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09.一人になって項垂れる

 まったくもって、阿呆だと思う。さもなきゃ、馬鹿だ。

 私は、ひたすら自分を罵っていた。

 後悔はしていない。だって、あれが私の、全力。あの時の、精一杯。だからこそ、後悔できない。悔やむとしたら、自分のあまりの意気地なしな部分について、だ。

(あああああぁぁ…)

 頭の中で、いろいろなものを掻き消すように、絶叫を響かせる。思い出したら、恥ずかしさで死ねる自信がある。しかし、そろそろ向き合わないといけないというのも、道理だ。

 早二日。

 私は、何もできずにいる。

 今だって、自室でぼんやりと、過ごしている。自室。それは、なんと落ち着くスペースなのだろう。偶然の出逢いなんて起きようもない、安全地帯。

 そう、だから、たまたま彼に逢うだなんて、あり得ない。

「………………」

 チロリロリン、と携帯が鳴った。見ると、香里からのメッセージが届いている。

『なんか進展あった?』

 タイムリー過ぎる話題に、うぐ、と唸る。まさかの超能力者か、と疑う。返信に困っている間に、追加で受信。

『ま、こんな短期間で何かあるわけないか笑』

「………………」

 普通は、ね。

 無いよね。まさか、宣言した次の日に、早速決意を翻して、やらかして帰ってくるなんて、ね。

 なんて返そうか。困った。

 話すことはできるけど、今は、一人でうだうだ悩む期間だと思う。

 少し時間を置いてから返そうか、と考えている間に、携帯の画面が暗くなる。

「………」

 電源を落として、ベッドに放り投げる。ごめんね、香里サン。もう少し時間をください。

 自分もベッドにダイブする。ぽす、と頭を枕に預ける。普段はすぐに眠くなるのに、この日はちっとも眠くならない。

 私は、彼のことを知らない。

 けれど、それ以上に。

(…何を怖がっているんだろ)

 自分のことが、わからない。

 言えばいい。それだけだと思う。現に自分が第三者ならそうする。話すキッカケが増えるのだから、それでいいじゃない。そう思う。

 それなのに、言うのが怖いのは、何故?

 思い出したくない。確かに、それもある。思い出したくもない、肌を撫でる、あの生温い手の感覚が、私を視姦するあの視線が、今だって私の中に残る。

 けれど、彼に感じるものは、そうではなくて。

 もっと、違う、“なにか”。

 不意に、外の空気が恋しくなった。

 いつもの癖でスカートを履こうとして、止める。気に留めて欲しいわけじゃなかった。彼に会いたい訳でも無い。

 七分の白パンツを履き、上は飾り気の無い紺のシャツ。寒いので、ダッフルコートを羽織る。

 小さめの鞄を引っ張り出し、携帯と財布、家の鍵を突っ込む。携帯の充電は、迷った末、入れることにした。万が一何かあった時のために。

 香里からはなんの反応も無くて、ホッとする。

(コンビニでも行こう…)

 とりあえずの目的地を設定し、家を出た。空を見上げても、曇っていて、星はよく見えなかった。それが少し、残念。

 すたすたと、普通の女性よりも速いスピードで歩く。今日はスニーカーだから、より歩きやすい。

 歩いて五分。すぐにコンビニに着いた。コンビニは、散歩には向かないと気付いた(距離が近過ぎる)。

 まだ帰る気分にはなれず、雑誌コーナーに立ち寄る。女性週刊誌をパラパラと捲ってみたものの、あまり興味をそそられない。ふ、と視線をズラすと、『相手の気持ちを知る方法』だとか『伝えるためには、まず聴くべし!』だとか、人間関係を円滑にしましょう系の本が並んでいる。

(…私に必要なのは、こっちかもしれない)

 自嘲する。あまりに黒い笑みになっていたのか、隣のおじさまが、私を見てビクリと身体を震わせ、こそこそと距離を取った。し、失礼しました。


「ありがとーございましたーあ」

 店員さんの声に見送られ、コンビニを出る。結局買ったのは、ジュース一本だ。雑誌は、なんとなく買う気分にならなかった。

 だが如何せん、まだ帰る気分にならない。どうしようかな、と思いながら歩いていたら、気付いたらあの公園にいた。

「………はっ!?」

 思わず、声が出た。

 慌てて周囲を見たが、誰もいない。セーフ。

 それにしても。

(無意識でここに向かってしまうなんて…)

 苦笑してしまう。

 数日に一回、会えればいい方だったのだから、会えないに決まっている。

 まして、会うために出てきたのでは無いというのに。


 くん、と。


 腕を引かれた。後ろに。

 恐怖が蘇る。背筋が凍る。

 でも、あの頃の私とは、違う。

 足で地面をしっかり握った状態で振り返り、相手を睨み、

「―――ぇ」

 それが彼だと分かった瞬間に、力が抜けた。

 そんな。

 まさか。

 なんで彼が、ここにいるのだろう。

 こんなに、必死な眼差しで。

 私を見るのだろう。

「あの―――」

 彼が口を開く。

 私は、呆然としたまま、それを受け入れた。


 次の日の朝、我に返った私は、ようやく香里からのメッセージに返信した。

『それが、そうでもなかったみたい』




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