表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

07.嘘つきが最大要因

 そのまま進展なんて、無いと思っていたのに。実際、半年以上、一度も話なんてしなかったのに。

 まさか。まさか、まさか…!

(よりにもよって、変質者を取り押さえる場面で鉢合わせるなんて…!)

 しかも、動揺と恐怖で、痴漢相手に、かなり脅しを掛けてしまった。あれくらいやらないと、怖いのだ。でもだからって、恋する相手の前で、アレはどうなのだろう。多分、駄目だ。

「かといって…そのままヤられる訳にも行かなかったし…」

 致し方なかったのだろうか。

 はああ、と大きくため息を吐く。

「こーと! どうしたのよ。さっきからため息ばっかりー」

 香里が、私の視界にひょっこりと顔を出した。つん、と私の眉間を突き、「眉間のシワ、すっごいよ。固まったら大変だし、その辺りでストップしといたら?」と冗談交じりに助言をくれた。

「ていうか、何があったのよ」

 腰に手を当て、唇を突き出す姿は、本当に可愛らしい。香里は、中身は姉御肌だが、外見は150センチくらいの小柄な体躯で、可憐な見た目をしている。だから、そんなポーズがよく似合う。

「その可憐さが少しでも、私にあればよかったのに…」

 自分が、可憐、とは無縁であることは、よく分かっている。かといって、美人系なるものでもない。強いていうなら、ぽやぽやしている、らしい。友人談。そのリーダーである香里は、「そこが一番の魅力なのに、分かってないなあ」と笑う。

 でも私は、できれば可憐な感じが良かった。それなら、痴漢に遭っても、この容姿だから、なんて言えたかもしれない。守ってもらう光景が、いっそ自然なら。流れるままに、彼から連絡先を教えてもらえたかもしれない。

(な〜んて…)

 無いものねだりもいいところ。それに、可憐だから、が本当はなんの理由にもならないことを、私は知っている。

 痴漢に遭ったのは、私が隙だらけで、相手がその隙に付け込むような悪いやつだったから。連絡先を訊けなかったのは、私の勇気が足りなかったから。

 それをこの後に及んで、容姿の所為だなんて。情けない。でも情けなくなる自分を、許してもあげたい。なんでもできるスーパー人ではないのだから。

 とはいえ。

 目下の問題は。

「自分の世界に飛ばないっ! 事・情、はっ?」

 目の前で目くじらを立てて怒っている、この友人だ。

「えええっと…変質者がやっぱり変質者で退治したら恋に痛手が?」

「は?」

 …説明を省くなんて高度な技術の持ち合わせは、ありませんでした。


「ふうむ。なるほどねー」

 事情を把握した彼女は、ぷるんとした唇に指を当て、思案顔。

「ま、でも、印象には残っただろうし…意外性としては、バッチリじゃない。ここから恋が始まるかも、よ?」

「でも怖い子って思われた…」

「そんなの、どうとでもなるわよ」

 殊更気にしていない様子の香里に、私は眉を寄せる。そんなの、可愛いことを売りにできる彼女だから言えることだ。私が今更可愛げを見せたところで…。

『わたし、こわぁい!』

 鳥肌もの、だ。うん。だめ。NGだ。

「ていうか、ことはどうしたいの?」

「? どう、って…?」

 だーからぁ、と香里は、ジト目で言う。

「過去にあったこと、思い出して欲しいの? 欲しくないの? どっちにしろ、好きだってことに違いは無いんだろうけど」

「か、かかかかおりっ!?」

 そんなあけすけに言わなくても! と声を荒げれば、なによ、とやはり仕方がないものを見るような目だ。

 その視線に退路を絶たれ、項垂れる。

 そんなことを、訊かれても。

「わかんないよ…忘れられちゃうのはショックだけど、もし憶えてて、あの時の被害者の子だな、なんて思われたら、嫌だ」

「ふーん。つまり、“あの時”じゃなくて、“今”を見てってことね?………って、なによその顔。口、開いてるわよ」

 指摘されて、慌てて口を閉じる。

(自分でも、気付いていなかったけど)

 先程の、親友の言葉を反芻する。今を見て欲しい。そういうことなのだろうか。

 過去よりも、今を。

 だけど。

(私自身、あの人の“今”を知らない)

 今どころか、過去だって。

 だから、好きじゃいけない?

 ―――そうではないはずだ。

 好きだから、知りたい。私はまだ、あの人をあまり知らないけれど。それなのに、好きだなんて、言えた義理では無いのかもしれない。だけど。

 否定と肯定を、心の内で繰り返す。

「私だって、百戦錬磨って訳じゃないけど、恋なんて人それぞれの形だもの。どうしたらいいかなんて、答えられないけど…後悔だけは、しちゃだめよ?」

 向けられた視線には、心配そうな色が見え隠れしていた。

 落ち着くために、一度目を瞑る。しっかり気を持たせるために、深呼吸をして、薄ら目を開く。

「ありがと…」

 ―――もうちょっと、頑張ってみる。


 と、誓ったのに。

 私は、また嘘をついてしまった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