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♪(9)最後の夜だから

 放課後、茜は一刻も早く家に戻ってメールの確認をしたかったのだが、青井愛子と、入部届けを出してから部活に出る約束をしていたので我慢した。

 あるかないかはっきりしないメールのために、新しい友人との約束を反故にするのはさすがにためらわれたのだった。

 

 「恩田! お願いがある!」

 廊下でいきなり後ろから抱きつかれた。 青井が思い切りしがみついたまま、耳元で叫んでいる。

 「これをわたしに下さい恩田様!」

 「な、なんのこと?」

 「これを歌詞にするの!」

 青井は負ぶさるように茜にくっついたまま、A4の印刷用紙をひらひらさせた。

 

 「わ!?」

 パソコンから打ち出したらしいその文面を見て、茜はひっくり返りそうになった。 それは昨日の晩、茜が青井に送ったメールの文面だった。


 『うちの学校の校則って、なんか変じゃない?

  生徒手帳を隅から隅まで読んだら笑えるよ。

  あの万国旗みたいな風呂敷はきっと全国でうちだけだろうし、

  おかっぱ頭が校則違反なのも絶対うちくらいだよ。

  段カット禁止なんて、はっきり書いてあるのに誰も守ってない。

  その割りにヘアピン一本つけたら注意されちゃうの。


  知ってる? C組の子がきのう言ってたよ。

  兄貴と買い物してたら、次の日呼び出し受けたって。

  兄弟ですって言ったら、証明もらって来いって言われたって。

  それがそっくりの顔なんで、みんなが写真見て笑ってた。


  やばいよね。 人を好きになっちゃいけないって釘を刺されてるみたいだよね。

  ほんとにだめなのかな、いつものバスで見てるだけで幸せってのもだめかな?』


 慣れない携帯で苦労しながら、つい夢中で打ってしまったメールだった。

 「ちょっと、やめてよなんでこんなもの印刷すんのよ」

 用紙を奪い取ろうとしたが、青井は笑ってそれを外した。

 「面白いじゃない、これで歌を作ろうよ。 それを校内限定ヒットソングにする」

 「マジ?」

 「マジマジ。 ちょっといじったら、リズムがついて歌詞になると思う! ね、ね、迷惑かけないように直すからやってみさせてよ」

 「ほんとにそんなことできるの?」

 「できるよ」

 「ほんとに面白い?」

 「絶対面白い!」

 茜は首をかしげながら、いいよと答えた。

 自分のメールがすばらしいものになることを、本気で信じたわけではなかったが、青井のすることには興味があった。 青井が何かとんでもないことをするなら、是非見てみたいと思ったのだ。

 

 この歌詞がもとで、さらに自分の学校生活が変わっていくことを、もちろん茜も青井も知る由もなかった。 





 自宅の部屋に帰りつくなり、茜は携帯に飛びついた。

 「来てる!」

 鏡からの初メールは、買ったばかりの携帯のピンクのライトを点滅させていた。 カバンを放り出して、慣れない操作をもどかしく思いながらメールを開く。

 

 『今朝はありがとう、鏡です。 駆けつけてくれてホントに嬉しかった。

  今病院から帰って来ました。

  やっぱ再発だって。 覚悟はしてたけどやはりショックで、呆然としてます。

  実は今日バスの中で気分が悪くなった時、来たなって思ったんだよ。 バスから見るあの景色も見納めかと思ったら、たった10分間の車窓からの景色がすごく大事に思えた。

  他にもあるよ。 学校の聞き飽きたウエストミンスター・チャイムとか、家の窓から見える夕焼けとかさ。

  そういう物って、思い出じゃなくて繰り返し触れるもんで、なんて言ったらいいのか未来のものなんだ。

  明日からそういうものと切り離されるのが、正直つらい。

  

  チクショー! なんでだ! 病気が相手じゃ八つ当たりもできねー!

