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♪(4)出る杭は滅多打ち

 家へ帰って玄関を開けた途端、けたたましい笑い声が2階から落ちて来た。

 妹の美登里が、また友達を連れて来ているらしい。


 美登里は昔から、どこに行っても10分で友達を作ってしまう。 今回のジョーナンでも、さぞ積極的に他人に話しかけているのだろう。 茜の方は、家に友達を呼んだことなど数える程で、記憶を辿っても小学校の時まで遡らなくてはならないくらいだ。

 

 「お帰り。 どうだった、学校は」

 キッチンの暖簾から、母が顔を覗かせた。 服の襟からはみ出した、磁器ネックレスがやたら目立つ。

 「別に。 フツー」

 「フツーじゃわからないでしょ? ちゃんとどんなことがあったのか話しなさい」

 「だってフツーだもの」


 わざわざ親に話すことなんて、毎日毎日あるわけがない。

 大体“どうだった?”なんて曖昧な質問の答えが転がっているほど、学校はファンタジックな場所じゃないと思っている。 親のほうこそ、国王陛下の視察でもあるまいに、

 「国民の様子はどうですか」

 みたいな質問は、いい加減やめて欲しい。


 冷蔵庫からコーラを出していると、

 「机の上見た? 携帯買ったのよ」と、母が唐突に言った。

 「携帯? 私の?」

 「ミドリが欲しいって言ったから、あんたのも一緒に買ったの。

  ジョーナンは携帯持ってっていいんですって。 ただ決まりがちゃんとあって、授業中はロッカーに入れとけ、とかうるさく言われるらしいけどね。

  今朝渡したら、喜んで持ってったけど、あの子ちゃんと設定できるのかしらね」


 また美登里のおねだりとわかり、茜はうんざりした表情になる。

 「ミドリはいいけど、賢聖は携帯禁止よ。 私、貰っても使う時ないじゃん」

 「家でメールする時使いなさいよ。 学校以外に出かける時も持ってけるし。

  イマドキはね、電話ボックスも赤電話も少なくて大変なんだから、持っておきなさい」


 変わった親だ。 普通は子供が欲しがって、親は渋るものだと思う。 美登里に買ってしまった手前、不平等に出来ないということなのだろう。

 平等、平等、平等。 そうすることで二人の格差が否応なしに際立つことを、母は気付いているのだろうか。


 (私はミドリと違って、メールをやり取りする友達なんか絶対できっこない‥‥)



 

 「あッ、帰って来た。 ね、ね、アカネちゃん見てッ」

 妹のクセに、美登里は茜を名前で呼ぶ。 彼女は部屋から飛び出すや、携帯の画面をコレコレと、茜の目の前につきつけた。


 「うちのクラスに、ミラーマンがいたの。 ほら、カッコイイっしょ」

 「ミラーマン」

 茜は驚いて言葉を途切れさせた。

 携帯の画面に、たった今バスの中で話をしていた相手の顔があった。


 (鏡くん‥‥?)

 

 「アカネちゃん覚えてないの? ミラーマンよ、鏡 雄大。

  旺学社の全国模試の常勝キングじゃない!」

 

 そう言われて初めて、茜の記憶にその名前が活字ごと蘇った。 なるほど覚えがあった筈だ。

 茜達が受験対策に通っていた学習塾では、全国模試の結果通知に新聞のような物が付いていて、そこに上位10人までの名前が載るのである。

 通っていた2年間で、通算8回の大きな模擬試験があった。

 その8回全部を、5万人の受験生をブッ千切り、全教科首位で独走した男がいたのだった。

 顔も知らないその男を、塾生達は“ミラーマン”と呼んで、怪物扱いした。

 あのミラーマンが、さっきまで一緒にいた長髪変人男か?


 「ねえ、人違いってことはないの? そんなに頭良かったら、もっと上の学校行ってるでしょ、国立とか」

 茜が動揺を隠して言うと、

 「だって本人に聞いたもん」と、美登里は何故か自慢げだ。


 「中2の時に大きな病気して、学校行けなかったんだって。 それで独学で模試受けたらしいよ。

  卒業もできるかどうかわかんなかったから、高望みはしないでジョーナンにしといたって言ってた」

 (そうか。 それで1年生なのに、髪が伸びてるんだ)


 「ミドリ、ミラーマンと親しくなったの?」

 アカネの質問に、美登里は照れくさそうに頭を掻いた。

 「エヘヘ‥‥実はイキナリ告っちゃったのさ」

 「えええ~!?」

 「出席番号が並んでて、席が隣だったからさあ。

  ちょこっと話したらすっごい面白いヤツで、舞い上がっちゃってぇ」

 「で、告ったの?」

 「あたしと付き合う気ない?ってきいたのよ。 そしたら『ゴメン、オレも今日これから告りに行く相手がいるから、パスらせて』って一刀両断バッサリ!ッした」

 

 これから告るって、まさか。

 「それ、今日の話?」

 「今日の放課後。 あたしゃ振られタテほやほやなんだよ、慰めて欲しいさ。 あ~あ、イイ男はみいんな人のモンなのさッ!」

 その割に元気いっぱいにわかったようなことをホザいて、美登里は自分の部屋に戻って行った。

 閉まったドアから、

 「今のお姉さん? 似てねーー!!」

 と、お決まりの台詞が漏れて来た。


 

 (告る相手って‥‥どう考えても、私のことだったよね)

 茜は自分の部屋のベッドの上に、呆然と座り込んだ。

 (ミドリを振って、私のとこに来たってこと?)

