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♪(8)怒りのパワーで


 学校に着いた時は、1時間めのロングホームルームが始まって20分経ったところだった。

 「知るかあ。あたしゃ何も聞いてないんだからな」

 苅野まひるが持前の大声で叫んだのと、茜がドアを開けたのとが同時だった。


 苅野は教壇で議長役をやっていた。 黒板に文字を書いているのはウタコ先生だ。

 とは言え話は進んでいないらしく、「親睦レクリエーションについて」という白い文字が一行だけしか書かれていない。  

 遅刻の謝罪をしに行くと、ウタコ先生は手を振ってそれを遮った。

 「話はあとよ、議長を助けて下さいな。 苅野さんに何一つ伝わってないんですもの、議事にならないんですよ」

 「当たり前じゃん! あたし、今この場で聞いたんだ、もおチンプンカンプンだからしょうがないだろ。

  仕事放り出して遅れてきた人が司会すりゃいいじゃん」

 苅野はそう言って、先生からチョークをもぎ取ると、勝手に後ろに下がってしまった。


 「待って、どこまで進んでるの?」

 「毎年たいてい水族館やハイキングなんかに出かけるって先生が説明したら反対が出た」

 「外に出るのがいやって?」

 「それもあるけどレクそのものが無駄だって。 朝練とかダメになるから」

 「もう予算が出てるんだから、無しには出来ないのよ」

 「だったら昼食に弁当でも取ってみんなで食べて終りたいって意見が出てる。

  みんな塾や部活で忙しいからさ、何処かで遊ぶだけのために、部活休んだりできないってさ」


 茜は顔をしかめた。 それはまさに苅野が言いたげな意見だったからだ。

 議事進行しながら自分の思うように意見誘導したか。 それとも仲間にそんな風に言わせているのか。

 ウタコ先生があきらめ顔でため息をついている。


 茜は教壇に立ち、まずクラス全員を見渡した。 見渡す限り並んでいるのは、うんざりしたような、半分諦めたような顔だ。

 (なんなのこれ‥‥バカみたい!)

 瞬間、脳みそが煮えたぎった。

 

 鏡のことをゆっくり考えたいのに、なんでこんなにくだらないことをしなきゃいけないんだろう。 自分本位な人に振り回されて、やる気がないことを互いに確認しあいながらごまかすようなことを。

 こんな無駄な時間、こんな無意味な時間ならいらないじゃないか。

 腹立たしい。情けない。 茜は怒りのあまり、興奮状態になった。 そして、教壇に立っていることを忘れてしまった。 人前に出ることが苦手だったこともどうでもよくなってしまった。


