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♪(20)無いものねだりの2人

 美登里の不機嫌な顔を見て、茜はゾッとした。

 こわい、と思った。 いつパンと割れるか判らない、風船のようだ。

 この時、初めて気づいた。 この感覚は、入学してすぐ、クラスメートに感じたのと同じ怖さなのだ。


 小さい時から、ことあるごとに美登里の苦情攻撃を受け続けて来た茜は、女の集団に美登里と同質のものを感じて、それが恐怖感につながったのかもしれない。

 美登里の感情には、いつもものすごい損得センサーが働いていた。 自分がほんの少しでも、相手より冷遇されていると我慢できなかったし、例え一点でも他人より劣ったところが露見すると、それを正当化するために毒舌と言い訳をフル回転して相手をやり込めた。


 (そうか、女子高って、男の子にカッコつけしなくていい分、女の毒素が極端に出るんだ。

  家で美登里が地で振舞うのとおんなじなんだ。 だから怖いんだ)

 なぜこんなにクラスメートが怖いと感じるのか、ちょっとわかった気がした。

 同時に茜は、怖がっている自分と、それを冷静に分析している自分とがいることにも、この時初めて気づいたのだった。



 「いつからミラーマンと付き合ってんのよ」

 最初から糾弾の口調で、美登里が茜を問い詰めた。

 「いつって、最近‥‥」

 しどろもどろになる自分の気の弱さが憎い。

 「最近っていつよ。 4月? 5月? 6月?」

 「え? ええと、申し込まれたのが4月だけど、OKはしてなくて、生徒会に誘われたのがきっかけでそういう話になったんだから6月? でも鏡くんの取材は多分5月だったから‥‥」

 「なにぶつぶつ言ってんの? 結局いつなのよ!」

 食いつきそうな顔をして詰め寄られると、もうダメだ。 まともな思考回路が確保できない。



 「せ、正確にはわかんないけど、ホントに最近なのよ」

 「ってことは、茜ちゃんってば、あたしがミラーマン好きって、知っててくっついたってことよね」

 「それは‥‥単にタイミンクがそうだっただけで‥‥」

 「じゃあなんでその時に言わないのよ。 あたしの方は、なんでも茜ちゃんに相談してたじゃない」

 「相談‥‥」

 いや、自慢話にしか聞こえなかった。


 「茜ちゃん、いっつもそうだよね。 なんでもひとりで決めて、他の人がやらないことやっちゃうんだよね。 あたしは昔から、そのせいで冷や飯食ってばっかしなんだもん」

 「え? 美登里がいつ、冷や飯なんて食った?」

 驚いて思わず反論してしまった。 茜の感覚では、いつもいつも、美登里の陰に入らされて損ばかりしていたのは自分だ。 この上、何が不満だと言うのかさっぱりわからない。 恋人くらい先取りさせてくれてもいいのではないか。


 「冷や飯っておかしいわ。 美登里は私と違って、いつでも人に囲まれて幸せそうにしてるじゃない。 私もそんなふうに賑やかにやりたいけど、友達がいなくていつも1人ぼっちなんだから仕方なく一人で動くんだわ」

 「人に囲まれてるののどこが幸せなのよ。 茜ちゃんは何でも出来るのに、ずるいよ!」

 パシンと音を立てて、茜の顔に新聞が投げつけられた。

 あわてて視界からそれを取り除くと、もう美登里は自分の部屋へ駆け込んでしまっている。


 茜は呆然と突っ立っていた。 反論は愚か、反応さえままならなかった自分が情けなくて仕方ない。

 腹は立つのだが、生まれつき腹立ちを自覚するペースがゆっくり過ぎて、美登里の沸騰の早さについて行けないのだ。 美登里もそれをよく心得ていて、わざとアップテンポで仕掛けて来て、しかも一撃離脱する。

 気づいたときには茜ひとりで、何も言えなかった自分を憎んで悔しがっている。 これが小さい頃からの、お決まりの姉妹喧嘩のパターンだった。

 

 