 そういう人間がいること自体、驚きだった。 自分と美登里が並んでいたら、万人が美登里の方を選ぶ、というのが、茜のイメージだったからだ。

 (そうじゃない人も、いるんだ‥‥)


 この瞬間から、茜の歯車は、今までにない方向に回転を始めたのだった。

 

 机の上に置かれた携帯の箱から、茜は電話と分厚い説明書を取り出した。 多分朝から置いてあったのだろうが、それまで気付かずにいたし、気づいても普通なら自分から出そうとは思わなかったに違いない。

 その携帯を、茜は自分で手に取り、説明書と首っ引きで設定をした。

 それからメモ用紙を3枚切り取り、略式の名刺を作った。 携帯のアドレスの下に入れる名前は、迷った挙句2種類にした。

 2枚は学校の友達に渡せるように「恩田 茜」と本名を入れ、残る一枚には、青井 愛子の名前を入れたのだ。

 ほんの遊びだった。

 でも、元気の出る儀式のような気がした。


 「さんにんでいい。 ともだちつくろう」

 口に出して言ってみた。

 自分のささやかな心境の変化を、嬉しく見つめる自分がいた。



 



 次の朝とその次の朝、バスの中に鏡の姿はなかった。

 ちょっとがっかりしながら何度も車内を見回す自分に、茜はまたも意外な事実を発見する。 鏡がヒーローであるだけでなくナンパ男で変人だ、ということがわかり、しかも交際を断ったからには、今後話しかけては来ないかもしれない、ということがわかった今でも、自分は鏡を気に入っているらしいのだ。

 鏡自身を気に入っているのか、青井愛子というキャラが名乗れることが嬉しいのかはわからない。

 でも、高校に入ってから起こった良いことと言えば、その二つだけだったのだ。




 学校の中では相変わらず厳しい現実が待ち構えていた。

 教室に入ると、後ろの掲示板の前に人だかりが出来ている。

 中央部に貼ってある答案用紙のようなものを見るために、クラスメートたちが押し合いへし合いしているのだ。


 茜が近づいて行くと、数人が振り返って奇妙な反応をした。

 「あ、来た」

 「おはよう」

 「恩田さんだよね? すごいね!」

 (え?)

 人垣がパッと割れた。


 見覚えのあるテスト用紙が貼ってあった。

 右上に赤い文字で、100と書いてある。

 模範解答らしい、と判ってから、それが自分の物と気付くまでに数十秒を要した。


 (うそ! 私、満点だった?)

 昨日やった英語の実力テストの答案用紙である。 確かに茜は英語が得意な方で、そこそこ出来たとは思っていたのだが、これほどとは思わなかった。

 ほんの一瞬、単純に嬉しかった。 平凡な成績の自分が100点を取れたのは、小学校4年ごろ以来で、今回にしたって偶然に近い満点だった。 たまたま得意な単元の設問が多く、たまたま失敗がなかっただけ。

 

 順位表などで、何人もの成績が貼り出されたのならまだよかったのだが、ここで目立ったのが茜一人であり、クラスメートにいち早く「優等生」として名前を記憶される、それがどんなに恐ろしいことか、その時はわからなかった。

 この女子ばかりのクラスで、たったひとり目立つことは、つまりは孤立を意味していたのだった。

 


 「あんた、すげー頭いいんだな」

 席に着くなり、苅野まひるに声を掛けられた。

 「アサイチでテスト張り出しに来たヴタコのやつが小躍りして喜んでたぜ。

  『アタクシのテストで100点が出たのは、これが初めてですわぁ!』ってさ。」

 「えー、いやたまたまだよ。 頭なんて良くないし、きっと今回だけだよ100点なんて」

 茜はあわてて首を振った。 心の底から本音を言ったのだが、

 「頭いいやつって、大抵そーゆー事いうよな」

 苅野は鼻にしわを寄せて、冷たく言い放った。

 「イヤミなんだよな、かえって自慢くさくって」


 何だろう、これ。

 あからさまな悪意。 ピリピリするような敵意。

 他の人は、遠巻きにして傍観。

 