 開口一番、自分でも思いがけないくらいの大声が出た。

 「遅れてどうもすみません!」

 一同がはっと息を飲んだ。

 「色々意見が出てるようですが、時間が押してますのでまず2択で決を取らせて下さい」

 挑戦的な言い方になった。


 「ハイキングなどで学校外に出てレクをする形か、それ以外の方法かを先に決めましょう。

  1日ハイキングみたいな従来型がいい人?」

 挙手はゼロだった。 やはり、苅野が相当おどしをかけているようだ。


 「ではそれ以外の形に絞って親睦を考えましょう」

 「それ以外って、弁当取るのしか出てないから、それで決まりか」

 後ろから苅野が口を出すのを、茜は軽く無視した。

 「先生、昼食時間に豪華な弁当を取って食べて終わりってありなんでしょうか?」

 茜が聞くと、ウタコ先生は首を振った。

 「普通のお弁当が高級なものに変わっただけで親睦になった、とは言えないでしょうね。

  せめて何かイベントめいたことをしながら食べるのでないと」

 えええ~!? と数人のわめく声がした。

 「30分でイベントってめんどくさいよね」

 「そんならまだどっか行った方がさ」

 ざわめきが教室に広がる。


 要するにこの人たちは、なんにもしたくないんだ。 真面目にやってるふり、頑張ってるふり、ふりだけで何もせずに過ごしたい。 それが有意義でかっこいいと思ってる。

 一生懸命やるのは部活だけ。 勉強家は裏切り者。 役員は大人への生け贄。

 口ではクールにやりたいだけみたいなことを言いながら、要するに乾燥しきってパサ付いている学園生活に慣れすぎている。 まだ始まったばかりなのに。

 鏡くんがこの様子を見たらなんて言うだろう、とふと思った。

 闘病中に全力で受験の準備をしていた彼だ。 「ふり」のために何時間も平気で費やそうとするこの人たちを見たら、怒りだすんじゃないだろうか。

 「こいつらの時間、全部俺によこせ! 俺が使ってやる」ってきっと言う。


 「イベントじゃなくて、例えば何かを共同製作するような方向じゃいけませんかね、先生」

 わざとウタコ先生に言ってみた。

 「もちろんいいですわよ」

 「‥‥だそうです。 それならたった1日のことじゃないし、部活がある人も時間の調節が可能なので、一考の価値があるんじゃないですかね」

 

 茜の提案に、クラスは2種類の反応をした。

 「もっと面倒じゃないか」という顔。

 「それだと暇な人が率先してやってくれる」と言う顔。

 小ずるい顔ばかりだったが、ともかく会議は回り始めた。

 

 クラス川柳。 クラス旗の製作。 クラスのテーマソングを作る。 全員の似顔絵を描く。

 その他何種類かの案が出た。

 グループ別に取り組んで、出来上がったものでCDを作ることになった。


 

 ホームルームが終ってしばらくの間、茜は自分の席で呆然としていた。

 生まれて初めての議長役を果たしてしまった、それもものすごい勢いで。

 しかも我ながら結構な手際の良さだったと思う。 怒りと興奮のために、緊張も恥ずかしさもほとんど感じなかった。

 (私って、実はこんな性格だったんだ‥‥)

 それは嬉しい発見だった。



 「恩田さん、ちょっとお話しましょう」

 ウタコ先生が廊下の端まで茜を誘導した。

 「遅刻のことですね」

 「そうですよ」

 先生は、頬っぺたに食い込んだ眼鏡を引きずり出しながら困った顔をした。

 

 「途中でバスを降りたそうね」

 「はい、病人が出たので」

 「男の子とふたりで降りたと聞いたけど、親しい方?」

 「そんな言い方したんですか」

 茜はあきれた。 どうせ苅野だ、悪意は満点だろう。


 相手の具合が悪かったので付き添うために降りたのだと説明したが、「どういうお付き合いの方なの?」と繰り返された。

 先生もおかしいんだ、と呆れるしかなかった。

 茜は思わず叫んだ。

 「先生! ゆっくり時間かけて説明したいです!

  昼休みに職員室へ、こちらから伺います!!」


 怒った。 もう怒った!

 この学校もクラスの人もみんなどうでもいいことに踊り狂ってるとしか思えない。

 正義ってないの? スジって通らないの?

 

 隅っこで小さくなってたら、何をされても文句も言えない。

 前へ出てやる。 伸びてやる。 膨らんでやる。

 だって私、間違ってないもの。 何一つ、よけて通る必要なんてないもの!

 


 すっかり開き直った茜は、その日の放課後、職員室で堂々の大演説をやった。

 これで2日連チャンなので、さすがに周囲の教師たちがあきれた視線を送って来る。 すっかり職員室の常連になってしまった。 これまでの茜からは考えられないことだった。


 「その人は確かに男性ですが、知人と言うか、顔見知り程度の人です。

  私の感覚では例えば、相手が女の子でも近所のおばさんでもお爺さんでも同じで、どのみち知ってる人だったらあの場合同じことをしたと思います。 それを交際云々で問題にするのは邪推としか思えません」

   

 「お話はわかりました。 遅刻は遅刻ですけど、男女交際云々は咎めないことにしましょう」

 あっけないほど簡単に、ウタコ先生が言った。

 「あ…。い、いいんですか?」

 空振りした気分で茜はつんのめった。

 

