゃ」
「うっかりですむかボケェエ!」
「フィーネ!なぜ敵を回復するのだ!?」
王子が問いかけてくる。オレじゃないってばよ!
「なぜ、私に回復魔法を…?」
ネイリスさんを跳ね除けたお姉さんが問いかけてくる。
なぜって言われてもなあ、ほんとこっちが聞きたいよ。
「お姉さんこそなぜ私達を狙うのです?」
「主の命令ですし」
「そんな主の命令なんて聞く必要はないのでは?」
お姉さんは首をかしげる。
「主は私を生み出した物。生み出された私は創造主である主の命令を聞く必要があるのでは?」
ふむ、そう言う理屈か…ならば!
「今お姉さんの体は生まれ変わりました!見なさい、傷一つ無い体を!そう、私が新たにあなたを創造し直したのです!」
「ダーリン…いくらなんでもそれはムリがあるにゃあ?」
「よって、あなたの主は私となったのです!」
理屈は合っている。屁理屈だがな。
「なんと…いやしかし…?」
ようし、ここはダメ押しだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「これがゴブリンの成れの果てなのですか?」
「何言ってんだよぉ、お嬢様の料理にけちをつける気か?」
悪魔族のお姉さんをこっちに取り込むため、OMOTENASHIを行うことにした。
まずはネイリスさんの手料理を味わってもらうことに。
これがうまくいけばフェン介の味覚がおかしいのではないことも証明される。
しかし…ゴブリンの成れの果てかァ。いいえて妙だな…
もはや素材の原型を留めていない料理を見てそう思う。
「すみません。私は料理と言えばゴブリンの丸かじりしか味わったことがありませんので」
それは料理とは言わない。
「そうか…おめえも苦労してたんだな。まあ食べてミロや、世界が変わるぜ?」
フェン介がお姉さんの肩を叩きながらそう言う。
お姉さんはそんなフェン介を微妙な顔で見ながら料理を口に運ぶ。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
そのとたん、お姉さんは声にならない叫びを上げ、バタリと後ろに倒れこんだ。
…モンスターでも気絶するレベルになってたか。止め刺しとくか?
オレがお姉さんに近寄ろうとしたとき、突然お姉さんが起き上がり―――猛然と料理をかきこみ初めた。
「素晴らしいです…世界にこのような幸福な物があるとは…以前の主は間違っておいでです」
お姉さんは料理を平らげ、まるで昇天してるがのごとく、両手を合わせ多少浮きながらそう言う。
「どうですか?あなたが私達へ寝返るならば、これが毎日味わえますよ」
「主よ!なんなりとご命令を!」
とたんそう言って跪く。ネイリスさんに向かって。
えっ!?そっち?創造主うんぬんはどこいったの?
もうネイリスさんはモンスターテイマーになったらいいんじゃないかなぁ…
「良いのですかネイリスさん。彼女は…ジョフィの仇ではありませんか?」
ティア嬢が憎々しげに跪いたお姉さんを見やる。
「ティア様。この者、私に一任して頂けませんか。ジョフィのこと、そしてあのダンジョンのこと、きっとなんらかの突破口になるはずです」
「ネイリスさん…あなたがそこまで言うならお任せしましょう。フィーネ、あなたは万が一の為、その者から決して目を離してはなりませんよ」
「了解ですわ、ティア様」
「それでは一旦、鍛錬場に戻りましょうか。王子達へ事の顛末の報告と、ダンジョンのことを彼女からお話し頂けなければなりませんしね」
そしてオレ達が鍛錬場に戻ると、突然クルーカがオレに跪き、
「フィーネ様、某を、フィーネ様の騎士にして頂きたい!」
そう言い出すのだった。