 実はこの苅野という生徒は、中学時代の成績はいまいちだったが、たった1つ英語だけがトップクラスだったらしい。

 「英語の先生になる。 それしかなれないし」

 将来のことを聞かれると、そう答えていた。

 そんな話を後日茜が知ったのは、もう卒業も間近な時期だった。 はじめから判っていれば、この日のような失敗はしなくて済んだのだが。




 1時限目はHR。

 教室はざわついていた。

 黒板には、クラス委員の役名が並べられていた。


 代議委員(2)

 美化委員(2)

 風紀委員(2)

 文化委員(2)

 体育委員(2)


 ウタコ先生は、各委員の仕事内容を説明したあと、

 「こういう役をするとね、学校が好きになるんです。 大変かもしれないけど、いい思い出になりますよ。

  さ、やってみたい人があったら、まず立候補してくださいね!」

 相変わらず無駄に高いテンションで、一同を促した。


 クラス全員、しらっとした顔で沈黙する。 さすがにこの空気の中で目立ちたい人間はいないようだった。

 「あら、やる気のある方ひとりもいらっしゃらないのお?

  まあ残念ねえ、それじゃ推薦にして頂こうかしら」

 ええーーーーー!と不満の声が教室を振動させた。

 

 「あらあ、何かいけません?」と、ウタコ先生。

 「先生、推薦にしたら付属中の子ばっかりになるじゃん」

 苅野まひるが、友達口調で言った。

 「なります、と丁寧におっしゃってね。 どういう意味かしら、それは」

 「だってお互いのこと知ってるのは付属の子同士だけだもん、ずるいと思う」

 「思います、とおっしゃってね。

  でしたらどういう決め方ならよろしいかしら」

 「えと、アミダとか…」

 それに対してもブーイングが起こる。

 (要するに、みんな自分が選ばれるかもしれないと思ったら、騒いでるだけなんだ。

  そんなじゃ、いつまでたっても決まらないじゃん)

 黙って見ているうち、茜はだんだんいらいらして来た。


 心に描いてきた高校生活に対する憧れが、どんどんしぼんで行く。

 ヤル気がない生徒。 牽制しあって、本音で話さない友達。

 イヤミ。攻撃。陰口。 それを避けるための、適当な付き合い。

 これって中学の時と変わらないよね。 せっかく高校生になったのに。



 ウタコ先生が首をかしげて、

 「皆さんそろそろ、お互いのことも覚えてきてらっしゃると思うのだけど。

  それでは一応、推薦を取ってみて、あまり偏るようならそこで考えましょう」

 と言った。

 苅野は不満顔だったが、先生は強行突破した。


 「はい、推薦がある人!」

 「……はい」

 最後列に座っていた小柄な生徒が、はにかみながら手を上げた。

 確か、県外から引っ越してきたばかりと自己紹介した子だ。


 「はい、山吹さんどうぞ」

 「代議委員に、恩田さんを」

 「えええええ!」

 茜は目をむいた。 自慢じゃないが、これまで人前でしゃべるような役に着いたことは一度もないのだ。

 「私、む、無理! 無理です」

 必死で断ろうとする茜を、苅野が冷たい目で一瞥した。

 「まあた、イヤミな謙遜しちゃってえ」

 言うと同時に手を上げる。

 

 「はい、苅野さんどうぞ」

 「風紀委員に、恩田さん」

 (ちょ、ちょっと!)

 苅野の場合は、あきらかに悪意があった。

 「いいじゃない、頭いいんだからなんだってやれるでしょ」

 茜の抗議を押さえ込む。 いやな空気が教室を満たした。


 そのあとほかの生徒の口から数人の名前が挙がったが、いずれも付属出身者だったらしく、

 「ほら見ろ。 だからそうなるって言ったじゃんか!」

 苅野が大声で叫ぶので、付属出身者を推薦する人がいなくなってしまった。


 (この人、もしかして自分が推薦されないのが不満なんじゃないかしら。

  やりたくないのはただのポーズで、自分の名前が出るまでゴネ続けるつもりかも)

 これ以上引っかき回されることになんとなく責任を感じて、茜はさんざん迷った挙句、恐る恐る手を上げた。

 「はい、恩田さんどうぞ」

 「か、狩野さん。 だ、代議員に」

 ざわっ、と教室中が息を飲んだ。

 

 「おまえええ!!」

 苅野はいきなり半立ちになり、恐ろしい目で茜をにらんだ。

 クラス全員、体を縮めてすくみ上がっている。

 「上等じゃないか! 結構いい根性してるってことだよな!」

 (だ、だって! 先に自分がやったことだよ?)

 

 「苅野さん、おすわりになってね」

 ウタコ先生がたしなめた。

 「皆さん、委員は罰ゲームじゃありませんよ。

  推薦されるのは名誉なことなんです、勘違いしないで」

 「だって絶対、仕返しだったじゃんか!」

 苅野は唇を尖らせて言いつのった。

 「死ねよ、お前!」

 「苅野さん、やめなさい」

 「こいつ殺す!!」


 (私……私、もしかして地雷踏んじゃった?)


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