 「そんな拍子抜けしたお顔をなさらなくても。

  わざわざ悪い人を増やすために確認したいわけじゃありませんわよ」

 先生はころころと笑って、隣のデスクから引っ張ってきた椅子を、茜に勧めた。

 「少しシビアなお話をしますから、お掛けになって」

 茜は面食らい、いぶかりながらも腰を下ろした。


 「あなた方が小学生なら、こんな夢のないことを教師が言うべきではないのだけど、もう高校生ですもの、お家の家計のこととかも少しは見当つくでしょうから」

 前置きしてから、ウタコ先生は改まって話し始めた。

 「教師は聖職だと一般には言われてますけど、職業である以上、無報酬ではありません。

  わたくしはこの学校から仕事の報酬としてお給料を頂いてます」

 「……は、はあ」

 「私立高校ですからそのお金は、主にあなた方の保護者の方々が納めて下さる授業料で支払われています。

  これによって契約が生じています。 保護者の方々は、私たちにお金を払うことによって、あなた方の教育をすることと、ここでの安全な保護管理を私たちに委託している。 私たちはお金を貰っている以上、これを怠ることが出来ません。 

  ……さて、あなた方生徒は、入学に当たって親御さんがお金を出してくれることは承知の上でお願いされてるはずね?」

 「はい」

 「つまり、わたしたちに教育され保護管理される契約を、親御さんにお願いしているのはあなた方ね?」

 「え?」

 「あなた方が、わたしは安全でなくてもいい、放っておいて欲しいけどお金は出してね、と言ったなら、学校に殺人鬼が入り込んでも学校側は責任を負わなくていい筈ですが、実際には管理責任を問われますよね。 だからあなた方は、管理されるつもりで親にお金を出させているわけです、契約上はね。 難しいかしら」

 「あ、い、いいえ、なんとかわかります」


 一体この先生は何を言いたいのだろう、と茜は怪しんだが、ずいぶんと大人の扱いを受けていることはわかったので、おとなしく先を聞くことにした。

 「では、管理とは何をすることでしょう? 恩田さんは、図書委員になったことがおあり?」

 「はあ。 小学生の時ですけど」

 「本の管理って何をすることだった?」

 「貸し出しと返却の記録付けと、本の状態を調べて修繕して、それと棚を増やしたり整理したりも」

 「つまり、本の環境を整える、現在どこにあるか把握する、必要に応じて修理する、この3つね?」

 「あ、はあ」

 「人間を管理するのも同じなのよ。

  まず環境を整える。 今どうしているのか把握する。 必要な人には注意指導する」

 ウタコ先生はニッと笑って見せた。


 「この3つのことを、わたしたちは必ずします。 そしてそれは、あなた方が親御さんに頼んでお金を出させて、私たちにやらせていることなんです。

  だから、わたしたちにはあなた方が何をしているかを聞く義務と権利があり、あなた方は答える義務があるの、ホントはね。 結果的に指導するかどうかはともかく、聞かれたら答えるところまでは自主的にしていただけるものと思って聞いているのですよ」

 「自分から話せということですか」

 「少なくとも、昨日どうだったの、と聞かれたら、自主的な報告が来るくらいのことは、私たち期待してもいいんじゃないかしら」


 茜はあっと叫びそうになって口を押さえた。

 いつも母親の質問を馬鹿みたいだと思っていたのを思い出したのだ。

 「学校はどうだった?」


 あれは、あなたの報告義務を果たせ、という意味だった。 何故なら、親に出資をさせているからだ。

 得体の知れないものに金を出すわけにはいかない以上、報告を聞く権利がある。

 茜はぽかんとしてウタコ先生の顔を見ていた。 先生はまっすぐに茜を見て微笑んでいる。

 ずいぶん回りくどい言い方だけど、とてもよくわかった。

 失礼な言い方をしたのは自分だ。

 邪推していたのも自分だ。


 「生意気なことを言ってすみませんでした」

 思わず頭を下げたら、先生は顔を輝かせて喜んだ。

 「判ってくださると思っていたわ。

  それではね、放課後その方のお見舞いに行かれる時は、寄り道許可と言うものを出しますから、保護者の印鑑をもらっていらしてね」

 茜はびっくりして立て続けにまばたきをした。

 

 この先生は、見かけより筋の通った人なのかもしれない、と思った。

 この学校に来てから、きちんと扱われたと思ったのは、これが初めてのことだった。

  

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