  ……最後に愛ちゃんの声が聞きたいって言ったら、我儘かな』


 ラストの一行に、鏡の携帯の番号が入れてあった。


 茜の胸がズキンと痛んだ。

 美登里の貰ったメールとは全然違うじゃないか。 鏡は間違いなく、茜自身に価値を認めてくれているのだ。 社交辞令ではなく、本音を見せてくれている。

 なのに自分は嘘をついている。 偽の名前を名乗って、好きな人がいるとでたらめで牽制している。

 この素晴らしいメールに値しない嘘つき娘だ。


 ホントのことを言わなきゃいけない。と思った。 鏡が入院して会えなくなる前に前に、ちゃんと伝えなくては。


 

 番号の入力に手間取っているうちに、携帯が鳴り出した。

 鏡が自分から電話をくれたのだ。

 「ごめん! 今、こっちからかけようとしてたのよ」

 あわてて言うと、鏡の案外と元気そうな声が笑いを帯びた。

 「ありがと。メールが支離滅裂で悪いね」

 「ううん、すごい伝わったよ。 つらいんだろうなと思ったら、なんていったらいいか……あたし経験不足でうまく言えないんだけど」

 「重い話でごめん」

 「謝ることじゃないじゃない! ねえ、お見舞い行くよ、毎日行く。 だから頑張って」

 「うん、でもさ、きっと入院したら今みたいにハッキリ話とかさ、出来ないと思うんだ。 薬がメチャきついから、グッタリしちゃうんだよね」

 「……それ、見られるのイヤ?」

 「いやじゃないよ、来てくれるのは嬉しいんだ。 入院中って他に楽しみなんて……あ!」

 「え?」

 突然大声を出されて、茜は緊張した。


 「な、なに? どうしたの?」

 「今、救急車が通ってる」

 そう言えば、窓の外をサイレンの音が通過して行く。

 「携帯の中からも同じ音がした。 音のズレが全然ないんだ、家がすごく近いんじゃないか?」

 「ホントだ。 ね、鏡くんち何町?」

 「うちは庭野町」

 「ええ? うちもよ!」

 「それは知ってるよ、愛ちゃん庭野2丁目から乗って来るじゃん。 俺んち1丁目で一つ前のバス停なんだ」

 「そうなんだ、そんな近くだったのね。 1丁目は東中学で2丁目は庭野中だから学区がちがうんだよね」

 「俺んち、ちょうど境目のとこだよ。 国道隔ててすぐ前が2丁目だもん」

 「ええ? うちも国道の脇よ?」

 「うそ! どのへん?」

 「セブンイレブンのあるマンションのとなり」

 「真向かいだ!!」


 真向かいと言っても、恩田家は一軒家で鏡のうちはマンションの14階だったので、標高的にはずいぶん差がある。 それでも、試しに窓から懐中電灯を振ると、6車線ある広い道路越しに、向かいのマンションの14階のベランダで小さな明かりが揺れて答えるのが見えた。

 「もっと早く気づけばよかった」

 鏡はしきりと悔しがった。

 「判ってれば、ちょっと出てきてもらうとか誘いようがあったんだ。 家が近いのは判ってたのに、どうしてもっと突っ込まなかったんだろう、俺」

 「ほんとね」

 「イヤ待てよ。 それって今からでも可能じゃないか」

 「は?」

 「ちょっと出てきてよ! 一緒に写メ撮ろう」

 

 時計を見ると7時前だ。 ぎりぎり出かけられない時間でもない。

 「……だめ?」

 鏡が甘えるように聞いた。

 「行く! あ、でも15分待って。 写メ撮るなら、髪の毛をまっすぐに戻して行くから」

 「マジで?」

 「うん」

 「やった、オトコのロマン万歳!」

 元気に叫んだ鏡の声は、本当に病気なんかに罹っているのかと疑うくらい生き生きしていた。


 電話を切ると、茜は洗面所に駆け込んだ。

 三つ編みをほどき、ソバージュ状態にうねる髪にヘアウォーターをしみこませてブラシをかける。 そのあとヘアアイロンを持って来て、髪のウェーブを徹底的に伸ばした。 

 (服もこれじゃないほうがいいよね)