 ふと気づくと、階段下に母が立って、心配そうに様子を見ていた。

 憮然として突っ立っていた茜と目が合うと、母はそっと手招きしてキッチンに呼んだ。


 母が淹れてくれたお茶を飲みながら、ここでも茜はすぐには愚痴の言葉を見つけられなかった。

 「まあ、茜も少しは覚悟してたでしょうから、お疲れ様ってことで」

 湯飲みを掲げて乾杯の音頭みたいに言われても、少しも乗って見せる気にはならない。

 「なんでかなあ。 なんで美登里ってあんなに人を悪者にするかなあ」

 茜はため息をついて、お茶をすすった。 怒りがようやく言葉になり始めていた。


 「きっと美登里は恵まれすぎて贅沢になってるから、私の苦労なんてわかんないのよ」

 口を突いて出た娘の言葉に、母は首を傾げて見せた。

 「そうかしらねえ。 美登里は美登里で、孤軍奮闘した時期があるのを母さんは知ってるからねえ」

 茜はビックリして顔を上げた。

 「美登里が何を悩んだの?」

 母はにっこり笑い、戸棚から饅頭の箱を下ろして茜に勧めながら話し始めた。


 「だって、あの子は3月の終わりに生まれたのよ。 いつもクラスで一番、生まれてから過ごしてきた時間が短い子だったわけよ。 幼稚園で3歳児のクラスに入った時なんか、まだオムツが外れてなくって、オシッコが言えない子なんて、クラスで美登里だけだったわよ。

  それでも、あんたが幼稚園に入るって言えば、同じ学年になる美登里を入れないわけにはいかなかった。 美登里からしたら、同じ学年にお姉ちゃんのあんたがいるのに、比べると自分は何も判らない子で、だけど姉のあんただって新入園児で、ヒトの世話が出来る状態じゃないわけでしょう。 当時はどっちが苦労したかって言えば、美登里の方だったんじゃないかねえ」


 「そういえば、園庭で同じクラスのみんなで遊んでて、美登里ひとりが水溜りに落ちたことあったわ」

 茜にも記憶があった。 母がうなずく。

 「そうそう、あんたたちのテンポに付いて行けなくて、小さい頃の美登里はいつも失敗だらけだった。

  判らないことはなんでも聞いて、世話好きな子には潔く頼って、真似したり手伝って貰ったりしないと、ひとりで出来ないことが多かったのよ。

  甘え上手、世渡り上手にならなきゃ、やってけなかったのね」


 「じゃあ、美登里も不安なのかな」

 茜はそんなふうに考えたことがなかった。

 「そうね。 美登里の場合、不安は不平不満にして吐き出すからね。 強そうに見えるだけでしょう」

 「いつ、不安だったのかな。 母さんにはそういうこと言ってたの?」

 「そうね。 例えば、中学3年の全国模試の時に一度、あんたたち違う場所で受けたことがあるじゃない」

 「あったあった、番号は続き番なのに教室が隣に分かれたのよね」


 「美登里はあの時、帰って来て愚痴ってたわよ。 自分と違って茜ちゃんは落ち着いてた、ひとりで堂々とトイレにいて、すごく大人っぽかったって。

  美登里はね、ひとりでトイレに行くのがいやで、学校でもいつも、誰か友達を誘って行くらしいの。 でもその模試の日は知り合いが誰もいなくて、とっつきにくい隣の席の子を強引に誘ってトイレに行こうとして嫌がられたんだって。

 それで茜を誘おうとして教室を覗いたらいなくて、結局、面識も何もない他の人を誘ってトイレに行ったら、トイレで茜に会ったんだって。 なんの迷いもなく颯爽とひとりでトイレから出て来るのを見て、負けた気がしたと言ってた」


 「なにそれ! 自分は‥‥」

 母の話に、茜は目を剥いた。

 「そうね。 あんたから見たら、美登里はこんな短い間にトイレ付き合ってくれる友達が作れてすごい、って思ったんでしょ」

 「思った‥‥」

 「ふたりして昔っから、ないものねだりよねえ、あんたたちは」

 母はおっとりと笑い、戸棚からいつのだか多少怪しい草加煎餅を出して来て、それも茜に勧めたのだった。

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