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その姿は、確かにディーナだった。が、何かが決定的に違う気がする。
「・・・ディーナを、妹を知ってるのか?」
妹?ということは、この人はディーナの兄さんということか?
「あの、ディーナは僕の・・・」
「・・・あぁ、お前があいつの恋人のアリョーシャって奴か。」
ディーナが彼に僕のことを話していたらしい。だが僕は、彼が彼女の兄ということ以外分からない。
「あいつが迷惑かけたな・・・俺はカルル、お前の恋人、ディーナの兄だ。」
「は、はぁ・・・」
「アリョーシャ、この村から出るぞ。」
言ってカルルは僕の手を引いて駆け出した。
「ちょ・・・ちょっと!」
村を抜け出して、森を駆ける。
先の尖った枝に髪が引っかかり、ぷつりと抜かれ、肌を露わにしている部分を思い切り引っかかれる。痛い、痛い、痛い・・・
「痛っ!」
肩に激しい痛みを感じる。目をやると、魔物が噛み付いていた。
「・・・!」
カルルが咄嗟にそれに気付き、無理やり魔物を引き剥がした。そのせいか、肩から少し血が噴き出た。
再びカルルに手を引かれ駆けだすが、だんだんと意識がぼんやりしてくる。足がふらついてきた。
カルルが舌打ちするのが聞こえた。次の瞬間、僕の体がふわっと宙に浮く。どうやらカルルによって抱えられているようだ。
「ちょ、何を・・・」
抗議する途中で、僕の意識はぷつりと切れた。
深い深い夢の中。静かで、暗くて、まるで海の底のような世界。
「アル・・・アル・・・」
僕を呼ぶ声が聞こえる。聞き馴染みのある、透き通った柔らかな声。
ああ、彼女だ。すぐに分かった。
姿もぼんやり見えてくる。彼女の青い髪がふわりと揺れた。
・・・が、彼女の姿がハッキリとしてくる前に、それは小さな赤が現れると共に崩れていった。
「ディーナ!!」
「おいアリョーシャ!」
「!」
途端に目が覚める。声の方に目をやると、カルルがいた。こちらを、心配そうに見つめている。
「・・・大丈夫か?」
「はい、あの・・・ここは?」
「宿屋だ。」
恐らく、走っている間に偶然辿り着いたのだろう。
・・・そういえば、肩の痛みを感じない。見ると、そこには包帯が巻かれていた。
「手当してもらった。」
成る程、あちこちの切り傷にも絆創膏が貼られている。
もう一度眠ろう。そう思って目を閉じる。が、なかなか眠れない。
そっと視線をカルルに向けると、彼は小机に寄りかかってこちらの様子を窺っていた。ディーナと同じ、綺麗な金色の瞳・・・
「怪我は、まだ痛いか?」
「や、もう大丈夫です。」
「歩けるか?」
「はい、取り敢えずは。」
・・・まさか、もう旅立とうというのだろうか。そうなると、また彼の足を引っ張りかねない。
「ついて来い。」
「ど、どこへ?」
「酒場だ・・・何か情報を集めるぞ。」
酒場に着いて、カウンターに並んで座る。カルルはお酒を、僕は水を頼んだ。それから少し話す。
「・・・何だ。お前はまだ18だったのか。」
カルルが驚いた顔で言う。一体僕がいくつだと思っていたのだろう。
僕がそう考えているのに気づいているのかいないのか、カルルはグラスに満たされた酒を呷る。つられて僕も水を飲んだ。彼の方をちら、と見る。飲み終えて、ふっと息をつく動きが、妙に色っぽい。
「アリョーシャ」
不意にカルルに呼ばれた。
「何ですか?」
「・・・」
返すと、彼は少し顔を顰める。何か変なことを言っただろうか。
「もう少し、砕けた口調で話してくれないか?堅苦しいのは苦手なんだ。」
「え?あ、分かっ・・・た」
するとカルルは苦笑いして、また酒を飲んだ。
「あぁ、そうだ。おっさん、旅のことを聞きたいんだが・・・」
「おや、これから旅立つのですか?」
この酒場のマスターらしきおじさんが、グラスに水を注ぎながら訊ねた。カルルはその質問に頷いて答える。
「ふむ・・・まずは装備を整えてはいかがでしょうか。」
「や、それは分かっているんだが。」
「これはこれは、失礼しました・・・では、こんな話はどうでしょうか。」
おじさんは上品に微笑んで話した。
「ここから少し離れた所に、男性のみが暮らす町があるそうです。そこなら、戦力になってくださる方がいらっしゃるのではないでしょうか。」
「そうか、ありがとう。」
カルルはカウンターに代金を置いて立ち上がった。そして、僕の名前を呼ぶ。
「取り敢えず、まずは装備を整えるぞ。」
「わ、分かった。」
颯爽と出て行く彼に慌ててついて行った。
酒場のすぐ近くにあった店には、様々な武器が置いてあった。
「俺は剣にしようと思う。アリョーシャ、お前はどうするんだ?」
「えっと、どうしよう。」
丁寧に飾られた沢山の武器。今まで縁がないと思っていたから、自分にはどれが一番合っているかが全く分からない。
「あ、そうだ。試しに使ってみるとか出来ないかな?」
「おや、武器のご試用ですか?」
どうぞ、とお店の人が勧めてきたのは、カルルと同じ剣だった。が、重くて持つことも一苦労のため没。魔法が使えるわけでもないので杖もなし。そして次に勧められたのは・・・
「弓か。」
「的を用意しておりますので、外へどうぞ。」
案内され外に出ると、確かに的があった。いつの間に用意したんだろう。
「射ってみて下さい。」
促されて、弓を構える。矢を引いて、的に狙いを定め矢を手放した。
ーストッ!
「おや・・・」
「ほぅ。」
2人が感嘆の声をあげた。どうやら上手く当たったらしい。
的から矢を引き抜き、もう一度射ってみる。また当たりだ。
もう一度射つ。当たる。
また射つ。当たる。
「アリョーシャ・・・お前、弓と相性がいいんだな。」
「そう、みたい。」
店員さんが緩く微笑んで尋ねる。
「お買い上げなさいますか?」
勿論、迷うことはない。
「・・・買う。」
「よし、お前の傷が完治したら、出発するか。」
「うん。」
ーそれから数日後、僕達はおじさんに教えられた町を目指して、出発した。