 また部屋に駆け戻り、服を着替える。 よそ行き過ぎる格好はおかしいので、普段着の中からできるだけ可愛らしい物を選ぶ。 “男のロマン”とやらを考慮して、いつもより露出は多めだ。

 部屋のスタンドミラーを覗いて、ドキッとした。

 過去最高の可愛さだと思った。 そう思った自分にまずびっくりした。


 茜はこれまで、自分の姿を鏡で見て可愛いと思ったことはない。

 自分は平凡で冴えない娘だと思っていたから、そもそも可愛いかどうかを基準に服を選んだことがないのだ。 ましてや男の子の好みになろうなどと考えたことなどあるわけがない。 部屋の姿見で確認するのは、「おかしくないかどうか」だけだった。

 そんな自分の中にも、ちゃんと“女”の自分があった。 男の子にセクシーと思われて嬉しいと感じる心があった。

 それがこの日の発見だった。


 「どこ行くの、茜! もうすぐ夕飯になるのよ?」

 台所から母の声が追いかけて来た。

 「ごめん、ちょっとコンビニ行って来る。 すぐ戻るから先に食べてていいよ」

 叫んで外に飛び出した。

 

 足に羽が生えたように軽かった。 とかしたばかりの長い髪が、夜風にさらさら踊る。

 夕闇の町を走り、横断歩道を渡った。

 ガソリンスタンド横の街頭の下で、鏡は待っているはずだった。


 ところが、そこにいたのは、見覚えのある大人の女性だった。 鏡の母親だ。

 部屋着に見える服にカーディガンという軽装は、急いで部屋から降りてきたのだろう。

 「愛ちゃん、今朝はありがとうね。 あわててたもんだから、ちゃんとお礼も言わなくてごめんね」

 「いえ……そ、その、私のほうこそご挨拶もしてなくてすみません。 あの、鏡くん、ええと雄大くんは?」

 「出て来たがったんだけど、私がとめたんだわ。 ちょっとあれは、歩き回るのは無理だと思うの」

 「ええッ? そんなに悪いんですか!」

 驚くと同時に、しまったと思った。 「具合が悪いのに連れ出さないで」と叱られると思ったのだ。


 しかし彼女は、からからと笑って掌を振り回した。

 「いえいえいえ、病気自体の症状は、案外自覚薄いんだわ。 でもねえ、とにかく一年も前から薬漬けなもんだから、敏感になってると言うか弱ってると言うか、すぐいろんな副作用が出るのよね。 もともとアレルギーがある子なんだけど、今回もらった薬が合わなかったみたい」

 「おうちで寝てるんですか?」

 「寝込むほどひどくはないわ。 酔っ払っちゃったみたいにふらふらしてるだけよ。 愛ちゃん、お見舞いなら悪いけど上がって顔見せてやってくれない?」

 「え?  いいんですか?」

 鏡の母は、快活そうな表情でまた高らかに笑い出した。

 「おばさんは大歓迎よ。 ただし本人はイヤがると思うわ、部屋ぐちゃぐちゃだから。

  でも来てやって欲しいの。 能天気に見えて本人は不安だし、再発ってことでがっかりしてるから。 入院したら当分は会えないと思うしね」

 「お、お見舞い出来ないんですか!?」

 「しばらくは無菌室に監禁よ」

 「無菌室って……面会は?」

 「ガラス張りの窓が一箇所あったけど」

 「ガラス張りの窓」

 刑務所の面会みたいな感じがするのはイメージが貧困だからだろうか。


 家に行くことになるとは思ってもみなかった。

 茜は鏡の母親に従って、マンションのエレベータに乗った。


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